異世界にいったったwwwww

あれ

三〇分歩いた。その結果わかった事は不自然なほど人がいないという事だ。数千人が毎日往来するこのバザールが幽霊街ゴーストタウンと化している。この現状に思わずたじろぎ、真希の心はザワつかせた。


ガーナッシュ邸の正面門に至るまでの坂道――両脇の雑林は砲撃の尾が着弾した後、火災を巻き起こして黒煙を巻いていた。服の裾で鼻と口で覆い、眼を細めながら進んでいく。
やっと平坦な地になると既にそこは庭園であった。嘗て、夫人の馬車に乗ってきた場所。その巨大な庭園も炎が燃え移っており、パキパキと不快な音をたてながら燃え続けている。舗道と庭園を隔てる生垣に咲いた雛罌粟ひなげしの花弁に火種が飛び移った。緩慢とも早急とも思われる速度で、五つの花弁を炙り花軸まで到達した。集合した炎は茎と花軸は身を悶え黒焦げとなるまで、真希は一部始終凝視していた。




不意に真希は頭が空白となった。「今私は何してるんだろう?」 恐ろしい程の孤立感とか寂寥感が胸に広がってきた。




……そうだ。以前夫人が語っていた「庭師と二人で手入れをした」薊や、白百合を植えるはずの部分も……それだけではない。薔薇も、カサブランカも、なんでもとにかく目茶苦茶に植えようと眼を輝かせていた夫人の庭が今、全て灰塵へ姿を変えようとしていた。
人間の努力をまるで嘲笑うかのように炎は生暖かい空気に煽られ左右に揺れた。どれだけ苦労したって、壊れる時は一瞬なんだ。
真希は途方もなく悔しい気持ちでいっぱいになった。
火炎の躍る庭を横目にしながら、視点を目前に直す。余計な思考は行動を鈍らせてしまう。六メートルほどの壁がある。所々砲弾で穿たれた部分があった。






屋敷近くまでゆくとやたらと濃密な血の匂いが鼻腔へ執拗に絡みついた。鉄の甘い香りだった。矛盾したような……でも、それが正しい表現にしか思われない感覚。まるで夢の中で異常な事態がさも「当然だ」と受け入れてしまう心理に近いのかも知れない。
剥落した門に続く舗道を、ブーツ底で踏ませながら近寄っていく。
「……うそっ」
真希は裾の覆っていた事を忘れ、歩をそこで止めた。門衛が道に横たわっていた。その姿を私は知っている。
旅立つ前に夫人へ預けるときに見送ってくれた門衛たちだ。彼ら二人は着込んだ鎧と腹が真一文字に両方切り裂かれており、血だまりを作っていた。
「ねぇ、ねぇ……うそ、こえ――聞こえる?」恐る恐る、声を励まして問いかける。
ブーツのつま先から粘着質な音をたてながら安否を確認しに行く。もしかしたら生きているかもしれない。一縷の望みにかけながら真希は正面門の階段に身を横たえた一人の方へかがみ込む。左ひざが血に濡れるのも厭わず、片腕を掴んだ。
真希の掴んだ腕のおかげで背中を向けていたのを、彼女の方に倒れた。
門衛の眼球はゼラチン質として唯物的になってしまい、体温は辛うじて保たれているのだが門衛の男の皮膚と筋肉は固い粘土のように感じられた。口の端から涎と泡と血が一筋垂れていた。








「……誰だ」
掠れた誰何すいかがあった。
「えっ?」
その方向に意識をやると壁に座してよりかかった門衛の男が「ヒュー、ヒュー」という息に紛れながら「……この屋敷の者か?」と訊ねる。
「はい、そうです。そうです。どうしたんですか? みんな……」
言いかけて、真希は言葉を失った。
その男は耳を削がれ、身体のあちこちが切り裂かれていた。右脇腹は三分の一が切断されており、左ひざから下は切断面が鮮やかに見える。
残った最後の聴力で人の気配を感じ取ったのだろう。本能で真希を感知し、誰何したのだ。
「夫人は……議会に……議会堂に……」
真希は頭を振り、その男の元まで駆け寄る。血痕の足跡が点々とつけていった。
「夫人は……議会に……議会堂に……」
「まっ、まって……そこにいるの? 議会堂にいるの?」
「夫人は……議会に……議会堂に……」
壊れた機械のようにつぶやき続ける。最後の命の灯火が消えかける寸前まで喋り続けている。彼が一言喋る度、寿命が確実に縮んでいるのだ。
それ以上真希は喋らず、つぶやき続ける男の左手を己の両手で包む。これから死にゆく人間へのせめてもの償いがしたかった。以前、本当に大切だった人にしてあげられなかった事。全く彼とは関わりがない私にも……それでも、誰かが最期を看取ってやらなければいけない気がしていた。
「わかった……大丈夫」
「夫人は……議会に……議会堂に……」
「――うん」
「夫人は……議会に……議会堂に……」
「ゆっくり休んで……」
意識せず、声が涙ぐんで震える。男の手の脈拍が小さくなっていった。真希の掌は血が既に固まりつつあった。
ヒュー、ヒュー
もう、言葉も出ずに息の排出のみが男の存在証明だった。
ありがう。
真希は俯く。暫し、仏とか神とかに祈りたくなった。死が近しければ近しいほど、仏とか神に縋りたくなってしまう。だが真希は信仰心もなく生憎手向けてやる祈りを知らない。
収縮してゆく両手の中の筋肉に真希は強く握って別れを告げる。




「議会堂」
リフレインする単語。心へ刻み込むように口を動かす。
立ち上がった真希はバザールの中心地、目立つ建造物を屋敷の丘から眺める。
周辺の建物や道路が破壊されていき立ち上る幾つもの煙の裏に隠れた議会堂を睨みつける。



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