異世界にいったったwwwww

あれ

カルデラ


夕刻――
ガンツを乗せた馬車は播国を追放され、第二の故郷である都市国家へ赴く途中であった。ガンツは高齢の実母と、娘達三人、側仕え数人を伴った馬車五輌が赤煉瓦造りの街道を走っていた。
「……ミハイルは元気だろうか」
旧友の名を口にしながら車窓の硝子に息を吐いた。ミハイルは年少の友である。今年で五七となったガンツは身体の衰えをイヤという程思い知らされていた。
彼の妻マリアンは随分昔に亡くなった。最近は、頻繁にマリヤンの事を思い出す。その度ひどい寂寥感を覚える。娘たちは老境でできた子供だった。輿入れできる年の子は上の二人で、一番下は孫のようだった。
「ご主人様」
御者が轡を締め、馬脚を止める。停止したことにより、車体が大きく左右に揺れた。
「どうした?」
前方の小窓から顔を覗かせた御者は、
「はい。今、通過予定の村が遠方に見えてきたのですが、煙がいく条も空に昇っていまして……」
不穏な予想を持ちながらガンツは馬車の扉を開き、半身を外へだした。
すると、御者の言うとおり夕日に照らされた平面な原野の彼方に細い黒い煙が幾条も上がっていた。炊飯の煙でも、田畑を焼く煙でも、どうとでも捉えられる。
(しかし、今は乱世だ……)
「お父様、いかがないさいました?」年長の娘が車窓から首を出して訊ねた。
先頭が急停止したことにより、後続の車輌もジグザグに停車せざるを得なかった。
「フム」
白い立派な髭を捻り目を細めた……





ドクン、ドクン、ドクン――規則正しく鼓動の脈拍が太い血管に伝わる。久しぶりの安眠かもしれない。赤子のように悩みなどなく、純粋に眠っている……。身体が動かない。ドクン、ドクン、ドクン。鼓膜にまで聴こえるこの鼓動は本来的に云えば自分の心臓ではない。そうだ、この心臓の心拍は嘗てオレの大切な人々を奪った奴の心臓なんだ。……だが憎い心臓を受領して生きながらえているオレこそ一体何なんだ? 
腹が立つ、自分に。
腹が立つ、非力で生きながらえている事に。
腹が立つ、このオレの存在に――
腹が立つ、全く腹ただしくて頭が狂いそうだ……


「……ッ、ガアアアア」
エイフラムは、掠れた声で精一杯口腔を開き叫ぶ。まるで悪霊を退けようと試みる愚かな人間のように。苦しく呻いた声は5秒もせずに途切れた。
目だけが別の生き物のようにギョロギョロと動く。乾いているのだ目も口も……全ての器官が水を求めている。
「ひっ」
若い女だろうか? その怯える悲鳴が聞こえた。視界が幻惑されたように焦点を絞る事が難しくなっている。何度も瞬きをして、ようやく外界と像が一致した。
冷たい手のひらを額に感じた。水滴で濡れた手の腹から一滴滑り落ちる。
誰だ!?
危うく恫喝しそうになった。けれども、幸い喉が渇きで潰れて一切音声を発せない。頭を動かしたためだろうか、額の水に濡れた布がズリ落ちた。




瞳は時間をかけて視界全体に広がる景色をみた。簡素ではあるが、いおりのような風情のある空間であった。藁葺の寝床に四隅を固める石造りの壁。中心は鍋を吊るす金属が天井からぶら下がり、そのすぐ下は焚き火の小さな焔が揺らめく囲炉裏であった。
「大丈夫……ですか?」若い女が問いかける。
枕元で両膝を折り、エイフラムを介抱しているようだ。
彼の視線はその声の主の方向へ流れた。彼の眼は相手を見ようと凝視した。介抱している人物は不思議な格好をしていた。まず、彼女の顔や身体のあちこちに、布切れがキツく巻きつけられているのであった。顔は右目の周囲程度露出しているだけで、首、両腕、両足に至るまで汚い布切れで覆われている。辛うじて片方の眼が臆病な小動物のようにエイフラムをみている。
「……ず」
「え?」
「……み、ずをくれ」
ようやく、それだけ発音できた。こんな行為だけで非常に疲れた。再び眼を深く閉じた。




「あ、あの……」
肩を優しく揺すられる感覚がして沈んでいた意識を回復させた。再び目覚めると、傍に水があった。
「――っ、がっ」指を動かそうとして、強烈な痛みと身体の一部がまるで単なる肉片になったかのような、不快な感じがした。
それをつぶさに見て取った布巻きの女は杯を持つとゆっくり、エイフラムの首筋を起こし、斜め四〇度程に傾かせ、少しずつ唇に流し込む。喉が鮮烈な水の温度を久方ぶりに迎え入れた。生きている物理的な確信をようやく得られた気がした。
「っ、……グッゴッ」
喉を激しく鳴らして水を貪り呑む。浅ましい獣のようだった。自嘲しながらも、生理的欲求には抗えなかった。
「うまい。うまい、うまい。ゴッ、ホ……ゴホ」
急に喋りだしてむせ返った。咳をしながら、エイフラムは己の精神も肉体も踊りだすのがわかった。
「……あの、まだ飲まれますか?」
「ああ」
余りに勢いのよい返事に、布切れを巻きつけた女は「ふっ」と俯き加減に忍び笑いを漏らした。小柄な姿が僅かにヘンテコな男の容子に可笑しみを持ったに違いない。暫く小さく笑っていた。



大陸の背骨とも言われている北方山脈連邦。
属に言う龍山の頂上を半径三キロほどのカルデラを形成している。大昔に大噴火でつくられた太古の証である。何千万年もかけて豊かな緑を育み、豊富な地下水脈と山脈の地熱で人間が生きるにはよい環境となっていた。











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