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髑髏の石版

奥上 紫蘇

十一章 ~亡命~

坂田探偵が目を覚ますと、そこは探偵事務所内のソファの上だった。時計の針は十時をさしている。東から射し込む日の光が、今は午前であることを告げている。
坂田探偵は住まいと事務所を分けているため、本来ならば事務所のソファで寝るなんてことはないはずなのだが。と自分ながら不思議な気持ちになった。
坂田探偵があの家から脱出したあと、記憶はほとんど吹き飛んでいた。
脱出してから坂田探偵の行動を軽く振り返っておくと、あのあと坂田探偵は栗森警部を呼び、栗森警部に全ての事情を話した。そのあと、坂田探偵は事務所に戻り、事務所内においてある木崎助手の持ち物などをまとめていたが、ひどい疲労に襲われ、夕方あたりに寝てしまった。そして、今に至るのである。
我ながらここまで記憶が消し飛んでいるのは不思議である。これも、何かしらの超能力者の作用が働いたのではないかと錯覚するくらいに感じられた。
その頃、栗森警部は川坂絵里、木崎助手の遺体がある屋敷に捜査のため向かっていた。
坂田探偵事務所にある固定電話は留守番電話になっており、一件のメッセージが届いていた。そのメッセージこそ栗森警部からのメッセージなのである。
坂田探偵からの応答がないことを心配になった栗森警部は、一度坂田探偵事務所を訪れた。
驚くことに鍵が開いていたのだから、非常に不安は増していた。だが、中に入ってみると、ソファに坂田探偵が寝ていた。きっと坂田探偵はお疲れなんだろうと感じ、こっそり探偵事務所を抜け出した。

栗森警部からの留守番電話のメッセージを聞いた坂田探偵は、あの屋敷に行こうとはせず、即座に支度を整えて川坂氏のもとへ向かった。

川坂氏は、川坂絵里の遺体が発見されたこと。かつ木崎助手の死亡などなど精神的にかつてこれほどまでにないショックを受け、落胆していた。もう誰とも会いたくない。ならこのまま超能力者に殺される運命ならば、いっそのこと自殺した方が楽なのではないか。とまで考えた刹那、坂田探偵のことを思い出し、すぐにその考えは頭の中から消え去っていた。

川坂氏は、誰とも会いたくない心情であったが、ただ一人坂田探偵だけは特別である。絵里と超能力者との戦いにおいて、傷を負ってまでも守ろうとしたその行動は信用に値する。どうせこのままでも、超能力者に殺されるのは目に見えている。なら、行動を起こさずにはいられない。その行動こそが、坂田探偵に縋(すが)ることである。

まるでお互いの考えが合致しているかのように、坂田探偵は川坂邸のもとを訪れていた。
川坂氏は、坂田探偵の姿を窓越しに覗き、少し安心感を覚えた。
坂田探偵はインターホンを鳴らし、川坂邸へと入っていった。

坂田探偵は、広いリビングへと通された。最初に来た時とは違い、静かな感じがする。また、照明が前よりもより暗く感じた。天気が曇っているせいもあるのだろうが。
「すみませんね。」
坂田探偵から出た最初の一言は、川坂氏に対する謝罪の言葉だった。
坂田探偵は、僅かな角度であったが頭を下げて謝罪した。
だが、坂田探偵と川坂氏の境遇は同じようなものである。
「いえいえ。聞きましたよ。坂田探偵の助手さんも命を失ったようで...」
川坂氏がその言葉を言った途端、これは言ってはいけないことだったのではないか?と焦りを感じた。だが、もう言葉に出してしまったので致し方ない。少しきまりが悪い様子を見せ、川坂氏はううむいた。
だが、特に気にも留めなかったのか、あるいは川坂氏への配慮をしたのか、坂田探偵は川坂氏の言葉に対して極めて自然かつ木崎助手の死で自分自身が動揺しているのをうまく隠しながら反応した。
「ええ。あなたも二人の娘を失い、私も二人の助手を失いました。つまり、お互いの境遇はよく似ています。」
坂田探偵は淡々と話した。川坂氏はうつむいたまま、顔を上げなかった。
坂田探偵はそんな川坂氏の様子を見て、さらに言葉を続けた。
「私には何も失うものはありません。ただひとつ、川坂氏をお守りできるか否か。それこそが私に残された最後の使命です。」
坂田探偵は変わらず淡々と話していたが、これは今まで述べていた憶測云々とは違って、言い切った形で述べ終えた。ゆえに、口調こそ変わらないものの何か違ったものを感じさせた。
それこそ今の精神状態を考えれば、まさしくこの言葉はもっとも川坂氏の心に響いた言葉であると言っても過言ではない。
自分を守ってくれることを「使命」と誇り持って決意する坂田探偵を見て、川坂氏は再び顔を上げた。
そして、坂田探偵は手を差し伸べた。
「ほら、一緒に頑張りましょ。」
坂田探偵の表情には少々の無理が見えたものの、このときは笑顔だった。
二人は固い握手をかわした。

