才能ゼロのサキュバスは世界最強の弟子となりやがて魔王となる

蒼凍 柊一

第二話 とりあえず、一緒に寝てみた。

「……夢、か」


 彼女に出会った時の夢を見た。
 あそこでシオンに拾われていなければ、自分は今ここに存在すらしていなかっただろう。
 いつかは果てる身とは言え、彼女から受けた恩は大きい。


 五日前の出来事を鮮明に思い出した俺は、ふかふかのベッドの上で目を覚ました。
 そして今の状況に驚愕することになった。


 目の前に広がる、透き通るような肌とマシュマロのような心地よさを伴った二つの膨らみに。


 動悸が激しくなり、頭がくらくらと揺れ動く。


「……起きた?」


 世界中の美しい音を出す楽器を集めても、彼女のささやき声には勝つことすらできないだろう。
 男を魅了する魔族――サキュバス。その一族である彼女、シオン・グレイスが目を覚ましたのだ。


「起きた? じゃないだろう……。何で目を覚ますといつもシオンが一緒のベッドに居るんだ?」


 寝る前はシオンとは別の部屋だった気がするんだが……。
 思えば彼女の家に転がり込んでからずっと、シオンは俺と一緒のベッドで目を覚ます。
 おそらく夜の間に忍び込まれているのだろう。
 何をするでもないから安全といえば安全なのだが、サキュバスという種族である以上、本人にその気がなくとも俺が辛いのだ。
 しかもシオンは俺にとって本当に好みの女性だ。正直言って、自分でもここまで滾るリビドーを抑えられていることに驚いている。


「ダメ……だった?」


 こてん、と首を傾げて疑問符を浮かべる姿に俺の心臓が爆発した。
 さらさらの銀髪、扇情的な下着姿――かわいい。シオンちゃんマジ天使。


 世の男性諸君は思うだろう。


 サキュバスなら、いくらやっちゃってもいいんじゃね? と。
 確かに俺も最初はそう思った。
 だが、彼女は違うのだ。


「いや、君、サキュバスとはいえ未経験なんだろ? 『初夜の相手は見初めた者に捧げなければならない』と掟にあるだろうに。こんな事をしてたら、思いもよらないところで掟を破ることになりかねないぞ」


 俺がそういうと、シオンは何とも言えない表情になって押し黙る。
 両頬が仄かに赤くなっているのは気のせいという事にしておこう。


 魔族にとって掟は絶対なのだ。
 魔導的拘束力がある血が流れている為、どんな誤魔化しも通用しない。
 そして、破ったが最後――その魔族は自壊してしまう。


「……冗談。驚いた?」


 にっこりと笑うシオン。
 物静かでクールな印象だったシオンだが、この数日で彼女の性格はよくわかった。


 故郷から王都に出てきた一人暮らしをしていて、家事はなんでもできるし、気立てもいい。
 お嫁さんに貰いたい候補No1の座は俺の中で不動のものとなっている。


 しかし、問題もある。


 ほとんどのサキュバスに言えることだが、彼女たちは気分屋でいたずら好きだ。
 その例にもれず、シオンも平気で男心を惑わせるいたずらをしてくるのだ。


 そういう種族だから仕方ないとはいえ、これからの事を思うと心配で仕方がない。
 まぁ、シオンちゃんに近づく野郎がいたら、俺がぶちのめせばいいんだけの話なのだが。


「冗談って……まぁいい。ほら、今日も特訓するから支度するんだ」


 内心で一生シオンちゃんの面倒を見る気でいた俺だったが、目をこすりながら上半身を起こした後の彼女のアクションに見とれてしまう。


 両手を上に伸ばし、その美麗な肢体を俺に見せつけてくるのだ。
 ――生唾を飲み込む。そして煩悩をすぐさま振り払った。


「朝ごはん、食べる?」


「いや、ご飯は朝の特訓が終わってからにしよう」


 よく声が上擦らなかったものだ。偉いぞ俺。


「ん。分かった」


 シオンは聞き分けもよくて、従順に従ってくれる。
 いや、従順に見えるのは『魔導戦士』になりたいからか。


 しかし俺が一番に疑問に思っていることは、こんな得体のしれない男を捕まえて、自分の家に住まわせるなど変人の所業だということだ。
 それについて最初に彼女の家に招かれたときに聞いてみたのだが――彼女はどうやら、俺をグレン・ラヴォスチナだと見抜いているらしい。


 「何故俺を助けてくれたんだ?」と聞けば「貴方が魔導戦士だから」としか答えてくれないのだが、俺にとってはそれで十分だった。
 あの時の俺は身の回りに一切、自分がグレンである証明や、魔導戦士である証も持っていなかったのに彼女はそれを見抜いたのだ。
 これだけで既に恐ろしいことだ。


 相手の魔導を見極める。それは恐ろしく技術が必要なことで、王宮お抱えの魔導戦士でもそこまでの技量を持つものは一人か二人が関の山だろう。
 その才能を、彼女は有している――と俺は思っていた。


 だがしかし。


 現実は非情だ。


 一般的な魔導戦士の朝の特訓で一番初めにやること。
 それはいつの時代も変わらない。


 魔力測定。これに尽きる。


 俺が個人的に用意したものなのだが、水晶に手をかざすと光り輝いて魔力の強さと現在の流れの安定性を示すというものだ。
 魔導戦士は魔導学院でも朝から同じことをする。
 なにせ、魔導を扱うのに魔力が不規則な状態・または制御できない程乱れていると魔導の行使に悪影響を及ぼすからだ。


 少しでも魔力があるなら光るソレは、いつものごとく俺が触れても何も起きない。当然だ。俺の魔力はないのだから。
 だがこのシオンは違うはずだ。
 魔族であるが故に、魔力を持つ。
 それは常識であり、不変の真理のはずなのだが――


