異世界の事務員さんは勇者パーティーに含まれますか?
異世界の事務員さんは勇者パーティーに含まれますか?
みなさんが異世界に行ったとしたら、どうしますか?
もちろん異世界は魔物と呼ばれる自然発生する敵を倒したら経験値を得て楽に強くなれますし、困難に仲間と共に立ち向かって世界を旅することもできます。
そんな問いかけをされたのなら普通ならきっと、物語に出てくるような勇者になりたいと答える人が多いかと思います。
いいですよね。勇者。魔王を倒して王様に感謝されて美人のお姫様とだって結婚できちゃう。そんな勇者。
もちろん、私にもそんな願望はありました。
ですが、女神様に問われて私は思ってしまったのです。
勇者になって、魔王を倒して、幸せを手に入れたら――次はどうなるんだろう。って。
女神様に聞いても答えはありません。
当然といえば当然です。他人の人生なのですから、答えようがありませんよね。
世界を平和にした後、その人がどういう人生を送ろうが、女神様には関係ないのです。
世界の元素とやらの調整が大事という理由で、その調整の為だけに異世界へ送り込んだ人間の後の事なんて知ったこっちゃないのです。
だから私は考えました。
私には腕力も、知識もありません。もちろん一人で魔王を倒しに行くなんてそんな芸当できるわけがありません。
できることと言えば、事務仕事だけです。
私の前世の仕事はちいさな会社の事務方です。経理、会計、税務、財務。他の会社でなんといってるかは知りません。
私は小さな会社の中で、それしかしてきていないのです。
消耗品の注文とか、整理整頓とか、得意先への請求管理とか。
得意先からいつにお金が銀行へ振り込まれるのとか。会計システムへの仕訳入力とか。――あげたら仕事内容だけで物語が始まる前に終わってしまうので割愛しますね。
とりあえず、私はそんなことしかできません。
ですから、女神様に私はお願いしました。
ファンタジーなそちらの世界でも、私は事務員がしたいです。って。
そんなもんでいいの? と聞かれましたが、私には他にやりたいことややらなきゃならないことなんてありません。ですが、せっかくなので魔法は使ってみたいな、と思ったので何か魔法を使えるようにしてほしいと思いました。
女神様は悩みます。
魔法と言ってもいろいろあるそうで、攻撃をする魔法、治癒をする魔法、結界を張る魔法、掃除や物の移動をする時につかう物体を移動させる魔法、自らの力を底上げする補助魔法……などなど。
色々説明をされましたが、戦闘とかに引き出されるほど強い力を持つのは嫌だったので、補助魔法と、物体を移動させる魔法を私は望みました。補助魔法は宅配とかで届いた重い荷物を持つときに役立ちそうでしたし、物体移動も同じく、事務仕事をする上で使えそうな魔法でしたので、そちらにしました。
女神様は私に言います。
チート転生できるのにホントにこんなのでいいの? と。
私は言いました。それで良いのです。と。
女神様はそんな私を気に入ったようで、なにやら加護を授けてくれました。
転生して成人したときには、美形の金髪巨乳エルフになるようにしてくれるそうです。
なんだかよくわかりませんでしたが、ありがとう、と言いました。
さて、これから始まるのはそんな私の事務員生活。
全世界に支部を持つ冒険者ギルドの――受付嬢ではなく、ただの事務員エルフの、他愛のない日々です。
――――――
異世界に来てから十七年が経ちました。
私の身体はすっかり大人になって、女神様が言った通りの金髪巨乳美形なのかはよくわからないけれど、とにかく女のエルフになっています。
ただ、胸が大きすぎて肩が痛いのが最近の悩みです。
そういえば、一年前に冒険者ギルドの事務員試験も受けて合格しました。
試験官の人はしきりに受付嬢を勧めてきましたが、私にはそんな大役は務まりません。正直無理です。
いかつい人や、少年とか、美人のお姉さんとかの登録手続きなんて、コミュ障の私には到底無理な相談だからです。
そんな訳で、今日は私の一年と一日目の出勤日。
元の世界で言えば月曜日にあたる今日も、わたしにとっていい一日であるようにと願います。
そんな事を思いながら、私は冒険者ギルドの裏口の扉に鍵を差し込みました。
鍵を開けると自動で開く扉もやっと慣れてきたと言うところです。
ここの冒険者ギルド、アクラターヌ支部の従業員さんは受付嬢のフィリアさんとリリアナさん、支部長のテイモンさん、冒険者育成係のペーシモさんとケインさん――そして事務全般を請け負う私です。
今は朝の五時。冒険者の皆さんの朝は早いので、早めに出勤することを心がけています。
「おはようございます」
と声を上げながら事務所の中に入ります。すると、まだ誰も居ません。当たり前です。私が鍵を開けないと、誰も入れませんからね。
それから一時間で開店の準備を終わらせなければなりません。
事務所からカウンター越しで繋がっている、ホテルのフロント並の広さもあるホールと事務所内の掃除を並行して掃除をしなければなりませんので、その魔法を行使します。
次に消耗品のチェックです。トイレの紙や、羽ペンとインクの補充、契約書類の部数確認も忘れません。
どこに何があるのか全部頭に入っているので、それほど苦労もなく流れ作業ですべてを終わらせます。
足りない物は事務所のすぐ上――屋根裏部屋のような場所が二階にあるので、天井の穴から魔法で通して、所定の位置まで移動をすませます。
さてそして、一番重要な仕事です。
魔道具である、魔力測定器の掃除です。
ここを綺麗にしておかないと、魔力を測定するときになぜか誤差が出てしまいますので、測定器自体は丸い球なので磨きやすいです。これを綺麗に磨きます。
よし、準備完了ですよ。
時間が五十五分ほど余ってしまいました。
コーヒーでも飲んで、皆さんの到着を待ちましょうか。
「おっはよー! アヤネ!」
「おはようございます。フィリアさん。今日は早いんですね」
「朝の開店準備をいっつもアヤネにやってもらってるからね……今日は早く来て手伝おうかと思って――って、もう終わってるし!?」
そんな事を言いながら、受付嬢のフィリアさんは驚いたように目を丸くします。
フィリアさんは良い方です。こうして私を労ってくださいます。
「フフ、ありがとうございます」
「おっどろいたなぁ……切れてた羽ペンの補充もしてあるし! 朝何時にアヤネ出勤してるのさ?」
「五時ですとこの前も教えたじゃあないですか」
「いやだってこの仕事量だよ? ……ホールも埃一つ落ちてないし。掃除しながら備品補充なんて絶対できないし!」
「魔法を使えば簡単ですって。誰でもできますよこんなの」
こんなのって……となぜかフィリアさんは呆然としますが、どうやらやることがないようで、私とコーヒーを一緒に飲むことにしました。
ちなみに、フィリアさんはヒューマン……所謂人間ですね。結構かわいらしい方です。歳は教えてくれません。
それから30分、他愛のない話をしながら私は今日のスケジュール表を魔法で羽ペンを動かしながら作り上げていきます。
私の様子を見ていたフィリアさんはなぜかジト目で私を見てきます。なんででしょうか?
