髑髏の石版

奥上 紫蘇

第六章 ~葬儀~

桜子の遺体の状況をみると、死因は失血死。一度別の場所で腹を刺されており、それが致命傷となった。刺された回数は一回だが、それで確実に仕留めているところに、超能力者の犯行の正確さがうかがえる。
一方、清掃員の方だが、名前は時津戒斗。46歳。このデパートでトイレ清掃をしている清掃員だ。
死亡推定時刻は、坂田探偵が遺体を発見するほんの少し前。まだデパートが開店していない時間に時津が男子トイレにいたというのは気になるが、恐らく超能力者に口封じされたのだろうということは推測できる。
足元に書かれた「超能力者」の血文字。ここから桜子の血液が検出され、超能力者の指紋が検出された。また、四枚の石版がこの血文字の隣にあったが、その四枚の石版からはそれぞれ、「超能力者」の漢字が一字ずつ書かれていた。そして、あとから調べてみてわかった事だが、風間助手が死に際に持っていたあの石版と同じく、髑髏のマークが浮かび上がってきた。尚、これは超能力者が乗り捨てた車から発見された四枚の石版も同様の結果であった。
なお、抜けた天井(床)だが、これに関しては天井(床)が開閉式となっていて、スイッチ操作で簡単に開閉ができるように細工されていた。このような大掛かりな細工が施されているところに店長含め誰も気づいていなかったところをみると、超能力者は割と最近のうちにこの仕掛けを施したのだろう。いづれにしろ、超能力者がなぜここまで大掛かりな仕掛けをしたのかといえば、恐らく"演出"のためだろう。
遺体が目の前で落下する様を見せつけたかったのだと思われる。

朝の九時すぎ、坂田探偵と栗森警部は川坂邸を訪れた。そして、言いたくはなかったが、事件の事実を川坂氏に伝えた。
「実はですね、桜子さんを発見しました。」
栗森警部が深刻そうな表情で川坂氏を見つめながら、こう言った。
「そうですか。」
川坂氏は、桜子が発見されたということを聞いて一瞬だけ喜んだ。だが、栗森警部の表情を見て、彼はすぐに察した。
「あ...まさか...」
「ええ。言いたくはないんですけど、そのまさかです。桜子さんが銀座のデパートで遺体となって発見されました。」
栗森警部がリビングにあるテレビをつけると、ちょうどそのデパートで起きた事件が速報となって流れていた。
川坂氏もその速報を見て、心の中に絶望を感じた。もう戻ってこない自分の娘。超能力者に憤りを感じるのは当然だが、それよりも悲しい気持ちの方が強かった。川坂氏は涙こそ流さなかった。いや、あまりにも悲しい気持ちが強すぎて川坂氏は涙を流さなかったのだろう。
「川坂さん...本当に申し訳ないです...事件を防ぐことが出来なくて...」
栗森警部が、川坂氏に謝罪した。とはいっても、仕方ない部分はある。あの頃、坂田探偵は風間助手毒殺事件にしか手が回らなかったし、どの道誘拐されたとなれば、いくら警察が手を回したところで後手後手となるだけだ。事件を未然に防ぐには、事件が発生する前に対処しなければならない。当たり前のことであるが、事件が発生してからでは遅いのである。
「川坂さん。悲しい気持ちは分かりますが、まだ事件は終わっていません。始まりにすぎないのです。ですが、必ずや私が超能力者の犯行を防いでみせます。」
坂田探偵が自信ありげに川坂氏に言った。だが、坂田探偵が超能力者を捕まえられる自信が本当にどこまであったのかは本人しか知る由がない。ただ、川坂氏を励ますために自らを奮い立たせたかのように感じられるが、だが、坂田探偵も立派な探偵だ。実力では、赤坂探偵にひけをとらない。
坂田探偵は、これ以上の事件を食い止めることができるのか。また、超能力者を捕まえることはできるのか。

坂田探偵が川坂氏と話した後、坂田探偵は一度探偵事務所に戻った。
事務所に戻ると、まずは坂田探偵は赤坂探偵に電話をかけた。協力を要請するつもりだ。
「もしもし。こちら、赤坂探偵事務所です。何の用でしょうか。」
電話をかけると、意外にも聞こえてきたのは女の声だった。出たのは、赤坂探偵の妻である赤坂玉子だった。
「あ、坂田探偵です。」
「ああ、坂田探偵。いつもお世話になっております。何の用でしょうか?」
「超能力者事件についてなんですけど、一緒に協力できないかと思いまして。」
「ああ、すみません。いま、主人は海外出張に行っておりまして...戻ってくるのは二週間後あたりを予定しているんですが。」
「ああ、そうなんですか...」
坂田探偵は、この大事なときになんで海外に行ってるんだ...と思ったが、仕方ない。これなら、これで自力で超能力者事件を解決してみせると、むしろおかげでやる気になった。
「それでは、すみません。失礼します。」
坂田探偵は電話を切った。
電話の相手、赤坂玉子は黄身の悪い笑みを浮かべながら、ベッドへと向かい、そのまま昼寝を始めてしまった。