その後、いよいよ作戦を練るときがきた。
握手し終えるや否や、坂田探偵は「ちょっと探させてもらっていいですか?」といい、この部屋のコンセントやテレビのリモコンなどを凝視、そしてテレビのリモコンの電池を一度外してまたつけ直したりと、普通ではない行為が目立った。
川坂氏は、「何か意図があるんだろうな。」と思いつつも、なんだか空き巣、荒らしの犯人を傍観しているかのように思えてならなかった。
坂田探偵がある程度物色し終えたあと、坂田探偵は川坂氏のもとにかけよってこう言った。
「すみませんね。まあ、でもとりあえずのところは大丈夫のようですね。」
なんだか坂田探偵は安心そうな顔をしていた。
ただ、川坂氏にとっては一体何が大丈夫なのかがさっぱり分からない。
だが、次の坂田探偵の一言で何かがストンと落ちたかのごとく川坂氏は、その坂田探偵の行動の正当さを認めたのである。
「盗聴器があるかどうかの確認です。」
ああ、なるほど。と思った。川坂氏は、盗聴器についての知識はあまりないが、コンセントに仕掛けられていることが多いという偏見はある。確かに、それならば坂田探偵の行動は説明がつくのである。
さらにいえば、超能力者は盗聴器を多用してくるため、こういった盗聴器があるか否かハッキリさせるというのは、非常に大きな意味を持つ。
特にこの大事な場面において、盗聴器が仮に仕掛けられていたとしたら、これから坂田探偵のやろうとしている策略、計画が全て水の泡だ。
「さて、では盗聴器がないことも分かりましたし、これから作戦を練りますよ。」
作戦を練るといっても、坂田探偵は既に案を持ってきている。用意周到な坂田探偵にとって、依頼者の元を訪ねる時に何らかの案というのを、曖昧な形であったとしてもまとめるのが普通だった。
「ええ。」
「まあ、私の考えている案を簡単に述べると、それは逃亡ってことですね。」
「逃亡ですか?」
川坂氏は少し不安な気持ちになった。逃亡という言葉は犯罪者に使われるイメージがあるためだ。
「ええ。絵里さんの例もあるように、警備しても無駄ならば逃亡するしかないと思っています。」
川坂氏は不安に思いつつも、頷くだけで特にそれ以外の反応は示さなかった。
「どうですか?」
坂田探偵は川坂氏に聞いた。反応が微妙だっためもあるだろう。
川坂氏は少し手を震わせながら言った。
「逃亡って、リスク高いように思えるんですけど。」
声も少し震えていた。
坂田探偵は少しの沈黙の後、こう答えた。
「確かに逃亡のリスクは高い。けど、逃亡しないでここにいたとしても、結局のところ超能力者に襲われる可能性は高いんですよ。」
川坂氏は超能力者に襲われる前提で話が進んでいくことに嫌悪感を多少抱いていた。確かにそれが事実なのかもしれないが。いずれにしろ、この話し合いにおいて栄光の光よりも一寸先の闇の方が近いということを川坂氏は悟った。
できれば、自宅にいたいというのが彼の心情だった。
だが、川坂氏がその旨を伝えた時、坂田探偵は眉を少し顰め、あまりその案を受け入れてくれる感じはしなかった。
「もちろん...おまかせしますけど。ただ、あなたが長く生きたいのなら、逃亡の手段を選ぶことをおすすめしますよ。」
これまで「逃亡一択」だった坂田探偵から、「おまかせする」という選択肢を出してきた。だが、それはむしろ「逃亡」の手段を強制的に選択してくれと言っているようにしか川坂氏には感じなかった。
と同時に、川坂氏をなんとかしてでも生かしたいという坂田探偵の思いを感じ取ることが出来た。
