人と神は過ちを繰り返す
第一話 復興都市の一幕
二十年前、東北地方沿岸部を襲った災害があった。今や高校生、中学生や小学生の教科書でも当たり前のように載っている災害だ。
正体不明、原因不明、の大規模破壊現象。学者たちがさまざまな説を提唱していたが、どれも憶測の域を超えず、今日まで詳しい原因は解明されていない。その日以来、同様の破壊現象は確認されていないが、日本国民を震撼させるには十分な衝撃だった。
〈ネクスト・ギア・コーポーション〉―――〈NGC〉。最先端の技術力と莫大な資金を持ち、電化製品や乗用車、医療機器……大雑把にまとめると機械製品の開発、製造、販売をしている世界的に有名な日本の大企業だ。その世界的大企業が被災地に資金援助をし、復興、再開発された企業城下町があった。
それがここ、大阪、名古屋、東京に続く第四の地方都市―――復興都市・風蓮市である。
日本や外国の大手企業の支社が集まり、二十年前の大規模破壊現象の究明、そして十年前突如として現れた発生原因、正体ともに不明の第二の災害、変異型海洋生命体―――通称〈マーラン〉に対抗するために〈ネクスト・ギア・コーポレーション〉支社で研究が進められている。いまや日本の産業や防衛の一端を担う、世界で最も注目されている大都市だ。その大都市の住宅街で―――
「ふわぁ、眠い」
大きな欠伸をしながら少年―――三上侑斗は、真冬の乾燥した冷たい風にさらされながら、中学校までの通学路を歩いていた。
何の特徴もない、普通の中学二年生だ。
強いてい特徴を上げるならば、眼鏡をかけていること、徹夜明けなのか目の下に隈があること、制服の上から紺色のコートを着ていることくらいだ。
あと、小さいころに両親を亡くし、一か月間孤児院に暮らしていてその後三上家に引き取られたという過去がある。
この時期、東北地方は猛烈な寒波が押し寄せてくる。それはこの風蓮市も変わらないし、むしろ太平洋側に近いせいでほかの地域よりも寒い。
手袋やコート、マフラーなどの防寒着を着こまないと、北海道ほどじゃないが外には出られないような寒さだ。今日は念のためマスクを着用している。
「冬休みの課題。早く終わらせなきゃいけないってわかってるけど……」
言いながら、手に提げたカバンの中からスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。
「えーっと……八時ちょうどか……はっくしょん!……麻子の風邪、うつっちゃったかなぁ」
侑斗の自宅から学校までは、歩いて十分近くかかる。このまま歩いても遅刻はしない時間だった。
スマートフォンをスリープモードにして、カバンにしまう。
 辺りを見ると、同じ制服を着た学生たちや、犬の散歩をしている老人が歩いていた。この時間帯はまだだ人は少ないが、あと十分ほど遅く家を出ると通勤、通学者が多くなり、折り返し地点にある交差点に行こうものなら、今の何十倍も増える。だがこの景色も習慣も、二年も住んでいれば慣れてきた。
二年前、侑斗は春休みに軍事関係の仕事に就いている父親―――龍之介の転勤に伴い、この風蓮市に引っ越してきた。風蓮市にある〈変異型海洋生物対策課〉というところにに配属されることになったらしい。―――軍事関係ことはよくわからないけど。
自宅から学校までの距離も短く、都心部までの交通の便も悪くない。最初は知らない土地で新しい知り合いを作れるか心配だったが、仲の良い友人を作ることができた。前の暮らしより充実しているのは確かだ。
それからしばらく歩き―――
着いたときには、学校の時計の針は八時十五分を指していた。
風蓮市立風蓮中学校。企業城下町の教育機関だからといって、基本的な教育方針や施設の外観は他の学校とほとんど変わらないが、学校指定の制服のデザインが男女ともに人気があること、住宅街から近いとのことで、この学校に通う人は多い。
