生きる意味のなかにいたはずの君が消えた日。

RAI

風奈 新 ②


朝、散歩に出かけて家に戻ると明瑠あらる海流かいるもいなかった。

凪海なみがご飯を食べていたので一緒に椅子いすに座り、ついていたテレビを見る。

昔と変わらずまだ俺のイスは残っている。

テレビの奥に反射してうつる凪海なみの姿が見える。

でも、その周りには誰の姿もない。

あぁ、俺はいないんだって改めて実感じっかんさせられる。

1時間くらいは凪海なみと一緒にいた。

姿も見られないし、声も聞かれないけど、昔に戻ったようだった。

たまに何かを感じたのか、見えないはずの俺をじーっと見つめた。

一瞬いっしゅん期待はするけど、その期待には応えてはくれなかった。

俺は家を出て秘密基地ひみつきちに向かう。

俺が幽霊ゆうれいになってずっといる場所。

この中のものにだけはなぜかれられた。

あの日からだんだん誰も来なくなったけどここはやっぱり1番落ち着く場所だった。

中から話し声が聞こえた。

「私…ひどいこといった…。」

明瑠あらるの声だった。たぶんあの日のことだとすぐにわかった。

「結局、仲直りできずに…ごめんもいえずに…あらたは死んだ。」

海流かいるの優しい声と明瑠あらるの泣いている声が聞こえる。

「…私のせいなんだよ。結局。…私があんなこといわなければ…!あらたは…死ななかったかもしれない。」

ちがう…。明瑠あらるの言葉に少し衝撃しょうげきを受けた。

明瑠あらるがそんなことを思ってるなんて思わなかった。

ちがう。ちがうよ。明瑠あらるのせいじゃないよ。

「その言葉だけじゃなくて、ピンもその原因げいいんだったら?」

ピン…?

一瞬いっしゅんなんのことかわからなかったがすぐに思い出す。

ゆっくりとポケットに手を入れ、中にあったかたいものを取り出す。

ひまわりのついたピン。

あの日、明瑠あらるが付けていた物。

そして、俺の探しもの。

死んで幽霊ゆうれいになってこの部屋のもの以外に唯一ゆいいつ触れられたもの。

あらたの探していたものが…」

俺の探していたものはピンだよ。

「…あらたは。事故じこじゃない。自殺でもない…。私が…殺したんだ。」

頭が真っ白になる。何で…何で俺は明瑠あらるにそんなことを言わせてるんだ?

ちがう。ちがうよ。俺は殺されてないよ?

誰にも…。あれは事故だ。俺の不注意だ。

ギィィィ…

ゆっくりとドアを開ける。

でも、何て言えばいいのか。何を言うのが正解なのか答えが出ない。

みんなの顔を見る。

みんな泣いてる。俺のせいだ。

たぶんみんな自分のせいで…なんて思ってる。

違うのに。絶対ちがうのに。

…だから、否定しなきゃ。

「ちがうよ。」

俺がここにまだいる理由。
残された理由。

神様が与えてくれた大きな希望きぼう

「俺が死んだのは誰のせいでもないよ。」

否定しろ。

悲しませたくない。

俺の死をみんなに背負わせたくない。

明瑠あらる。これ…」

そういってポケットからピンを出す。

触れれない明瑠あらるの左手に触れているように手をえ、明瑠あらるの手のひらにピンを置く。

「ピン…。」

その言葉にこくんとうなずく。

「じゃあ、やっぱり…!これを探して…。」

またうなずく。

「でも、これは俺が勝手にやったことだ。明瑠あらるのせいじゃない。」

明瑠あらるが首を横にふる。

「私のせいだよ。全部…全部。」

「ちがうよ。…俺、明瑠あらる海流かいるがいなかったらこんなに幸せになれなかったんだ。辛くて、苦しくて、いろんな人たちに迷惑めいわくかけて。でも、明瑠あらるたちに生きる意味をもらった。生きていていいんだって…。生きたいんだって。あの瞬間しゅんかんにやっとわかったんだ。だから、ありがとうっていいたい。」

