異世界にいったったwwwww

あれ

外伝12





  最後の一片の湯種を口に放り込み咀嚼する。久々の食事が食道を嚥下していくのが感じられた。動物性の乳をベースにしたスープが器の底に僅かに溜まっているのも、直接器に口をつけて飲み干す。初めて口にした時こそ、質素な味だと思っていたが、食べていくうちに大量消費が前提になった日本の食事と根本を異にする「美味しさ」を理解し始められた。


 カイトは「そういや――」と、一息ついた様子で疑問を投げかける。


  「俺の身体は、ピンピンしてるけれども、なんでだ? 確か牢獄に囚われてて……それで、身体がアチコチ腐ったみたいに傷んで……」




  カイトはジメジメと湿ったあの、真夜中のような空間を思い出してた。半ばトラウマと化してしまっている……




  ローアは「あー、……うん。そうだね。その事について話さないとね」しげしげとカイトの食事風景を眺めていた彼女は思い出したかのように淡い色の下唇に指を当てがう。




  1




 「まず、何から話そうかな……う~ん。ええっと……そうだね。まず、この村の歴史……っていうか、多分この大陸の歴史を話さないといけないんだろうけど……えへへ。実はぼくってさ。あんまり、歴史とか好きじゃないんだよね。いっつも眠くなってさ、えーっと、だから……」




 ローアの眉間には深い皺が刻まれ、「うーん」と先ほどから逡巡する呟きを洩らすだけだった。




 その時、タイミングよく部屋の檜の木で出来た扉がノックされた。入室してきたのは、ローアに雰囲気の似た、美丈夫の美青年だった。今度は見間違いようのない、筋肉質な体躯からもそう判断できた。




 「あ、兄さん!」ローアが驚きながら叫んだ。




 肩を竦めたローアの兄は、微笑を口元に湛えながらカイトに視線を投げる。




 「どうも、初めまして。私はローアの兄のカーリスといいます」


 朗々とした声は、堂々としており誰からでも頼りがいになる人物であることは初見で理解できた。カイトは彼が着ている服……もっと言えば、ローアと異なり「神官っぽい」服装だという感想が浮かんだ。カーリスは全身をゆったりとした白いローブに身をまとい、頭には月桂樹の冠をしている。物腰柔らかな所作にも、どこか儀式めいた印象を受ける。ローアのように素肌は褐色をしている。理知的な顔は、哲学者のようでもあった。




 「大陸の歴史についてですが……私の妹では手にあまりますのでお時間は少々かかりますが、説明してもよろしいでしょうか?」




 笑顔でカイトの方に問う。




 無意識に頷き同意しているカイト。




 2






 現在いまさかのぼること、300年前――




 まだ、ゴールド王朝が成立するより以前のこと。人の文明が神々に近づこうと躍起になっていた時代。人々は嘗ての自然との調和を拒み、自然を支配し、生き物をなつかせ、家畜として使役した。無論、龍ですら人々は操る手段を講じて戦争の道具にした。……だが、人間は飽き足らない。


 彼らは、同時に冥府の王が管理する「現し世の扉」を開く契約を行うことを決めた。




 扉を開けば、魔族が天地に舞い降りる。彼らと契約をする事でより文明の発展は加速するだろう……そう考えた。




 事実、数百万の人間のいけにえにより扉が開くことになった。そして、「人間」の創造主である魔族たちが天地に姿を現すようになった。




 人の親は神々ではない。「魔族」である。神々は、人を哀れに思い、原初の頃――純粋な悪の時代の人々に一滴のわずかな「善意」を魂に垂らした。それにより、人々は今の姿に至る。




 当初こそ、人々は他動物と同様の生き方で大地と調和をとり生きていた。だが、「たったわずかの善意」こそが人々の心の中で溶けてしまい、忘却されてしまった。以後、人々は「進化する」ことを目的に高度な文明を構築した。






 神々は、人々の関係を断ち切ることにした。しかし、その前に冥府の王と交渉し、人間界と冥府を隔てることにした。それにより、大地には魔族は姿を消しただった――その禁忌すら300年前の人間は破ったのだ。神々の契約内容を「知っていて」。


 やがて、この大陸全土の九割を塵灰に変える大規模な戦争が巻き起こった。魔族と魔族で争い、人と人で争い、龍と龍で争い……渾然一体とした血みどろの殺し合いを延々と続けた。血の祝宴、殺戮の狂乱、或は狂気の饗宴と形容できる様相だった。


 龍はやがて、人の世と離れるように消え、魔族同士は疲弊し休戦した。しかし、「魔なる子」の人間だけは倦むことなく戦争を継続した。嘗て隆盛繁栄を極めた文明は退化し、芸術や音楽、全ての文化は衰退の一途を辿った。やがて――長い年月の後、一人の野心家の男が大陸に目まぐるしい勢力を広げた。その男の名を「ゴールド」と云った。