「なんでその物体移動の魔法で羽ペンを器用に動かせるのさ……」
「鍛錬あるのみですよ」
「鍛錬でどうにかなる問題なのかなぁ?」
「ええ、私が実例ですから」
「いやいや、物体移動の魔法ってかなり魔力喰われるじゃん! 一体どんだけアヤネは魔力をため込んでるのさ」
「測った事が無いですし、測る理由もないので測りませんよ」
軽く笑いながら話を流します。
魔力を測るだなんて、とんでもないことです。
前に日本から転生してきたという若者が、魔力測定器に触れたら魔力が大きすぎて爆発してしまったことがあるのです。
後片付けやら、騒ぎ立てる支部長さんたちを鎮めたり――勇者と呼ばれる存在を探している教会さんたちから彼を隠したり。
そんな面倒事が起きるのです。
絶対にもうあんなことはしたくありません。
「そろそろ支部長たちも来るかな~」
「そうですね。そろそろですかね」
前に起きた大変な事態に思いを馳せながら、開店時間までの暇な時間を潰しました。
そういえば、今日のシフトは私とフィリアさんとペーシモさんだけでした。
他の人は来ず、ちょっと残念です。
―――――
さて、開店時間になったところで、冒険者さんたちの列が出来始めます。
ダンジョンから持ち帰った魔物の素材やら薬草やらの換金、冒険者さんたちへ依頼を出しに来た人たちの対応やら、依頼を果たした人への報酬金額の査定やら――一気に忙しくなり始めました。
「はい、オーガの牙の納品ですね。ありがとうございます」
受付嬢のフィリアさんは鑑定という技能を持っているので、すぐに素材が本物かどうかわかるらしいです。とっても便利ですね。
ただし、金額は私の方で市場の相場より少し高値で設定しているので、フィリアさんにすぐにその金額が書かれた紙を手渡します。
「フィリアさん。こちらが今日の相場です」
「ありがと、アヤネ。――それではこちらは500Bで引き取りますね」
淡々と業務をこなす私と、愛想よく受付嬢をやれるフィリアさん。なにやら対照的で笑えて来てしまいますね。
まぁ、こんなところで笑っていたら変な人みたいなので笑いませんけれど。
「おーい、アヤネ! ポーションが売切れちまった! 補充くれー!」
そこでホールの右端で冒険者さん相手に消耗品を売っているペーシモさんが私に助けを求めてきました。
さっと目配せして、ポーションだけでなく、他のなくなりそうな商品の在庫にも目をつけます。
「今お届けしますねペーシモさん」
ポーションだけを運んでくる魔法を素早く行使しながら、他の商品をまとめて屋根裏から下におろす作業をする魔法を同時に行使しました。
みるみるうちに棚に商品が入っていきます。
「ありがとう、アヤネ――さて、それでは君はこちらのポーションを十個だね」
ペーシモさんが商売へと戻ります。
そうしている間にも私は受付嬢の皆さんの元へと足りなくなったお金を補充していきます。
大きな金額になると、1000Bの金貨を寄越してきたりするお客さんも居るので、お釣りを出せるように細かいものに崩します。
私は椅子に座りながら、収支の紙を羽ペンに書かせながら、その作業をやります。これが結構大変なのですが慣れというのは怖いもので、今では楽にこなせています。
「え、エルフのお姉さん!」
「――へ?」
いきなり呼びかけられて私はびっくりしてしまいました。
お客さんというより、冒険者さんたちの中には、時たま私に話しかけてくる人が居るのですが、大体そういう人たちは記憶に残っています。
あまり関わり合いになりたくない人たち(や〇ざ屋さんみたいなのです)なので、私は呼びかけには適当に答えているのですが……今回、私を呼んできた人は高校生くらいの男の子でした。
なぜ、高校生くらいかと私が分かったのかと言うと――日本特有の学生のジャージ姿をしていたからです。
こういう手合いは面倒です。
前に私に話しかけてきた日本人さんは、ここが異世界だとわかると泣きだしてしまう人だったからです。
「申し訳ありませんがわたしは事務員なので、あちらの受付にてご相談ください」
「あ……は、はい」
きっと手順が解らない人なのでしょう。普通に指摘してあげると、彼は受付の最後尾へと並びました。
そうして――十分ほどでしょうか。それくらい経つと、ようやく彼の順番が回ってきました。
ギルドのお仕事は大変なのですが、この村は大して忙しくない方なので彼でが午前中の最後のお客さんになりそうです。
フィリアさんが彼ににっこりと微笑みます。なんとなく赤くなる彼。
初心ですね。かわいいかわいい。
「ようこそいらっしゃいました。冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件ですか?」
「あ、あの――俺、冒険者になりたいんですが」
「はい、新規加入手続きですね。ではこちらの魔力測定器へどうぞ」
はい。もう嫌な予感しかしません。
どうせ魔力測定器がまたぶっ壊れてしまうのでしょう。ちりぢりに。私が綺麗に磨いたのに。
ですが――同じ失敗はしたくないですよね。
だから私は勇気を出してフィリアさんの元へと走ります。
「あ、あの、フィリアさん」
「何?」
「彼の魔力測定するときに結界を張っててほしいんです」
「どうしたのアヤネ……? 知ってる人?」
フィリアさんはこそこそと話をする私を不審そうに見てきます。
少し離れた所に居る彼には話は聞こえていないので安心だったのですが、フィリアさんに怪しまれるとちょっと気が滅入ります。
「いえ……実はですね……その、彼のような恰好をした人が前にも魔力測定をしたのですが、酷いことになりまして。見た目はヒューマンらしいですが、もしかすると新しい種族の方で、魔力測定器が誤作動するかもしれません。なので、被害を少なくするのと、私の仕事の手間を省くためにその――お願いしたいのです」
「ふ~ん……わかった! アヤネがそう言うならそうするよ。いきなり結界を張ってくれって言われたから、怪しい人かと思っちゃったじゃん」
「あはは……すみません。ありがとうございます!」
私はフィリアさんに一礼して、彼にも会釈をします。
胸のあたりに視線をすごく感じますが、彼も男の子です。仕方がありません。
――さて、それでは新しい魔力測定器の準備をしなければなりませんね。
「こちらへどうぞ。それでは、こちらの魔力測定器の前に立ってこの球に手を触れてください」
「は、はい!」
フィリアさんが私の言った通りに物理的な魔法結界を張ってくださいました。そんなことに気付くこともなく、彼は恐る恐ると言った様子で私が磨き上げた球に手を触れ――