逃亡という言葉の嫌悪感と、逃亡することの嫌悪感が渦巻いて、一瞬間坂田探偵に対する信用を失っていた川坂氏は、ようやく冷静を取り戻したのである。
「どうやって逃亡するか自信ないんですけど...」
川坂氏は不安を漏らすと、坂田探偵は笑みを浮かべてこう言った。
「大丈夫ですよ。逃亡するための準備は企ててあるので。」
そう言って、坂田探偵はポケットからサングラスを取り出した。
「まずは変装ですね。」
サングラスを机上に出された時、川坂氏は失いかけた不安が波のごとくまたやってきた。
 「大丈夫ですか?むしろサングラスとかかけたら逆に目立ちそうですけど。」
「いや、むしろお似合いですよ。」
坂田探偵は、楽観的に見えた。そこまで、深刻に捉えていないらしい。
「まあ、とりあえずかけてみてくださいよ。」
川坂氏は言われるがままにサングラスをかけてみた。
「ほら、お似合いですよ。鏡見てきては?」
坂田探偵がやけに褒めるため、どんなもんか気になった川坂氏は、そのまま鏡のある洗面所へと直行した。
自分で見てみたが、正直あまり似合っていないなぁと微笑した。
再び、リビングに戻った川坂氏が次に見た光景は、机上にある茶色の帽子だった。
普段、帽子に縁もゆかりも無い川坂氏にとっては、川坂邸のリビングの机上に帽子が置いてあること自体稀に思えた。
「これは...?」
「君が被るんだよ。」
川坂氏は、言われるがままに帽子を被った。目深な帽子であり、いわば変装用といっても差し支えないほどだった。
「うん、いい感じ。いい感じ。」
坂田探偵は嬉しそうな表情を浮かべて川坂氏にそう言った。
「似合ってますか?」
「もちろん。これなら変装だと言われても分からないだろ。」
川坂氏は内心、この帽子にサングラスの格好ではすぐに変装だとバレるのではないかという懸念を抱いていた。
「ちなみに、もちろん私も変装するよ。」
坂田探偵はこう言って、サングラスを取りだした方とは別のポケットから何やら道具を取りだした。なんとバリカンである。
「ちょいコンセント借りるね。あと、何か新聞紙とかないですか?」
「え、まさか...」
「ええ。ちょっと切らせて貰いますね。」
川坂氏は一瞬硬直した。まさかバリカンを所持していて、しかも他人の家で刈ろうとするとは...。正直、坂田探偵のことをこれまで普通のまともな探偵と思っていたが、この僅かな出来事で大きく印象が変わった。普通のまともというよりかはむしろ真逆のように思えた。
普通の人からすれば不審に思われるこの行動だが、どうしてもそうしなければいけない背景があると思うと、川坂氏は坂田探偵から離れようとは一切思わなかった。
丸刈りにしたわけではないが、坂田探偵はかなり短く髪を切った。新聞紙に落ちる数多の髪の毛がそれを物語っている。坂田探偵の髪はいわば坊主にした野球部の髪の毛の発達途上だった。
「まあ、こんなんでいいですかね。」
坂田探偵は、サングラスの入っていたポケットから縁が赤色のメガネを取り出して、すぐさまそのメガネをかけた。
「次にですけど...」
川坂氏が口を挟む間もなくトントン拍子に話が進んでいく。
坂田探偵はどちらかと言うと落ち着いているのだが、その坂田探偵が早く進めているのを見て、坂田探偵にも焦りが見えているというのが川坂氏視点からも見えた。もちろん、超能力者がいつ我々を襲ってくるか分からないという恐怖に怯えながらの行動であるがゆえ、焦らない人はいないのは言うまでもないのだが、それだけでなく他の要因も何かしら絡んできている。と、理論的に説明できないながらも、そんな感じがした。

