渇いた生け花(仮)

古宮半月

1話 私だけが知らない

春の微風が桜の花びらをのせて窓から廊下を通って、また別の場所へ吹き抜けて行く。

「真樹原さん?」

その風に長い黒髪をなびかせる長身でスタイル抜群の女性。
少し目が鋭いが、むしろかっこいい。
その女性が何やら自分を呼んでいるような……。

「あの、真樹原さん?」

「はっ、はい!何でしょうか橘崎先輩!」

「……もう少し落ち着いて」

「す、すみません!次からは気を付けます!」

「今からにしてくれるかしら?」

「はい!!」

やっぱり橘崎先輩はかっこいいひとだ!

私もこんな風になれたらな……。


橘崎深咲(たちばなさき みさき)先輩
そう、こんなかっこよくて、皆の憧れのような、皆の役に立てて助けになれるかっこいい正義の塊みたいなかっこいい存在になれたらという思いで、警察官を目指し、
この林坂(はやしざか)警察署に二年前に来たのである。
そこで先輩と出会い、思いはさらに強まった。
最初は雑務から始まり、今年やっと刑事課に配属された。
仕事をしているうちに当初からの思いも変わってきたが、やはり憧れはまだ変わらない。


廊下を橘崎先輩と歩いていると、むこうから一人の男性が歩いてくる。
こちらもまた、背の高い細身の、しかし芯のあるような。
少なくとも弱々しい印象は受けなかった。

「こんなところにいたか、橘崎」

「こんにちは。どうかされましたか、畠山警部?」

「例の事だが、君は無理しなくていい。ということを伝えに来た」

「あぁ、そのことなら……大丈夫です。私なら大丈夫ですから、お気になさらず」

「なら良いのだが。それと、君は……えっと……」

「私は、今年から刑事課に来ました真樹原和椛(まきはら わかば)であります!」

「…そうか。元気がいいな、これからよろしく」

「よろしくお願いいたします!」

「じゃあ、二人とも暑いけど、仕事はさぼらないように」
そう言って、自分の仕事へ向かっていった。

「あれが噂の俊足の畠山さんですか?」

「そんな噂聞いたことないけれど、そうよ、あれがここの刑事課長の畠山大樹朗(はたけやま だいじゅろう)警部よ」

「思っていたより優しそうですね?」

「ええ、優しい人よ」

先輩がそう言うなら本当に優しいのだろう。
ていうか、意味ありげな言い方が気になるな。

「あの~先輩にとって、畠山さんてどんな人ですか?」

「……優しい人、かしら」

そんな先輩の答えに歯切れの悪さを感じながら、目的地に着いていた。
正確には目的地に移動するための通過点だが。

「暑いですね」

目に入る日射しを手で防ぎながら心の声が漏れていた。

声に出したところで太陽がどっか行ってくれるわけではないが、他人と共有して暑いのは自分だけではないことを確認したかったのかもしれない。

「真樹原さん、水分補給は大事にしてね」

「はい!」

パトカーに乗るのは初めてではなかったが、変な緊張感があった。

「あ、あの」

「どうしたの?」

「今回の事件て、前回の事件との関連性があるらしいですね?」

「関連性というか連続性というか、まあ犯人は同一人物で間違いないでしょうね。あとはその犯人を絞るだけよ」

連続性。
そう今回の被害者と前回見た被害者には共通点がある。
首切り、というなんとも無惨な姿で残された遺体。
死因自体は心臓を刺されたことによる出血性ショック。
その後で首が切られた。

「あれは酷いです。はやく犯人を凝らしめてやらないと気が済みません」

「そうね、その気持ちも大事だけれど急ぐだけではダメ。着実に犯人に近づきましょう、被害者の一人は過去に暴行も行っていたから、そういう恨みが関係しているかもしれないでしょう?」

橘崎先輩はいつも冷静だ。
事件現場の遺体を見ても動じない、この人は精密に作られた人形のアンドロイドなんじゃないかと思う。

ただ目付きが変わる。
先輩の目はもともと鋭いが、推理をするときや、現場に入ったときにさらに鋭い雰囲気になる。

ところで、
こんなに冷静沈着で、容姿端麗で、そんな彼女が何故か林坂警察署内で嫌われているという噂を耳にしたことがある。
畠山さんが足がはやいなんて噂がとおる所だ、きっとこの噂も嫉妬や妬みから生じたものだろう。


「あの、先輩」

口が勝手に動いた。
という言い訳を先にしておこう。

「今度は何かしら」

「先輩は、かっこいいです」

「はあ、褒めてくれるのは有りがたいわ。あなたも十分魅力的な人間よ」

「そんなかっこいい先輩がどうしてみんなから距離を置かれているんですか?」

「……」

無視されているのかもしれない。
半分諦めかけて話題を変えようとすると、

「あ、そういえば先輩のプリンは、」

「私ね、中学生の頃、死体を見たことがあるの」

「プリン……。死体を……?って何を言ってるんですか?」


「首切り死体を……」

先輩は確かにそう言った、首切り死体を見たと。



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