「わぁっ!?」
その手が触れるか触れないかと言うところで球が閃光のような光を放ち、粉々に砕け散ってしまったのです。
「……はぁ」
やっぱり、こうなりましたねぇ。
「ご、ごめんなさい! 俺、なにか間違って――」
「落ち着いてください冒険者さん。こういうのは良くあることなんです」
流石フィリアさん。前もって言っておいた甲斐があるというもの。
と、思ったその時です。「ねえ、アヤネ?」と私に話が振られてしまいました。
「え!?」
「え? じゃないよアヤネ。あなた何か知ってるんでしょう? この魔力測定器が壊れた理由」
「いえ、その……」
まずいです。これは非常にまずいです。どう言い訳しましょうか。
彼が勇者の力っぽい魔力を持ってるから? 教会に狙われてしまうだけです。
なにか強大な力を持っている風なことを言ってしまっては誰もが不幸になるだけなので、私は熟考します。
その末――
「彼はまれに見る魔道具を破壊してしまう性質の持ち主なのでしょう」
「でも俺、他の魔道具はふつうに」
「あの魔道具は古い魔道具ですから、今の魔道具は高性能なので、そういうこともあるのでしょう。代わりの新しい魔力測定器も、モノ自体は古いものなのできっと測定できないと思います」
完璧! まさに完璧な言い訳です。彼は納得していない風ですが。
「なるほど、流石アヤネ!」
「なるほどじゃないですよっ。なんで俺が触ると魔力測定器が壊れるんですかっ」
「そんなの他人に聞かないでください。そういう体質なんですよきっと」
「えぇぇぇ~~……」
彼はちょっとわくわくしたような顔です。なぜでしょう。今は落胆する場面のはずです。
どうしようかと私とフィリアさんと彼は考えます。その間にも彼はこちら(胸を)をちらちら見てきます。
若いって嫌らしいですねぇ。
「も、もしですよ。俺の魔力が大きすぎて、魔力測定器が壊れたとしたら――俺はどのくらいの魔力をもってるのですか?」
「そうだねぇ……うーん、宮廷の魔道士様でもそんなの聞いたことないから、きっと魔道士様以上の魔力ってことになるかな? ありえないと思うけど」
フィリアさんが真面目に答えちゃっています。
「そっか……やっぱラノベみたいに歓待される訳がないのか……ここで冒険者イベが起こるかと思ったんだけど、見当違いだったか? 勇者なんだけどなぁ……」
エルフの耳はいいんですよ自称勇者さん。独り言言うにしても、こんな近くでもごもご言わないでくださいよ。あなたはなんですか、主人公ですか? あ、勇者ですね。
「じゃあ……そういうことなら、俺はどうやれば冒険者の資格が手に入れられるんですか?」
「失礼かもしれませんが、貴方は読み書きはできますか?」
「ええ。この地域の言語は書けますよ」
「ありがとうございます。それでは記入していただく書類がありますので、そちらを完成させていただければ冒険者になれますよ」
フィリアさんが彼を冒険者にしてくれます。ありがたいですね。
正直、このまま彼をこの村に置いておくと私たちの仕事が増えるだけなので、さっさと他の地方にでも行ってくださればいいと思います。
「はい。ご記入お疲れ様でした。この後は冒険者育成係のペーシモがお相手をしますので、少々お待ちください」
「はい! フィリアさん!」
あれ、いつのまに彼はフィリアさんの名前を知ったのでしょうか。木端微塵になった測定器を片づけたり、二階の休憩室へ行ったペーシモさんへ呼出しの紙を魔法で届けたりしていたら、聞き損ねてしまったようです。
「よぉ青年! ペーシモだ」
「ええ、よろしくお願いします!」
彼は腰から折る最大の礼をする。最近の高校生でしかも就活したことがなさそうな年齢なのに綺麗な礼です。私が前の会社の面接官だったら好印象ですよ。
いえ……人事とかはやったことないのでわかりませんけど。
「さぁて、じゃあ早速だがお前さんの取り柄を見せてもらおうか」
「と、取り柄……ですか?」
「ああ。冒険者ってのは独りじゃ冒険しねぇもんでな。パーティーを組んで旅をするのさ。その旅の仲間の募集する目安として、自分の力を把握しておく必要があるからな」
そうなのです。この冒険者ギルドではパーティーを組むお手伝いもしている訳です。ほとんど受付嬢のフィリアさんがやってくださいますから、私には実害はありません。
「そうなんですね。それにしても、取り柄……たしか『剣術』のスキルをもらったはずだったよな」
「どうした? 一人でブツブツ言って。お前の武器はなんだ?」
「剣です。前線で敵をかく乱して、止めを刺すような――物語の英雄みたいな役割をしたいと思ってます」
「ははは、軟弱そうなお前にそりゃ務まらねぇよ!」
でましたね。ペーシモさんの悪癖が。初心者冒険者を焚きつけて、本気で自分と手合せするための悪癖ですよ。怪我しないといいんですが。
「なんだって……?」
「お、なんだよ怒ったのか? じゃあ実力を見せてみろよ」
「ああ、いいさ。見せてやるよおっさん……そうだ、ただ勝つだけじゃつまらない。俺が勝ったら、あの事務方のエルフのお姉さんを俺のパーティーに入れる。いいな?」
あーあ、あんなに怒らせちゃってペーシモさんなにやってるんです……って。
「わ、私ですかっ!? 私なんて冒険の役にも立ちませんから!」
「そうだぞお前、いくらアヤネが美人のエルフだからって、賭けの引き合いに出して良いモンじゃねぇだろうが」
「なに、おっさん怖くなったの?」
これはまずいです……どっちかが死にます。絶対死ぬ奴ですよこれ。なんとかしようにも私には止める権限も手段もありませんし、最近の高校生は親も殺すほど恐ろしいと聞きますので怖いですし。
「粋がるなよクソガキ……俺に勝てると思ってんのかよ」
「そっちこそ」
「……いいだろう。その勝負乗ってやるよおぉっ!!」
ああ……私の意志が無視されてとんとん拍子で話が進みます。
フィリアさんに助けを求めますが、あきらめな、と言われたのでせめてペーシモさんが彼を殺さないように祈ります。
いつの間にか用意されていた木刀を両手で握りしめた高校生の彼は、ペーシモさんを睨み付けます。
傍から見れば、竹刀も持ったことのないようなただの高校生です。構えもなっていませんし、何より自信過剰すぎです。
対してペーシモさんは流石熟達の冒険者と言ったところでしょうか。器用に二つの木刀を隙なく構えています。
「――始めっ」
いつのまにか仕切っていたフィリアさんが、開始の号令をかけました。
