異世界にいったったwwwww

あれ

議会堂

……筋肉のすべてが限界を訴えていた。肩といい、腿といい、目といい……とにかく随分、無茶な姿勢でこんな所まできたもんだ。凝り固まった筋肉を引きずる自分を褒めてやりたい。できるならば「はなまる」「よくできました」みたいな紋切的なでもいいからとにかく賞賛されたい。


そんな間抜けな事を考えながら私は涸れた古水道の空洞を歩いている。もっと正確に云えば――既に使われなくなった水道だ。このバザールは昔から改修工事が盛んで、数百年前の水道も残っているとの事。
議会堂は当然周囲を衛兵が囲っているだろう。それくらいは容易に想像がつく。けれども、だからといって、内部に侵入できない訳ではない。なんたってこの地下通用地図がある限り……殆ど他力本願だが。ともかく、約2・5キロの道のりを経た末に議会堂の退避壕近くの抜け道に出た。この涸れた水道はアーチ状になっており、下水道と違い匂いもひどくないし、綺麗なまま保存されていた。たまに、真上から水滴が垂れてくるが、恐らく土壌の水分だろう。手探りで水道内を触ると、煉瓦が緻密に敷き詰められていた。だが、その接着部分も使用されない事で水漏れを許したのだろう。
いい加減腰が痛くなる中腰姿勢で2・5キロを休み休み進む。これ以上無理をしても本末転倒になるだけだ。どこまでも続く暗闇に頼りない一筋のライトの光。後ろを振り返ると吹き抜けていく笛に似た風の音だけ。闇の胎動で立ち止まっているみたいだった。




私は退避壕の付近、排水用であろう壁の口から出てきた。
腰を叩きながら出てきた場所を眺める。水道内と同様の煉瓦を敷き詰めた壁。黄土色の壁は隙間なく7メートルの高さで外界とを隔てている。私は興味半分で掌で壁をなぞる。本当に硬貨一枚も入らない密着具合である。


「さて」
レイピアの柄を左手で握る。ここからは、本気の命のやり取りだ。これまで幾度か命の危機はあったが、その度に誰かの助けがあった。だが、今は違う。少なくとも自力でどうにかしないといけない。そういう状況に追い込んだのも全部自分。だから、責任も私が負う。どんな誤魔化しも定義付けをしたって、逃れられない事実。
「だったらやるしかないじゃん」
自身を鼓舞するように呟く。
議会堂の全貌を改めて仰ぎ見る。
中央の建物は長方形の縦に置かれたような……ビルディング風の外観である。その左右には小さな正方形の建物が鎮座している。本当に完璧な(この世に完璧という胡散臭い言葉を信じるならば)四角形で構築されていた。いささか気味が悪いくらいだ。壁と異なり鼻血の固まったような鈍い赤色をしている。窓も少なく、味気ない。バザールにいて意識的に見なければこの建物の気味悪さに気がつかないだろう。
それも街の中心にあったのだ……。
壁を離れて8メートル先に潅木が茂っており、その中に私は枝枝の蔭に隠れつつ、周囲を警戒した。曇天の空模様からやがてポツポツと雨が降り始めた。
目前には議会堂の正面門と正面口を繋ぐ道があった。その間には数百の兵士の姿があった。門の外にはバザールの人々だろうか? とにかく人々は「中へ入れてくれ」と口々に叫んでいた。そうか、大半の人はこの砲撃を免れている議会堂に集まっていたんだ。地獄の亡者が犇めき合って数千の手たちが門を掴んでいる。数の暴力というより、数の執念を感じた。殺到しようとする腕たちを見ながら幽霊街の真相に合点がいったところで、しかし、中にはいる手立てが思いつかない。左腰にぶら下げたホルスターの中、9ミリ拳銃の残弾数は35発。心もとない。まだ扱い慣れていないレイピアで何ができるのだろうか。考えると不安で仕方ない。


