少しおかしな聖女さまのVRMMO日常記
11話 虎熊童子-1
11話 虎熊童子-1
カバンは逃げていた。光り輝く満月を後ろにして、怒気を浮かべて迫り来る白鬼から。アヤの囮作戦は見事に成功していて、白鬼のターゲットはアヤからカバンへと移り変わっていた。
「貴様……!よくも私の仲間をあのように甚振ってくれたな……!」
「俺じゃないですって!もう一人の女性だとおも––––」
「問答無用!」
やがてカバンに追いついた白鬼は、カバンに鈍器を振り下ろした。
〈ワールドアナウンスです。ただいま、イベント【超級】の会場に、イベントボス【虎熊童子】が出現しました。プレイヤーで協力して、ボスを討伐しましょう!〉
《イベントボス討伐大型パーティが編成されました。参加人数2/30》
もしかしなくても俺が囮じゃないですか?!カバンは自分に武器が振り下ろされたことで、ようやくそのことに気がついた。
カバンはアーツ【シャドウエッジ】を使って自らに振り下ろされた鈍器を弾く。そして返しの手で【アサシネイト】を発動させる。
しかしそれは【虎熊童子】の鈍器によって容易く受け止められた。
(…俺の【アサシネイト】が受け止められたということは、最低でもSTRが俺の二倍はあるということですね。スキルの使用も確認できませんでしたし)
【虎熊童子】より繰り出される剣戟を、持ち前の動体視力でカバンは避け続ける。カバンは避けながら足元に毒を塗った撒菱を撒く。【虎熊童子】はカバンのことしか見ていないのか、それには気づかない。
「どうしたどうした!【金熊童子】に認められた実力はその程度なのか?!」
「……………」
やっぱり勘違いされているようですね…。カバンは内心苦笑する。
【虎熊童子】は、白色の肌をした華奢な肉体。額からは二本のツノが生えていて、髪の毛は白く、強気そうな目は血のように赤い。普通に美人である。
(うーん…、女性に攻撃するというのはやはり気が引けますね。しかし…あちら側から攻撃されましたし、別にいいんでしょうか。––––毒の撒菱は効果は殆ど皆無に等しかった。しかし撒菱による傷はできていますね。ということは…、状態異常への耐性は強いが、斬撃などの身体への外傷には弱い…?)
カバンは剣戟を躱しながら、そう推測をした。
「……ならば」
「…お?やる気になったか?」
そうそうに畳み掛けるに限る。心の中でつぶやき、とあるスキルを発動させた。
「【影神】」
【影神】…影を操ることができる。ただし発動中は指定されたアーツ以外のアーツの使用ができなくなる。
これは、カバンが【種族スキル】として手に入れたものだ。もともとカバンは【獣人族:猫人】としてこのゲームをプレイする予定だった。キャラメを終えてログインをして、街を探索した。探索の最中にふと路地裏に視線を向けると……、そこには黒色の猫が手招きをしている様子があった。
「この能力は満月の晩にしか使えないものでしたが…。このステージはありがたいことにずうっと満月ですし––––いくよ、【影神】」
カバンは影を身に纏い、間の抜けた顔をしている【虎熊童子】を思いっきり殴った。
「ごはっ?!」
「戦闘中は気を抜いてはいけませんよ」
【虎熊童子:243500/250000】
受け身すらとれなかったのか、【虎熊童子】は無様にもゴロゴロと屋根の上を転がっていく。転がる速度はだんだんと遅くなって、やがては止まった。
カバンは警戒しながら身を構えて、【虎熊童子】が立ち上がるのを待った。しかしHPが十分にあるにもかかわらず、【虎熊童子】が立ち上がる気配はない。
「なぜだ」
「………?」
突然の【虎熊童子】の問いに、カバンは眉をひそめた。
「なぜ人の身であるにもかかわらず、【神降し】に耐えられているのだ?なぜ暴走しない?」
「それは師匠に教わったからですよ。––––無駄話はここまでです」
カバンは影を纏わせた短剣をかまえる。【虎熊童子】は視線を鋭くさせて、鈍器を構えて体制を低くした。
『OKですよ』
カバンはパーティボイスチャットを使いながら言った。
カバンの影の剣と【虎熊童子】の鈍器––––両手剣が交差する。圧倒的質量を持つはずの【虎熊童子】の両手剣は、軽々しくカバンの影の剣に受け止められた。
そして––––
「【魔法合成:氷刃乱舞+氷刃乱舞=氷獄】」
辺り一面が一瞬にして銀世界に変わった。…しかしそれは【氷獄】の余波でしかなかった。
––––それは、ただの気紛れで現れた。
【氷獄】とは、【氷魔法】の最上級魔法である。普通ならば全てを氷漬けにするだけ魔法なのだが––––
「あらあら、久しぶりに現界にきたけど…。なにやら面白そうなことやってるじゃない」
––––現れたのは、氷のように透き通った水色の髪をなびかせて、うっすらと青色の瞳を細めている絶世の美女。
名を、 【氷獄の主人】という。
アヤにとっても想定外。もともと消費魔力は足りる予定だったのだ。しかし【氷獄の主人】が現れたことによって、事情が変わった。これによって、アヤは【魔力】の全てを消費してしまったのである。一瞬のことだったので、当然ながらアヤに【HP変換】を使う暇はなかった。
「あら、魔力吸い取り過ぎちゃったかしら。ごめんなさいね」
【氷獄の主人】は真っ青になって眠るアヤのおでこをふわりと撫でる。
するとアヤの頰は温かみを取り戻して、アヤは静かに寝息を立て始めた。
【虎熊童子】は、驚愕の表情を浮かべた状態で身も心も凍らされていた。カバンは影を纏っていたため、その影響を受けることはなかった。
「………ほんと、アヤさんには驚かされますね」
(コキュートスと言えば、ベータ版の時にあった難攻不落とまで言われたダンジョンの最終ボスじゃないですか……!)