先に動いたのは、ペーシモさん。
眼にもとまらぬ速さの踏込で、彼に突進します。一撃で決める気でしょうか。
そのペーシモさんの二刀が、彼の首筋一直線に伸びます。
ですが彼も一筋縄ではいかないようで――なんと、ペーシモさんの一撃を見切って躱したのです。
「蠅より遅いね。おっさんの剣技」
「なんだとこのガキがぁっ!」
「今度はこっちの番だっ!!」
なんということでしょうか。ペーシモさんが彼の剣技に押され始めてしまいます。
ペーシモさんが技で押すタイプなら、彼は差し詰め技に力を加えて攻めるタイプと言いましょうか。
しかし、達人のような動きですね。彼は。ちょっとこれは洒落にならないかな。
そう思っていたら案の定。ペーシモさんのお腹に彼の木刀が叩きつけられてしまいました。
「ぐふぁっ!!」
「俺の、勝ちだ!」
ペーシモさんが地面に叩きつけられ、一気にホールはシンと静まってしまいました。
フィリアさんは目を丸くしています。
「ふぅ。ありがとうございました! ペーシモさん!」
礼は忘れない様子ですね。彼は。意外といい人なのかもしれませんが、今後の展開を考えると頭が痛いですね。
「くっそぉ……俺が負けちまうなんてな」
「失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。こっちも言い過ぎちまったな。ははは」
あれ、なんだか和やかな空気になってきました。そうですよね。二人とも本気で戦ってなんていないですもんね。
「さて、それじゃあペーシモさんにフィリアさん。あの事務員のお姉さん、俺がもらっていくね」
「は!?」
「お前そりゃ冗談じゃなかったのか!?」
いきなりの彼の暴挙に、皆動揺してしまいます。
……仕方がありません。これだけはしたくなかったのですが。
私は魔法に事務方を全て任せ、彼の元へと歩いて行きます。
「貴方、名前は?」
「初めまして、エルフのお姉さん。俺は一条 剣っていいます。約束ですから、貴女は今日から俺のパー」
「ちょっとまってください。その続きは、私と戦って勝ってから言ってくださいね」
今度は私の言葉でホールが静まり返る番でした。
「ちょっとアヤネ? 何を……」
「いいんですフィリアさん。これで」
「おいアヤネ……大丈夫なのか?」
「ええ。問題ありません。ツルギさん。貴方も問題ありませんね?」
「は、はい」
さて、了承は得ました。
やりましょうか、ね。
「ツルギさんがわたしに勝ったら、私は貴方のパーティーに入って冒険のお供をしましょう。反対に、私が貴方に勝ったら……そうですね。そこの魔力測定器を壊した代金を弁償してもらいます」
「え……あ、はい」
扱いやすい子供で本当に助かりますね。人間は素直が一番です。
「さあ、それではやりましょうか。どうか、お手柔らかに」
「……試合のルールは相手から攻撃する手段を奪った方が勝ちってことでいいのかな? アヤネさん」
「ええ、それでいいですよ?」
「貴女の武器は?」
「私はこの羽ペンでイイです」
「おいアヤネ!」
「俺の事をバカにしてるの? アヤネさん……」
「ツルギさんのことを馬鹿になんてしてませんし、これでいいんですよペーシモさん。ほら、早くやりましょう」
よし、と彼は私の方へ鋭い眼光を飛ばしてきます。
正直、かなり怖いですが我慢しましょう。
フィリアさんへ開始の合図を頼むと、彼女は狼狽えながらも了承してくださいました。
「え、えと――それじゃあ…………はじめっ!」
「でぃやあああ!」
彼が突進してきます。
こわいこわい。
迷いもなく木刀を振り下ろしてきた彼は、的確に羽ペンだけを狙っていますね。偉いです。
さて、ここで私は魔法を使っちゃいます。
目をぎゅっとつぶって羽ペンに魔力を込めて~。こうやっちゃいましょう。「えい」っと。
その瞬間、バキン!!と爆発音のようなものが響きます。どうやら成功したようですね。
「な、なんで……?」
「アヤネ……?」
ツルギさんとペーシモさんの驚いたような声がしました。
私が再び目を開けると、そこには――粉々になった木刀がありました。
「魔法を使っただけですよ」
「そんな魔法、女神は言ってなかった……」
「いえいえ、実際できてしまっているので仕方がないでしょう。ほらほら、明日からキリキリ働かないと、魔力測定器の借金は返せませんよ。はいこれ請求書です。よろしくね」
それだけ言って、私は自分の事務机にもどります。
後ろでペーシモさんとフィリアさんが相談している声も丸聞えです。
「あ、あいつあんな魔法使えたのか? なんの魔法だ……?」
「アヤネは怒らせちゃダメな人って認識でいいんじゃないかな……」
ふふ、いい感じに効果があったみたいですね。
「お、おれちょっと調子に乗ってたみたい、です。すみませんでした!」
そう言ってツルギさんはギルドの外へ飛び出してしまいました。
さて、ここで種明かしです。
わたしの魔法は物体移動の他に、自分、もしくは自分の触れているものに補助魔法が掛けられます。そして、その強度と強化時間を操れるのです。
強化する強度は、時間が長くなるごとに弱くなってしまいますが、短時間なら強くなります。
ようするに、彼の木刀が迫ってきたとき、彼は私の羽ペンを狙ってくるであろうことを予測し、羽ペンの強度――いえ、この場合はステータスというべきですか。攻撃力を強化したのです。
木刀なんて触れただけで粉砕できるほどに。強化時間は3秒でしたから、ざっと……何倍くらいになったんでしょうかね。想像がつきません。
私の細腕でも重いものが持てるのはとっても便利ですから、専ら私は自分の筋力を上げてますけど。
さて、今日も忙しくなりそうです。
午後は何をして遊ぼうかな。
―――――
次の日、新米冒険者のツルギさんはまたしても私の前に来ました。
フィリアさんから渡された、パーティー募集用紙の欄に私の名前を入れて。
「異世界の事務員さんは勇者パーティーに含まれますか?」
「いいえ、含まれませんよ。だって、わたしはただの事務員ですから」
もちろん異世界は魔物と呼ばれる自然発生する敵を倒したら経験値を得て楽に強くなれますし、困難に仲間と共に立ち向かって世界を旅することもできます。
そんな問いかけをされたのなら普通ならきっと、物語に出てくるような勇者になりたいと答える人が多いかと思います。
いいですよね。勇者。魔王を倒して王様に感謝されて美人のお姫様とだって結婚できちゃう。そんな勇者。
もちろん、私にもそんな願望はありました。
