少しおかしな聖女さまのVRMMO日常記

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15話 虎熊童子-5

15話 虎熊童子-5






「危うく約束を破ってしまうところだった。──すまない、ここからは真面目に相手をしよう」


 【装備変更ドレスチェンジ】。【虎熊童子】はそう呟きました。
 その次瞬間、私の真横にいたカバンさんの身体が、パリンと音を立てて砕け散りました。


「なっ……!」


 私の視界の端に、カバンさんからの『すみません』というメッセージが表示されました。


 ……これは非常にマズイ状況になりましたね。ここでこのパーティの中で最も火力を出せるカバンさんがいなくなるのは、現状では奇跡でも起きない限り負けに等しいですし。


 私の使った魔法【銀世界】、これは範囲内にいるもの全てに確率で【凍傷】を与えるというものです。
 耐性付与も行なっていないのに虎熊童子さんは【凍傷】状態になっていません。つまり、氷魔法等に対する……もしかしたら魔法に対する耐性を持っているかもしれません。


「……ふふふっ。それが貴女の本気?ねぇ、ねぇ、あーちゃん。アレ使ってもいい?」


 私の心情とは裏腹に、メリーさんは頰を赤らめてワクワクした様子でアモーレさんの方を見ました。


 アモーレさんは私とシズクさんに視線を向けて、コクリと頷きました。……まさか、アレを使うつもりですか。


「フォッフォッフォッ!問題ないですぞ。いざとなれば私が止めますゆえに」


 それを聞いたメリーさんは嬉々として笑みを浮かべて、右の手のひらと左の手のひらを合わせました。


「限定スキル【狂神化ベルセルク】発動」


 するとメリーさんの右手の甲に、赤色のさかさ十字の紋章が浮かび上がりました。
 それと同時ににメリーさんの金髪が、金眼が、ドス黒い赤色に変色した。


 なにより目立つのは、メリーさんの右手の紋章から噴出されている赤色の鱗粉らしきものでしょう。
 それはメリーさんを淡く包むように、広がっていっています。


「……アモーレさんの嘘つき」


 【狂神化】したメリーさんを見て、私は口を尖らせてアモーレさんに言いました。
 メリーさんの限定スキル、【サディスト】なんかじゃないじゃないですか。


「フォッフォッフォッ。執事のお茶目なジョークですぞ」


 アモーレさんはこちらに向かってパチリとウインクをしました。
 シズクさんは話についていけていないようで、先程から頭の上に何度もクエスチョンマークを浮かべさせています。


「–––とりあえず、ここから離れましょう。メリーさんがああなったら、もう私たちはただの邪魔です。少し離れた場所で戦闘を観戦していましょう」


 私はシズクさんとアモーレさんにそう告げて、チラリとメリーさんに視線を向けました。


「……頼みましたよ」




◇◆◇◆




 赤黒く染まった両手槌を片手で持つ、赤黒い髪と瞳をしたメリーと、黒色のドレス、そして黒色の両手剣を持った白鬼【虎熊童子】が、両者ともに笑みを浮かべて対峙する。


「ジャま者ハサった。ジャあ、始メよッか」
「ほう、貴様も神を降して起きながらその意識を保っているのか。──ああ、尋常に勝負!」


 先手を取ったのはメリーだった。両手槌を横向きに大きく振りかぶり、虎熊童子に叩きつける。


 虎熊童子はそれを両手剣で防ごうとしようとして──両手剣ごと遠方へと壁を貫通して吹き飛ばされた。


「がッ?!」


【虎熊童子12000/250000】


 メリーは追撃を仕掛けるため地面を力強く蹴り、貫通した建物の壁を抜けて動かなくなっている虎熊童子に両手槌を縦振りで叩きつけた。
 しかしそれはメリーが攻撃すると、まるで始めから何もなかったかのように、霧散した。


