異世界にいったったwwwww

あれ

外伝22





 「ねぇ、おばあちゃん。お父さんとお母さんは?」


 少女は目を丸くして尋ねた。


 しかし老婆はただ黙って孫娘を深く抱くだけだった。納屋の穀物を入れる専用倉の地下室に二人で身を寄せ合っている。外は血と暴力の狂乱が鎮まりつつあった。……つまり、死を意味している。




 収穫期を終えた冬口、国境を犯して蛮族がなだれ込んできた。平地から離れた麓のこの村にまで連中がやってくるということは、あらかた平地の村々は奪われたのだろう。更に領主貴族は防衛対策なぞハナから講じることはないらしい。騎馬を中心にした蛮族は村の乾いた藁に油を投げ込み、火を点火して回った。




 乾いた風のせいで轟々と火炎の勢いが増した。




 夜、馬の餌の整理を終えた老婆と少女は異変に気がつき、外を窺った。既に、村の男たちが武器を持って応戦したが殺されていたのが理解できた。


 「どうして、こんな所まで……」絶句した老婆は呟いた。




 急いで少女を抱え、重い地下の木戸を開き、身を潜めた。




 その間にも悲鳴の量は増加し、少女の兄と思われる幼い悲鳴も混じっていた。刺すような大気に白い気をにじませながら、永遠にも等しい時間を丸まって隠れた。ひたすら、息を殺して存在を消して。発見されればどんなひどい目に遭うだろうか容易に想像できた。神に祈る他なかった。カチカチと歯が鳴る。寒さだけの為ではないらしい。




 『おい、これで全部か?』


 野太い、訛りの強い声で誰かに詰問している音が遠く聞こえた。






 「……し、知らん!!」




 父さんだ、と少女は微かな声で老婆の耳元に囁く。老婆はそのまま、瞑目したまま少女の長い髪の毛を撫でた。




 直後、「あぁああああああああ」という苦悶が響いた。


 少女が危うく叫び声をあげそうになったのを、老婆は掌で覆い隠した。しかし彼女の大きな瞳からは涙が流れ、止めどなく溢れた。




 ごめんよ、ごめんよ、とまるで念仏を唱えるように老婆は独り言を繰り返す。




 視界一杯の闇の中、二人は身を寄せ合い冷たい寒さを耐えた。もし、神がいるのならばこの子だけでも助けて欲しい……救済はないのだろうか? 老婆は思った。




 と、突然に重い木戸が開かれ外には人工の光が夥しく灯った。






 「ヘヘヘッ、ここにも鼠がいたようだな……」




 顔は薄暗くて見えないが、屈強な体格の男たちが此方を見下している、それだけはわかった。




 彼らは乱暴に少女から老婆と襟首を掴んで地上に引きずり出した。






 「どうする? 売り物になるのはこの娘だけだな。老婆は……」




 蛮族の男たちは愉しげに会話を続ける。しかし仕事上の職務に忠実な声音でもあり、この略奪が単なる一つの仕事に過ぎないのだという認識らしい。それが却って不気味な恐怖心を煽り立てた。




 老婆は倉の外に出され、斬首の為に座らされた。少女は一人の男に腕を取られ、どこかへ連れ去られそうになった。




 ――と、その瞬間。




 「逃げなさい……」




 咄嗟に老婆は立ち上がり、孫娘の腕を取った男の指に噛み付いた。鈍い音をたてて、老婆の口内に血が溢れた。たった数秒できた隙を縫って少女は裸足で薄い雪面を走り出した。粉雪が舞い始めた夜空が寒々しい。




 ギャ、と直後に短く老婆は息絶えたようだ。少女が後ろを振り返ると、中指の付け根が皮一枚で取れかけた男が祖母の首を斜めに鉈で裂き、他の男が背中から槍で乱暴に突き刺す。指を噛みちぎられた男は激昂して鉈を思い切り力を込めて首筋の骨まで砕いた。あれほど優しかった祖母の首はまるで地獄の亡者のような形相で凍てついた地面に転がり毒々しい血が流れた。