ですが、女神様に問われて私は思ってしまったのです。
勇者になって、魔王を倒して、幸せを手に入れたら――次はどうなるんだろう。って。
女神様に聞いても答えはありません。
当然といえば当然です。他人の人生なのですから、答えようがありませんよね。
世界を平和にした後、その人がどういう人生を送ろうが、女神様には関係ないのです。
世界の元素とやらの調整が大事という理由で、その調整の為だけに異世界へ送り込んだ人間の後の事なんて知ったこっちゃないのです。
だから私は考えました。
私には腕力も、知識もありません。もちろん一人で魔王を倒しに行くなんてそんな芸当できるわけがありません。
できることと言えば、事務仕事だけです。
私の前世の仕事はちいさな会社の事務方です。経理、会計、税務、財務。他の会社でなんといってるかは知りません。
私は小さな会社の中で、それしかしてきていないのです。
消耗品の注文とか、整理整頓とか、得意先への請求管理とか。
得意先からいつにお金が銀行へ振り込まれるのとか。会計システムへの仕訳入力とか。――あげたら仕事内容だけで物語が始まる前に終わってしまうので割愛しますね。
とりあえず、私はそんなことしかできません。
ですから、女神様に私はお願いしました。
ファンタジーなそちらの世界でも、私は事務員がしたいです。って。
そんなもんでいいの? と聞かれましたが、私には他にやりたいことややらなきゃならないことなんてありません。ですが、せっかくなので魔法は使ってみたいな、と思ったので何か魔法を使えるようにしてほしいと思いました。
女神様は悩みます。
魔法と言ってもいろいろあるそうで、攻撃をする魔法、治癒をする魔法、結界を張る魔法、掃除や物の移動をする時につかう物体を移動させる魔法、自らの力を底上げする補助魔法……などなど。
色々説明をされましたが、戦闘とかに引き出されるほど強い力を持つのは嫌だったので、補助魔法と、物体を移動させる魔法を私は望みました。補助魔法は宅配とかで届いた重い荷物を持つときに役立ちそうでしたし、物体移動も同じく、事務仕事をする上で使えそうな魔法でしたので、そちらにしました。
女神様は私に言います。
チート転生できるのにホントにこんなのでいいの? と。
私は言いました。それで良いのです。と。
女神様はそんな私を気に入ったようで、なにやら加護を授けてくれました。
転生して成人したときには、美形の金髪巨乳エルフになるようにしてくれるそうです。
なんだかよくわかりませんでしたが、ありがとう、と言いました。
さて、これから始まるのはそんな私の事務員生活。
全世界に支部を持つ冒険者ギルドの――受付嬢ではなく、ただの事務員エルフの、他愛のない日々です。
――――――
異世界に来てから十七年が経ちました。
私の身体はすっかり大人になって、女神様が言った通りの金髪巨乳美形なのかはよくわからないけれど、とにかく女のエルフになっています。
ただ、胸が大きすぎて肩が痛いのが最近の悩みです。
そういえば、一年前に冒険者ギルドの事務員試験も受けて合格しました。
試験官の人はしきりに受付嬢を勧めてきましたが、私にはそんな大役は務まりません。正直無理です。
いかつい人や、少年とか、美人のお姉さんとかの登録手続きなんて、コミュ障の私には到底無理な相談だからです。
そんな訳で、今日は私の一年と一日目の出勤日。
元の世界で言えば月曜日にあたる今日も、わたしにとっていい一日であるようにと願います。
そんな事を思いながら、私は冒険者ギルドの裏口の扉に鍵を差し込みました。
鍵を開けると自動で開く扉もやっと慣れてきたと言うところです。
ここの冒険者ギルド、アクラターヌ支部の従業員さんは受付嬢のフィリアさんとリリアナさん、支部長のテイモンさん、冒険者育成係のペーシモさんとケインさん――そして事務全般を請け負う私です。
今は朝の五時。冒険者の皆さんの朝は早いので、早めに出勤することを心がけています。
「おはようございます」
と声を上げながら事務所の中に入ります。すると、まだ誰も居ません。当たり前です。私が鍵を開けないと、誰も入れませんからね。
それから一時間で開店の準備を終わらせなければなりません。
事務所からカウンター越しで繋がっている、ホテルのフロント並の広さもあるホールと事務所内の掃除を並行して掃除をしなければなりませんので、その魔法を行使します。
次に消耗品のチェックです。トイレの紙や、羽ペンとインクの補充、契約書類の部数確認も忘れません。
どこに何があるのか全部頭に入っているので、それほど苦労もなく流れ作業ですべてを終わらせます。
足りない物は事務所のすぐ上――屋根裏部屋のような場所が二階にあるので、天井の穴から魔法で通して、所定の位置まで移動をすませます。
さてそして、一番重要な仕事です。
魔道具である、魔力測定器の掃除です。
ここを綺麗にしておかないと、魔力を測定するときになぜか誤差が出てしまいますので、測定器自体は丸い球なので磨きやすいです。これを綺麗に磨きます。
よし、準備完了ですよ。
時間が五十五分ほど余ってしまいました。
コーヒーでも飲んで、皆さんの到着を待ちましょうか。
「おっはよー! アヤネ!」
「おはようございます。フィリアさん。今日は早いんですね」
「朝の開店準備をいっつもアヤネにやってもらってるからね……今日は早く来て手伝おうかと思って――って、もう終わってるし!?」
そんな事を言いながら、受付嬢のフィリアさんは驚いたように目を丸くします。
フィリアさんは良い方です。こうして私を労ってくださいます。
「フフ、ありがとうございます」
「おっどろいたなぁ……切れてた羽ペンの補充もしてあるし! 朝何時にアヤネ出勤してるのさ?」
「五時ですとこの前も教えたじゃあないですか」
「いやだってこの仕事量だよ? ……ホールも埃一つ落ちてないし。掃除しながら備品補充なんて絶対できないし!」
「魔法を使えば簡単ですって。誰でもできますよこんなの」
こんなのって……となぜかフィリアさんは呆然としますが、どうやらやることがないようで、私とコーヒーを一緒に飲むことにしました。
ちなみに、フィリアさんはヒューマン……所謂人間ですね。結構かわいらしい方です。歳は教えてくれません。
それから30分、他愛のない話をしながら私は今日のスケジュール表を魔法で羽ペンを動かしながら作り上げていきます。
私の様子を見ていたフィリアさんはなぜかジト目で私を見てきます。なんででしょうか?