「こっちだ」


 狂神化によって思考能力が著しく低下しているメリーには、その攻撃をを防ぐことができず、虎熊童子の両手剣がメリーの首に直撃した。


「っ?!」


 ガキンッ!!という金属と金属が激しくぶつかり合う音が静けさを増すイベントフィールドに響いた。


 ──虎熊童子による両手剣の攻撃は、メリーが纏っていた赤色の鱗粉によって防がれた。


 隙だらけとなった虎熊童子をメリーが見逃すはずもなく、また両手槌を虎熊童子に叩きつけた。


【虎熊童子10000/250000】


 吹き飛ばされて建物の壁に再び叩きつけられた虎熊童子は、先ほどとは違い一瞬にて立ち上がった。
 しかしその目には生気が宿っておらず、手はぶらんと垂れ下がっていた。


「あ、あああ。GAAAaAAAaaaaaaaa!!!!」


 突然虎熊童子が獣のような雄叫びを上げて、フシューフシューと息を吐きながら生気のない瞳でメリーを睨みつけた。


「……サッきまデは意シキがあっタミたいダけど、モう無くナッちゃッたノカな?」


 メリーはまるで獣のように威嚇してくる虎熊童子を見て、メリーは残念そうにため息を吐いた。


「残ネんダケど、ワたシに獣ト戯レルシュ味ハナいノ」


 メリーはインベントリに両手槌を仕舞い、つまらないと言わんばかりに口を尖らせて腕を頭の後ろで組んだ。


 武器を仕舞ったメリーを見て、虎熊童子は好機と捉えたのか、口元に弧を描いてメリーに飛びかかった。


「あーA、つmAラNAいiiぃいii!!!」


 メリーの限定スキルである【狂神化ベルセルク】。その効果は〈自らの身体に狂神を降ろす。通常攻撃によって与えるATKを4倍にして、防御力を4分の1にする〉というものだ。
 では、メリーの纏っている赤い鱗粉はなんなのか。その正体は、メリーの持つ種族スキル【狂鱗】によるものだ。
 【狂鱗】の効果は〈狂化系統のスキルが発動していて、さらに発動した本人の気分が高揚している時に発生する。一定の確率で攻撃を無効化する。ただし本人の気分が高揚状態から元に戻った場合、バッドステータス【暴走】を付与する〉というものである。


 ──飛びかかって来た虎熊童子を、メリーは狂気に満ちた目で見据えて、赤色の鱗粉を手に纏い、殴りつけた。


「ガハッ?!」


 【虎熊童子2500/250000】


 まさか攻撃されることを予想していなかったのか、虎熊童子はもろに攻撃を受けて物凄い勢いで壁に叩きつけられた。
 虎熊童子の目は極限まで見開き、狂気に染まったメリーを見つめていた。


「……まさ、か。【鬼化】がこんな一瞬で解除されるとは……な」


 乾いた笑みをこぼし、目を伏せて虎熊童子は呟いた。既に立ち上がる気力もないのか、壁にもたれかかった状態で、両手を上げた。


「私の負けだよ。好きにするがいい」


 虎熊童子は上げていた両手を下ろし、目を瞑った。


「HAaaaaaaa!!!」


 狂神化状態であるメリーは口に弧を描き、口の端から赤色の鱗粉を吐き出しながら、拳を大きく振り上げた。
 しかし──それを止めるものが現れた。


「──フォッフォッフォッ!お嬢様、抵抗せぬものをそのように殺すのは少々品がないですぞ?」


 アモーレはそう言って、メリーの拳を掴んだ。それと同時に、メリーの後ろにあった建物がまるで何かに殴られたかのように、砕け、崩落した。




「──うわあ、あの変態執事なんかやばそうな状態のメリーちゃんの拳を受け止めちゃったよ。しかも無傷で」


 その様子を多くの建物の陰から精霊を通して見ていたシズクが、乾いた笑みを浮かべた。


 その言葉を聞いたアヤはふむ、と考え込んで、


「おそらくアモーレさんの限定スキルは、【転移】系統のものなんでしょう。アモーレさんがメリーさんの攻撃を受け止めたと同時に、近くにあった建物が壊れたので、おそらくメリーさんの「攻撃」をその建物に転移させた……もしくはそのエネルギーを転移させた、ってところでしょうか」