 彼女の手が水晶に触れても何一つとして水晶に変化は起きないのだ。


 これで五日目。


 魔力を使い果たした状態から水晶の反応が出るまでは、概ね三~最悪でも五日ほどで回復するのだが……。
 この結果を見るに、この少女は魔導の才能や魔力の類が何もないということになる。
 ありえないことなのだが、一応確認はしておこう。


「……なぁ、もしかしてとは思うが、シオンって……魔導が使えないのか?」


「ん。そう」


 なるほど。
 これは思ったより魔導戦士への道は遠いぞ。
 ありえないこととはいえ、実際に今その生命体に会ってしまっているのだから。
 俺は人間だ。魔力がないのは生まれつきで仕方がないと思っていたが、まさか魔導と縁の深い魔族でも魔力がないものが生まれるものなんだな。


 ――とまぁ、そう結論を出しても、魔導戦士になれないわけじゃない。


 今までは効果的な鍛錬方法とか魔導理論とか色々話をしたのだが、どうやらついてこれていないようだったので今回から基礎の基礎から教えることにしたのが功を奏したな。


 先入観は良くないというのが身に染みて分かった。
 まずは知識の確認から済ませるか。


「魔導戦士がどういう職業かは知ってるよな?」


「知ってる。魔導の神秘を極めた戦士。強い」


 ……あ、そういう認識なのか。
 確かに間違ってはいない。


 間違ってはいないのだが俺が聞きたいのはそういう事じゃない。


「魔導戦士というのは、魔導も戦士としての技量も優れた、王国に所属している精鋭たちのことを言う。それか、そういう教育を十二分に受けて資格をもらえた奴のことを言うんだ。そして、王立魔導学院の入学試験は一般人からしてみたら遥かに高いレベルにあるらしい。裏口入学でもできれば魔導を使えないシオンでも入れるんだが……実家は貴族か何かか?」


 貴族だったら入学に際しての面倒は全部免除できて、魔導学院で教育さえ受けられれば魔導戦士の資格が手に入るんだが……。
 実力だって俺が教えればそこそこまではいくだろうし。


「……言っちゃだめって言われた」


 なるほど。ここで秘密にされるとちょっと気になるが大体見当はついた。
 シオンちゃんは本当に正直だな。
 誤魔化さないで口を滑らせてくれる娘は大好きだ。


 だが、あえてここはそれに言及しないでおく。
 聞かれても困るだろうしな。


「弱ったな。裏口が使えないとなると……実力で受けるしかないのか。入学試験はいつだったか……」


 俺はカレンダーを見つつ、あらかじめ入手しておいた受験要綱の日付を見る。
 ふむ。一週間後か。


「ねぇ……本当に私、魔導戦士になれるの? あなたの教える魔導はすごく難しくて良くわからない……。おまけに私の魔力は生まれつきないみたいだし……」


 ここにきてシオンが不安そうに俺の顔を見つめてきた。
 かわいい。


 だが心配することはないだろうと思う。自信も何もあったもんじゃないが、魔導が使えないうちから自信があったらそれはそれで問題だ。
 魔導というのは精神がモノを言う。魔力を扱うのもすべて精神力で補うのだ。
 あぁ、あくまで俺の場合は、だが。


「いや、なれると思うぞ? 俺だって魔力ないけど試験を受けて魔導戦士になれたし。昔の話だけどな。――それに、今まで俺が教えてたのはどうやら魔導戦士になった後で学ぶべき内容だったみたいだしな。すまん」


 頭を下げて謝罪する。
 教え方が根本から間違っていたのだからシオンに非はない。
 それとは別の理由として、この若さで魔導戦士を目指すなんて、若き日の自分を見ているようで少しテンションが上がってしまったのだ。情けないことだが。


 一般常識的には、魔力が無ければ魔導の行使はできないと言われているが、それは大きな間違いなのだ。
 数百年前と何も変わっていない魔導指導に少しがっかりするが、秘匿されているのは理由があるのだろう。
 貴族やなんやらの利権とか、人種による差別とか――そこらへんがどうにも絡んでいるらしい。よくわからないが。


「あなたは悪くない……。悪いのは私。魔導さえ扱えていれば、おそらくあなたの魔導は理解できたはず」


「理解なんてしても意味はないさ。アレは君にとっては根本から間違っていたからね」


「え……どういう、こと?」


 シオンちゃんは呆けた表情になった。


「俺は今まで君に対して全く役に立たないことを教えてた。それはなぜだと思う?」


「……? わからない」


「簡単なことさ。君に魔力があると思ってたから――だけど、心配しなくてもいい。魔力がないものは、魔力がないものなりに、魔導を行使する術があるんだから」


 俺の言葉を聞くとシオンちゃんは驚きに目を見開いた。 
 そりゃそうだろう。現代の常識では使えないと散々言われてるだろうからな。


「本当に? 本当に……私でも、出来損ないの私でも、魔導を使えるの?」


 どうやらシオンの心に希望の灯が燈ったらしい。
 これならいけるな。


 そう確信した俺はベッドに座る彼女の前に跪いて右手を差し出した。


「当り前さ。俺を信じて着いてきてくれるなら――貴女を世紀の大魔導戦士にしてみせよう」


 やった途端、しまった、と思う。
 悪い癖なのだ。芝居がかった動きをしてしまうのは若いころから何一つとして変わってない。


 そんな俺の杞憂とは裏腹に、それが最後の頼みの綱だと思ったのだろうシオンは、俺の右手をしっかりと握る。


「よろしく……お願いします」


 さぁ。魔導を始めよう。



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