「なんでその物体移動の魔法で羽ペンを器用に動かせるのさ……」
「鍛錬あるのみですよ」
「鍛錬でどうにかなる問題なのかなぁ?」
「ええ、私が実例ですから」
「いやいや、物体移動の魔法ってかなり魔力喰われるじゃん! 一体どんだけアヤネは魔力をため込んでるのさ」
「測った事が無いですし、測る理由もないので測りませんよ」
軽く笑いながら話を流します。
魔力を測るだなんて、とんでもないことです。
前に日本から転生してきたという若者が、魔力測定器に触れたら魔力が大きすぎて爆発してしまったことがあるのです。
後片付けやら、騒ぎ立てる支部長さんたちを鎮めたり――勇者と呼ばれる存在を探している教会さんたちから彼を隠したり。
そんな面倒事が起きるのです。
絶対にもうあんなことはしたくありません。
「そろそろ支部長たちも来るかな~」
「そうですね。そろそろですかね」
前に起きた大変な事態に思いを馳せながら、開店時間までの暇な時間を潰しました。
そういえば、今日のシフトは私とフィリアさんとペーシモさんだけでした。
他の人は来ず、ちょっと残念です。
―――――
さて、開店時間になったところで、冒険者さんたちの列が出来始めます。
ダンジョンから持ち帰った魔物の素材やら薬草やらの換金、冒険者さんたちへ依頼を出しに来た人たちの対応やら、依頼を果たした人への報酬金額の査定やら――一気に忙しくなり始めました。
「はい、オーガの牙の納品ですね。ありがとうございます」
受付嬢のフィリアさんは鑑定という技能を持っているので、すぐに素材が本物かどうかわかるらしいです。とっても便利ですね。
ただし、金額は私の方で市場の相場より少し高値で設定しているので、フィリアさんにすぐにその金額が書かれた紙を手渡します。
「フィリアさん。こちらが今日の相場です」
「ありがと、アヤネ。――それではこちらは500Bで引き取りますね」
淡々と業務をこなす私と、愛想よく受付嬢をやれるフィリアさん。なにやら対照的で笑えて来てしまいますね。
まぁ、こんなところで笑っていたら変な人みたいなので笑いませんけれど。
「おーい、アヤネ! ポーションが売切れちまった! 補充くれー!」
そこでホールの右端で冒険者さん相手に消耗品を売っているペーシモさんが私に助けを求めてきました。
さっと目配せして、ポーションだけでなく、他のなくなりそうな商品の在庫にも目をつけます。
「今お届けしますねペーシモさん」
ポーションだけを運んでくる魔法を素早く行使しながら、他の商品をまとめて屋根裏から下におろす作業をする魔法を同時に行使しました。
みるみるうちに棚に商品が入っていきます。
「ありがとう、アヤネ――さて、それでは君はこちらのポーションを十個だね」
ペーシモさんが商売へと戻ります。
そうしている間にも私は受付嬢の皆さんの元へと足りなくなったお金を補充していきます。
大きな金額になると、1000Bの金貨を寄越してきたりするお客さんも居るので、お釣りを出せるように細かいものに崩します。
私は椅子に座りながら、収支の紙を羽ペンに書かせながら、その作業をやります。これが結構大変なのですが慣れというのは怖いもので、今では楽にこなせています。
「え、エルフのお姉さん!」
「――へ?」
いきなり呼びかけられて私はびっくりしてしまいました。
お客さんというより、冒険者さんたちの中には、時たま私に話しかけてくる人が居るのですが、大体そういう人たちは記憶に残っています。
あまり関わり合いになりたくない人たち(や〇ざ屋さんみたいなのです)なので、私は呼びかけには適当に答えているのですが……今回、私を呼んできた人は高校生くらいの男の子でした。
なぜ、高校生くらいかと私が分かったのかと言うと――日本特有の学生のジャージ姿をしていたからです。
こういう手合いは面倒です。
前に私に話しかけてきた日本人さんは、ここが異世界だとわかると泣きだしてしまう人だったからです。
「申し訳ありませんがわたしは事務員なので、あちらの受付にてご相談ください」
「あ……は、はい」
きっと手順が解らない人なのでしょう。普通に指摘してあげると、彼は受付の最後尾へと並びました。
そうして――十分ほどでしょうか。それくらい経つと、ようやく彼の順番が回ってきました。
ギルドのお仕事は大変なのですが、この村は大して忙しくない方なので彼でが午前中の最後のお客さんになりそうです。
フィリアさんが彼ににっこりと微笑みます。なんとなく赤くなる彼。
初心ですね。かわいいかわいい。
「ようこそいらっしゃいました。冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件ですか?」
「あ、あの――俺、冒険者になりたいんですが」
「はい、新規加入手続きですね。ではこちらの魔力測定器へどうぞ」
はい。もう嫌な予感しかしません。
どうせ魔力測定器がまたぶっ壊れてしまうのでしょう。ちりぢりに。私が綺麗に磨いたのに。
ですが――同じ失敗はしたくないですよね。
だから私は勇気を出してフィリアさんの元へと走ります。
「あ、あの、フィリアさん」
「何?」
「彼の魔力測定するときに結界を張っててほしいんです」
「どうしたのアヤネ……? 知ってる人?」
フィリアさんはこそこそと話をする私を不審そうに見てきます。
少し離れた所に居る彼には話は聞こえていないので安心だったのですが、フィリアさんに怪しまれるとちょっと気が滅入ります。
「いえ……実はですね……その、彼のような恰好をした人が前にも魔力測定をしたのですが、酷いことになりまして。見た目はヒューマンらしいですが、もしかすると新しい種族の方で、魔力測定器が誤作動するかもしれません。なので、被害を少なくするのと、私の仕事の手間を省くためにその――お願いしたいのです」
「ふ~ん……わかった! アヤネがそう言うならそうするよ。いきなり結界を張ってくれって言われたから、怪しい人かと思っちゃったじゃん」
「あはは……すみません。ありがとうございます!」
私はフィリアさんに一礼して、彼にも会釈をします。
胸のあたりに視線をすごく感じますが、彼も男の子です。仕方がありません。
――さて、それでは新しい魔力測定器の準備をしなければなりませんね。
「こちらへどうぞ。それでは、こちらの魔力測定器の前に立ってこの球に手を触れてください」
「は、はい!」