影空間はありとあらゆる影響を遮断する。そのためベータ版の時、コキュートスを討伐するために【影魔法】を所持していた者たちが集められた。そして、コキュートスに挑んだ。しかし、結果は惨敗で終わった。
コキュートスの氷は、影空間の特性である〈ありとあらゆる影響を無効化する〉という効果自体をも凍らせてしまったのだ。
「あなたはこの子のお仲間さん?」
気がつくと、コキュートスはカバンの目の前にいた。
「え、ええ。私はアヤさんの仲間ですね」
「そう。––––なら、そこから絶対に動かないでね?」
コキュートスは薄っすらと笑みを浮かべてカバンに告げた。そして視線を凍りついた【虎熊童子】に向けた。
「対価の分は働かないとね。––––この魔力だと、これくらいかしら…。【氷弾】」
コキュートスの周囲に、いくつもの拳大の氷の塊が現れた。
「征け」
氷弾は物凄い速さで、一直線に凍りついた【虎熊童子】に向かっていった。
氷弾は外れることなく、その全てが凍りついた【虎熊童子】に直撃した。
悲鳴や苦悶の声はなかった。それすらも、砕かれてしまったからだ。
【虎熊童子:200000/250000】
【虎熊童子】は砕け散った。––––其の、分身体が。
(まあそんな都合良くはいきませんよね)
カバンは自らにまとっている影に手を突っ込んだ。
「とりあえず魔力の分は働いたからね?まあ砕けたのは分身体だったようだけれど」
コキュートスはチラリと視線を下に向けた。その目には、コキュートスたちに背を向けて疾走している【虎熊童子】が映っていた。
「……あらあら、逃げるのね。まあいいわ」
コキュートスはそう呟き、手をお皿の形にしてそこに自らの息を吹き込んだ。
するとコキュートスの手のひらに、小指の第一関節くらいの大きさの氷の塊が一つ現れた。
それを見てコキュートスはニッコリと笑みを浮かべると、それをアヤの額に当てて押し込んだ。
押し込まれた氷の塊は、まるで暖かな日差しに照らされた雪のように、じんわりとアヤの額へと溶けていった。
コキュートスはふうっと息を吐いて、
「じゃ、お仲間さん。私はもう帰るから、この子のこと頼んだわよ?」
とカバンに告げた。
「言われなくてもわかっていますよ。それにそろそろ増援も来るみたいですしね」
「あらそう。あ、そうだわ」
コキュートスは手のひらを2回ほど叩いた。するとカバンの人差し指に、透き通った青色をした指輪がはめ込まれていた。
「それは口止め料。私のことは誰にも話さないでね?もしも言ったら……」
コキュートスは瞬く間にカバンによく似た氷の像を創り出し、それを粉々に砕いた。
「こうなるからね?」
「……!わかりました。【影神】の名の下に、その約束を守ることを誓いましょう」
「あらあら、そこまで重くなくてもいいのだけれど。じゃあまた会いましょうね。育ちきったらそっちに移しますわ」
「……?」
「こちらの話ね。ああ、【虎熊童子】だけれど逃げてるけれど大丈夫かしら?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。すでに手は打ってありますので」
「なら良いわ」
そしてコキュートスは、まるで地面に吸い込まれるようにして消えていった。コキュートスがこの場からいなくなると、凍りついていた建物や地面は、全て元の通りに戻っていた。
「さて……、見つけましたよ」
カバンは影空間を経由してなにかを掴み、それを思いっきり引っ張った。
カバンは逃げていた。光り輝く満月を後ろにして、怒気を浮かべて迫り来る白鬼から。アヤの囮作戦は見事に成功していて、白鬼のターゲットはアヤからカバンへと移り変わっていた。
「貴様……!よくも私の仲間をあのように甚振ってくれたな……!」
「俺じゃないですって!もう一人の女性だとおも––––」
「問答無用!」
やがてカバンに追いついた白鬼は、カバンに鈍器を振り下ろした。
〈ワールドアナウンスです。ただいま、イベント【超級】の会場に、イベントボス【虎熊童子】が出現しました。プレイヤーで協力して、ボスを討伐しましょう!〉
《イベントボス討伐大型パーティが編成されました。参加人数2/30》
もしかしなくても俺が囮じゃないですか?!カバンは自分に武器が振り下ろされたことで、ようやくそのことに気がついた。
カバンはアーツ【シャドウエッジ】を使って自らに振り下ろされた鈍器を弾く。そして返しの手で【アサシネイト】を発動させる。
しかしそれは【虎熊童子】の鈍器によって容易く受け止められた。