「セルフ身体検査をしてくれますか?」
坂田探偵がそう言ったが、そもそも"セルフ身体検査"とは何ぞやと言った感じで、川坂氏にとって初見では全く分からなかった。
「自分で身体検査をするんですよ。万一、発信機が取り付けられていたとしたら、これまで用意周到にやっていたとしても無意味ですからね。」
その説明を受け、ようやく川坂氏は納得した。
自分で、自分の服のポケットを調べ終えた後、特に何もなかったことから少しの安堵を覚えた川坂氏は、さらに次の指示を仰いだ。
「じゃあ、次に脱出経路の確認ですけど...」

ここからはほとんど詰まらない会話が延々と繰り広げられるだけなので省略する。

とにもかくにも、坂田探偵が川坂邸に入ってから約二時間ほど経った後、二人はこっそりと川坂邸を出た。
と同時に、黒色のタクシーが川坂邸の前に到着し、坂田探偵と川坂氏はそのタクシーに乗り込んだ。
不安と悲愴を秘めたタクシーが都内を走った。

タクシーの中で、坂田探偵はこの事件についての推理を始めた。
この事件における謎はいくつかあるが、その中であげられるのは、桜子の葬儀において、どのようにして絵里の服のポケットに石版を入れたのか。また、絵里の密室状態にあった部屋からどのようにして絵里を誘拐したのか。そして、木崎助手があの屋敷で超能力者の姿を見かけて追跡したにもかかわらず、入った唯一の部屋にあったのは絵里の遺体だけ。という謎。この三点が主な謎だろう。
全て超能力者の「超能力」ということにしておけば、ある程度事件の解決のために強引に進むことが出来るものの、坂田探偵はそれを決して許さなかった。
完璧主義に近い性質を持つ探偵にとって、この事件の謎を「超能力」で済ませるわけにはいかないのである。

坂田探偵は一度、超能力者=栗森警部と仮想して推理をしてみた。ただ、その場合この三つの謎を解明するには至らないのである。

なにしろ、超能力者は証拠を残してしまうため、むしろそれが逆に決定的な証拠を出さないものとなっている。
既に犯人の割れてる事件を解明するのは、普段使用する推理要素とは本質的に異なるため、難しいものとなる。
とりあえず、一つ目の謎について推理してみた。
桜子の葬儀について。
絵里のポケットに「死」と血文字で書かれた紙を絵里本人が発見し、彼女自身のバッグを調べてみたところ、大量の髑髏の石版が見つかった。バッグは葬儀場内ですり替えられたものであり、バッグ、血文字の紙、石版全てに超能力者の指紋が検出された。
つまり、超能力者が葬儀場内にいたという明確な事実を示している。
しかし、超能力者の姿は葬儀場内にはどこにもなく、葬儀場の防犯カメラの解析により、超能力者が途中で抜け出した可能性も否定された。
考えられる可能性は主に三つ。
1つ目は、どうにかかいくぐり潜入して、超能力者が抜け出した可能性。
2つ目は、超能力者が何者かに変装して、葬儀場内に侵入した可能性。
3つ目は、予め指紋をつけておいたバッグ及び血文字の紙を超能力者の手下が潜入して、仕込んだ可能性。
どの可能性も、完全に説明するには不完全な要素があるのだが、坂田探偵は3つ目の可能性が一番高い可能性であるとふんだ。
3つ目の可能性の場合、まず超能力者の手下が葬儀の参列者にならねばいけないという条件があるが、仮にこの条件を満たした場合、残る問題はすり替える前のバッグのありかである。
すり替える用のバッグは容易に用意できるのだが、すり替えた後のバッグの処理がうまくいかない。
だが、かつて最強といわれた指紋という証拠にまつわる問題は唯一この場合のみ発生しない。
ゆえにこの可能性が一番考えやすい。
ちなみに、絵里の持っていたバッグの中身はハンカチ、タオルくらいだったらしいと絵里の記憶がそう言っていた。
すり替える前のバッグの中身はほとんどないに等しいため、何らかのトリックを仕掛けるには好都合のように思える。
ただ、なかなかそのトリックが思いつかなかった。
すり替える前のカバンを加工しようにも、まず道具が必要だ。事件発覚後に身体検査を行ったため、実質道具なし。あるいは、全くお咎めをくらわない道具を利用せねばならない。そして、仮に加工に成功したとしても、その加工したものをどうするかという問題が残っている。警察の捜査からはずれられるのうに改造できるかどうかという問題がある。
いずれにしろ、坂田探偵のその推論が当たっている(いわば、三つのうち一つがあたっている)とするならば、葬儀参列者からチェックをしていけば、何か分かるかもしれない。と、ここで坂田探偵は一旦区切りをつけた。
そして、坂田探偵はぐっすりと車内で寝てしまった。

十分くらい経ち、坂田探偵は川坂氏に起こされた。
どうやら目的地についたようだ。
立派にそびえるレンガの建物。古き良きと言えるだけでなく、大きさから近代の要素も兼ね備えた、まさしくいいとこ取りの建物。行き交う人も多いが、それはまさに陸と陸をつなぐ架け橋を通ってきた人達であり、普段見かけないような黒人の人が通ったり、あるいは何か怯えている様子で歩いている人もいた。
「で、東京駅着きましたけど、ここからどうするんですか?」
川坂氏はヒソヒソ声で囁いた。
「逃げるためには、やっぱりでかい駅だろ。」
と、当たり前のように坂田探偵は言った。そして、ヒソヒソ声でさらに続けた。
「いいか。これから逃亡するにあたって、何か不審な動きをするかもしれないが、なんでこんな動きをするのか。とか聞かないで欲しい。とりあえず、指示に従って欲しい。」
「分かりました。」

