７２．「暫く2～3時間は、てくてくと歩いていた。」

社会人の必須アイテム、腕時計を着けていて本当に良かった。・・・腕時計が必要な職に就いては無いが。

この数時間、僕らは、談笑しながら(時には、この魅力的な女の子から誘惑を受けながら)朗らかにハイキングを楽しんでいた・・・だが・・・。

「そういえば、お腹空いたなあ。」

僕はぼやいた。

何しろ、朝、出勤して以来、あの少女とゴーレムと戯れて、その後、全力疾走で走って何も食べてないのだ。お腹も空く。

「うん・・・空いたね・・・」

「もう、お腹と背中をがくっつきそうです。ほらっ」

千歳ちゃんは、シャツを捲り上げて、僕に自分の腹を、ブラまで見せる。

「良いから、見せなくて良いからさ！」

僕は千歳ちゃんを見ない様にした。

「へへへっ、お楽しみは後ですね！」

とにこにこ微笑みながら、自分の腹を抱えて、

「それにしてもお腹空きましたよねえ。」

千歳ちゃんは、はふぅと重い息を吐いた。

正直、こんな雑木林に考えも無しに飛び込んだのは、誤算だったか？

何しろ、いつもの通勤路から、草原の世界に放り込まれたのだ。何も考えていなかった。

どうしたものかと考えている内に、ふと前方に明かりが見えた。

「あ、あのっ！お兄ちゃん、ずっと、前に何か明かりが点いてない？」

千尋ちゃんもそれに気づいた様だ。

「ああ、行ってみようか。」

どこかへ行く宛も無い。行ってみる事にした。

もしかしたら、あの少女の何か罠かもしれない。

でもとりあえずは行く事にした。

なあに、またやって来たらこてんぱんにやっつければ良い。やっつけれるのは僕の妹達だが。

それにしても、あの娘、二人には好戦的だったけど、僕にはそうでは無かった。

寧ろ、この二人の様に僕に対する身の覚えの無い好意を感じた。僕を目の前にした時の喜んでいそうな顔。そして、チューさえしそうにもなった。

あの反応は・・・確実に僕を知っている。そして、二人に向けていた、あの憎悪に満ちた表情。多分、あの少女は二人の事も知っている。

しかし、何故？僕らはどういう関係があるのだ？あの翼の生えた、多数のゴーレムを従えた、およそ現世離れをしたあの存在に？。

「お兄ちゃん・・・大丈夫・・・？」

少し考え事をして、難しい顔をしていたのか、千尋ちゃんは僕を心配そうな顔で覗き込む。

「大丈夫だよ。心配しないで」

僕は千歳ちゃんに微笑んで返した。

多分、突然の身に覚えが無い妹達が出来た事も、妹達の不思議な力も、この良く分からない世界の事もあの少女が知っている様な気がした。

僕らはその明かりの元へ歩いていく、その明かりを発する物が何かと分かるぐらいの所へ。

「あれは・・・」

そして、千歳ちゃんがそれを見て呟く。

「松明・・・だ、城・・・の様な場所の壁に付いている。」

目の前には、雑木林を抜けて数キロある所にある城があった。

その城は、中世のヨーロッパ風の城であった。