人と神は過ちを繰り返す

哺乳鳥魚類

第三話 異形の出現

 世界で最も注目されている日本の大都市だといっても、都心部から離れればどこの町にでもある住宅街や商店街がある。


 もともと二十年前の大規模破壊現象の跡地を中心に発展していったので、被害をそれほど受けていないところは復興前とさほど変わっていないのだ。


 その商店街に古めかしい木造の店構えに赤い兎の暖簾がトレードマークのラーメン屋『紅兎』で侑斗たちは集まっていた。


 『紅兎』の扉を横に開く。


 「こんにちわ大将!」
 「おお!倭奏ちゃんじゃねぇか!いらっしゃい」


 倭奏の声に厨房でチャーシューを切っている紅兎の大将が反応した。頭に白いタオルを巻いた筋骨隆々の巨漢だ。


 三人で厨房前のカウンター席に座る。


 「倭奏ちゃんと連太郎と……あんちゃん誰だ?倭奏ちゃんたちの友達か?」
 「三上侑斗です。随分倭奏と親しそうですけど、よくここへ来るんですか?」 
 「おうよ。最低でも週に一回は来るぜ。倭奏ちゃんの来なかった週があると、病気で寝込んじまったのかと心配しちまうくらいにな」
 「連太郎もよく来てるのか?」
 「俺は倭奏ほどじゃねえけど……暇があれば来るってかんじだ。地元民ならほとんどの人が知ってるんじゃないか?」
 「そんなに有名なんだ」


 侑斗は塩ラーメンと餃子、連太郎は醤油ラーメン、倭奏はとんこつラーメンと唐揚げをそれぞれ注文した。


 「げっ、おごるとは言ったけどまさかから揚げまで注文するとは……金払うのはラーメンだけだからな?」
 「わかってるって。ちゃんと自分で払うからぁ」
 「おまちどうさまぁ!」


 大将の声と共に、倭奏が注文したとんこつラーメンと唐揚げが厨房からカウンター席の机に出された。






 あの後、紅兎でラーメンを食べ、麻子に頼まれたものを買いに行くために倭奏たちと都心部の方へ行っていた。


 結論から言うと、『紅兎』のラーメンはものすごくうまかった。醤油ラーメンや塩ラーメン、味噌ラーメンなどはすでにカップラーメンで完成されていてあっちの方が安いから外食で食べるならとんこつラーメン一択とかどこかのゲームで聞いたことがあるが、そこらのカップ麺よりも断然うまかった。


 あの倭奏が頻繁に通い詰めるわけだ。


 「連太郎たちも風蓮モールへ用事があるのか?」
 「俺は暇だったからついてきただけ」
 「アタシは今日発売の漫画を買いに来た」
 「倭奏もか」


 麻子に頼まれた買い物というのは、足りなくなった調味料と冷蔵庫の中身の買い足し、そして倭奏が麻子の部屋で読んでいた麻子愛読の漫画の最新刊の買い出しだ。


 冷蔵庫の中身は帰りに買うので後回しにするとして、漫画を買いに商店街の本屋に行ったら、まだ入荷していないといわれたので少し遠いが都心部まで来たのである。


 交差点で話をしていると、〈NGC〉のロゴが貼られた、黒い走行の運送車らしきものが目の前を風蓮市の都心部のさらに中心部―――ネクスト・ギア・コーポレーション風蓮支社ビル方面へ走っていった。


 〈NGC〉は軍用の装甲車も製造していることで有名だ。ここ風蓮市では、たまに〈NGC〉製の乗用車が走行しているのを見かけるが、あんな物々しい装甲車は初めて見るタイプだ。


 信号が青に変わり、風蓮モールまでの道を歩いた。






 ネクスト・ギア・コーポレーション風蓮支社ビルに隣接する〈対変異型海洋生物兵器開発研究所〉の駐車場に、黒い装甲を纏った運送車が止まっていた。運転席と助手席のドアから黒いスーツを着た男二人が現れる。