「ふーーっ、はーーーーーーーっ」
しっかり、息を吐き出す。呼吸って実は吐く事が大切らしい。そうすると自然に息を吸い込むのだ。父さんが言っていた気がする。だけど、受け売りだからホントかどうか分からない。
喧騒はひどく、門と鉄作の隙間から荷物を満載にした人々の怒鳴り声とも嘆願の声ともつかない大声がしきりに聞こえてくる。さっさと閉鎖したい兵士たちが、大衆の力比べをする格好で門を押したり引いたりあがいていた。
続々と議会堂から詰めいていた兵士の応援が正面門や、あるいは各門へと配されていた。さらに、壁の低い部分を見つけ、梯子などをかける強者もいた。それらの対応で兵士の配列に乱れが見え始めた。
幸運は座して待つだけではやってこない。
そう思いたくなった。真希は潅木の枝枝の間を縫うように慎重に移動していく。そして、議会堂の非情口であろう経路があることを確認した。折しも雨、足音は掻き消え、さらに兵士たちの注意も散漫になっている。
(いまだッ)
心で唱えるよりもはやく手足が行動していた。
なだらかな斜面状の地面を駆け下り、飛び込むように真希は建物の向かって左側の正方形の建物の非常扉へと向かっている。途中、大粒の雨が私を濡らす。眼鏡のレンズにも水滴が張り付き、頬を叩くようにも感じられた。脚には慣性が若干効いているらしく、容易に脚は止まらない。
と、その時、
「おい、侵入者だ!」
正面扉の応援に向かおうとしていた一人に見つかった。
「しまっ……」
というよりはやく自分の手首は機敏に反応し、ホルスターから銃把を掴み、右腕で狙いを定めるとバン、バン、バン、としなやかに引き金を引いていた。突然の銃声に真希を捕まえようとした前方三人、左右の方向から向かってきた各二人を同時に驚愕させる事に成功した。




勢いのまま、脚で扉を蹴る。ガタッ、と大きな音こそして震えたもののそう簡単には扉は壊れない。しかし、一度体勢を立て直す意味で蹴ったに過ぎない。今度は正確に扉を開く。
二度と間違えない為に……
扉を開くと身を素早く内部にいれて、閂をすぐにおろす。時間は多少稼げるハズだ。







議会堂は暁闇のような空気に包まれていた。長い歩廊をひたすら駆け抜ける。自分の二つの足音だけがまるで追ってくるようでもあった。


左右にともされたカンテラの光が弱々しく斜めに射し込む。


時間の概念がまるでダリの絵の時計みたいに溶けていく。チーズをオーブンの熱でトロトロになるまで溶かしていく感覚。香ばしくて、たまにカリッとした食感のような時間。


やがて、風の流れが変わった。
風がそこで行き止まりだとでも言いたげなのを真希の皮膚が感じ取る。足元の絨毯の感覚もそこで途切れた。




「……うぁ、マジ」
思わず言葉がこぼれた。


体育館のような広さの空間が視界いっぱいに広がっている。どうやらここが議会堂の正面玄関らしい。さらに巨大な階段があり、その階段の先には別の空間に繋がるのではないかと推察された。恐らくあの奥には会議場があるのだ。……だとすると、夫人とアーノはそこにいる? それとも、あの門の外? 今更、確認していない事に気がついた。だがもう遅い。こうなったら徹底して内部を探索するしかなかった。




それにしても十二分に広い。天井から地面まで相当な高さがある。真希は丁度、二階部分の歩廊に位置している。つまり、体育館の上に手すりがあり、歩けるような幅のある場所……とでも形容しようか。




とにかく、下から上まで隈無く見ることができた。




「……ぁあ? 貴様だれだぁああ?」




と、遠く会議堂の扉から出てきた男が叫んだ。叫んだというより、咆哮だ。だだっ広い空間に重低音が木霊する。彼は異様な巨体を誇っている。四〇メートル以上も離れた場所からでもそれがわかった。まるでボールのように太った身体に、普通の人の何倍もある腕と短い脚。虚ろな目に、頭は長髪である。鎧は中古なのだろうか、ボロボロで兜はしていない。彼の手には巨大な鎖鎌があった。
柄の長さだけでもあの男の慎重の倍はある。さらに鎌の刃は二枚あり、不気味な白い光をたたえている。




マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。




毛細血管の隅々から警告がきた。本能的にアレはヤバイ奴だ。血液のすべてが炭酸水になってはじけているみたいに、恐怖に支配さいれてしまっている。奴は私を見ている。




真希の身体すべてに小刻みな震えがきた。足元は二三歩、後ろへ下がった。



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