二日後、桜子の葬儀が行われた。時刻は夕方。普段なら、真っ赤な夕焼けが見える西の空も、今日はすっかり黒い雲に覆われていた。
葬儀には、栗森警部や坂田探偵も参加していた。参加していたというよりかは、厳密に言えば潜入してたという方が正しいだろう。
いつどんな犯罪が次に待ち受けているかどうか分からない。そのため、葬儀にも潜入してもう一人の川坂氏の娘である川坂絵里を守らなければならない。
川坂絵里は既に成人しており、桜子とは九つ離れている。格好は、大人の女性という感じで年の割に若くは見えない。だが、悪い意味ではなく大人びてると言った方がいいのだろうか。髪は一つ結びで、髪の色はこげ茶色に近い色である。表情を見るに優しそうな顔をしている。また、両耳にはピアスをつけている。彼女の勤め先は、川坂庄太郎のつとめる会社で、川坂庄太郎の秘書を務めている。のちのちは社長になるかもしれない候補の一人で、一度決めたことは何があろうともやり通す性格。ゆえに、客観的にみると厳しく見えてしまうのだが、実際は彼女は甘えん坊で、意志は強いが本当はぬるぬると生きていたい。一面、強がりな部分があるのかもしれない。
葬儀は厳粛な雰囲気かつ、悲しみに包まれて行われた。超能力者事件の被害者ということで、マスコミも数多く押し寄せてきたが、警察はそんなマスコミの入場を制限した。
参列者の中には涙を流す者も大勢いた。小さい頃の桜子の面倒をみてくれた近所の人や、桜子の同級生、友達、親友、担任の先生...
桜子の死は、たくさんの人々に悲しみを与えた。もっとも、桜子に関係の無い人でさえもニュースなどを通じて、僅か13歳の幼い子の命が奪われたという事実に対して、悲しみを感じ、また桜子のことを可哀想と思う。
坂田探偵にとっては、前日に風間助手の葬式がとり行われたため、二日連続の葬式となった。風間助手の死亡についても、多くの人に大いなる悲しみを与えたのは間違いないが、やはり風間助手の死亡よりも桜子の死の方が人々に衝撃を与えたのは間違いなく、それが葬式の参列者の数にも比例している。
さて、そんな多くの人が参列したこの葬式であるが、葬儀が始まる前に事件が起きた。
川坂絵里が、服のポケットに何か入っているのを感じ、ポケットに手を入れてみると、そこにあったのは一枚の紙切れだった。
その紙切れに書かれていた文字は、「死」の一文字。しかも、血で書かれている。
これを見た川坂絵里は、思わず声をあげてしまった。厳粛な雰囲気の中だったため、かなり目立ち、周りにいた人の視線が全て絵里のもとへ注いだ。
絵里の近くにいた栗森警部と坂田探偵が、すぐさま絵里のもとへと駆け寄った。
「どうしました?」
栗森警部がまず声をかけた。
「こ...これを見てください...」
絵里が栗森警部に紙を渡した。
紙に書かれていたのは、「死」の血文字。栗森警部は、非常に驚いた。というよりかは恐怖の気持ちが強いのは否めないだろう。
「大丈夫です。これは、ただ単に我々の恐怖を煽っているだけ。」
坂田探偵が絵里の耳元で囁いた。
「超能力者がここまで抽象的な犯行予告は出さない。ゆえに、これは犯行予告じゃないから。」
確かに坂田探偵の言うことはもっともである。超能力者の犯行スタイルとしては、もっとはっきりと犯行予告をしてから犯行に臨むか意表を突くかどちらか。ここまで中途半端なことはしないのである。
とまで考えると、この「死」の血文字を書いたのは超能力者じゃない可能性まで出てくる。
だが、その"模倣犯"の可能性はすぐに否定された。
絵里のバッグを確認してみると、いつの間にか絵里のバッグの中身がすり変わっており、中に入っていたのはたくさんの石版...
何も刻まれてはいないが、あとで警察の捜査によって、あの石版が"髑髏の石版"であることが判明した。
マスコミにおいても、髑髏の石版の件については何も明かされていないため、この事件が模倣犯である可能性は消えた。
また、あの「死」の紙を調べてみると、血は川坂桜子の血であることが判明し、またあの紙からは超能力者の指紋が検出された。さらに、あの石版からも超能力者の指紋が検出された。
絵里が、葬儀場内に自分の荷物を少し置いている間に中身がすり替えられた。そして、その荷物のチャックからも超能力者の指紋が検出された。ゆえに、超能力者がこの葬儀場内にいるということだ。
葬儀場に入って、そこから出た者は誰もいない。葬儀場内を調べれば超能力者を特定できる。
警察は葬儀が終わった後に、全員を対象として指紋の検査をした。
だが、不思議なことに誰からも超能力者の指紋を検出する人は発見されなかった。
一体、なぜなのだろうか。
超能力者は一体、どうやってこの葬儀場内から抜け出したのだろうか。
出口は一箇所。かつ、周りはマスコミやらなんやらで騒いでいて、窓から出たところをみた人は誰もいなかった。というより、古い葬儀場のため、窓が開かない。つまり、そもそも窓から脱出するのは不可能なのだ。
超能力者は、またひとつ奇術を使い我々を錯乱させていく。

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