 わずかな出来事のハズなのに、少女にはスローモーションのように網膜に焼き付いた。だが、不思議と悲しくはなかった。まるで他人事のようで、肉親の死が単なる者から物に変化したというだけにしか感じられなかった。そこで、少女は初めて自分の頭が狂ってしまったのだと思った。それでも、足だけは無意識に動いている。




 「――ッ」




 少女の表情が激痛に歪んだ。 足首に鈍い痛みがはしる。視線を落とすと、トラバサミが深く食い込んでいた。




 しゃがんで、トラバサミを外そうと必死に悴んだ指を動かす。




 蛮族の男たちは、嗤いながらゆっくりと歩み寄ってくる。背中に、無数の下卑た意識を感じながら少女は息を喘がせて指を動かす。「……っ、いや、いや、いやッ」トラバサミが漸く外れた。




 だが、左足首は既に青紫に変色して動かない。最早、逃げるという選択肢が消えた。






 そこで少女はようやく周囲を窺う。煙幕のように幾重も天に昇る煙、骸。骸。骸。骸。骸。そのまま、呼吸の間隔が短くなる。肩が大きく上下に動き、汗が止まらない。




 「~~っ、~~」


遠くから、少女の名を呼ぶ声がした。西の方角、闇に沈んだ潅木へ首を向けると、二番目の兄が山刀を握りながら少女の元まで走ってきた。




 「…………」




 兄は黙ったまま、少女を抱え、山刀で周りを警戒しながら勢いよく元きた山道を引き返した。






 1






 三日月のかかった良い夜だ。潅木に足を取られながら、兄は黙々とどこかへ逃れようとしていた。途中から水の激しい音が聞こえる。川、だろうか。




 「…………お前だけ、助かったのか?」




 兄は息を喘がせながら問うた。




 少女は無表情に肯く。祖母の死に際の様子が一瞬、浮かんだ。しかしそれもすぐに消え、やがて大人の男たちの下卑た汚い顔、顔、顔、それらが記憶の内から現れた。




 「わかった」


 暗くて、何度も兄は転びかけた。けれども、背後から追っ手の気配はない。少女は安堵の溜息を吐いた。






 「少し、休む」




 兄はそういいながら、妹を地面におろして、額の汗を拭った。無我夢中で走った為に疲労困憊という雰囲気だった。わずかな月光だけが二人と深い森を照らした。




 兄が少女に背中を向ける。


 その時、闇の中から――ビュン、と空気を裂く鋭い飛翔物がきた。




 呻く声もなく、兄はよろけた。そのまま、身体が潅木の右側へと転び、葉音を騒がせて滑落していった。突然のことに理解が追いつかず、少女は兄の姿を追った。




 すると、鈍い痛みの左足が潅木の枝に刺さり、バランスを崩した。彼女は兄のように勢いよく滑落こそしなかったものの、潅木の枝枝にぶつかりながら、下まで転がっていった。水音がその間に激しくなった。






 2




 「ったく、ようやく見つけたのに、こいつ瀕死じゃねーか」




 再び見知らぬ男たちが、兄妹の周りに殺到していた。松明の数は少ないものの、夜の空気を吸う無数の呼吸が聞こえる。




 少女は額から血が溢れて右目を浸している。けれども、左目で兄が川原で虫の息であることを確認できた。


 (逃げなきゃ……)




 だれか助けでも呼べばまだ助かるかもしれない。だが、そこで少女の脳裏に自分が冷静に祖母の死を眺めた事実を思い起こさせた。略奪者の冷徹さと共に、自らの残酷さを嫌でも思い知らされた。




 情けなく、惨めな……現状の自分を助けてくれる誰かはいないのだろうか?