二人は、東京駅へと入っていった。混雑する駅構内、まず坂田探偵は切符売り場に行き、切符を購入した。
そして、その切符のうち一枚を川坂氏に手渡した。
「さあ、入るよ。」
坂田探偵の指示を受け、川坂氏は自動改札機へと入っていった。
切符が吸い込まれ、再び現れる。
逃亡劇の始まりを告げた。

ありきたりな会話が流れ続ける駅構内だが、その全ての声が悪魔の囁きの如く川坂氏にとっては聞こえた。
中央線に乗るために昇る階段も、一段一段が重く感じた。
ホームに着くと、既に止まっている高尾行きの快速始発電車が止まっていた。
坂田探偵は、電光掲示板に示されている「高尾」の文字を見て、あの木崎助手のことを再び思い出した。そして、一瞬立ち止まった。
まるで操り人形かのごとく操られている川坂氏にとって、なぜ坂田探偵が立ち止まったのか分からなかった。これも何か意味があるのだろうと感じるほどだった。
理由を聞きたい衝動に一瞬駆られたが、忠告に従う方を選んだ。
始発電車の三両目に乗り込むと、一分経たぬうちに電車が発車した。
坂田探偵と川坂氏は開いていない方のドア付近で、手すりを掴んで乗っていた。
沈黙のまま、ただただ列車の走る音が聞こえるだけだった。坂田探偵は、あたりをキョロキョロと見回し、もし彼がどこかの店にいたら通報されてもおかしくないくらい、挙動不審だった。あるいは、混雑列車でも痴漢を疑われる可能性が否めないほどであった。

意外にも、彼らはすぐに降りた。表示されている駅は「新宿」。
川坂氏は不思議に思う節があった。
普通、亡命といったら人がいないところ、人目のつかないところに逃げるのが普通であるのだが、この場合、むしろ乗降客数が一位の駅である新宿駅を選択したためである。
だが、裏を返せばそのくらい大きな駅であるがゆえに乗り換えの自由度は高まるといえる。

実際、ここから彼らはすぐに山手線に乗り換えた。品川方面に進み、品川で降りた。
そして、そのあと東海道線へと乗り継いでいった。
乗り継いでいくときに、発車間際ギリギリに敢えて降りたり、乗ったりといったことを繰り返し、万が一の尾行を振りまこうと必死だった。
茅ヶ崎で相模線に乗り換え、八王子へとやってきた。
ここらへんの移動については詳しくは省略するが、いずれにしても彼らは多大なるストレスを抱え、またあるか分からない超能力者の尾行に恐れながら進んでいた。
結局、中央線の高尾の先の駅で彼らは下車した。
乗り換えにおいての待ち時間がほとんどなかったことや、迷わずただただ突き進む坂田探偵の姿を見た川坂氏にとっては、坂田探偵が恐らくこのルートを準備していたように思える。
西日が差し掛かり、夕焼けに包まれた。

継いで彼らは、一日三本しか運行していないバスにちょうどのタイミングで乗り継ぎ、山奥へと吸い込まれていった。

山奥にあったのは、一軒の民家だった。
坂田探偵と直接交流があるわけではないが、坂田探偵の友人と深い関わりのある民家だそうで、この民家には老夫婦が住んでいた。
どうやら、川坂氏を住まわせてくれるらしいようだ。
民家の前に立ってる老夫婦の笑顔がまるで仏のように川坂氏には感じた。

民家に入る前、坂田探偵はこっそりと川坂氏に言った。
「一応、あのお方たちには君の名前は"鎌田"として通ってるから。」
「はあ。つまり、偽名を使えってことですか?」
「そうそう。」

ただ、それだけしか会話を交わさず、坂田探偵は川坂氏に対して万年筆とノートをこっそりと差し出した。
川坂氏は何か言おうとしたが、坂田探偵はすかさず手を振ってくるのでここで別れるほかなかった。

坂田探偵はこの長い山道を歩いて駅までたどり着いた。
これまでの長距離の移動も相まって疲労は限界に達していた。
結局、坂田探偵はその駅で一晩を過ごすことにした。

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