フィリアさんが私の言った通りに物理的な魔法結界を張ってくださいました。そんなことに気付くこともなく、彼は恐る恐ると言った様子で私が磨き上げた球に手を触れ――
「わぁっ!?」
その手が触れるか触れないかと言うところで球が閃光のような光を放ち、粉々に砕け散ってしまったのです。
「……はぁ」
やっぱり、こうなりましたねぇ。
「ご、ごめんなさい! 俺、なにか間違って――」
「落ち着いてください冒険者さん。こういうのは良くあることなんです」
流石フィリアさん。前もって言っておいた甲斐があるというもの。
と、思ったその時です。「ねえ、アヤネ?」と私に話が振られてしまいました。
「え!?」
「え? じゃないよアヤネ。あなた何か知ってるんでしょう? この魔力測定器が壊れた理由」
「いえ、その……」
まずいです。これは非常にまずいです。どう言い訳しましょうか。
彼が勇者の力っぽい魔力を持ってるから? 教会に狙われてしまうだけです。
なにか強大な力を持っている風なことを言ってしまっては誰もが不幸になるだけなので、私は熟考します。
その末――
「彼はまれに見る魔道具を破壊してしまう性質の持ち主なのでしょう」
「でも俺、他の魔道具はふつうに」
「あの魔道具は古い魔道具ですから、今の魔道具は高性能なので、そういうこともあるのでしょう。代わりの新しい魔力測定器も、モノ自体は古いものなのできっと測定できないと思います」
完璧! まさに完璧な言い訳です。彼は納得していない風ですが。
「なるほど、流石アヤネ!」
「なるほどじゃないですよっ。なんで俺が触ると魔力測定器が壊れるんですかっ」
「そんなの他人に聞かないでください。そういう体質なんですよきっと」
「えぇぇぇ~~……」
彼はちょっとわくわくしたような顔です。なぜでしょう。今は落胆する場面のはずです。
どうしようかと私とフィリアさんと彼は考えます。その間にも彼はこちら(胸を)をちらちら見てきます。
若いって嫌らしいですねぇ。
「も、もしですよ。俺の魔力が大きすぎて、魔力測定器が壊れたとしたら――俺はどのくらいの魔力をもってるのですか?」
「そうだねぇ……うーん、宮廷の魔道士様でもそんなの聞いたことないから、きっと魔道士様以上の魔力ってことになるかな? ありえないと思うけど」
フィリアさんが真面目に答えちゃっています。
「そっか……やっぱラノベみたいに歓待される訳がないのか……ここで冒険者イベが起こるかと思ったんだけど、見当違いだったか? 勇者なんだけどなぁ……」
エルフの耳はいいんですよ自称勇者さん。独り言言うにしても、こんな近くでもごもご言わないでくださいよ。あなたはなんですか、主人公ですか? あ、勇者ですね。
「じゃあ……そういうことなら、俺はどうやれば冒険者の資格が手に入れられるんですか?」
「失礼かもしれませんが、貴方は読み書きはできますか?」
「ええ。この地域の言語は書けますよ」
「ありがとうございます。それでは記入していただく書類がありますので、そちらを完成させていただければ冒険者になれますよ」
フィリアさんが彼を冒険者にしてくれます。ありがたいですね。
正直、このまま彼をこの村に置いておくと私たちの仕事が増えるだけなので、さっさと他の地方にでも行ってくださればいいと思います。
「はい。ご記入お疲れ様でした。この後は冒険者育成係のペーシモがお相手をしますので、少々お待ちください」
「はい! フィリアさん!」
あれ、いつのまに彼はフィリアさんの名前を知ったのでしょうか。木端微塵になった測定器を片づけたり、二階の休憩室へ行ったペーシモさんへ呼出しの紙を魔法で届けたりしていたら、聞き損ねてしまったようです。
「よぉ青年! ペーシモだ」
「ええ、よろしくお願いします!」
彼は腰から折る最大の礼をする。最近の高校生でしかも就活したことがなさそうな年齢なのに綺麗な礼です。私が前の会社の面接官だったら好印象ですよ。
いえ……人事とかはやったことないのでわかりませんけど。
「さぁて、じゃあ早速だがお前さんの取り柄を見せてもらおうか」
「と、取り柄……ですか?」
「ああ。冒険者ってのは独りじゃ冒険しねぇもんでな。パーティーを組んで旅をするのさ。その旅の仲間の募集する目安として、自分の力を把握しておく必要があるからな」
そうなのです。この冒険者ギルドではパーティーを組むお手伝いもしている訳です。ほとんど受付嬢のフィリアさんがやってくださいますから、私には実害はありません。
「そうなんですね。それにしても、取り柄……たしか『剣術』のスキルをもらったはずだったよな」
「どうした? 一人でブツブツ言って。お前の武器はなんだ?」
「剣です。前線で敵をかく乱して、止めを刺すような――物語の英雄みたいな役割をしたいと思ってます」
「ははは、軟弱そうなお前にそりゃ務まらねぇよ!」
でましたね。ペーシモさんの悪癖が。初心者冒険者を焚きつけて、本気で自分と手合せするための悪癖ですよ。怪我しないといいんですが。
「なんだって……?」
「お、なんだよ怒ったのか? じゃあ実力を見せてみろよ」
「ああ、いいさ。見せてやるよおっさん……そうだ、ただ勝つだけじゃつまらない。俺が勝ったら、あの事務方のエルフのお姉さんを俺のパーティーに入れる。いいな?」
あーあ、あんなに怒らせちゃってペーシモさんなにやってるんです……って。
「わ、私ですかっ!? 私なんて冒険の役にも立ちませんから!」
「そうだぞお前、いくらアヤネが美人のエルフだからって、賭けの引き合いに出して良いモンじゃねぇだろうが」
「なに、おっさん怖くなったの?」
これはまずいです……どっちかが死にます。絶対死ぬ奴ですよこれ。なんとかしようにも私には止める権限も手段もありませんし、最近の高校生は親も殺すほど恐ろしいと聞きますので怖いですし。
「粋がるなよクソガキ……俺に勝てると思ってんのかよ」
「そっちこそ」
「……いいだろう。その勝負乗ってやるよおぉっ!!」
ああ……私の意志が無視されてとんとん拍子で話が進みます。
フィリアさんに助けを求めますが、あきらめな、と言われたのでせめてペーシモさんが彼を殺さないように祈ります。
いつの間にか用意されていた木刀を両手で握りしめた高校生の彼は、ペーシモさんを睨み付けます。
傍から見れば、竹刀も持ったことのないようなただの高校生です。構えもなっていませんし、何より自信過剰すぎです。
