異世界にいったったwwwww

あれ

秘策の放尿

 1
 大気に滲みる薄い霧が次第にれ始めた。


 芒洋ぼうようとした眼はまもなく来る、北部の峰々にかかる払暁を待つ。腕組みしながら暫くすると、山裾の輪郭が徐々に新鮮な紅色に染まる。三刻……それが決められた出発までの期限だった。


 協力してくれた商会は今、必死で人員物資を集約させている。あの郵便基地にも、僅かに資源が残っていたらしい。どこまで集まるか、運搬することができるかが焦点であった。


「――さて」


 やがて、空は「朝」を迎えた。彫像のように屹立と佇んでいたグリアは金髪を掻きあげ、片頬が黄色く照らされた。踵を返し、自若とした容子で山々へ背中を向ける。


 商会へと戻ると、早速報せが幾つも飛び込んできた。


「いま、最新の報せでバザールが何者かの手により侵攻を受けているとの由」


「郵便基地、陥落。盗賊どもが周辺を荒らしているとのこと……」


 商会の会議室は数人が詰めるだけだったが、重苦しいものが部屋を満たした。


(チッ、やはり真希を離すべきではなかった……)


 グリアは自らの判断の過ちを厳しく咎めた。が、立場上、人の上に立つものは過度な不安や怯えを衆目で晒すべきでない。もっといえば、例え自分の誤りがあったとしても、断固とした意思で収集のつく地点までほぞを噛み締め、耐えて継続せねばらなぬ。そう自戒し、また、かくあるべきだと教えられた。


 グリアはふと、懐中にある冊子を衣の上から撫でた。


〈コーモンズ帝の回顧録〉


 彼の信奉する歴史上の大皇帝である。彼は三〇〇年前に活躍した。兄の皇帝が崩御するときまで、世捨て人の哲人であり、僧侶であった。が、一度帝位に就くと一変、蛮族討伐や国内の情勢安定、行政の健全化を図った。その道は決して平坦ではなく、寧ろ後悔や妥協、諦め、――そしてなによりも物事を成し遂げる近道に忍耐ということを記している。これは、行軍中の口述筆記とされている。


 それを短くまとめられた冊子をグリアは片時も離さず御守りのように持っていた。リーダーは常に不確定要素に悩まされる。また、過ちを省みる。しかし、失ったものは取り返しはつかない。
『悩んでも、結局のところ前進せねばならん。それ能わざれば即ち、死である。』
 この句は迷うグリアを励ました。この書を知ったのは、バザールに逃れてから数日後であったが、まるで我が意を得たり、旧友に出逢ったかのような感慨を強めた。


己の感情が鎮まるのを待ってから、
「そうか……ところで、船舶、ならびに火槍の在庫状況はどうだ?」
冷静に訊ねた。
 事務方の男が、
「今、取り寄せているだけでも、河川用船舶二十、火槍は……五十ほど。」
「少ないッ、余りに少ない。それでも第一陣の運搬ではそれが限界か……あとは、どれくらい入手可能だ?」
「……そうですね、えーっ、三日後には百二十。以降は順次、という形です。」
グリアは暫し沈黙する。が、それは制止的な思考にあらず、寧ろ活動的な思考であった。
「わかった。第一陣は俺が率いる。だれか、運搬を助けてくれる人間はあるか?」


 そう言い放ち、左右へ眼をむけると、誰も複雑な顔で同行をする風はなかった。
(クソッ、埒があかん。)
 内心憤怒を起こしたが、表情には出さず、あくまで穏やかに頷く。「では誰か船の操舵でよい男があるか?」と情報を求める。
「それなら――」と、先程の事務の男が手を挙げた。




 ……パウ。荒くれのパウ、という半ば野党のような風貌の男は金さえ与えればなんでも仕事をする男だった。部下も皆、あぶれ者で構成されており事実略奪もする海賊崩れの男たちだった。が、この時勢には寧ろ彼らのような金で仕事を引き受けてくれる男たちは随分重宝された。


 そのパウはガーナッシュ商会支店から離れた沖合の岩礁が群島のように複雑に入り組む浜を根城にしている。海の男たちは常に死と隣り合わせであり、決して楽といえる生業ではない。そのため、よほどの弱兵なんぞより勇猛な男たちも多い。が、先にものべたように、海賊と言っても差し支えない連中。
――さて
教えられた海岸まで足を運んだ。時間がないのだ。グリアは懐のアーマープレートのほつれた紐を摘み、小舟が桟橋のように海の上に架かる道を歩く。足元を注意しながらグリアは岩礁の門とも言える小さな岩礁へ赴いた。





 曇天。鉛イロの空が重く垂れこめた。
 守衛の男たちは最初、この男をよほどの狂人か、と疑った。
「だから、一度貴殿らの長に合わせて欲しい。」
 一九〇センチ近い大男が叫ぶ。他意はなくとも威圧感がある。
 守衛の二人は久しく、このように門前でパウとの面会を求める人がなかった故、困惑をしたが、しかし、戯れかどうか確かめねばらん。と、意気込んだ。
「……おい、貴様。無礼であろう。お頭は貴様のような貧しい浪人とはお会いになられない。さ、立ち去れ。でなければ、叩き切る。」
 と、湾曲刀に手をかける。普通ならばここで立ち去る……そういう計算だった。二人も屈強な男が凄んで、殺気を放つ。余程でなければ、肝を冷やす。
(さぁて、どうするか……)
 と、グリアはそう言われ強面の顔を近づけられつつ、それを間抜けの顔で眺めながら急に背中をクルっ、と回し、白波の海面へと下履きを下ろし、放尿した。思いの外、ジョボジョボと音と泡をたてて流す。


 二人の守衛は全く急な出来事に思わず毒気を抜かれた。普通命のやり取りの場で背中を向けるのは余程の阿呆か……もしくは、よほど人を信用しているお人好ししかありえない。


 さて、しかしいずれも間違いである。グリアは人の呼吸を見、膨張しきった緊張を解く方法を当て嵌めた、ある種の打算から来る立ち小便だった。


「ま、もう少しションベンしている。ん? よければ、貴殿らも俺の隣が空いている。よければ並んでどうだ?」
 ジョボジョボと、海面を突き刺す尿が大きなアーチを描き、満面の笑みを向ける。
ひとりの守衛が肩を上げ、
「わかった。一応取り合ってみよう。」
 驚いた同僚が、
「し、しかし、いいのか?」
「お頭も最近、忙しいらしいが、しかし、こんな変人がまた好きな人でもあるだろう。一度聞くだけ聞いてみようと思っただけだ。」
 それを背中で聞き、容易に止まないイチモツを握りながら、
「恩に着るぞ。」
言いながら、ケツに力が入ったらしく「バン」という乾いた音がした。屁を放った……やや尿の勢いが弱まった。が、これは秘策外の出来事だった。



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