あらた。俺さ。」

海流かいるが俺の前に立つ。

「ずっとお前が大嫌いで…なんでもできるお前がにくくてうらやましくてさ。だから、大会の日、あんなひどいこといった。」

泣くのを我慢がまんするつよがる海流かいるが目の前にいた。

「でも…俺…それ以上にお前のこと…大好きなんだよ。友として。家族として。でも俺、素直すなおになんてなれないからさ。いうのがこんなに遅くなっちまった。」

おさえきれず海流かいるの目に涙が浮かぶ。

それにもらい泣きしそうになる。

「あとさ。ずっと…いいたかったんだ…。全国大会ぜんこくたいかい出場しゅつじょうおめでとう。」

「…お前、いつの話してんだよ。」

思わず笑いがこぼれる。

「俺にとっては…お前はずっとライバルだし、かっこいい相棒あいぼうだから…」

こらえていた涙がすっと流れる。

「…ありがとう。海流かいる。」

そして、海流かいるの方に近づいていき、

明瑠あらるのこと幸せにしてやれ。」

と耳元でささやく。

一瞬いっしゅん驚いた顔をしてすぐに微笑ほほえむ。

あらた…。ごめん…。」

今度は美海みうながつぶやく。

「私…全然…あらたの助けになれなくて…救えなくて…」

その言葉ですぐに理解りかいする。

「お前は、何を気にしてるんだよ。」

「だって…私がもっと何かを言ってたら…何かが変わったかもって。」

いつも強気つよき美海みうなさえも泣かせてる。

「俺、美海みうなと仲良くなれて、よかったよ。」

「え?」

美海みうなと仲良くなって、ふらふらしてるこのグループをいっつもまとめてくれてさ。かっこいいなってずっと思ってたから…。だから、誰にも言えなかったことを…美海みうなにだけうちあけた。美海みうなだからうちあけられた。ごめんな。辛い思いさせて。」

鼻をすすりながら首を横にふる。

あらた…。」

つむぐの声は少しおびえていた。

何となくその理由がわかった。

「泣くな。つむぐ。」

泣くな。負けるな。大丈夫だから。

「ごめん…。ごめん…。」

必死ひっしなみだをこらえる。

それでいい。

つむぐはもう強いよ。俺の助けなんかもういらない。もう1人で歩いていける。何をいわれても、何をされても、お前は負けない。」

どうか、言葉1つ1つがもっとこいつらの力になりますように。俺のせいで涙を流させたくないから。少しでもこいつらの中に強い俺が残っていますように。

「大丈夫。頑張がんばれ。」

「…ありがとう。ありがとう。あらた。」

俺の言葉がこいつらが生きるかてになりますように。

「あーくん…」

「ちーちゃん…」

「ごめんね。私を守ってくれたから…あーくんが…。」

「ちーちゃん。そこは、ごめんじゃなくてありがとうっていうんだよ?」

泣いちゃだめだよ。

ちーちゃんは笑ってなきゃ。

「じゃないと、俺…ちょーかっこ悪いじゃん。助けといて自分が死ぬなんてさ。…だから、ありがとうっていって。」

冗談じょうだんっぽい言葉にふふっと笑いをこぼす。

「…ありがとう。あーくん。」

「うん。」

俺は小さくうなずく。

あらた…ありがとう。」

明瑠あらるがそっとつぶやく。

うん。とまた小さくうなずく。

それでいい。
みんなごめんなんて言わないで。
苦しまないで。


みんなが出ていった後、1人で秘密基地ひみつきちに残る。

俺の姿が見えるようになってやっとみんなが1つになった。

はなばなれになっていたみんながやっとまた1つになった。

新しくできた俺の願いがまた1つ叶った。

頭がふらっとしてその場に倒れ込む。

「あれ?」

体に上手く力が入らず、立つことができなかった。

何気なく手を見ると、けているのが分かった。

そっか、もう俺…消えるんだ。

前からずっと俺はどうやって消えるんだろうとか消えたくないとか思っていたけど、そんな気持ちはもうなかった。

くいなんてなかった。

少ししてやっと立てるようになったくらいの少しの力でイスに座る。

その辺に転がっていたペンを手を取り、力の入らないふるえた手を動かす。

『俺たちはさいきょう』

大丈夫。みんななら。俺がいなくても大丈夫だから。だからもう涙を流さないで。泣かないで。苦しまないで。

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