対してペーシモさんは流石熟達の冒険者と言ったところでしょうか。器用に二つの木刀を隙なく構えています。
「――始めっ」
いつのまにか仕切っていたフィリアさんが、開始の号令をかけました。
先に動いたのは、ペーシモさん。
眼にもとまらぬ速さの踏込で、彼に突進します。一撃で決める気でしょうか。
そのペーシモさんの二刀が、彼の首筋一直線に伸びます。
ですが彼も一筋縄ではいかないようで――なんと、ペーシモさんの一撃を見切って躱したのです。
「蠅より遅いね。おっさんの剣技」
「なんだとこのガキがぁっ!」
「今度はこっちの番だっ!!」
なんということでしょうか。ペーシモさんが彼の剣技に押され始めてしまいます。
ペーシモさんが技で押すタイプなら、彼は差し詰め技に力を加えて攻めるタイプと言いましょうか。
しかし、達人のような動きですね。彼は。ちょっとこれは洒落にならないかな。
そう思っていたら案の定。ペーシモさんのお腹に彼の木刀が叩きつけられてしまいました。
「ぐふぁっ!!」
「俺の、勝ちだ!」
ペーシモさんが地面に叩きつけられ、一気にホールはシンと静まってしまいました。
フィリアさんは目を丸くしています。
「ふぅ。ありがとうございました! ペーシモさん!」
礼は忘れない様子ですね。彼は。意外といい人なのかもしれませんが、今後の展開を考えると頭が痛いですね。
「くっそぉ……俺が負けちまうなんてな」
「失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。こっちも言い過ぎちまったな。ははは」
あれ、なんだか和やかな空気になってきました。そうですよね。二人とも本気で戦ってなんていないですもんね。
「さて、それじゃあペーシモさんにフィリアさん。あの事務員のお姉さん、俺がもらっていくね」
「は!?」
「お前そりゃ冗談じゃなかったのか!?」
いきなりの彼の暴挙に、皆動揺してしまいます。
……仕方がありません。これだけはしたくなかったのですが。
私は魔法に事務方を全て任せ、彼の元へと歩いて行きます。
「貴方、名前は?」
「初めまして、エルフのお姉さん。俺は一条 剣っていいます。約束ですから、貴女は今日から俺のパー」
「ちょっとまってください。その続きは、私と戦って勝ってから言ってくださいね」
今度は私の言葉でホールが静まり返る番でした。
「ちょっとアヤネ? 何を……」
「いいんですフィリアさん。これで」
「おいアヤネ……大丈夫なのか?」
「ええ。問題ありません。ツルギさん。貴方も問題ありませんね?」
「は、はい」
さて、了承は得ました。
やりましょうか、ね。
「ツルギさんがわたしに勝ったら、私は貴方のパーティーに入って冒険のお供をしましょう。反対に、私が貴方に勝ったら……そうですね。そこの魔力測定器を壊した代金を弁償してもらいます」
「え……あ、はい」
扱いやすい子供で本当に助かりますね。人間は素直が一番です。
「さあ、それではやりましょうか。どうか、お手柔らかに」
「……試合のルールは相手から攻撃する手段を奪った方が勝ちってことでいいのかな? アヤネさん」
「ええ、それでいいですよ?」
「貴女の武器は?」
「私はこの羽ペンでイイです」
「おいアヤネ!」
「俺の事をバカにしてるの? アヤネさん……」
「ツルギさんのことを馬鹿になんてしてませんし、これでいいんですよペーシモさん。ほら、早くやりましょう」
よし、と彼は私の方へ鋭い眼光を飛ばしてきます。
正直、かなり怖いですが我慢しましょう。
フィリアさんへ開始の合図を頼むと、彼女は狼狽えながらも了承してくださいました。
「え、えと――それじゃあ…………はじめっ!」
「でぃやあああ!」
彼が突進してきます。
こわいこわい。
迷いもなく木刀を振り下ろしてきた彼は、的確に羽ペンだけを狙っていますね。偉いです。
さて、ここで私は魔法を使っちゃいます。
目をぎゅっとつぶって羽ペンに魔力を込めて~。こうやっちゃいましょう。「えい」っと。
その瞬間、バキン!!と爆発音のようなものが響きます。どうやら成功したようですね。
「な、なんで……?」
「アヤネ……?」
ツルギさんとペーシモさんの驚いたような声がしました。
私が再び目を開けると、そこには――粉々になった木刀がありました。
「魔法を使っただけですよ」
「そんな魔法、女神は言ってなかった……」
「いえいえ、実際できてしまっているので仕方がないでしょう。ほらほら、明日からキリキリ働かないと、魔力測定器の借金は返せませんよ。はいこれ請求書です。よろしくね」
それだけ言って、私は自分の事務机にもどります。
後ろでペーシモさんとフィリアさんが相談している声も丸聞えです。
「あ、あいつあんな魔法使えたのか? なんの魔法だ……?」
「アヤネは怒らせちゃダメな人って認識でいいんじゃないかな……」
ふふ、いい感じに効果があったみたいですね。
「お、おれちょっと調子に乗ってたみたい、です。すみませんでした!」
そう言ってツルギさんはギルドの外へ飛び出してしまいました。
さて、ここで種明かしです。
わたしの魔法は物体移動の他に、自分、もしくは自分の触れているものに補助魔法が掛けられます。そして、その強度と強化時間を操れるのです。
強化する強度は、時間が長くなるごとに弱くなってしまいますが、短時間なら強くなります。
ようするに、彼の木刀が迫ってきたとき、彼は私の羽ペンを狙ってくるであろうことを予測し、羽ペンの強度――いえ、この場合はステータスというべきですか。攻撃力を強化したのです。
木刀なんて触れただけで粉砕できるほどに。強化時間は3秒でしたから、ざっと……何倍くらいになったんでしょうかね。想像がつきません。
私の細腕でも重いものが持てるのはとっても便利ですから、専ら私は自分の筋力を上げてますけど。
さて、今日も忙しくなりそうです。
午後は何をして遊ぼうかな。
―――――
次の日、新米冒険者のツルギさんはまたしても私の前に来ました。
フィリアさんから渡された、パーティー募集用紙の欄に私の名前を入れて。
「異世界の事務員さんは勇者パーティーに含まれますか?」
「いいえ、含まれませんよ。だって、わたしはただの事務員ですから」
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