異世界にいったったwwwww

あれ

軍師への誘い

マホガニー材の天井に紫煙の丸い燻りがゆっくりと、上昇してゆく。刻み煙草を呑みながらガンツは禿頭を撫でつつ窓の外をみやっている。




ノーグ村の村長の家ひと部屋を借り、テーブルを対にしてグリアとガンツは座している。部屋を警護する僅かな人間以外は皆、部屋より遠ざけられた。
 村への帰還する道すがら、ガンツは自らが元『播』の宰相であったこと、また現国主との確執を語った。意外だったのだろう……グリアは馬車に同乗してはいたが、何度も立ち上がろうとして頭を天井にぶつけた。余程興奮したらしい。




『――閣下は軍制改革、政治改革を短期間でなぜ、やり遂げおおせたのか?』
 と、ごくごく素朴な質問から始まり、次いで現状の大陸について大いに語った。だが、村についても未だ語る事は溢れるばかりで初対面の間柄とは両者とも思えなかったのである。
「して、君はどうみる? 中原の兵乱 いよいよ 極めり、という状況だが」
わざわざ、一室を借り受けてまで語るべき事が尽きない。しかし、それ故世情を簡単に語る事が今のグリアにとっては難しい。宙ぶらりんな現状での立場が一層心を重苦しくさせたのだ。




ガーナッシュという国の客人でしかない。だが、その立場も大きく逸脱してガーナッシュ家に深く関わり過ぎている……思えば、逃げて逃げて、その果がこの使いパシリのザマか、と落胆しなくはない。更に、盟友のウールドは苦しい立場にある。そこに今度の大戦である。




 本音は頗る暗いのだ。けだし、人前では悠然と振舞うのに慣れていたが、その実誰より黒馬の民の未来を不安に感じているのは他ならぬグリアであった。


それと他に何事かを成していない自己への嫌悪が日々鬱屈としているのも作用していた。


 そんな心境の中、ガンツは単刀直入に問いただす。まるで、右往左往しているグリアの心を読んでいるようだった。
「……分かりません。都市会議の瓦解から久しく、また一部では王朝復古の機運も高まっているとか。それに、今度の戦は中原だけの問題ではなく、各太守や領主、或は盗賊の連中全てを巻き込む災禍であることはまず、間違いありません」
「フム、そこまで現状を認識しておきながら……失礼ですが、貴殿は一体どういう立場でここにいるのか?」
小太りの腹をゆすり、テーブルの上にはソーセージのように太い人差し指をリズミカルに一定の間隔で叩く。片方だけしかない眼鏡の奥には灰色の瞳があり、目前の青年を射抜くようであった。




グリアは暫く考えたが、やがて、ハタと思い出したように訊ねる。
「先程、ガンツ殿を襲った集団……彼らは盗賊でもなく、さりとて所属の国すら分からない……しかも、精鋭のようで戦なれしておりました。彼らは……」
ガンツは鼻の穴から煙を噴いて笑う。先程命の危機に瀕していた場面だったが、すっかり二人は諸々語り合う内にすっかり忘れてしまっていたらしい。
「恐らくかの連中はガルノスの配下の騎士団に相違ないでしょうな」
「なぜ、分かるのですか?」
「簡単なこと。かの軍勢は中原を敵に回してでも戦う猛者揃いの国。中でも、彼らの軍の中核を成すのは北東の産の者が多い。言葉の訛りもやはり北東系であった。また、馬術に長け馬上から見事に弓を射掛ける事が出来るのも、それゆえでしょう」
「まさかッ……」
グリアの顔が蒼白になった。




略奪を戒め軍法は厳しいと有名なガルノスの軍勢が村を襲って略奪を? いいや、それ自体は通常珍しいことではない。かの軍も又、不測の事態があったのだろう。だが、そんな不安定な状況の相手に火槍を届ける……商売相手として「健全」なのだろうか? ふと、村に対する哀悼の意と相反する算盤計算の考えがグリアの脳中へ同時に閃いた。目元は引き攣り懊悩の底に落ち込んでいくようだった。
「しかし、困りました。我々はこれよりガルノスの陣へ火槍を届けなくてはならないのです」
トン、トン、とガンツは陶器の白い灰皿へ煙草の滓を落とす。
吸殻からはぷぅん、と微かな煙が流れただけで、煙管の先で突くと萎んでゆく灰は見事に崩れていった。
暫し手戯れに煙管を弄びながら、咳き込んだ。室内には薄い紫煙の四散するのと同時に一気に会話の熱量が奪われた気がした。