唯一の欠点を上げるならば、給食がなく、家から弁当を持っていかなければならないことくらいか。
この学校の特徴として、校則上、連絡目的だけの使用ならば、携帯電話、スマートフォンの所持が生徒に認められている。財布の所持は認められていないが。
校門の前に立っている体育の先生に挨拶をし、昇降口に入る。下駄箱で靴を履き替えてから、近くの階段を上り、自分の教室までの廊下を歩いく。
はめていた手袋とマフラーを外しながら二階の二年C組の教室に入った。
教室のなかには、友人との再会を喜び合う者、冬休みの出来事を語り合う者、休みの終わりを嘆く者、冬休みの課題を見せてくれと嘆願する者など、この教室のほとんどの生徒の姿が見られた。
窓際にある自分の席に座る。
「よお、侑斗!」
「おはよう、連太郎」
後ろの席から大きな声と共に挨拶を投げられた。振り向き、侑斗は友人―――鞍田連太郎に挨拶を返した。癖の付いた茶髪が特徴の少年だ。
風蓮中に入学したばかりの時期、クラスに馴染めなかった侑斗にでき、自分の家の事情を話した数少ない友人の一人だ。
「どうした、元気ねえな。寝不足か?それにマスクなんて着けて」
「まあ、夜遅くまで課題をやってたのもあるんだけど……麻子が風邪ひいっちゃてさ」
「麻子ちゃんが?珍しい」
「父さんが仕事で家にいなかったから、代わりに僕が看病してたんだ」
カバンの中身を机の中へ入れながら答える。麻子―――侑斗の妹だ。
「始業式が終わって家に帰ったら、早く麻子の昼飯の準備しないと……」
「今日家に帰ったら、麻子ちゃんのお見舞いがてら風邪薬をもっててやろうか?」
「いいの?ありがとう」
侑斗は目を細め、
「……麻子には何もするなよ?」
「わかってるってー、お兄様のご機嫌は損ねないよ」
「だからそのお兄様呼びをやめろ!」
さっそく機嫌を損ねさせる連太郎。
「えー。だって将来は義理の兄になるわけだし。今のうちに敬意を払っておかないと」
「連太郎が茉子と結婚するなんて僕が認めないし、何より父さんが許さないから」
「……お前、シスコンだっけ?」
「…………」
―――確かに今の発言はシスコンっぽいな。
だが麻子は三上家にとってなくてはならない存在だ。三上家の炊事洗濯のほとんどを担っている。
侑斗が三上家に入った当時は、母親が家事をしていたのだが、母親が病気で亡くなり、仕事で帰りの遅い龍之介に代わって侑斗と麻子とで家事を分担していた。
ある日突然「今日から私が全部やるから」と言って、妹に家事のほとんどを任せる形になった。
―――ん?情けない兄だな、だって?自分でもわかってる。
「そういえば、倭奏は?」
「言われてみれば見かけてないな」
隣の席にいるはずの友人の姿が見られない。
「あいつも風邪か?」
ダアァァァン!と勢いよく教室の扉が開かれた。
「おっしゃ―――!間にあったぁ!」
侑斗の隣の席で、色気が微塵も感じられない雄叫びを上げて扉を開け放った少女―――飛鳥倭奏がこれまた煙を上げる勢いで自分の席に座った。
「おっす!侑斗、連太郎!」
「よお」
「おはよう、倭奏。始業式早々遅刻?」
堂々とその薄い胸を張り、誇らしそうにどや顔をする倭奏。
「遅刻じゃねぇ、ただ今日が始業式だってことを忘れてて遅れて来ただけだ!」
侑斗と連太郎以上に男勝りな言動が目立つが、これが倭奏の地だ。
「……それを世間一般では遅刻って言うんだよ」
「そうなのか?」
すかさず突っ込みを入れる連太郎。二人のやり取りに苦笑する侑斗。
それから、ホームルームまでの時間に四人で過ごした冬休みの思い出を語り合って―――
ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。