(…俺の【アサシネイト】が受け止められたということは、最低でもSTRが俺の二倍はあるということですね。スキルの使用も確認できませんでしたし)
【虎熊童子】より繰り出される剣戟を、持ち前の動体視力でカバンは避け続ける。カバンは避けながら足元に毒を塗った撒菱を撒く。【虎熊童子】はカバンのことしか見ていないのか、それには気づかない。
「どうしたどうした!【金熊童子】に認められた実力はその程度なのか?!」
「……………」
やっぱり勘違いされているようですね…。カバンは内心苦笑する。
【虎熊童子】は、白色の肌をした華奢な肉体。額からは二本のツノが生えていて、髪の毛は白く、強気そうな目は血のように赤い。普通に美人である。
(うーん…、女性に攻撃するというのはやはり気が引けますね。しかし…あちら側から攻撃されましたし、別にいいんでしょうか。––––毒の撒菱は効果は殆ど皆無に等しかった。しかし撒菱による傷はできていますね。ということは…、状態異常への耐性は強いが、斬撃などの身体への外傷には弱い…?)
カバンは剣戟を躱しながら、そう推測をした。
「……ならば」
「…お?やる気になったか?」
そうそうに畳み掛けるに限る。心の中でつぶやき、とあるスキルを発動させた。
「【影神】」
【影神】…影を操ることができる。ただし発動中は指定されたアーツ以外のアーツの使用ができなくなる。
これは、カバンが【種族スキル】として手に入れたものだ。もともとカバンは【獣人族:猫人】としてこのゲームをプレイする予定だった。キャラメを終えてログインをして、街を探索した。探索の最中にふと路地裏に視線を向けると……、そこには黒色の猫が手招きをしている様子があった。
「この能力は満月の晩にしか使えないものでしたが…。このステージはありがたいことにずうっと満月ですし––––いくよ、【影神】」
カバンは影を身に纏い、間の抜けた顔をしている【虎熊童子】を思いっきり殴った。
「ごはっ?!」
「戦闘中は気を抜いてはいけませんよ」
【虎熊童子:243500/250000】
受け身すらとれなかったのか、【虎熊童子】は無様にもゴロゴロと屋根の上を転がっていく。転がる速度はだんだんと遅くなって、やがては止まった。
カバンは警戒しながら身を構えて、【虎熊童子】が立ち上がるのを待った。しかしHPが十分にあるにもかかわらず、【虎熊童子】が立ち上がる気配はない。
「なぜだ」
「………?」
突然の【虎熊童子】の問いに、カバンは眉をひそめた。
「なぜ人の身であるにもかかわらず、【神降し】に耐えられているのだ?なぜ暴走しない?」
「それは師匠に教わったからですよ。––––無駄話はここまでです」
カバンは影を纏わせた短剣をかまえる。【虎熊童子】は視線を鋭くさせて、鈍器を構えて体制を低くした。
『OKですよ』
カバンはパーティボイスチャットを使いながら言った。
カバンの影の剣と【虎熊童子】の鈍器––––両手剣が交差する。圧倒的質量を持つはずの【虎熊童子】の両手剣は、軽々しくカバンの影の剣に受け止められた。
そして––––
「【魔法合成:氷刃乱舞+氷刃乱舞=氷獄】」
辺り一面が一瞬にして銀世界に変わった。…しかしそれは【氷獄】の余波でしかなかった。
––––それは、ただの気紛れで現れた。
【氷獄】とは、【氷魔法】の最上級魔法である。普通ならば全てを氷漬けにするだけ魔法なのだが––––
「あらあら、久しぶりに現界にきたけど…。なにやら面白そうなことやってるじゃない」
––––現れたのは、氷のように透き通った水色の髪をなびかせて、うっすらと青色の瞳を細めている絶世の美女。
名を、 【氷獄の主人】という。
アヤにとっても想定外。もともと消費魔力は足りる予定だったのだ。しかし【氷獄の主人】が現れたことによって、事情が変わった。これによって、アヤは【魔力】の全てを消費してしまったのである。一瞬のことだったので、当然ながらアヤに【HP変換】を使う暇はなかった。
「あら、魔力吸い取り過ぎちゃったかしら。ごめんなさいね」
【氷獄の主人】は真っ青になって眠るアヤのおでこをふわりと撫でる。
するとアヤの頰は温かみを取り戻して、アヤは静かに寝息を立て始めた。
【虎熊童子】は、驚愕の表情を浮かべた状態で身も心も凍らされていた。カバンは影を纏っていたため、その影響を受けることはなかった。
「………ほんと、アヤさんには驚かされますね」
(コキュートスと言えば、ベータ版の時にあった難攻不落とまで言われたダンジョンの最終ボスじゃないですか……!)
