異世界にいったったwwwww

あれ

外伝8





  俺の顔に水滴が落ちる。それも、規則的に一定の間隔をもって落ちてくる。こんなのは昔の拷問にあったはずだ……だが、幸いにも俺は半覚醒の意識を完全に回復させた。


  眼という器官の機能は、外界の映像を繋ごうとしていた。心地よい脱力から筋肉の細胞たちが、目覚めていく。痺れに似た感覚を振り払うように俺は指を、腕を、足を、膝を軽く曲げてみる。




 ――生きている。




 安堵する心と別に、俺はいまどこにいるのだろうかと思った。酷く冷たく湿っていて、固い。どこなのだろう?




 世界の輪郭と瞳の照準が一致し始めていた。完全な闇が大気を支配している。俺は肌の触覚から岩盤の上に眠っていることを確かめられた。ヒュ、と頬を掠める風の流れを感じた。俺は、この場所が洞窟であることを予感した。自分の呼吸以外には生き物の気配すらない。眼を動かしてみても、闇、それも完全な闇の中が映るだけだった。


 石室のように、なんとか身動きをとれる場所に横たわっていた俺は、高校の学生服のまま、右手には赤色に点滅する腕輪が嵌められている。これが爆弾だったら質の悪い冗談だろう。しかし、どうやらソナーのように「何らか」に反応しているだけのようだった。(何となくの勘で、そう思う以外に予想ができなかった)


 俺はとりあえず、風の抜ける出口まで行ってみることにした。




 1




 「くっ……そっ」


 狭い、余りに洞窟というの通路というのは窮屈だ。俺はブレザーの上着を脱ぎワイシャツだけになって進んでいく。気のせいか酸素濃度が薄くなっているような気がした。ギザギザと尖った岩肌を俺はまるで母胎を抜ける胎児のように進んでいた。顔には無数の切り傷や、身体のあちこちに傷ができているのも構わず閉鎖空間から逃れることを意識していた。






 闇、そして果てしなく続く岩襞の連続。時々水が染み出して服を濡らす。行き場のない不安や怒りが胸に浮かんできる。俺が一体何をしたんだろう? あの、日本から俺をこんな場所まで送った連中は……


 連中に対し殺意が芽生えたが、いまはそれを遂げる方法すら知らない。




 俺はあくまで、一介の高校生に過ぎないのだ。




 息を喘がせながら俺は靴先で狭い岩を蹴って腕を隙間に絡ませるようにして目前の空間、光を求め動いていく。移動のコツは急がず慌てず心を落ち着けることだ。




 自戒するように口で呟いて俺は出口を目指す。






 闇の中に手を射し込む。半開きの掌を思い切りひらき空間の大きさを把握し、肩から身体を滑り込ませていった。俺の身体はナメクジのようにヌルヌルと前進しているのだった。




  「っ……ぱっ」口と鼻が空気の濃さを確かめる。


 外の充実した空気が近い、それが本能的な感覚によって知らされる。俺は洞窟の移動で野生の部分が復活していることに気がついた。死にたくない、という簡単な生存欲求によって俺はここに存在している。そして、闇にも慣れ眼は闇の中でも微かな光を探知できるように冴えていた。




 「出口だ……」




 俺は意識せずに声を出していた。喉はすっかり乾いていて喋ることすら億劫になっていたにも関わらず、光源の著しい部分に近づくと戦慄するほどの喜びを感じた。






 だが、慌ててはいけない。とにかく、前へ。そして確実に身体をすべり込ませる。その原則を忘れてしまえば即ち死。






 2






 40センチ幅の出口は俺にとって、救いだった。眩しい光を左手の手庇で遮りながら、頭をゆっくりと出す。それから肩、胴体、腰、膝、足の順番で出て行く。靴は途中で脱げてしまった。靴下も穴だらけだった。




 外はもう夕刻のようだった。




 俺は胸郭を膨らませて、「異世界」を見回す。しかし、余り異世界という実感はわかなかった。どちらかと言えば、スイスやノルウェーなどの森林地帯だと言われた方が納得するレベルの風景だった。――正直、がっかりした。このレベルだったら衛星放送の深夜にやっている旅行番組でお馴染みだろう。




 とはいえ、長い時間をかけて洞窟をくぐり抜けた感動が体中を駆け回っている。その喜びによってであろうが、俺は口呼吸で息を吸い肌寒い森林地帯を見下ろす。




 「――ん?」




 俺は右手首のシルバーの赤い矢印を目にした。振動の強弱によって距離の長いか短いかを測定しているようだった。




 矢印の方向に俺は視線を向ける。その先、つまり岩肌の間に細い通り道が認められた。その30メートル先に銀色のスーツケースが置かれていた。




 (あんなもんが、支援物資か?)




 正直なところ、苛立ちと感謝の綯交ぜになった複雑な心中で俺は歩き出していた。

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