正体不明、原因不明、の大規模破壊現象。学者たちがさまざまな説を提唱していたが、どれも憶測の域を超えず、今日まで詳しい原因は解明されていない。その日以来、同様の破壊現象は確認されていないが、日本国民を震撼させるには十分な衝撃だった。
〈ネクスト・ギア・コーポーション〉―――〈NGC〉。最先端の技術力と莫大な資金を持ち、電化製品や乗用車、医療機器……大雑把にまとめると機械製品の開発、製造、販売をしている世界的に有名な日本の大企業だ。その世界的大企業が被災地に資金援助をし、復興、再開発された企業城下町があった。
それがここ、大阪、名古屋、東京に続く第四の地方都市―――復興都市・風蓮市である。
日本や外国の大手企業の支社が集まり、二十年前の大規模破壊現象の究明、そして十年前突如として現れた発生原因、正体ともに不明の第二の災害、変異型海洋生命体―――通称〈マーラン〉に対抗するために〈ネクスト・ギア・コーポレーション〉支社で研究が進められている。いまや日本の産業や防衛の一端を担う、世界で最も注目されている大都市だ。その大都市の住宅街で―――
「ふわぁ、眠い」
大きな欠伸をしながら少年―――三上侑斗は、真冬の乾燥した冷たい風にさらされながら、中学校までの通学路を歩いていた。
何の特徴もない、普通の中学二年生だ。
強いてい特徴を上げるならば、眼鏡をかけていること、徹夜明けなのか目の下に隈があること、制服の上から紺色のコートを着ていることくらいだ。
あと、小さいころに両親を亡くし、一か月間孤児院に暮らしていてその後三上家に引き取られたという過去がある。
この時期、東北地方は猛烈な寒波が押し寄せてくる。それはこの風蓮市も変わらないし、むしろ太平洋側に近いせいでほかの地域よりも寒い。
手袋やコート、マフラーなどの防寒着を着こまないと、北海道ほどじゃないが外には出られないような寒さだ。今日は念のためマスクを着用している。
「冬休みの課題。早く終わらせなきゃいけないってわかってるけど……」
言いながら、手に提げたカバンの中からスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。
「えーっと……八時ちょうどか……はっくしょん!……麻子の風邪、うつっちゃったかなぁ」
侑斗の自宅から学校までは、歩いて十分近くかかる。このまま歩いても遅刻はしない時間だった。
スマートフォンをスリープモードにして、カバンにしまう。
 辺りを見ると、同じ制服を着た学生たちや、犬の散歩をしている老人が歩いていた。この時間帯はまだだ人は少ないが、あと十分ほど遅く家を出ると通勤、通学者が多くなり、折り返し地点にある交差点に行こうものなら、今の何十倍も増える。だがこの景色も習慣も、二年も住んでいれば慣れてきた。
二年前、侑斗は春休みに軍事関係の仕事に就いている父親―――龍之介の転勤に伴い、この風蓮市に引っ越してきた。風蓮市にある〈変異型海洋生物対策課〉というところにに配属されることになったらしい。―――軍事関係ことはよくわからないけど。
自宅から学校までの距離も短く、都心部までの交通の便も悪くない。最初は知らない土地で新しい知り合いを作れるか心配だったが、仲の良い友人を作ることができた。前の暮らしより充実しているのは確かだ。
それからしばらく歩き―――
着いたときには、学校の時計の針は八時十五分を指していた。
風蓮市立風蓮中学校。企業城下町の教育機関だからといって、基本的な教育方針や施設の外観は他の学校とほとんど変わらないが、学校指定の制服のデザインが男女ともに人気があること、住宅街から近いとのことで、この学校に通う人は多い。
唯一の欠点を上げるならば、給食がなく、家から弁当を持っていかなければならないことくらいか。
