人と神は過ちを繰り返す

哺乳鳥魚類

第二話 胸騒ぎ

 始業式恒例の校長先生による長くてありがた~いお話が終わり――― 


「帰りは必ず誰かと一緒に帰るように。あとできるだけ外出も控えるように。最近かなり物騒だからね」


 理科担当の二年Ⅽ組の担任教師、式波真優しきなみまゆの話のあと、学級委員の帰りのホームルームのあいさつが終わり、帰りのチャイムが鳴り響いた。それを皮切りに各々が席を立ち、友人と一緒に教室から出ていく。


 「おっし、帰るぞー!」


 倭奏も勢いよく立ち上がり、侑斗に近づき腕を回し肩を組んだ。


 「ちょっ!?近い近い!」


 倭奏の顔が息のかかる距離まで接近する。


 男のような言動が目立つ倭奏だが、同年代の女子のなかでも群を抜いて可愛く、昨年行われた『付き合いたい女子ランキング』では三位という輝かしい成績を収められるほど男子の間で密かに人気がある。


 尚このランキングの結果も存在自体も女子には誰一人として知らされていない。


 「なんだよー、照れることないじゃんかよー。アタシとオマエの仲じゃねえか」
 「だって……」


 悪びれた様子もなく八重歯を覗かせニッと笑う倭奏に頬を赤く染め、顔を背ける。


 「……お前ら、教室の中でイチャイチャするな」
 「イチャイチャしてねぇ!」「イチャイチャしてない!」


 事前に打ち合わせでもしていたかのように見事に重なった二人の怒りとも恥じらいとも取れる声が教室に響いた。






 「悪い、待たせてごめん」
 「ああ、別にいいけど、真優センセとなに話してたんだ?」


 教室に残っていた侑斗は、校門の前で待たせてた倭奏に、教室に残っていた理由を伝えた。連太郎は麻子の風邪薬を取りに行くために先に家に帰った。


 「今日、麻子が風邪を引いたって言ったでしょ?晩御飯僕一人で作れるか心配だったから、麻子の分も作ってくれるか頼んでたんだ」


 真優は快く引き受けてくれた。


 二年C組の担任教師、柊真優は侑斗の家のすぐ隣に住んでいる。


 父親が仕事で帰ってこない日が多い三上家では風蓮市に引っ越してきてから度々お世話になることが多かった。


 「龍之介さん、今日も帰ってこないんだっけ」
 「昨日電話で帰ってこれるって言ってたけど……晩御飯の時間までには帰ってこないと思う」


 今まで同じような電話が何回もかかってきたことがあったが、そういう時は決まって一日遅れるか夜中に帰ってくるのだ。今日もいつもと一緒だろう。


 倭奏と二人きりで帰路を歩く。いつもは連太郎も一緒に帰るので、二人で帰ることはめったにない。一緒にいるのが倭奏とはいえ、女の子と二人きりの状況に慣れていないのでドキドキする。


 「なあなあ、真優センセが最近物騒だからって言ってたけど、なんかあったか?」
 「お前、テレビ見てないのか?」
 「アニメと特撮なら観るぜ?」
 「そうじゃなくてニュース。連続通り魔事件のことだよ」


 カバンからスマホを取り出し検索エンジンで連続通り魔事件について調べる倭奏。


 「おい、電話やメール以外では使っちゃいけないだろ」
 「別にいいだろ。学校の中じゃないんだからさぁ」


 連続通り魔事件。新年に入って立て続けに風蓮市で起きている不可解な殺人事件だ。


 被害者のほとんどが心臓を刺され死亡しているのだが、ナイフのような刃物で刺された跡ではなく刺されたというよりは抉られたような跡があるというのだ。


 他にも首筋をかまれてたり顔の半分を損傷されたものまであるらしいが、これらの遺体の周辺は一貫して魚臭く、濡れた足跡があるのだという。


 事件についての記事を読んでいた倭奏の表情が曇った。


 ―――その顔がどことなく怯えていたように見えたのは、僕の気だったのだろうか?






 「ただいまー」


 二階にいる麻子に聞こえるように帰りを告げる。


 「……なんでお前がいるんだ?」


 さも当然のように倭奏が上がり込んできた。


 「親友の妹のお見舞いに来てやったんだぜ?」
 「それはありがたいんだけど……静かにしてよ?」
 「おう!」


 バタバタと音を立てて二階に駆けていく。


 「静かにしてって言ったそばから……」


 はぁ、とため息を吐き、侑斗はマスクを外して一階の台所に行き、麻子の昼ご飯を作って二階に向かった。


 「麻子、入ってもいいか?」
 「あ、お兄ちゃん。ちょっと待って」


 言われて待つ。一分もしないうちに扉が開かれ、部屋の中に入る。倭奏が麻子の漫画を読みながら自分の部屋のようにくつろいでいた。


 「昼飯作ってきたぞ」
 「ありがとう」


 お粥の乗ったお盆を机の上に置いた。


 麻子がお粥をスプーンですくい、息を吹きかけて冷まし口の中へ運ぶ。


 「おいしい」
 「よかった……体の具合は良くなったか?」
 「うん、学校に行けなかったのは残念だったけど、そのおかげでずいぶん楽になったよ」
 「あ、学校といえば」