 助手席から降りた男―――龍之介が懐からスマートフォンを取り出し、電話をかける。


 「もしもし七海所長、龍之介です。たった今研究所に到着しました。運送物の搬入をお願いします」
 『はい、わかったよ。今手の空いてるやつをそっちによこすから』
 「ありがとうございます」


 七海所長との短い電話を切り、助手席に置いてあった紙袋を取り出した。


 「先輩、それなんですか?」
 「青森土産のりんごパイだ。仕事とはいえせっかく青森県に来たんだからな。息子たちと同僚のために買っておいたんだ」


 紙袋の中からりんごパイを取り出し、大江に渡す。


 「いいんですか?」
 「お前にはいろいろ世話になってるからな。これはその礼だ」
 「ありがとうございます!」


 大江が龍之介からりんごパイをもらい喜んでいると、白衣を着た集団が現れた。






 「いやー、わざわざ青森までご苦労だったね。大江君、龍之介君」


 アタッシュケースの中身を取り出し眺めながら七海が言った。眼鏡をかけ、白衣を羽織った見ただけで医者や科学者を連想させる女性だ。


 「鳴海考古学研究所から写真が送られてきた時から気になっていたんだが……実物を見るとより細部までわかるな」
 「遺物の古代文字については鳴海研究所から解析結果が送られてくる予定ですので……」
 「じゃあ私はこれを隅々まで調べたり壊したり分解してもいいんだね?!」
 「……はい。でも、ほどほどにしてくださいね」


 七海所長が興奮冷めやらん様子で頬を上気させ、呼吸を荒くしている。龍之介や大江、周りの研究員は苦笑したり若干引いていたりと反応は様々だが、当の本人は気にした様子もない。


 「この腕輪の素材は何だ?一見金だが手触りが違う、かといって塗装されているわけでもない……いったいどんな製法で鋳造を……」


 七海がぶつぶつ独り言をつぶやきながら自分だけの世界に入っているのを背景に、龍之介は懐からスマートフォンを取り出し起動する。時刻は五時半を過ぎていた。電話をかける。


 「もしもし、侑斗」
 『父さん?どうしたの、こんな時間に』


 電話越しに侑人の声が聞こえてきた。何やら騒がしい。


 「思ったよりも仕事が早く終わってな、今日中に帰れそうなんだ。あ、お土産にりんごパイ買ってきたぞ。連太郎君たちの分もある」
 『そうなんだ。ありがとう』
 「今どこにいるんだ?」
 『連太郎たちと一緒に風蓮モールのゲームセンターにいる』
 「都心部の方か……門限はきちんと守れよ?」
 『わかってるって。麻子にも怒られるし』
 「ははっ。じゃ、七時までには帰るから」
 『今日こそ約束守ってよ?』
 「はいは、わかったって」


 息子との通話を切る。スマートフォンをポケットにしまい、


 研究所のモニター上部に備え付けてあるランプが赤く発光しけたたましいサイレンの音が部屋中に鳴り響いた。


 「風蓮市風蓮モール付近に、強力なエネルギー反応を観測!」
 「風蓮モール……」


 ついで、モニタの前でコンピュータを操作していた研究員の声が響いた。


 「解析結果出ました。これは……マーランです!」


 全身から血の気が引いてくる。だってあそこには、侑斗が、俺の大事な息子が……!


 「俺、行ってきます!」
 「待て、龍之介君」
 「なんですか!」


 気が立っていたのか、思わず七海に怒鳴ってしまう。慌てて口をつぐむ。


 「丸腰で行くわけにもいかないだろう。これを持っていけ」


 七海がキーボードで何やらパスワードを入力し、近くの棚のロックを解除した。


 「これは……」
 「AMシステム一号機だ。まだ試作段階だが、射撃の腕の優秀な君になら使いこなせるだろう」


 差し出された黒鉄の銃を受け取る。重さは見た目よりも軽く扱いやすそうだ。


 「大江」
 「はい、所長」
 「お前は龍之介君とともに現地に赴き、AMシステム及びマーランの戦闘データを記録してくれ」
 「わかりました!」


 龍之介と大江はロッカー室に入り、戦闘服を着こんでヘルメットをかぶり、運送用装甲車に乗り込む。


 「大江、全速力で向かってくれ!」
 「了解です!」


 ―――侑斗、無事でいてくれよ……! 