この学校の特徴として、校則上、連絡目的だけの使用ならば、携帯電話、スマートフォンの所持が生徒に認められている。財布の所持は認められていないが。
校門の前に立っている体育の先生に挨拶をし、昇降口に入る。下駄箱で靴を履き替えてから、近くの階段を上り、自分の教室までの廊下を歩いく。
はめていた手袋とマフラーを外しながら二階の二年C組の教室に入った。
教室のなかには、友人との再会を喜び合う者、冬休みの出来事を語り合う者、休みの終わりを嘆く者、冬休みの課題を見せてくれと嘆願する者など、この教室のほとんどの生徒の姿が見られた。
窓際にある自分の席に座る。
「よお、侑斗!」
「おはよう、連太郎」
後ろの席から大きな声と共に挨拶を投げられた。振り向き、侑斗は友人―――鞍田連太郎に挨拶を返した。癖の付いた茶髪が特徴の少年だ。
風蓮中に入学したばかりの時期、クラスに馴染めなかった侑斗にでき、自分の家の事情を話した数少ない友人の一人だ。
「どうした、元気ねえな。寝不足か?それにマスクなんて着けて」
「まあ、夜遅くまで課題をやってたのもあるんだけど……麻子が風邪ひいっちゃてさ」
「麻子ちゃんが?珍しい」
「父さんが仕事で家にいなかったから、代わりに僕が看病してたんだ」
カバンの中身を机の中へ入れながら答える。麻子―――侑斗の妹だ。
「始業式が終わって家に帰ったら、早く麻子の昼飯の準備しないと……」
「今日家に帰ったら、麻子ちゃんのお見舞いがてら風邪薬をもっててやろうか?」
「いいの?ありがとう」
侑斗は目を細め、
「……麻子には何もするなよ?」
「わかってるってー、お兄様のご機嫌は損ねないよ」
「だからそのお兄様呼びをやめろ!」
さっそく機嫌を損ねさせる連太郎。
「えー。だって将来は義理の兄になるわけだし。今のうちに敬意を払っておかないと」
「連太郎が茉子と結婚するなんて僕が認めないし、何より父さんが許さないから」
「……お前、シスコンだっけ?」
「…………」
―――確かに今の発言はシスコンっぽいな。
だが麻子は三上家にとってなくてはならない存在だ。三上家の炊事洗濯のほとんどを担っている。
侑斗が三上家に入った当時は、母親が家事をしていたのだが、母親が病気で亡くなり、仕事で帰りの遅い龍之介に代わって侑斗と麻子とで家事を分担していた。
ある日突然「今日から私が全部やるから」と言って、妹に家事のほとんどを任せる形になった。
―――ん?情けない兄だな、だって?自分でもわかってる。
「そういえば、倭奏は?」
「言われてみれば見かけてないな」
隣の席にいるはずの友人の姿が見られない。
「あいつも風邪か?」
ダアァァァン!と勢いよく教室の扉が開かれた。
「おっしゃ―――!間にあったぁ!」
侑斗の隣の席で、色気が微塵も感じられない雄叫びを上げて扉を開け放った少女―――飛鳥倭奏がこれまた煙を上げる勢いで自分の席に座った。
「おっす!侑斗、連太郎!」
「よお」
「おはよう、倭奏。始業式早々遅刻?」
堂々とその薄い胸を張り、誇らしそうにどや顔をする倭奏。
「遅刻じゃねぇ、ただ今日が始業式だってことを忘れてて遅れて来ただけだ!」
侑斗と連太郎以上に男勝りな言動が目立つが、これが倭奏の地だ。
「……それを世間一般では遅刻って言うんだよ」
「そうなのか?」
すかさず突っ込みを入れる連太郎。二人のやり取りに苦笑する侑斗。
それから、ホームルームまでの時間に四人で過ごした冬休みの思い出を語り合って―――
ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。
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