キャプテン・エルドレッドの異世界航路 ~Pirates of the ANOTHER-WORLD~

蒼凍 柊一

第十三話 風の奏者

「貴女がユーカ・アマツキね。どう見ても普通の女の子じゃない」
「いや、こう見えて芯はしっかりあるし気も強い。断じてそこらへんに居る普通の女よりずっと……普通じゃないぞ」
 彼は後ろに控えているユーカを親指で指さしながら言い放つ。その姿はどこか誇らしげだ。
 それよりも今は風を操る能力とやらの方が大切だ。嘘だったらすぐさまこの女は仲間たちの慰みものになるのは決定的なのだ。操舵している乗組員や、甲板の掃除をしている仲間たちの目がこちらに向くのを感じた。
「そんなのどうでもいいわ。ほら、早く見せてよ」
「そう焦るな……今の風の具合だと、船の進みが遅い。いいかユーカ、今から言う方向に風を吹かせろ。そうすればこの船の最大船速でヴェイリンへ迎える。すなわち、お前の目的の達成がもっと早くなるってことだ」
「分かりました。やります」
 尋常ではない気迫でユーカはそう呟く。
「え? 手近の岩とかを粉々にする――とかじゃないの?」
「それをやっても時間の無駄だ」
 その方が解りやすいのだが、キャプテンがそういうのだ。私は従うしかない。
 確かに、今の風向きではヴェイリンへ着くのは追い風の時よりもっと遅くなってしまうだろう。
 向かい風でも帆の向きを変えて進路を変えずに進むことはできるのだが、ジグザグな進路になってしまうので、余計に時間がかかってしまう。
「――――っ」
 ユーカは大きく息を吸い込んだかと思うと、風が止んだ。
 凪いだのだ。向かい風が。
「風が……無くなった?」
「シッ、静かにしろ……」
 彼が口の先で人差し指を立てて私を制する。
 全員の視線が、ユーカへと降り注いでいた。
「っ、はぁぁあああ」
 その瞬間、風がゴォ、と音を立てて吹き抜ける。
 船の真後ろから――追い風だった。
「なっ」
 信じられないことに、ユーカが進行方向に手を突きだした瞬間、追い風が吹いたのだ。
「すげええええ! すげぇぞ船長!」
「あの女、魔女かっ!?」
 口々に乗組員たちが騒ぎ出す。 
「何やってる野郎ども! 大口開けて突っ立てる暇があったら、あらゆる帆を張って、風を受け止めろ! 全速力でヴェイリンへ向かうぞ!!」
「へい!!」
 鋭い声で彼は乗組員たちに指示をだす。
 私も我を取り戻し、彼の傍に立った。
「こ、これだけの能力、なんてこともないじゃない」
「本当にそう思うか、リッカ。風を操れる、ということはどれだけのメリットがあることか理解していないのか」
「それは……」
 もちろん、理解していない訳ではない。
「お前なら理解しているはずだ。他の船の風向きを操れれば、たとえ巨大ガレオン船だろうがいともたやすく転覆させられる。それに、砲弾をそらしたりもできるかもしれない」
 そう、そこまでの力はもはや異常と言うほかない。海上戦においてかなり優位に立てる能力なのだから。
 相手が砲撃を放っても届かず、嵐のような風が船を襲う。確実に大抵の船は一方的に沈められるだろう。
「……なんで今まで黙ってたのよ」
「彼女を説得するのに時間がかかっただけだ。少しな」
「そう、そういう事にしておいてあげるわ」
 私がそういうと、彼は何やら複雑な表情をしていたが、すぐさま他の乗組員たちのところへ行ってロープの締め方が甘い、とかいろいろ口を出し始めた。
 私はユーカの元へ向かった。
 ちょっと色々と話がしたいのだ。
 彼女は目を閉じ、集中していたようだったが、私が近づいてきたのに気付いたのだろう。
 目を開けて私の方を見つめてきた。
「貴女……何者なのよ」
「私はただの……女ですよ。貴女と変わらない、海賊の仲間になったただの女です」
 この目を私は知っている。
 この、全てをあきらめたフリをしていても、隠しきれない、胸の内にある炎を絶やしていない目を。
 一体何をユーカは抱えているのだろうか。ちょっとした好奇心が湧いたが、今それを尋ねてもきっと本当の事は言わないだろう。
 だから、軽く自己紹介をすることにした。
「気に入ったわ。ユーカ、と呼んでもいいかしら? 私は一等航海士のリッカよ」
「――っ? よろしくお願いします」
 彼女は驚きに目を見開いたようだが、一体なにに驚いたというのか。
 それを問うてみると、彼女は私から目をそらしながら
「いえ、てっきり嫌われるものかと思っていたので」
「なぁに? ユーカは私に酷い目に合わせられることを望んでいたのかしら? 一等航海士の私を怒らせるなら、酷い目に遭うかもしれないけれど、この海賊船に乗って、キャプテンの仲間になった、しかも風を操れる能力を持つ魔女なんて、酷い目に合わせる理由がないわよ」
「それは……そうですね。ありがとうございます」
「堅っ苦しいわね。もう少し砕けた感じで話せないの? 海賊っぽくないわよ?」
 私はユーカを抱きしめ、頭をぐりぐりと撫でてやる。
 女同士の交流の始まりはスキンシップからと私は思っている。
 こうしてやれば、少しはユーカも私に対してフレンドリーになるだろう。
「ちょ、リッカさん! やめ、やめてくださいぃぃ。胸が、息ができなっ」
 わざと自慢の胸の谷間に顔を突っ込ませてやる。
 ユーカは胸は無い方だから、きっと新鮮なはずだ。
「……おい、なーに面白そうなことやってんだお前ら」
「あら、キャプテン。いいじゃない、この船にはユーカと私しか女がいないのよ? 仲良くするのは当然でしょ」
「はは、それもそうか」
「ユーカ、私の部屋は船長室の隣よ。キャプテンと一緒の部屋じゃあ何かと心配もあるから、今度は私の部屋で寝泊まりしたら? というか、それでいいわよね」
「ふぁ、ふぁいいいぃ、それでいいれふっ、いいれふぅ」
「いいこいいこ♪」
 船は最大船速で進んでいく。
 この分ならば、あと一日としないうちにヴェイリンへと着くだろう。
 私はユーカを解放した後、自分の船室に戻り、船員たちの歌を聞きながら、心地よい波の揺れを感じていた。

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