影空間はありとあらゆる影響を遮断する。そのためベータ版の時、コキュートスを討伐するために【影魔法】を所持していた者たちが集められた。そして、コキュートスに挑んだ。しかし、結果は惨敗で終わった。
コキュートスの氷は、影空間の特性である〈ありとあらゆる影響を無効化する〉という効果自体をも凍らせてしまったのだ。
「あなたはこの子のお仲間さん?」
気がつくと、コキュートスはカバンの目の前にいた。
「え、ええ。私はアヤさんの仲間ですね」
「そう。––––なら、そこから絶対に動かないでね?」
コキュートスは薄っすらと笑みを浮かべてカバンに告げた。そして視線を凍りついた【虎熊童子】に向けた。
「対価の分は働かないとね。––––この魔力だと、これくらいかしら…。【氷弾】」
コキュートスの周囲に、いくつもの拳大の氷の塊が現れた。
「征け」
氷弾は物凄い速さで、一直線に凍りついた【虎熊童子】に向かっていった。
氷弾は外れることなく、その全てが凍りついた【虎熊童子】に直撃した。
悲鳴や苦悶の声はなかった。それすらも、砕かれてしまったからだ。
【虎熊童子:200000/250000】
【虎熊童子】は砕け散った。––––其の、分身体が。
(まあそんな都合良くはいきませんよね)
カバンは自らにまとっている影に手を突っ込んだ。
「とりあえず魔力の分は働いたからね?まあ砕けたのは分身体だったようだけれど」
コキュートスはチラリと視線を下に向けた。その目には、コキュートスたちに背を向けて疾走している【虎熊童子】が映っていた。
「……あらあら、逃げるのね。まあいいわ」
コキュートスはそう呟き、手をお皿の形にしてそこに自らの息を吹き込んだ。
するとコキュートスの手のひらに、小指の第一関節くらいの大きさの氷の塊が一つ現れた。
それを見てコキュートスはニッコリと笑みを浮かべると、それをアヤの額に当てて押し込んだ。
押し込まれた氷の塊は、まるで暖かな日差しに照らされた雪のように、じんわりとアヤの額へと溶けていった。
コキュートスはふうっと息を吐いて、
「じゃ、お仲間さん。私はもう帰るから、この子のこと頼んだわよ?」
とカバンに告げた。
「言われなくてもわかっていますよ。それにそろそろ増援も来るみたいですしね」
「あらそう。あ、そうだわ」
コキュートスは手のひらを2回ほど叩いた。するとカバンの人差し指に、透き通った青色をした指輪がはめ込まれていた。
「それは口止め料。私のことは誰にも話さないでね?もしも言ったら……」
コキュートスは瞬く間にカバンによく似た氷の像を創り出し、それを粉々に砕いた。
「こうなるからね?」
「……!わかりました。【影神】の名の下に、その約束を守ることを誓いましょう」
「あらあら、そこまで重くなくてもいいのだけれど。じゃあまた会いましょうね。育ちきったらそっちに移しますわ」
「……?」
「こちらの話ね。ああ、【虎熊童子】だけれど逃げてるけれど大丈夫かしら?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。すでに手は打ってありますので」
「なら良いわ」
そしてコキュートスは、まるで地面に吸い込まれるようにして消えていった。コキュートスがこの場からいなくなると、凍りついていた建物や地面は、全て元の通りに戻っていた。
「さて……、見つけましたよ」
カバンは影空間を経由してなにかを掴み、それを思いっきり引っ張った。
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