 漫画を買い、連太郎と倭奏とで風蓮モールのゲームセンターで遊び侑斗は、自分の父、龍之介との通話を終えた後、風蓮モールを出―――ようとしたのだが、突然腹部に激痛が襲ってきて、連太郎と倭奏に先に帰ってもらうように促し、自分はトイレで腹痛と格闘している最中だった。


 龍之介が早く帰ってこられると電話で知り、久々に真父さんとで夕食が取れることを楽しみにしていた。いや、真優に夕食を作ってほしいと頼んだので、四人か。


 そういえば帰りに商店街で冷蔵庫の中身を買ってこなければ。麻子に怒れてしまう。それに、風邪で体が弱っているのに長時間自分に説教をしたせいでさらに体調を悪化させてしまったら申し訳ない。


 ……何やら外が騒がしい。何かあったのだろうか。


 悲鳴まで聞こえてきた。先に帰ってもらった連太郎と倭奏が心配だ。


 まだ多少腹部が痛いが、我慢できないほどではない。外の状況を確認するためにも、トイレから出て、モール内の通路を歩いて出入り口へと向かった。


 気づいたのだが、辺りを見渡しても今まで多くの人でにぎわっていたモール内が嘘みたいにがらんとしていた。やはり何かあったみたいだ。


 「う……」


 腹部だけでなく、頭にもズキズキと痛みが走った。こめかみをおさえ、空いた方の手で手すりにつかまりながら残りの道のりを歩く。


 「うっ……!」


 突如、視界が朱色に染まった。いや、目から血が涙のように流れているのだ。鼻からも出血し始めた。血が床に滴る。


 腹部に激痛が走った。先ほどのとは比べ物にならないほどの、焼けるほどの痛み。続いて、頭蓋を金槌で殴られたような痛みと、頭の中の脳みそをシェイクされたような嘔吐感が襲ってきた。


 右手で頭を、左手で腹部をおさえ蹲る。


 「な、なにが……」
 『戦え』
 「!」


 ぐちゃぐちゃになった思考に、謎の声が割って入ってきた。


 『戦え』
 「な、にと」
 『失いたくなければ、戦え』
 「だか、ら、なにと」


 声を荒げて訴えたいが、痛みのせいで大きな声が出ない。


 『お前には、そのための資格が、そのための力がある』
 「う、ぐあ……!」


 今度は全身に痛みが走った。もう、どこがどう痛いのかがわからない。




 「う、あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 人気のなくなった風蓮モールに、侑斗の絶叫が木霊した。






 赤信号の交差点を、青信号になるのをスマホのソシャゲをしながら待っていた。今日のこの時間帯は朝方の通勤ラッシュほどではないが、始業式ということもあり都心部へ行こうとする家族連れが乗っている自動車で混んでいる。


