ご落胤王子は異世界を楽しむと決めた!WEB版
襲来
そろそろ朝食の為に食堂に向かおうとしていたリュシアンは、いきなりの衝撃に危うく前のめりに倒れそうになった。
「あ、危な…、もう少しで調合道具に突っ込むとこだった」
調合に使う機器はすべてガラス製だ。頭からつっこんだら洒落にならない。
ちなみに、この世界では特定の鉱石を錬金したものを、さらに熱加工したものがガラスとなる。材質としては、ほぼ元の世界のガラスと変わらない。
(まさか地震とか?!)
書斎の重い扉を開くと、屋敷の中は騒然としていた。
切れ切れの言葉の端を拾うと、どうやらモンスターが出たらしい。
森の中ならいざ知れず、こんなところまでモンスターが現れるのは珍しい。
しかも、これほどの騒ぎになるほどの大物が出現したとなると非常事態である。この辺りのモンスターは、普通ならせいぜいがDランクまで。
常駐している騎士たちの手にかかれば苦戦するとは思えない。
「何が起こっているんだ…」
リュシアンは、予感がした。
なぜかピエールの顔がフラッシュバックする。気を取り直して、部屋に戻ったリュシアンは作ったばかりの魔法の巻物の入ったカバンを掴んだ。
魔物に通用するかどうかはわからないが、少なくとも追い返すぐらいの役には立つかもしれない。
※※※
薬草園へ行くと、モンスターにやられたであろう怪我人たちが転がっていた。温室と錬金作業場がある小屋は、臨時の救護施設のようになっている。
覗き込むと、母やメイドたちが怪我人の手当をしていた。
調合錬金で作る傷薬は、効き目はいいが消費期限がある。そのため普段は大量には作っていないので、圧倒的に数が足りないようなのだ。
大部分は常備できる塗り薬や、即席で薬草をすりつぶしたもので代用するしかなかった。
なにしろここは、冒険者ギルドでもなければ最前線の戦場でもない。薬の準備も、回復魔法が使えるヒーラーも揃っているはずはないのだ。
母も少しは回復魔法が使えるが、これほどの人数を捌けるほど魔力がないので、いざというときの為に温存しているらしい。
マノンはというと、無理をしたのかさっそく目を回している。おそらく初めての魔力枯渇だろう。
初心者がとかく陥りがちの失敗である。
それより、こんな小さな子がここにいる方が問題である。
母は手が回らないようなので、手当が終わって現場に戻ろうとしている騎士を捕まえて、マノンを屋敷の執事に預けてくるように頼んだ。
「リュク、貴方も屋敷の方へ行ってなさい。ここは…」
それに気が付いたアナスタジアが、リュシアンにも屋敷に戻るように指示した。母の提案は当たり前で、いつもなら逆らうことはないが、今日は簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
どう言い訳しようかと悩んでいると、ふと母のすぐ後ろに、黒い影がすっと近づくのに気が付いた。
メイドたちの悲鳴が上がる。
タイガービーがこちらに逃げてきた怪我人を追いかけて紛れ込んできたのだ。
「母様、危ないっ」
リュシアンは、ほとんど無意識に動いた。
瞬きするほどの、ほんの数秒――。
アナスタジアとモンスターの間に入り込み、素早くナイフを引き抜くとタイガービーの急所、首を一撃で跳ね飛ばしていた。
ぽとり、と頭が地面に落ち、胴体は羽ばたきながらそのあとに続く。
しん、と空気が凍り付いたように静まった。
転がったモンスターが動かないのを確認すると、一気にわあっと歓声が上がった。
騎士たちもメイドたちも、小さな英雄を讃えるようにぐるりと周りを囲んだ。唯一、気遣わしそうな表情のアナスタジアは、モンスターを見下ろすリュシアンの手を優しく握ってきた。
ちょっとの間、呆然としていたようだ。
硬直したように固まっていたリュシアンは、はっとなって慌ててナイフを仕舞う。
「か、母様、お怪我は…?」
やんわりと笑ったアナスタジアは、首を振って「大丈夫、リュクが守ってくれました」とまるで言い聞かせるように答えた。
慰めるような、その母の態度に小さく苦笑する。どうやら助けたはずが、こちらが慰められた形になってちょっと情けない気持ちだった。
カバンを抱えなおして、リュシアンはその場を後にした。
気がかり層に見送った母には悪いけど、今回のことはちゃんと顛末が見たい。もとより自分の問題だし、ピエールのこともあるのだから
まだまだ騒然とするその場を、リュシアンは振り切るようにして先を急いだ。
気が付くと、懐に仕舞ったナイフに手を当てていた。
(初めてモンスターを殺した)
オークモドキの時は結局殺すことが出来ず、ピエールが素材を剥ぐ際にとどめをさした。もっとも今回はたまたま昆虫型だったからか、覚悟していたほどのショックはなかった。
それでもあまり気持ちがいいものではないけれど。
ただ思うのは無感動になることはない、ということだ。命を狩って命をつなぐことも、命を狩って命を救うことも、それに伴う嫌悪感も罪悪感も……、忘れる必要はないのかもしれない。
そうして走ること数分、ようやく前線にたどり着いた。
「あ、あれは、一体」
薬草園の垣根は壊され、付近の薬草は無残に踏み荒らされていた。
そこにいたのは、クマのような…、でも大きさは数倍はあろうかというフォレストグリズリーという大型のモンスターだった。
「あ、危な…、もう少しで調合道具に突っ込むとこだった」
調合に使う機器はすべてガラス製だ。頭からつっこんだら洒落にならない。
ちなみに、この世界では特定の鉱石を錬金したものを、さらに熱加工したものがガラスとなる。材質としては、ほぼ元の世界のガラスと変わらない。
(まさか地震とか?!)