 3




 「それで」


 カーリスはまるで唄うような、詩歌のような言葉を切って、ひと呼吸間を置く。優れた吟遊詩人の叙事詩の一篇を聴くようで、古代のギリシャローマの人々の生活に似ているのではないだろうか? カイトは憧憬の混じった心持ちでカーリスを見る。




 「それで、ここからが本題だ。ローア、〝アレ〟をカイト君に見せてやりなさい」




 軽く命じるように妹に目配せする。




 「これ……って見せても分からないよね」


 恐る恐る差し出す。


 ローアの掌には細長い幼虫のような形状のモノがあった。しかし、よくよく見ると、まるで人差し指のような形状をしているではないか。爪の部分には毒々しい緑色の宝石のような輝きを有するパーツが付いている。


 「これは?」




 たじろぎたくなる思いだったが、カーリスに訊ねる。




 「これは《超越的宝具》――もっと、言えばこの世の理を異にしたものです」






 「魔法具マジックアイテムじゃないんですか?」




 カイトは聞きなれない言い回しに訝しる。その反応にカーリスは眼を瞠って「なるほど、賢い方のようだ」と褒める。お世辞だろうが、彼がいうお世辞にもどこか優雅さが漂い言われた本人も悪い気はしない。




 「ええ、おっしゃるとおり普通の方々は魔法具と間違えるでしょうね。ですが、これは少なくとも大陸厄災大戦の頃、つまり人間と龍と魔族などが混じり合って殺し合いをしていた頃のモノです。普通、魔法具は魔族の理によって作られる道具です。ですが、これはそもそも、『この世』の理と隔たった方法によって作られた道具らしく――その詳しい異は殆ど伝わっていません。しかし、私たちこの村や、或は大陸全土に残っている《超越的宝具》は大事に秘匿されながら各村々に存在しているでしょう」




 「あの~ちなみに、なんですけど。俺はもしかしてその宝具の効果で……あの牢屋の幻術をかけられてたって訳ですか?」




 切れ長の目尻に皺が溜まり、


 「なるほど、本当に貴殿は理解もはやい。そのとおりです。お恥ずかしながら、最近、周囲の山々を越境してこの村や近隣の村に襲撃をかける大規模な人狩りが発生していまして」




 「盗賊とか……ですか?」




 「いいえ。おそらく、国家が関与した軍団でしょうね……あくまで、私の予想ですが」




 なるほど、それで俺が疑われた訳か。カイトは一人合点がいった。




 「ごめんね。いきなりあんな酷い目にあわせて」




 ローアがすまなそうに顔を曇らせ、詫びる。




 「その宝具を使用したのって……ローアなのか?」




 「そのとおり。ローアは巫女で、宝具に選ばれているのです。司祭の私なんぞより強い霊力なども持っていますからね」軽くカーリスが説明を加えた。




 「どうやって使ったんだ?」






 ローアは「えっ?」と困惑した。




 「俺は、その……そういう類のモノを見るのが初めてなんだ」興奮気味にいう。




 「……怖く、ないの?」




 「何が?」


 「宝具これ、とぼくが――」




 「怖い? 怖いか……どうだろうな。俺、よくわかんねぇんだ。いつもケンジとかの馬鹿話とか話半分に聞いてて、創作物の作り事だって内心馬鹿にしてたんだ。けど……なんつーか、今まで体験したことのない事で正直混乱している。でも、さ。なんとなく分かるんだよ」




 「なにが……?」




 細い語尾の疑問が、エメラルド色の瞳の奥から出た。




 「その……つまり、馬鹿みたいに今ワクワクしてんだ。俺、いつも優等生で生きる事を親に押し付けられててさ。だけど、不謹慎かも知れないけど、すっげーワクワクしてんだ」




 カイトは目前の少女が尚も疑問の拭えない表情をしている状態をお構いなしに滔々と喋り続ける。赤の他人、それも異世界人にこんなにも、自らの心の裡を告白する事になんのためらいもない自身にカイトは驚愕していた。






 最後まで喋り終わるのを聞き終わってからローアは静かに苦笑いを漏らす。




 「ヘン、変なの。カイト、すっっっごい、変だよ」




 初めて言われる言葉だった。いつも優等生で、誰とでも気さくに話しができて、スポーツも勉強もなんでもできる自分が「変」か。




 「そっか――俺って、そんな変か」




 「うん! とーっっっても、ね」ローアの声はどこか弾んでいた。






 「ね、兄さん?」




 ローアは後ろを振り返って嬉しそうに尋ねる。




 「ローア、お客人に失礼だ……。私は、貴殿がとても聡明な人物でとてもいい印象をもっています」




 「あはは、どうも」




 「そういえば、カイトって年齢いくつ?」




 「ん? 十六になるけど」




 「そっかー。じゃあ、ぼくの二つ上なんだね」




 だな、とカイトは応じる。それが一体どうしたというのだろうか? 




 それでもなお、彼女は「そっかじゃあ……」ゴニョゴニョと音の小さくなる声を呟き続けた。それを最後まで聞き取る事ができなかった。




 カーリスは妹の後方で、意地の悪い笑いを零していた。

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