 そういえば龍之介がお土産として私たちにもりんごパイを買ってきてくれたと侑斗から聞いた。届くのは明日になると思うけど、明日が楽しみだ。


 侑斗たちの前では、非常に活気のある性格だが、日常生活においては普通の女の子、いや、普通の女の子よりもおとなしくなる。


 空を見上げ、はぁ、とため息をもらす。


 「明日になったら、アイツ等に会えるのになぁ……」


 はぁ、とまたため息を吐く。その声はいつものような活気はなく、都心の喧騒に掻き消えていった。


 視線を下ろしスマートフォンの画面を見ると、ソシャゲのスタミナがなくなったのでネットの記事を読み漁ろうとする。


 信号が青になった。スマートフォンをバッグにしまい、行き交う歩行者と同様に横断歩道を渡ろうとした。


 ズッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 「―――?!」


 目の前の横断歩道で数名の歩行者を巻き込み、大型トラックが横転した。あまりに異常な光景に、一瞬頭の中が真っ白に塗りつぶされてしまう。


 周りから聞こえる逃げ惑う群衆の甲高い悲鳴に、意識が強引に現実に引き戻される。ようやく状況を把握できた。


 幸か不幸か、こちらには来なかったものの、巻き込まれた人たちは瀕死の重傷、最悪死亡してしまっただろう。少なくとも、あれに巻き込まれて無事で済むとは思えない。


 割れた運転席の窓から頭からおびただしい量の血を出してうなだれている運転手の姿が窺える。


 何が原因でこんな事態が起きたのかわ知らないが、とにかくここから早く逃げなければいけないことくらいは、十四歳の女子中学生でもわかった。


 後ろを向き、走り出そうとして、背後から異常なまでの悪意を感じた。形容しがたい、だがどこか遠い昔から知っていたような、無慈悲な悪意。


 気が付けば、あれほど人でごった返していた都心部は随分と人が減り、車を乗り捨て避難をしているものまでいた。


 背後からドラマとかでよく聞くドアが突き破られたような音が響いた。振り向く。振り向かなければよかった。


 拉げた金属製のトラックのドアが、無残な姿の死体と共に無造作に投げ出される。


 無人となった車内から、異形が現れた。


 人間に酷似したシルエット。魚のような鱗と表皮。開いた口から細かくとがった歯がのぞき込み、眼球は白一色で左目には傷の跡がある。


 革の胴あてのようなものを着こみ、両手両足には水かきとヒレが付いている。


 形こそ人間のものだが、その本質は人間とはかけ離れている異形―――世間では〈変異型海洋生命体〉通称マーランと呼ばれている化け物だ。


 十年前現れた複数の個体の共通点に、現在地球上で確認されている海洋生物の特徴にあてはまったこと、人型の姿をしていることから変異型海洋生命体と呼称されたらしい。


 そして自分は、飛鳥倭奏は、目の前の化け物を、世界の異物を知っている。忘れるものか。十年前、あの日見た凄惨な光景は、脳裏にこべりついた大勢の人の悲鳴は、あの時味わった恐怖は今でも記憶に深々と抉り、刻まれている。


 マーランは辺りを一瞥すると、こちらに視線を定めた。倭奏の表情が恐怖に歪む。それを見てなのかはわからないが、異形が、嗤った。目の前のひ弱な獲物をあざけるように。


 ダメだ、ここにいては、ダメだ。早く逃げないと。でも、足が震えて動けない。


 周りには誰もいない。いや、仮に誰かがいたとしても自分を助けることはないだろう。人は自分の命を優先する。ただの一般市民が見ず知らずの子供を命を懸けて助け出そうとはしないだろう。


 まただ。これじゃだめだ。これじゃ、十年前と同じだ。だが、ただの少女にこの状況を打破する術はなくて―――


 諦め、時の流れに自分の身も運命も投げ出そうと思考を放棄しかけた時、そのふざけた考えを打ち砕くが如く黒い装甲車が乗り捨てられた乗用車を巻き込んで目の前の化け物に突っ込んできた。


 〈NGC〉のロゴマーク―――昼間、ここを訪れた時に見かけた運送車だ。


 キィィィンと甲高い音を立てて停車し、銃やヘルメット、防弾チョッキのような防護服を武装した自衛隊らしき人物が現れた。


 そして全速力の装甲車に撥ねられ、鈍い音を響かせ跳ね飛ばされたマーランはというと―――


 不意打ちで走行車に跳ね飛ばされ、道路をゴロゴロと転がり挙句車に後頭部を打ち付けたのにもかかわらず、軽く頭をさすり何事もなく立ち上がった。出血した様子もなく、皮膚が少し擦れているだけで鱗には傷一つついていない。


