生まれながらにして凶運の持ち主の俺はファンタジー異世界への転生ボーナスがガチャだった時の絶望感を忘れない。

蒼凍 柊一

帝都動乱

帝都セントラルの皇帝が住まう城の一角。
豪奢な私室にいる一人の少女は、姿見の鏡を見ながら小芝居をしていた。


「わっちは…わっちはなんということをしてしまったのじゃ…!皇女の位を捨て…家を出てはや半年…まさかこんなことになろうとは!」


少女の齢は16歳といったところか。外見だけなら、だが。
淡い金色のストレートの髪の毛に、大きな金色の瞳。まさしく美人を体現したような少女だ。
彼女が何をしているのかというと、まさしく一人芝居という奴だ。
内容は、家の重圧に耐えきれなくなった一人の少女(自分)が思い切って家を出て、なんだかんだで幸せになるという夢見がちな少女にありがちなものだった。


「だから…わっちは、主様が好きなんじゃ…!この想いをどうか…どうか…汲んでくりゃれ?」


上目づかいに、うるうるとした瞳。
これをされて落ちない男はきっと男ではないのだろう…というくらいの名演技だ。
なぜ、彼女はこんなことをしているのだろうか。


それは、【天運予言プロフェシー】を彼女が夢で見てしまったところから話をしなければならないだろう。


天運予言プロフェシー】。
それはセントラルの皇帝達が代々受け継ぐスキルだ。
皇族がある一定の年齢までいくと、一族の中からこのスキルを発現するものが現れる。
セントラルでは、このスキルの持ち主が次の皇帝となるのだ。
スキルの能力は、「部分的な運命を読み取る」というもの。


彼女は先日この能力が発現し、次期皇帝候補となったのだ。


そんな彼女が見た夢…運命の内容は、至極簡単。
今日、国が滅び、新しい皇帝が誕生するであろうというものだった。
少女はあまりにもリアルだったその夢をだれにも言わなかった。
初めてのスキルの自動発動に、彼女は恐ることしかできなかったからだ。
怖くなって、怖くなって…。


「予言には、今日でこの国が滅び一族郎党皆殺し…とあったんじゃ…わっちも例外ではありんせん…。今日が、今日が…わっちの最後の日なんじゃ…!どうか…どうか、口づけを…」


今日が自分の最後の日。


だから、彼女は自暴自棄になった。
だから、彼女は、一人自室にこもりこんなことをしている。
この皇女という身分も捨て去り、どこかへ行ってしまいたいという願いを自分の中で叶えるために。


「…ああ、これでわっちも…」


一人芝居のラスト、一番いいところで無粋な声が響いた。


「皇女殿下ぁああ!、皇女殿下ぁああああ!どこにおられますか!?返事をなさってください!一大事でございます!」


初老ぐらいの男性が少女の私室の扉をどんどんと喧しくたたいた。
少女はすぐさま一人芝居を止め、紅くなった頬とドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えながら優雅に返事を返した。


「…何用です?わたくしの部屋を訪ねるなんて…首をとばされたいのですか?」


少女は不機嫌さを隠そうとせず、訪ねてきた男性に冷酷な言葉を浴びせた。


「そんなことをおっしゃっている場合ではございませぬぞ!レティシオン・アーレングラディ・セントラル・クオレツィア様!…皇帝陛下が何者かの手によって襲撃されたのです!」
「な、なんですって!?おとうさ…皇帝陛下が!?無事なのですかっ?」


少女は扉越しの男性の言葉にあわて、扉を開けた。


「っ…!」


少女が扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、胸に剣がささり、おびただしい量の出血をしている男性だった。
彼は、息も絶え絶えになりながらも、少女の姿を見て、どこかホッとしたような表情を浮かべた。


「陛下は、消息が分からず…!完全な不意打ちだった故…見失ってしまいました…。ただ、ただ皇女殿下が無事であれば、我々にはまだ希望があります…!どうか、どうか早くお逃げくだされ…!」


少女は思った。
ああ、やっぱりあの夢は…【天運予言プロフェシー】は本当だったんだ。と。
目の前で死にゆく初老の男性。
それを呆然と見ていた少女…皇女、レティシオンは思う。


(こんなにあっけなく、人は死ぬというの?)


