ご落胤王子は異世界を楽しむと決めた!WEB版
教室騒動その後
医務室に着くと、そこには白衣を着た年若い青年が座っていた。
「どうかしましたか?」
くるりと振り向いた姿に、リュシアンは不覚にもびっくりしてハンカチを落としてしまった。ひらりと床に落ちた血が付着したそれを見て、彼はすぐに立ち上がって近づいてきた。
「怪我、どこですか? 見せてください」
気を取られているうちに彼の手が近づいてきたが、視線はどうしてもその背後に注目してしまう。薄い色合いの金髪には目立つのか、少し血が付いているのを目ざとく見つけた彼はリュシアンの頭髪をかき分けるようににして傷口を探していた。近づいたことによって、彼の背中でうごめく物が間近に迫った。
「あ、いえっ……あの」
「額の近く、ほら髪の生え際あたりだよ。あっ、チョビお前いつの間に! 怪我してるからダメだろ」
リュシアンが言いよどんでいるのを補足しつつ、肩に乗っていたチョビが、もぞもぞと頭に登ろうとしているのをエドガーが止める。エドガーには、チョビの事をここに来る道すがら簡単に説明した。
ベヒーモスだって教えたら「……ふーん」と、さもわかったように頷いた。鑑定でも伝説扱いの魔獣なので、それほど知名度は高くないのだろう。
「あ、大丈夫です。エドガー、えと、先生? も、ごめん。実はもう治ってるから」
「えっ?」
エドガーも、傷を見ようとしていた青年も、思わずきょとんとなる。顔を上げたエドガーは、その時初めて青年のそれに気が付いた。彼の背中にある、天使のような白い羽根がフワッと動いたことに。
目をまんまるに見開いて凝視されて、白衣の青年は恐縮したように笑った。
「……言っておくけど、私は鳥の獣人だよ」
確かに、よく見ると頭も髪ではなく羽根で覆われている。
頭髪のように流れがあるので髪にも見えるが、よく見ると耳がなく、羽根に完全に隠れていてぺったりと肩まで流れている。本当は耳はあるのだが、人と違って耳たぶがないので外見からは見えないのだ。
知識では知っていたが、鳥の獣人は実はひどく珍しい。
獣人がまだたくさんいた時代も、鳥の獣人はすでに希少種だった。その昔、天使のような容姿とその神秘的な姿に魅せられた人族や他の種族に、観賞用や奴隷として乱獲されて著しく数を減らしたというのだ。
リュシアンは、髪についた血を綺麗にふき取ってもらってから、傷があったところを念入りに確認してもらった。大丈夫だというのに、エドガーがちゃんと診てもらえとうるさいからだ。
リュシアンはこの時、無属性魔法のパッシブがないと感覚的にわからないのかもしれないと考えたが、実際は自動回復という機能はそれほど大した効果はないというのがごく一般的な知識である。
いわゆる常時発動している魔法は、自力の魔力の大きさがそのまま能力の差になり、全体の魔力量の微量な何割かが、その為に削られ続けているのだ。
当然ながら魔力の回復が追いつかない量を消費するわけにはいかないので、自動回復など諸々の#常時発動__パッシブ__#魔法は、本当に補助的に使われているに過ぎない。人より少し丈夫だとか、傷の治りが早いとか、毒が効きにくいなど、それくらいの捉え方がほとんどなのだ。
無属性魔法の身体強化などは、スキルのように普通に発動という手順をして使うことになる。だから無属性持ちだからといってパッシブがあっても普通に怪我もするし、油断して攻撃を受ければやはり致死の傷を負ったりするのだ。
けれど、リュシアンは常時発動での身体強化もそこそこできてしまうために、まわりもそうだと思っている節がある。なぜなら教えていたロランが、当然のように出来たからだ。身近な教師役がバケモノ級であったことが、リュシアンの常識を少しだけ非常識にしてしまったのかもしれない。
「……大丈夫そうですね。それにしても、その少年の事はこちらからもⅡ-1の担当教師に伝えておきましょう。いきなり手を上げるなど言語道断です」
「そ、……いえ、そうですねお願いします」
思わず止めようとしたリュシアンは、すぐに考えを改めた。
それは却って彼の為にならないかもしれないと思ったからだ。気に入らないからと言って、あんな風に短絡的に暴力に訴えるなどあってはならないことだ。
リュシアンが考えるに、たぶん彼はあそこまでの騒ぎにするつもりはなかったのだ。チョビは避けると思っていただろうし、まさかその爪のせいで流血沙汰になるとは夢にも思わなかったに違いない。かえって普通に殴りかかってこられていたら、逆にリュシアンはかすり傷一つ負わなかっただろうけれど。
さすがに通常モードのパッシブ防御では、伝説の魔獣ベヒーモスの爪は防げなかったらしい。
処置が終わると、そわそわと待っていたチョビがさっそく頭の上に登ってきた。もぞもぞ居心地のいい場所を探してしゃがみこむと、くるくる回って丸くなって定位置に落ち着いた。