 自らの推測をシズクに伝えた。シズクはなるほど、と手をポンとついて相変わらずアヤちゃんはすごいなぁ、みたいな視線をアヤに向けた。
 アヤは魔力感知を使って戦闘の状況を確認しているのか、シズクのその視線には気づいていないようだ。


 ──アヤの推測は合っていた。アモーレの持つ限定スキルは、【転移】。自分が認識している範囲に転移できる、させる能力だ。転移させられるものに、制限はない。


 ただし……転移を一回使うたびに、そこから現実時間で24時間、最大MP及びSPが100減少するというデメリットも当然ながらある。


 ──アモーレは、メリーの攻撃による自分の受けるダメージ及び衝撃等を、近くにあった建物に転移させたのだ。


「フォッフォッフォッ。ところでお嬢様、この写真に見覚えはございますか?」


 狂気に染まったメリーの目の前に、アモーレはふふっと笑ってとある写真を突き出した。


 その写真を見たメリーのどす黒い赤色の瞳に、正気の色が浮かび上がってきた。それと同時に、彼女の右手の甲に浮かび上がっていたさかさ十字の紋章が、スーッと引いていった。


「……な、なっな、ななな…………!!」


 理性を取り戻したメリーの顔が、まるでトマトのようにみるみる真っ赤に染まっていく。
 その様子を見て、アモーレはフォッフォッフォッ。と笑った。
 虎熊童子は訳がわからないと言わんばかりに、二人を見上げていた。


「……いかにも暴走状態だったメリーちゃんが止まるなんて……」


 いつのまにか建物の陰からでて、ここに戻ってきていたシズクが、興味津々とした目でアモーレが手に持つ写真を見つめていた。


 アヤはふふっと笑みを浮かべて、


「顔を真っ赤にしているということは……まあ、本人にとって恥ずかしい写真なんじゃないですかね」


 微笑ましそうにメリーを見ていた。


「フォッフォッフォッ。──御二方を信頼して話しますが、お嬢様の限定スキルは【狂神化】、そしてそれに付属してきた種族スキルが【狂鱗】というものなのです。詳しい効果は省きますが、お嬢様は【狂鱗】によって、先ほどのような暴走状態になりました。ですがその状態は羞恥心が一定以上に高まると解けるんです」


 言葉を続けようとしたアモーレに、いきなりメリーがだらしない表情をして抱きついた。


「えへへ……、あーちゃん大好きぃ」


 顔をアモーレのお腹に擦り付けて、すんすんと匂いを嗅いだりしている。


 その様子を見たシズクの笑みがピシリと固まった。アヤはあらあらまあまあ、みたいな感じで微笑ましそうにその様子を見ている。


「フォッフォッフォッ。–––俺もだよ、メリー」


 アモーレはいつもとは違う、優しげな笑みを浮かべて、メリーのどす黒い赤色の髪を撫でた。
 そしてメリーの頭を撫でながら、アモーレはアヤたちの方へと視線を向け──シズクの形相を見て、その表情を固まらせた。


「……リア充し」
「ご、誤解ですぞ!私とお嬢様は別に付き合っておりません」
「へぇ。付き合ってないのにそんなことやあんなことを……」
「……ただ頭を撫でただけですぞ」


 アモーレはごほんっと咳払いをしてメリーがああなった理由を話し始めた。


「……お嬢様の【狂神化ベルセルク】にも、当然ながらデメリットが存在します。それは〈狂鱗の効果により使用者が【暴走状態】になり、そしてその効果がなんらかの要因で途切れた場合、使用者は現実時間で2時間、素を隠せなくなる〉という厄介なものなんです」


 その言葉を聞いて、シズクはアモーレにジト目を向けた。


「つまり、両想いであることをわかっているのに付き合っていない、と?」
「……その通りでございます」
「……ヘタレ」


 シズクがキッパリと告げると、アモーレはグハッと言って胸を押さえて、地面に膝をついた。


「どうしたの?あーちゃんどこか痛いの?」
「な、なんでもないよ」


 そんなシズクたちの様子を、アヤは冷めた目で見つめていた。











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