異世界にいったったwwwww

あれ

ノーグ村

ノーグ村……ここはチョッと特殊な村と言える。まず、運河を隣にした村にしては船での商売で繁栄してきた場所ではない。どちらかと云えば何処にでもある農村であった。初冬にかかる時分ではあるが、ここ数日は温暖な陽気であった。
朝早く、女たちは稲刈りの後の月という事もあって習慣より遅い洗濯をしに戸外を出た。河に近い共同洗濯所は既に人垣が出来ていた。
「おや、冬のこの日にしては珍しいねぇ」
と、ある農家の女は思った。知り合いの女たちが何やら噂しあっている。彼女たちに近寄り、軽い挨拶もそこそこに、
「どうして、こんなに人が集まっているのかい?」
疑問を口にした。
「なんでも、さっき無断の輸送船がウチの船着場に泊まったらしいんだよ」
中年の小太りの女が眉を顰めて言った。
「へぇ、でもそれだけだとこんな騒ぎにはならないでしょう?」
実際、密輸などは国の管理を隠れ、幾度もノーグ村にくる。発見されて相当マズイ物品や犯罪関係でない限りは大抵、黙認されている。――では今回は危ない連中だったのだろうか?
そう言いたげな顔を太った女は察したらしい。
「一度、見に行けばわかるらしいけどねぇ」
肝心の船着場は村の男たちが厳重に管理して近寄れなくなっていた。



大中合わせて二〇隻の運河専用船舶が村のまことに小さな船着場を占領した。こんな事態は村でも始まって以来だという。
夜明けと共に、船着場の当番の男は船着小屋の鍵を開けた。そこまでは彼の日常であった。が、彼がそこから灯台に似た小さな鉄柱の灯りを換えに向かってから、彼に不運が襲った。
今日も寒さが厳しくなってきている。外套のポケットに火打石と必要なものを詰、文句を言いながら桟橋へと歩を進ませる。――と。
薄い霧の奥、まだ明けきらない仄暗い世界から船影がやってくる。随分多く、五隻くらいだろうか? 水平線から来るのをジッと観察していた。だが、時間が経つと同時に次々と後続の船影が船着場を目指し、灯りで信号を送って来る。
「こりゃ、マズイ。急がにゃならんぞ」
当番の男はよりにもよって、自分の番でこんな面倒になるとは予想もしなかった。唾を吐き、カンテラを取りに戻った。


「俺が責任者のグリアだ。ホレ、こうして正式な交通手形もあるし、ガーナッシュ商会というれっきとした商人だ。すまんが、数日ここを借りるぞ」
船から錘が投下され、纜で接岸させ、タラップを下ろした直後駆け出した大男が快活にいう。まるで決定事項のように喋り承認を求める。思わず、船着場の当番は頷きそうになった。が、掟に反する。
「ま、まて。村長を呼ぶ。話しは後からだ」





ノーグ村は元来、河川運輸で儲かってきた場所ではないのだ。つい、一五年前から船着場として利用されるようになった。その理由の一つは、無論、中原への陸路距離である。五時間ほどを舗装された中原道路で輸送ができる。それ故、ノーグから輸送が活発となった。が、それだけではない。最大の要因は水深がある事であり、近隣の村や街を探してもノーグ程安定した接岸ポイントはない。
昔から深い訳ではなく、一七年前に起きた地震による影響で今日の水瀬ができた。
それ故、船着場としての歴史も浅く、自然人々は農耕の従事者である。商売という意識ではなく農業労働者のみの意識を未だに脱却しきれない節もある……が、それはノーグの村民に咎はない。
そういう経緯であるから、今回のグリア一向の突然とも言える来襲に半ば困惑気味で、
「――できれば、はやく立ち退きを願いたいのですがねぇ」
初老の村長はいった。
今、中原では戦争が勃発している。そういうご時世に敢えてお上に目をつけられる行動はしたくないのだ。まして、要求の数日も……土台無理な話しである。
「それが弱りましたなぁー」
グリアは顎をさすりながら唸る。
「そもそも、何を運んでおられるのですかな?」
「そりゃ、言えない相談だ。コッチにも守秘義務はあるんでさァ」
「確かに。ですが――その、お立ち退きの期限を聞きたい。本当は今すぐにでもと言いたいんですがね」
イヤミな口調に思わずグリアは、
「はは。他に水深の深い場所があればそうさせてもらってますよ」と言いたくなったのをグッと肚の底で堪えた。
ふーむ、と金の旋毛を掻きながら考える。できれば彼らとは事を荒立てたくない。恐らく相手も同じだろう。
「少し相談してくる」
そう言い残し、各船の状況把握がてらに船へと戻った。



ひる、気温一五度ほどであろうか。とかく、初冬にしては暖かい。
二〇隻の船舶の船内は飽いていた。時間を潰そうにも、上陸が厳しく制限されているのだから。やるせない気分を抱え、船員たちは各々の時を過ごしていた。
何度も淡水の水が船体に打ち付ける。海賊たちの船員は潮の香りがしない波を不思議そうに、或は物憂げに見つめている。
そんな、一種弛緩した空気を破る第一報が船にもたらされた。
『おい、皆きけきけ。ノーグの村から約一二マリ(1マリ=約六キロ)の村が都市国家の騎士団に襲われているらしいぞ』
――まさか。
船員を含め船長までもがそう思った。都市国家の正規騎士団はプライドがある。有力貴族の子弟で構成され、傲慢な態度の代わりに略奪行為などの醜悪な行動はしない。そういう認識でここ数十年は浸透してきた。
だが、グリアだけは目をらんと光らせ、
「そいつは、恐らくはぐれ騎士団だ。戦闘で本体と分裂して村を襲撃しているんだろう」
と唱えた。確かに合理的な話しである。衆人はなるほど、と合点の様子だった。が、それだけでは済まない事態にこの時、陥っていた。


「いゃあ、先程はすまない態度をとった」
夜になって突如、村長がグリアの載る船を訪ねてきた。態度は到着の頃と打って変わって慇懃いんぎんそのものである。
「いかがした?」
グリアは面倒くさそうな顔でやってきて、開口一番言い放つ。このような態度をコロコロ帰る虫のいい奴は嫌いな性分なのだった。
「ええ、実はとなり村が……」「ああ、知っている。で?」
チッ、と村長は舌打ちをした。態度の悪さに激怒したに違いない。けれども、息を整えているらしい呼吸をする。
「この村の警護をお願いしたいと思いましてな。生憎、戦争で若い男はかなり徴兵されてしまい防護の手段がないのです」
「そうですか――頑張ってください」グリアは言葉を告げると寝床に戻ろうと踵を返す。
老いて枯れた手がグリアの左肩を強く掴み、
「ま、待ってくれ。わ、わかった。金か? 金なら……」
まくしたてる。グリアは内心げんなりしながら、耳穴を小指でほじくる。
「分かりました。はいはい、お話だけは聞きましょう。ですが、コチラの要求もお忘れなく」
一応は釘を刺す。だが果たしてどれほどの効果があるのかは分からない。









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