(あんまり爪立てないでね、チョビ)
「どうかしましたか?」
くるりと振り向いた姿に、リュシアンは不覚にもびっくりしてハンカチを落としてしまった。ひらりと床に落ちた血が付着したそれを見て、彼はすぐに立ち上がって近づいてきた。
「怪我、どこですか? 見せてください」
気を取られているうちに彼の手が近づいてきたが、視線はどうしてもその背後に注目してしまう。薄い色合いの金髪には目立つのか、少し血が付いているのを目ざとく見つけた彼はリュシアンの頭髪をかき分けるようににして傷口を探していた。近づいたことによって、彼の背中でうごめく物が間近に迫った。
「あ、いえっ……あの」
「額の近く、ほら髪の生え際あたりだよ。あっ、チョビお前いつの間に! 怪我してるからダメだろ」
リュシアンが言いよどんでいるのを補足しつつ、肩に乗っていたチョビが、もぞもぞと頭に登ろうとしているのをエドガーが止める。エドガーには、チョビの事をここに来る道すがら簡単に説明した。
ベヒーモスだって教えたら「……ふーん」と、さもわかったように頷いた。鑑定でも伝説扱いの魔獣なので、それほど知名度は高くないのだろう。
「あ、大丈夫です。エドガー、えと、先生? も、ごめん。実はもう治ってるから」
「えっ?」
エドガーも、傷を見ようとしていた青年も、思わずきょとんとなる。顔を上げたエドガーは、その時初めて青年のそれに気が付いた。彼の背中にある、天使のような白い羽根がフワッと動いたことに。
目をまんまるに見開いて凝視されて、白衣の青年は恐縮したように笑った。
「……言っておくけど、私は鳥の獣人だよ」
確かに、よく見ると頭も髪ではなく羽根で覆われている。
頭髪のように流れがあるので髪にも見えるが、よく見ると耳がなく、羽根に完全に隠れていてぺったりと肩まで流れている。本当は耳はあるのだが、人と違って耳たぶがないので外見からは見えないのだ。
知識では知っていたが、鳥の獣人は実はひどく珍しい。
獣人がまだたくさんいた時代も、鳥の獣人はすでに希少種だった。その昔、天使のような容姿とその神秘的な姿に魅せられた人族や他の種族に、観賞用や奴隷として乱獲されて著しく数を減らしたというのだ。
リュシアンは、髪についた血を綺麗にふき取ってもらってから、傷があったところを念入りに確認してもらった。大丈夫だというのに、エドガーがちゃんと診てもらえとうるさいからだ。
リュシアンはこの時、無属性魔法のパッシブがないと感覚的にわからないのかもしれないと考えたが、実際は自動回復という機能はそれほど大した効果はないというのがごく一般的な知識である。
いわゆる常時発動している魔法は、自力の魔力の大きさがそのまま能力の差になり、全体の魔力量の微量な何割かが、その為に削られ続けているのだ。
当然ながら魔力の回復が追いつかない量を消費するわけにはいかないので、自動回復など諸々の#常時発動__パッシブ__#魔法は、本当に補助的に使われているに過ぎない。人より少し丈夫だとか、傷の治りが早いとか、毒が効きにくいなど、それくらいの捉え方がほとんどなのだ。
無属性魔法の身体強化などは、スキルのように普通に発動という手順をして使うことになる。だから無属性持ちだからといってパッシブがあっても普通に怪我もするし、油断して攻撃を受ければやはり致死の傷を負ったりするのだ。
けれど、リュシアンは常時発動での身体強化もそこそこできてしまうために、まわりもそうだと思っている節がある。なぜなら教えていたロランが、当然のように出来たからだ。身近な教師役がバケモノ級であったことが、リュシアンの常識を少しだけ非常識にしてしまったのかもしれない。
「……大丈夫そうですね。それにしても、その少年の事はこちらからもⅡ-1の担当教師に伝えておきましょう。いきなり手を上げるなど言語道断です」
「そ、……いえ、そうですねお願いします」
思わず止めようとしたリュシアンは、すぐに考えを改めた。
それは却って彼の為にならないかもしれないと思ったからだ。気に入らないからと言って、あんな風に短絡的に暴力に訴えるなどあってはならないことだ。
リュシアンが考えるに、たぶん彼はあそこまでの騒ぎにするつもりはなかったのだ。チョビは避けると思っていただろうし、まさかその爪のせいで流血沙汰になるとは夢にも思わなかったに違いない。かえって普通に殴りかかってこられていたら、逆にリュシアンはかすり傷一つ負わなかっただろうけれど。
さすがに通常モードのパッシブ防御では、伝説の魔獣ベヒーモスの爪は防げなかったらしい。
処置が終わると、そわそわと待っていたチョビがさっそく頭の上に登ってきた。もぞもぞ居心地のいい場所を探してしゃがみこむと、くるくる回って丸くなって定位置に落ち着いた。
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