書斎の重い扉を開くと、屋敷の中は騒然としていた。
切れ切れの言葉の端を拾うと、どうやらモンスターが出たらしい。
森の中ならいざ知れず、こんなところまでモンスターが現れるのは珍しい。
しかも、これほどの騒ぎになるほどの大物が出現したとなると非常事態である。この辺りのモンスターは、普通ならせいぜいがDランクまで。
常駐している騎士たちの手にかかれば苦戦するとは思えない。
「何が起こっているんだ…」
リュシアンは、予感がした。
なぜかピエールの顔がフラッシュバックする。気を取り直して、部屋に戻ったリュシアンは作ったばかりの魔法の巻物の入ったカバンを掴んだ。
魔物に通用するかどうかはわからないが、少なくとも追い返すぐらいの役には立つかもしれない。
※※※
薬草園へ行くと、モンスターにやられたであろう怪我人たちが転がっていた。温室と錬金作業場がある小屋は、臨時の救護施設のようになっている。
覗き込むと、母やメイドたちが怪我人の手当をしていた。
調合錬金で作る傷薬は、効き目はいいが消費期限がある。そのため普段は大量には作っていないので、圧倒的に数が足りないようなのだ。
大部分は常備できる塗り薬や、即席で薬草をすりつぶしたもので代用するしかなかった。
なにしろここは、冒険者ギルドでもなければ最前線の戦場でもない。薬の準備も、回復魔法が使えるヒーラーも揃っているはずはないのだ。
母も少しは回復魔法が使えるが、これほどの人数を捌けるほど魔力がないので、いざというときの為に温存しているらしい。
マノンはというと、無理をしたのかさっそく目を回している。おそらく初めての魔力枯渇だろう。
初心者がとかく陥りがちの失敗である。
それより、こんな小さな子がここにいる方が問題である。
母は手が回らないようなので、手当が終わって現場に戻ろうとしている騎士を捕まえて、マノンを屋敷の執事に預けてくるように頼んだ。
「リュク、貴方も屋敷の方へ行ってなさい。ここは…」
それに気が付いたアナスタジアが、リュシアンにも屋敷に戻るように指示した。母の提案は当たり前で、いつもなら逆らうことはないが、今日は簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
どう言い訳しようかと悩んでいると、ふと母のすぐ後ろに、黒い影がすっと近づくのに気が付いた。
メイドたちの悲鳴が上がる。
タイガービーがこちらに逃げてきた怪我人を追いかけて紛れ込んできたのだ。
「母様、危ないっ」
リュシアンは、ほとんど無意識に動いた。
瞬きするほどの、ほんの数秒――。
アナスタジアとモンスターの間に入り込み、素早くナイフを引き抜くとタイガービーの急所、首を一撃で跳ね飛ばしていた。
ぽとり、と頭が地面に落ち、胴体は羽ばたきながらそのあとに続く。
しん、と空気が凍り付いたように静まった。
転がったモンスターが動かないのを確認すると、一気にわあっと歓声が上がった。
騎士たちもメイドたちも、小さな英雄を讃えるようにぐるりと周りを囲んだ。唯一、気遣わしそうな表情のアナスタジアは、モンスターを見下ろすリュシアンの手を優しく握ってきた。
ちょっとの間、呆然としていたようだ。
硬直したように固まっていたリュシアンは、はっとなって慌ててナイフを仕舞う。
「か、母様、お怪我は…?」
やんわりと笑ったアナスタジアは、首を振って「大丈夫、リュクが守ってくれました」とまるで言い聞かせるように答えた。
慰めるような、その母の態度に小さく苦笑する。どうやら助けたはずが、こちらが慰められた形になってちょっと情けない気持ちだった。
カバンを抱えなおして、リュシアンはその場を後にした。
気がかり層に見送った母には悪いけど、今回のことはちゃんと顛末が見たい。もとより自分の問題だし、ピエールのこともあるのだから
まだまだ騒然とするその場を、リュシアンは振り切るようにして先を急いだ。
気が付くと、懐に仕舞ったナイフに手を当てていた。
(初めてモンスターを殺した)
オークモドキの時は結局殺すことが出来ず、ピエールが素材を剥ぐ際にとどめをさした。もっとも今回はたまたま昆虫型だったからか、覚悟していたほどのショックはなかった。
それでもあまり気持ちがいいものではないけれど。
ただ思うのは無感動になることはない、ということだ。命を狩って命をつなぐことも、命を狩って命を救うことも、それに伴う嫌悪感も罪悪感も……、忘れる必要はないのかもしれない。
そうして走ること数分、ようやく前線にたどり着いた。
「あ、あれは、一体」
薬草園の垣根は壊され、付近の薬草は無残に踏み荒らされていた。
そこにいたのは、クマのような…、でも大きさは数倍はあろうかというフォレストグリズリーという大型のモンスターだった。
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