「――そういけば」と、思い出したようにガンツは椅子の背もたれに凭れる。
「ここ三ヶ月、不規則な生活とストレスを抱えいたおかげで太ってしまいましてな。以前は鍛えた肉体が自慢でしたが、年をとると容易に痩せることすらできずブクブクと醜く太って豚のような有様ですなぁ」
呵呵かかと笑った。
釣られてグリアも口元を緩ませた。
「して、ガンツ殿はこれより如何するおつもりか?」
「友人を頼って田舎の都市へと引越しの途中であった。そこで、貴殿たちに命を救われた形となった。――はは。まことに面目ない。元一国の宰相といえども、その立場から転落すれば、こうも脆いとは思いませなんだ」老人らしい弱い口調でいった。
……ハッ、とその時天啓のようなものがグリアの頭に降りてきた。
「……我と共に来てくださらぬか?」
気が付くとまるで自分の口が誰かに操られているようにして動いていた。
「なんですと?」
再び煙草を銜えようとしたガンツは白い立派な髭を触りだした。
「いいえ、勿論ガンツ殿には不利益な話しであります。ですが……そう、願わくばこのグリアの臣下となって頂きたい。一国の、それも播のような強国を育て上げた宰相閣下に不釣り合いな身分は百も承知です。ですが――」
待ってください、と言いながらガンツは手を大きく振る。
「まさか、まさか。この老骨がどうして戦乱の時期に貴殿のような聡明な若者の配下となりましょうか。もう、歳なのです。老兵は去るのみ……つくづくそう思います。身体が言うことをきかなくなりました。娘も三人おります。この老人にも野心はござる。しかし、そんなものは若者の青雲のような夢であって、老人が追いかけて良いものではない」
年相応の柔和な笑みを含みながら、グリアに返事をした。




グリアはただことば が終わるのを待ち、
「……このグリア必ず一国の主となり、この兵乱を鎮める者となりましょう」
自分でも驚くくらい言葉が出てくる。先程まで露ほども考えていなかった内容が弁舌を操るうちに情熱が湧いてくるのを感じていた。
「ですが……申し訳なが、たったガーナッシュの客将である身分の貴殿がどういう方法で一国を治め、また大陸に意見を唱えると申すか?」
半ば呆れ返りながらガンツはいう。すかさず、グリアが応じる。
「否、否、否。断じて否――我に策有り」
と強く抗議するように叫んだ。
グリアは「しかし」と語尾を曳きながらガンツを窺う。「貴殿はそのままどこぞの田舎で隠居なされるのでしょう?」挑みかける調子で莞爾かんじ する。
苦々しく顔を歪め、ガンツは頭を撫でながら、
「では貴殿は仮にこのガンツが貴殿の臣下となったとしましょう。では、一体どういう仕事をお与えくださるか?」
灰色の瞳は静かに、だが確実にグリアを捉えている。






大きく眼を瞠ったグリアは腕組みをし、眉間に皺をよせて考え込んだ。が、すぐに白い歯をみせ、金の旋毛を掻き毟ると独り合点できたらしく大きく頷いていた。
「貴殿――ガンツ殿を我が新国家の軍師として迎えん」更にいう。「貴殿を我が脳として国の要とし、夢物語にみえる我が秘策を遂げん」
ガンツは戸惑った。そもそも、その秘策とはどんな内容なのか――いいや、それ以前に空手形にも思える国家建設の話しを真面目に受け取る気にすらなれなかった。普通ならば。
どうも、今日の自分はおかしい。この若者はどこか魅力的である。大陸に戦雲たちこめる中でそれを鎮める策有り……と声高らかに宣言したのだ。
だが、そういう疑いと同時にガンツは長年の軍事政治経験から彼が言葉だけの軽薄な輩とも一線を画す人物であることも十二分に理解できていた。




「答えは如何?」グリアが真剣な眼差しを向ける。




ガンツの脳裏を掠める大陸全土の群雄が割拠する時代……そのきざはしがありありと見える。北方の賢王、中原の獅子、元王朝の宰相、更に燕尾将軍、蘇国、新興国を率いるアーロンという男。そして、播国……。様々な国家が虚々実々の駆け引きを始めているのだ!


 グリアの純真な眼差しにガンツはいじらしさを感じさせた。


「恐れながら、我が〝主"にはずる賢さ、汚さが足りませんな。政治を行うには清濁を併せ呑む覚悟と行動が肝要でござる」


皮肉っぽく言いつける。




グリアの表情は次第に明るくなり、ガンツは金旋毛の青年の身体から威風が漂うようにも錯覚された。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品