 「くそっ。今の喰らってもピンピンしてやがる」


 片方の隊員が苛立たし気に地面を強く踏む。手にした銃口をマーランへと向け、引き金を引き、銃口から射出された鋼鉄の弾丸がマーランの右目に命中した。






 マーランの右目から白い煙が立ち上る。だが、腰の深海の如く暗く青い石が発光するとその右目から何やら得体のしれない液体がにじみ出て、弾丸が命中し、穿たれ、潰されたはずの右目が瞬く間に再生してしまった。


 「な!?な、なんて再生力だ!?」


 驚きに目を見開く。生物としてはあまりにも異常な光景。いや、化け物だからこそあんな現実離れしたことがなせるのだろうか。


 『試作品とはいえ、わたし自慢の兵器がこうもあっさりと無力になるなんて。さすがに癪に障るねぇ



 右耳のインカムから、七海が苛立ちを隠せずに言う。舌打ちをしたあたり、相当頭に来たようだ。


 だが、ここで狼狽えていては、自分の命が、市民の命が、そして息子の命が、危うくなる。落ち着いて辺りを見やる。


 立ちすくんでいる女の子の姿が目に入った。声をかける。


 「おい、そこの君。ここは危険だ、早く逃げろ」
 『君正気か、死ぬぞ?』
 「それでも、市民を守るのが俺の仕事ですから」
 『……はぁ、わかった。倒さずとも撃退さえしてくれれば、次の兵器開発までの時間が稼げる』
 「了解しました。……君、早く逃げろと言っただろ!」


 聞こえたのだろう。反応してこちらを見るが、その足は一向に動こうとしない。しびれを切らして、駆け寄る。


 「―――て、倭奏君か?」


 その顔には見覚えがあった。龍之介の息子の侑斗。その友達の飛鳥倭奏だ。


 「その声……龍之介さん?」
 「ああ……それより、侑斗はどこだ?一緒にいたのだろう?」
 「アイツは……―――!たぶん、風蓮モールの中です!おなかが痛くなったから、先に帰ってくれって言ってのこって……」


 反射的に風蓮モールを見る。目立った損傷はなく、崩れる心配はない。


 心の片隅で少し安堵したのも束の間、背後からもう一体の異形が現れた。


 昆虫のような光沢感のある灰色の甲殻。腰のベルトのバックルにはめ込まれた鈍く光る灰色の水晶。鋭くとがった手と足の爪。


 マーランよりは幾分か顔の形は整っているものの、爛爛と輝く紅い双眸は人間のそれとは思えず、マーランに近いものを感じられた。


 どの海洋生物との特徴も当てはまらない、昆虫と爬虫類を足したような外見の、人型という共通点を除けば、マーランとは別種の、人型の異形。爬虫類といってもしっぽに当たる部位は見受けられないが。


 「グルルアアアアア!」
 「アアアアアアアァ!」


 トカゲ型の異形が雄叫びを上げた。それに呼応して、マーランも耳障りな雄叫びを上げる。それを皮切りに二体の異形がこちらへ突っ込んできた。


 咄嗟に倭奏を庇う。せめてこの子だけでも……!


 次の瞬間に来るであろう耐えがたい焼けるような激痛を覚悟し、目を閉じた。倭奏も同様に目をつむる。が、その瞬間はやってこなかった。恐る恐る目を開く。するとそこには―――


 トカゲの異形がマーランを拳で打ち据え、龍之介に降りかかろうとしていたマーランの魔の手を間一髪で停止させていた。


 トカゲの異形がその魔の手を空いた手でつかみ、投げ飛ばした。


 龍之介だけでなく、覆うようにして抱えた倭奏も呆気にとられていた。


 「まさかあいつ―――」
 「アタシたちを、守った?」


 龍之介の呟きに続くように倭奏が言った。






 眼前のその腕をつかみ、前方へと投げ飛ばしたマーランに歩み寄る。


 本能的に異形を攻め、そして本能的に、そして理性的に背後の人間たちを守った。


 彼―――否、もう一対の怪人もなぜこんなことをしたのか、マーランをもう一度攻めようとしているのかはわからない。ただ、それがやるべきことだと思って行動する。


 マーランが立ち上がった。双方、瞬時に各々の構えを取る。


 先に仕掛けてきたのはマーランだった。握った拳がまっすぐ、そして素早く化け物のどうめがけて放たれる。怪人はその一撃を構えを取った右手で受け流し、今度は怪人がその凶悪な爪を立たせ、マーランの胴に突きを放った。


