ご落胤王子は異世界を楽しむと決めた!WEB版

るう

不協和音

 授業が始まる直前になって、ようやくニーナが教室にやってきた。

「リュシアン、おはよう」

 慌てて来たのか少し息を切らしながら、リュシアンを見つけると駆け寄ってきた。
 今日は合同授業の為、教室は上級生が講演などを聞くための大きな部屋を使っている。机はすり鉢状の階段にずらっと並び、椅子は一列どこでも座れるよう横長である。
 ニーナは、リュシアンの隣に座る生徒に断りを入れて、わざわざギュウギュウに狭い席に入り込んだ。

(せ、狭いし……、近いんだけど)

「おはよう、ニーナ。そんなに慌ててどうしたの? なにかあった」

 もちろん紳士なリュシアンは、密着した身体がのしかかってきてちょっと重い、などとは口が裂けても言わなかった。

「あ、違うのよ。今日は、呪文の方の昇級試験があってね。そっちと掛け持ちだから……」

 そして、学園のお姫様ときたらとんでもないことをサラッと言った。

「ええ!? そっち優先しなよ、こっちはⅠクラスだし、今日は説明くらいだよきっと」
「あら、だめよ。リュシアンが何を選択するか気になるんですもの。それにいいの、呪文の方の昇級は今回確実だからね」

 アンケートの結果次第では、これから一年間のグループが決まってしまうかもしれない。そのことの方が、今は重要だというのだ。
 魔法研究科の授業は他とは違う。同じ学科、同じランクでも、テーマによって全然授業内容が異なる。先輩の補助に付こうものなら、授業を受ける教室さえ変わってしまうのだ。
 ひょいっとニーナは、リュシアンのアンケート用紙を覗き込んだ。

「……エルフの生活魔法?」

 彼女は、少し気が抜けたような声を出した。
 魔法研究科魔法陣の研究の花形と言えば、高度な魔法陣の研究と、作成に尽きる。まだ魔法陣化されていない過去の大魔法を魔法陣に変換したり、呪文魔法より優れた魔法陣の研究など、ある意味壮大すぎて実現可能かどうかもわからない研究がほとんどなのだ。
 高く掲げた研究はともかく、現実的には今まであった高等魔法陣の写生練習や、発動実験などが主な授業内容になる。そして主な研究成果となるのは、多少の簡略化や(写生スキルの緩和)、魔力節約などの、巻物を作ったり使ったりする際の、利便性を上げることに終始することが多い。それでも、さきほど上げた研究目的などを目標にするのが、魔法陣研究科では普通なのだ。
 けれどリュシアンの場合、そもそも写生スキルを持ってないので、写生の反復練習など意味がないし、多数が所属するチームに入って特異な能力が大勢に知れるのも面倒くさい。
 ということで、あまり人が食いつかなさそうなものを選んだのだ。

「じつはね、兄様たちもエルフの生活魔法の研究をしてたんだって。僕とは趣旨が違うけどね」
「えっ、そうなの?」

 それまで話半分になっていたニーナが、がぜん興味を惹かれて身を乗り出した。

(近い、近いってばっ!)

 もう完全に頬がくっつく勢いだ。リュシアンとしては、むしろぜんぜん迷惑ではなかったのだが、約一名に見つかると、ろくでもないことになるのでちょっと身体をのけぞらせた。

「はっ! クズのくせに、女といちゃついてる暇はあるのかよ、さすがはお貴族様だぜ」

(ほら、いわんこっちゃない)と、リュシアンは苦笑する。今か今かとツッコミどころを探してるダリルは、当然ながらこれを見逃すことはなかった。

「あら、誰かと思ったら、貴方まだⅠクラスでウロウロしてたの?」

 どうやらニーナもダリルは知っているらしい。そして、意外にもさらなる燃料を投下してみせた。ダリルはあちこちで喧嘩を売っているらしく、ニーナも何度か絡まれて不愉快な思いをしているようだ。
 それこそ誰彼構わず、この学園の理念に則って身分関係なしである。

「ちげぇよっ! 俺は、上級生としてここにいるんだ! お前らクズと一緒にすんな」
「あなた今日、呪文の昇級についての説明会じゃないの?」

 ダリルは魔法研究科呪文の方も取っているので、ニーナはここにいるのはおかしいと指摘したのだ。

「そっ、それは。いやっ、てめぇだってここにいるんだから同じだろうが!」
「私はもう昇級が決まってるのよ。こちらはアンケート提出日だから、先生方に事情を説明してこっちにいるだけ。説明会で配られるプリントは、ほら、貰ってるのよ」

 Ⅰクラスは新入生が多いため、始めの授業は上級生との合同が多い。よって在学生がⅠクラスから新たに始めると授業がバッティングすることが往々にしてある。そのため、場合によっては掛け持ちの許可が出るのだ。
 ダリルが一瞬言葉に詰まると、ニーナはとどめを刺しに行った。
 
「ああ、そうそう。今日は、昇級が決まった人のみの説明会だったわね」
「くそっ、てめぇ……っ!」

 身分どうこういうのレベルではなく、ダリルの口の悪さ、手の速さは普通に処罰の対象になるほどだ。誰に対しても必要以上に悪態つく様子は、リュシアンにはかえって彼の脆さのようなものを感じた。
 例のごとく、ダリルは瞬間的に腕を振り上げていた。
 周りの生徒達に緊張が走ったが、それは結局ニーナに振るわれることはなく、いささか引っ込みがつかなくなった腕が、激しく机に叩きつけられていた。
 頭に血が上っても、即座に女の子に手を上げることはないらしい。相手が相手ということもあるが、どうやらただの馬鹿というわけでもなさそうである。
 女生徒の数人が小さな悲鳴を上げる中、リュシアンとニーナはかなり冷静にダリルを見上げた。仮にここでニーナに手を上げたとしても、彼女には掠りもしないことがわかっていたからだ。
 ちっ、と舌うちしてダリルは踵を返した。
 肩を怒らせて、少し離れた場所の席まで大股で歩いていって、これ見よがしに大きな音を立てて座った。ひそひそ陰口を囁き出した周りの声に、いちいち睨みを効かせて威嚇している。

(なんかこう、野生動物みたいな警戒の仕方だよね)

 リュシアンは、ニーナと顔を見合わせてちょっとだけ肩を竦めた。

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