魂を統べる王は、世界を統べる~農民出身の成り上がり~

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第四話 『大鬼族~オーガ~』

大鬼族オーガ……?」

 アルベーヌからそう呼ばれた少女は、ゆっくりと立ち上がり、服についた埃を払った。
 アルベーヌの表情は、「お前と顔を合わせるだけで吐き気がする」と言わんばかりであった。俺も少し背筋が凍るほど。そのアルベーヌを見ながら、大鬼族の少女は涙目を浮かべていた。

「と、泊めていただけないのでしょうか?」

「大鬼族が泊まっていいような場所はねえよ。帰れ」

「ちょ、アルベーヌさん。そこまで言わなくでもいいでしょう。困っているようだし」

「ゼーレよ。お前は大鬼族に味方するつもりなのかい? 全種族の敵さんによ」

 全種族の敵? 大鬼族が? こんなか弱い奴が?
 その言葉をアルベーヌが言い放った瞬間、大鬼族の少女がさらに強張った表情になった。身体も小刻みに震え始めていた。それほどトラウマな言葉なのか。言葉一つでそこまで変わるということは、それほどこの言葉がその少女にとって重要な意味を持つのだろう。

「全種族の敵というのは?」

「知らねーのか? こいつら大鬼族はな、多くの種族の村や町を滅ぼしてきたんだよ。数ある種族の中で最も殺戮を犯した部族。最後は大鬼族の間で内戦が起こって、そのほとんどが死んだらしいんだけどよ。てめえ、生き残りか?」

「…………」

 大鬼族の少女は黙ったまま、こちらに何かを訴えかけるように俺達を睨みつけていた。
 その表情が、大量殺戮を起こすような存在には見えなかった。が、その噂を聞いたせいで俺も少し身構えてしまう。
 少女は数秒硬直した後、黙ってその場を後にしようとする。

「あ、ちょ……」

「やめろ。疫病神を、この宿に入れるわけにはいかねぇ」

 普段盗賊などの悪い連中を泊めるくせに
 アルベーヌの普段より低めの声色に、俺は再度背筋を凍らせた。それほどまでに大鬼族は厄介者なのだろうか。少しその情報に興味があるが、これ以上アルベーヌの苛立たせるわけにもいかない。
 後でイワンにでも聞いて、確かめておくか。

 少女は下を向きながら、ゆっくりと歩きながら宿を出ていった。その後ろ姿はとても可哀そうで、「大丈夫だよ」と声をかけてあげたい気分だ。だが、アルベーヌがそれを許さない。彼女の姿が見えなくなるまで、睨みつけながら彼女の動きを観察していた。これじゃ、助け船も出せない。

「……お前は知らないみたいだが、言っておく。今後大鬼族関係の言葉を口に出すのはやめておけ」

「どういうことですか」

「お前のことだ。大鬼族のことについて、イワンにでも聞きに行こうと考えているんだろう」

「まあ、そのつもりでしたが」

「大鬼族というのは、『暴食之王ベルゼブブ』と恐れられたムラマサを長とする種族。特徴としては、額に生えている一本の角だな。規格外の生命力を持ち、体外に溢れだした生命力が集約され、その角を形成されると言われている。角が大鬼族としての強さを表しているとも言われているな」

 アルベーヌさんが、いつもより饒舌ということが、ちょっとおもしろかった。


 大鬼族オーガ
 額に生えた一本の角が特徴の種族。戦闘種族とも言われるほど、個人個人の戦闘能力が高い。集落を作り、その中で最も強い者が主となる。世界にいくつかの集落が存在し、その集落同士でも争いが起こっているとも言われている。
 一昔前には大鬼族も守護騎士になる時代もあったそうだ。だが、近年では世間から離れ、隠れた場所に住み着くようになった。理由は、ある集落に主として君臨した、一人の大鬼族だ。

 ある日、大鬼族が他種族の村や町を襲撃するようになった。
 その理由は不明。だが、それを先導していたのは、ある大鬼族集落の主【ムラマサ】だったことは判明している。
 その被害は大きく、今生きている人々の脳裏には必ず刻まれていると言われているほど。その色濃くも残酷な悲劇を起こした大鬼族は、無論全世界の人々からの弾圧の対象となった。大鬼族と思われる者は迫害され、大鬼族を排斥する目的のために作られた団体もあったそうだ。

 その数年後か、全世界の人々に言い渡されたのは、『大鬼族の滅亡』。
 大鬼族同士で内戦を起こし、集落同士はもちろんのこと、集落内でも戦いが起こったという。大鬼族の最後は同士討ち。大鬼族に大きな恨みを持つ者たちは不完全燃焼となりつつも、大鬼族が引き起こした悲劇とそれに纏わる物語は一端の終幕を見せた。


 詳細はやはりアルベーヌも知らないのだろう、そこまで深くは語られなかった。
 だが、大鬼族が疎まれている理由は少し理解できた。それほどの災禍を招いたのなら、ここまでの仕打ちを受けるのは当たり前なのだろう。俺は脳裏に刻まれてはいないが。

「だからよ、俺は関わりたくはないんだよ。そこにあるあの小娘の落とし物を、お前が渡してこい」

 アルベーヌが指さした先には、綺麗な首飾りが落ちていた。

「面倒ごとは俺に任せるんだな」

「それをやれば、もう働かなくてもいいよ。それでいいだろ」

 やれやれ。まあ、これで今日の仕事が終わりならそれでいい。首飾りを拾い上げて、俺は宿の外に出ていった。さっきの件からあまり時間が経っていないので、そこまで遠くまで行ってないはずだが。

「おい、ちょっとこっちこいやぁ!!」

 すぐ近くで大きな声が聞こえてくる。見ると、四人の男が一人の小さな少女を裏道へと連れて行っていた。

「う、わぁ。絶対あいつじゃねぇか」

 連れ去られた少女はフードを被っていた。多分さっきの大鬼族の少女だろう。
 アルベーヌが言っていた情報からは考えるに、大鬼族の力は人間じゃ敵わないぐらいだ。だが、俺は首飾りを返さないといけない。そこまで心配はしていないが、とりあえず見に行ってみるか。

「――――キャッ」

 一気に心配になった。
 見れば、フード服の大鬼族の少女が床に倒れこんでいた。さっきの叫び声からして、男たちに蹴り飛ばされたんだろう。大鬼族といっても、やはり少女だったか。だが、大の男四人から集団でやられれば、しょうがないとも思う。
 さて、このままでは大鬼族の少女が傷だらけになってしまう。
 だが、助ける義理もない。俺は彼女に首飾りをただ届ければいいだけだ。彼女を助けたところで、特にこっちに得があるわけではない。ここは面倒ごとに巻き込まれないように、外から見守っておこう。

『――おい、何をしている。あいつを助けろ』

 は?

『貴様、聞こえぬ振りをして無視をするな。人間風情が生意気だ』

 おい、待て。
 周囲を見ても、男四人と大鬼族の少女以外は誰もいない。なのに、声が聞こえてくる。まさか、あの男四人の中で不思議な力を使う奴がいるとでもいうのか。
 助けろ、と言われても、俺にはそんな力もないわけで。それなら、お前が俺に力を与えろ、て話だ。
 もしも、俺に守護騎士になれるほど強い力をくれるっていうなら、助けるという選択肢もありではある。

『ほう、ならば力を与えてやる。お前が狂おしいほどに望んだ、災禍の力をな』

 瞬間、眩暈がして、俺はその場に倒れこんでしまった。

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