 空いた腕で受け止め、なんとか致命傷は逃れるも、代わりに腕に深々と怪人の爪が突き刺さっていた。


 怪人が腕を引き抜く。赤黒い血が滴ったそれで虚空を薙ぎ、血を振り払う。マーランの傷口から血飛沫が吹き上げた。


 続けざまに怒涛の拳打の連撃をお見舞いし、防御の構えを取っていた両腕を跳ね除け、顔面、頭部、腹部を傷つけた。表皮は破け鱗は剥げ、目も当てられないような姿になる。


 やはりか、マーランの腰の暗く青い石が著しく発光し、全身傷口から液体がにじみ出て数秒も経たないうちに再生してしまった。


 だが、青い石の発光は鳴りやまない。


 その奇怪な現象に怪人はさほど驚いた様子も見せず、再びマーランに近づく。


 二度傷をつけられたことに激昂したのか、マーランは怒りの感情が爆発し、咆哮し、怪人へと突進していった。


 怒り任せのめちゃくちゃな攻撃。常人がなすなら何とでもないが、異形がなせば残酷な破壊をもたらす凶器となる。


 怪人の足元に橙色に輝くエネルギーが収束し、足全体にまとわりつく。マーランが腕を振り上げる。


 腕を振り下ろす直前、がら空きになったマーランの胴体に、渾身の蹴りが炸裂した。その威力はマーランの突進を止めるだけだったが、すぐに変化は訪れた。


 足にまとわりついた橙色のエネルギーが胴からマーランの体内に侵入し、ベルトの青い石にたどり着くき、石にひびが入る。


 それを確認し、怪人が掌を突き出し硬直したマーランの体を吹き飛ばした。


 「グ、グアア、グアアアアア!」


 断末魔の叫びを上げ、仰向けに倒れたマーランのベルトのひびからか光が漏れる。それが臨界点にたどり着き―――


 マーランが、爆発四散した。






 今、目の前で起こった光景が、いまだに信じられない。


 ―――化け物が化け物を殺した?


 『大江君のカメラから事の流れを見ていたが……何がどうなってる?』
 「お、俺にも何が何だか」
 『まあいい。それより龍之介君』
 「なんですか?」
 『あいつとコンタクトを取ってみてくれないか?』
 「は、はぁ!?」


 思わず叫ぶ。腕で抱えて守っていた倭奏の肩が震え、身が縮こまる。化け物同士の戦いに集中してたせいで、ようやく倭奏の存在に気付いた。


 「す、すまない、倭奏君」
 「い、いえ、こちらこそ守ってもらいありがとうございました」
 「いや、俺は何もしてない。……あいつがやったんだ」


 言って、立ち上がり化け物へと歩き始める。


 倭奏が何か言っているが、化け物に対するプレッシャーでうまく聞き取ることができなかった。


 怪人は興味を失ったのか、この場から立ち去ろうとする。


 「お、おい!」


 怪人が立ち止まる。顔だけを動かし視線をこちらへと向けた。その犯行に一瞬ひるんでしまうが、言葉をつづける。


 「お前は一体、何者なん―――」
 「グ、アアアアアアアアアア」


 突然頭を抱え、叫び声を上げた。反射的に銃口を向ける。


 「こちらに襲い掛かってきたら発砲します」
 『あ、ああ』


 叫び声を上げ続けていた怪人が音もなく止まり、光に包まればたりと倒れ―――


 「―――は?」
 「な、なんで……」
 『これは……』


 光が晴れるとそこには、血まみれになった三上侑斗の姿がった。

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