 カバンの中から数枚のプリントが入ったクリアファイルを取り出し、麻子に渡した。


 「これ、わたしのプリント?わざわざ取りに行ってくれたの?」
 「帰ってくる途中に麻子の友達から渡されたものだよ」
 「こいつ、年下の女の子に『お兄さん』て呼ばれて鼻の下伸ばしてたんだぞ?」
 「ねぇお兄ちゃん、それ本当?」


 スプーンを手に持ったまま顔をこちらへ向け、半目で睨んでくる。


 「そんなわけないだろ。倭奏も出鱈目言うな」


 客の来訪を告げるインターホンの音が鳴った。


 「ちょっと行ってくる」


 来客を迎え入れるために玄関に向かった。


 「侑斗。お邪魔するぞ」
 「あまりうるさくするなよ」
 「わかってるって」


 宣言通り、歩いて麻子の部屋に行く。


 「こんにちは、麻子ちゃん」
 「鞍田先輩、来てくれたんですね。こんにちは」


 礼儀正しく会釈する。


 「麻子ちゃん、はいこれ。食後に飲んでね」


 連太郎が持ってきた紙袋の中から風邪薬とりんごゼリーを取り出し、机の上に置いた。


 「ありがとうございます」
 「いいって。お礼なんて」
 「お、りんごゼリーか!アタシにもくれるよな!」


 倭奏が目をキラキラと輝かせ、机に置かれたりんごゼリーを要求する。


 「だめだ。まだ昼飯食べてないし、それにおまえの分はない」
 「そ、そんな~」


 倭奏にとって一番の死刑宣告を受け、膝をガクッと床につき落ち込む。果物が嫌いな倭奏だが、初めておいしいと思ったりんごが大好物なのだ。


 「悪いって。代わりに昼飯おごってやるから」


 うつむかせていた顔をばっと上げ、


 「本当か!?じゃあ『紅兎』のラーメンおごってくれよ!」
 「はいはい分かった。そうだ侑斗、俺たちも『紅兎』でラーメン食べないか?」
 「いいけど……」


 ちらと横目で麻子を見やる。麻子は口元を緩め、


 「いいよ、行ってきて。わたしは大丈夫だから」
 「ありがとう」


 侑斗も笑って返した。


 「俺はいったん着替えてから行くわ。じゃあね、麻子ちゃん」
 「あたしも行くぞ。じゃあな、麻子!」
 「はい。さようなら、鞍田先輩、飛鳥先輩」


 部屋から出ていく連太郎と倭奏に、笑みを浮かべながら小さく手を振る。


 「じゃあ、僕も行ってくるよ」
 「いってらっしゃい、お兄ちゃん」


 侑斗も外へ出かける用意をするために、部屋から出ていった。






 同日同時刻、青森県〈鳴海考古学研究所〉の帰り道、風蓮市の道路にて〈NGC〉ロゴが貼られた運送用の車が、二人の男を乗せて走っていた。


 「それにしても驚きましたねぇ。まさか本当にあったなんて」
 「ああ」


 ハンドルを握る男性に助手席に座る男性―――三上侑斗と麻子の父親で、風蓮市の〈変異型海洋生物対策課〉に配属中の三上龍之介みかみりゅうのすけが短く返した。


 「まさか〈マーラン〉に関する文献が見つかるなんてな。しかもマーランの対抗手段まで記述されているときた」


 数日前、青森県白神山地にて洞窟のような空間に作られた遺跡が見つかった。


 遺物の中には石碑や宝石をはめ込んだ金の腕輪のほか、小型の恐竜を模ったような見たこともない材質でできた石像まであった。


 それらの遺物は鳴海考古学研究所所長の許可をもらい、風蓮市の〈変異型海洋生命体対策課〉―――もとい〈NGC〉風蓮市支社の〈対変異型海洋生命体兵器開発研究所〉まで運送中だった。


 その運送車のトランクの中、ばらばらになった石像と大量のアタッシュケースの山の中で、拳サイズほどの大きさのある灰色の宝石に、それを納めた黒色の石のようなものでできたバックルのような形状をした遺物が、妖しく光っていた。


 それはひとりでに浮遊しトランクのドアをすり抜け、住宅街の方向へ飛んで行く。


 住宅街の上空に差し掛かったところでそれは力なく一人の少年に―――ラーメン屋『紅兎』に向かう途中の三上侑斗に向かって落ちていった。

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