始めて目の前にした、他人の死。
恐れはあった、衝撃もあった。


だが、彼女は一番にこう思う。


(私は…死にたく…ない)


皇女だから、という訳でもなく、ましてや目の前の初見の男性に言われたからでもない。
彼女は自身の意志で、逃げることにした。
脚はがくがくと震えている。
心臓も先ほどよりも早鐘を打っている。


だが、自分はまだ生きている。


少女は頭を巡らせる。
幸い、彼女は万が一のためにと教えられていた逃走経路を覚えていた。
冷静に行かなければ、と思うが気ばかりが焦ってどうにもならない。
その時だった。


―ドォォォォオォン!!


激しい爆発音が向かいの塔からした。
あれは、彼女が知っていた逃走経路の一つの地下へ続く道があった塔だ。


(まずい…早く、早く逃げないと…父上…母上…無事でいてください…)


祈りながらも、彼女は自分が今何をしなければいけないのか把握していた。


信じたくはない。
だが、夢とここまで一緒だと彼女は思わなかった。


あの夢の結末はこうだった。


ここから走ってすぐのところに、地下牢へと続く逃走経路があり、そこを彼女は選んで走った。
地下牢の一番奥。その部屋は絶対に開けてある独房だ。
その部屋には魔法陣が隠されており、そこから地下水路へと転移できるようになっていた。
そこへ辿りついたとき、後ろから追いかけてきた何者かについに追いつかれ…刺されて…死亡。というものだった。
少女は自分が死んだあとのことも全て視えていた。
皇帝と皇后…彼女の父親と母親は生きていたが、少女が死んだ数日後に殺害された。
そして新たな皇帝が誕生したのだ。
そんな、夢だった。
いや、事実…未来だ。


信じたくはない。
だが、それでも彼女はその道しか選べない。
すぐ近くの廊下の曲がり角。
そこからもうすぐ一人の男が少女を狙ってやってくる。


逃げ道は、地下牢への道しかない。


(死の足音が…聞こえる)


ここで果てるのは嫌だ。
その想いが彼女の脳裏を支配した。


故に、駆けだした。


その先に絶望しかないと知っていてもなお、彼女は走り出した。
運命が変わることを切に願いながら…駆けだした。




――――――




「ハァ、ハァ……」


息を切らしながら、彼女は辿りついた。
地下牢への隠し扉を開け、ついに廊下に躍り出る。
隠し通路からは追いかけてくる兵士の足音。
地下水路へは、一番奥の独房にある魔法陣を起動させることで転移できる。
そちらを見た少女は、夢で見たものとは違う印象を受けた。


なぜか。


扉が、


夢でみた、開いているはずの、独房の扉が、






閉じていたのだ。




天運予言プロフェシー】とは違う光景。


だが少女にとって、そんなことはもうすでにどうでもよくなっていた。
どうせ開いていようと、閉じていようと、結末は変わらないと思ったからだ。


気配で分かる。
もう、すぐ後ろに死が迫っている。


(ここまで…なのね…)


少女がすべてをあきらめ、涙を流したその時。














「おりゃあああああああ!」












―ズバンッッッ!!!!!






白と黒の一閃が、扉を一瞬にして粉砕し、轟音がした。








「なんだ!?」


それに兵士たちは気を取られてしまい、一瞬の隙ができた。
少女はそのチャンスを逃さない。
思いっきり前のめりに走り出し、音の元へと向かった。


「奴を逃がすな!殺せ!」


兵士が突きだした剣は、空ぶった。
本来であれば少女の体を貫くはずの剣が、空ぶったのだ。






―そして、二人は出逢う。




これが、動乱の中、衛兵に捕らえられた天運虚無…運命が無い者・・・・・・と天運喪失…運命を失った者・・・・・・・の出逢いだった。








「あ?なんだ?この状況は…」




カイリの整った顔が、彼女の眼には希望の光に見えた。

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