 村の広場にある神の素朴な石像を思い起こした。神ならば、助けてくれるだろう。祖母も父も母も、兄たちも皆、毎日祈っているのだ。助けてくれないハズがない。少女は一縷の望みにでも賭けるように痛む身体を励まして身を起こす。




 誰か……誰でもいい……助けて。神様。




 鼻を啜りながら、左足で跛をひき、大声で泣きながら「助けて」と叫んでた。




 略奪者たちは嗤いながら、興味深げに少女を眺めている。傍を流れる川の音だけが不気味な世界に一種の規則的な騒がしさを与えていた。




 「~~、アレは売り物にならんから誰か屍姦趣味ある奴は使っていいぞ」




 略奪者の誰かがそういいながら、少女を指差している。




 ……屍姦? 一体なんのことだろう? 少女は必死で助けを乞いながらそう思った。






 三日月に分厚い雲の塊が流れついたらしい。地上は一瞬にして完全な暗闇になり、人工の明かりだけが点在するだけとなった。野鳥すら一羽も鳴かない亡者の夜。




 『……っがあああああああああああああああああ』




 『ギャ』




 『うぉあああ』






 血煙が、跛をひいいた少女の片頬に吹き付ける。不意に、その方向に目をやる。






 首のない胴体が数個並んでいた。――はて、そんなことがあるのだろうか? 少女は首を傾げた。最早これは夢に違いない。現実ではないのだ。目を覚ませばいつもと同じ朝がきて馬の世話をする。家族で朝食を囲み、夕暮れになるまで仕事をするのだ。そうに違いない。だから、こんな血なまぐさい出来事はきっと夢の中に違いない。




 光の失せた瞳で少女は立ち止まる。






 「――去れ、ケダモノ共」




 長い一つの影が松明の間に躍った。黒の天鵞絨マントに身を包み、頭は包帯が巻かれているのみだった。






 「な、なんだ貴様……」




 と、いう暇も与えず十数人はいるであろう囲みを次々と駆逐していく。まるで芸術家のように、彫刻でも彫るかのように腕、首、などを切り落としてゆく。長い剣は闇に潜み、現れ切断――それを連続して行う。




 襲われている連中ですら超現実的な光景に唖然として応戦が遅れた。その為に骸の数を増やす原因となった。








 少女はその光景を眺めながら足の力が抜け、川原の礫の上で膝を屈し両手で口元を覆った。


 (ありがとう……神様)




 たった、一言だけ彼女は言葉を紡ぐ。




 再び空の三日月が姿を見せたとき、川の水面の輝きが美しく彩られた。






 少女は混濁する意識の中、簒奪者たちがひとり残らず殺される様子を眺めた。そして、最後のひとりが殺されたあと、長い漆黒の使者は少女のもとに近づいた。




 「……」




 漆黒の者の瞳は静かに、しかし慈悲を湛えて身を横たえた少女に寄り添う。


 「お前の兄も楽にしてやった」




 マントの内側からくぐもった声で告げる。




 「――ありがとう」


 掠れた声で、少女は微笑み、少女は感謝を述べた。


 「……ああ」




 表情は読み取れないが、漆黒の者もまた穏やかに微笑んだような気がした。




 「あなた……天使?」




 小さく肩を竦めて、弱まりつつある少女の肋骨を触る。肺へ折れた肋骨が刺さっている状態だった。




 少女は漆黒の者に希望に満ちた声で尋ねる。




 「……殺してくれる?」


 痛みがひどいらしい。漆黒の者はゆっくりと頷いた。「そう」と少女は返事をした。






 「……黒い天使さん」




 「……?」




 少女は霞む視界から焦点を絞る。彼の人の頭部は月明かりに重なり、包帯の隙間からひと房の髪が額に流れていた。


「きれいな黒髪で緑のいい瞳」と言い残した。


 それが合図のようだった。漆黒の者は少女の細い首をみる。横になった少女の首に手をかけ、瞬間的に握力で首を捻る。野菜ステックが折れるようにポキッ、という感触が掌に伝わる。少女は既に絶命していた。無表情の顔に僅かな頬の微笑が残っている。




 口端から血に混じった泡が流れている。それを拭い、瞳孔の開いた目を伏せてやる。








 全ては厳粛に執り行われた。

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