異世界にいったったwwwww
龍山2
 雪目によって、眼球の被膜が焼かれるように激痛がはしる。この時期、山頂付近に堆積する雪は殆どが氷となっており表面は磨かれた鏡のように鮮烈な光を反射した。このように吹雪ともなれば古い雪の上へ柔らかな雪がかぶさり、反射は抑えられる。けれども日中、新雪が剥がれると途端に古雪が太陽光線を反射させ、目にくるのだ。
対策として、様々な道具があるがエイフラムの場合山巓の霊峰とよばれる登山困難ルートを登攀するのだ。通常の装備では効果は殆ど期待できない。
それにしていも、彼……エイフラムは早朝から登りだした。
既に筋肉は疲労困憊であるし、精神的にも限界を超えている。洞窟で飲んだ薬品のおかげで何とか活動はできてはいるものの、依然として苦しい状態であることに変わりはない。エイフラムは自分が何故こんな苦しい思いをせねばらないのか、指先を巖壁の地肌に触れながら考えた。いくら己が志願したとはいえ、困難を想像していたとはえ、実際に体感する極北の苦痛は想像を遥かに超えるものであった。
拭い忘れた汗は水泡の形に凍り、腕を挙げ肢をかける動作の途中で皮膚に張り付いた小さな氷はパリパリと音を立てて剥がれてゆく。激痛に苛まれ、寒風が直後に吹き付ける。正常な息ができなくなる。気絶しかけることもあった。脈が異常にはやくなり、狭心症のような様相を呈する。傷跡は下手をすると化膿する恐れもあった。いや、実際は膿なぞ出来る暇もなく岩肌に張り付き、這うように登っている為に生傷が増えてゆく一方であった。
……殺してくれ、殺してくれ。俺を殺してくれ。その方が楽になる。――いいや、私心だ、これは私心だ……私心だッ。
皮肉なことに、エイフラムの強靭な精神力と理性の箍によって、現状を更に色濃く、深く彼自身を苦しませる結果となった。
「はっ……はっ……はっ。」
呼吸は弱く、まるで肺炎の犬のような掠れて乾いた息がした。現在どれほど登れたのだろうか。一メートル程度が長く長く思われる。しかも、霊峰の山頂である岩肌の一メートルなのである。このような場所での排便は無論衣服の中で垂れ流しとなる。それらの悪臭すらもこのような極寒の領域では無臭となる。とはいえ、それは人間の精神に大きく影響を与える。
人間の器官で最も謎とされているのは嗅覚であるという。この嗅覚は人間にとって思った以上に重要であり、プロの登山家ですら無臭の空間で数日以上過ごすとおかしくなる。我々の生活空間には匂いが常にある。それによって精神は存立している。……が、二三日も匂いが無ければ当然の帰結として〝狂う〟
殆ど視界がない状態で、エイフラムは手触りだけで登っている。なんども落下しかけ、臓腑が嫌な浮遊感に襲われる。
が、それでも尚エイフラムを奮い立たせるのは一個の使命といより、殆ど理由もない自己との格闘である。不甲斐ない自己への徹底的な追い込み。憧れの兄への憧憬と、それに比例する劣等感……。今その全てを曝してエイフラムは自己との格闘をしている。許せないのだ、自分自身を。許せないのだ、死のうとして戦場に赴き、自らの生命を守るために剣を振るって生に執着する本心を……。
「うぉあああああああああああああああああああああああ」
吼える、力の限り叫ぶ――
余計な体力の消耗と知りつつ、しかし、この極限下においてアクションを起こさねば狂人と化してしまうことを無意識で知覚していた。
右手の指先が攀じ登る為の指を差し出す。既に凍傷で皮膚が腐敗した果実のような色合いをしている。
……指は、しかし、全く何も掴みはしなかった。空を掴んだ、という方が正確だろうか。エイフラムは急速な脱力感に苛まれた。それから重力の甘い囁きに似た落下の誘惑を感じた。
落ちる、堕ちる。
頭をその単語だけが廻った。まるで夢の中で落ちるように現実感がなく、寧ろ深い睡眠に流れるような心地よさがあった。血管の濃度が弱まってゆくのがわかる。
と、ほとんど同時だった。
「驚いた。」
烈風に紛れて誰かの声(人間だろうか?)がした。薄い視界には一本の影が己の右手を掴んでいるようにも思われたのだが、五感全ての機能が停止している。そのままエイフラムは失神の淵へと滑落していった。
対策として、様々な道具があるがエイフラムの場合山巓の霊峰とよばれる登山困難ルートを登攀するのだ。通常の装備では効果は殆ど期待できない。
それにしていも、彼……エイフラムは早朝から登りだした。
既に筋肉は疲労困憊であるし、精神的にも限界を超えている。洞窟で飲んだ薬品のおかげで何とか活動はできてはいるものの、依然として苦しい状態であることに変わりはない。エイフラムは自分が何故こんな苦しい思いをせねばらないのか、指先を巖壁の地肌に触れながら考えた。いくら己が志願したとはいえ、困難を想像していたとはえ、実際に体感する極北の苦痛は想像を遥かに超えるものであった。
拭い忘れた汗は水泡の形に凍り、腕を挙げ肢をかける動作の途中で皮膚に張り付いた小さな氷はパリパリと音を立てて剥がれてゆく。激痛に苛まれ、寒風が直後に吹き付ける。正常な息ができなくなる。気絶しかけることもあった。脈が異常にはやくなり、狭心症のような様相を呈する。傷跡は下手をすると化膿する恐れもあった。いや、実際は膿なぞ出来る暇もなく岩肌に張り付き、這うように登っている為に生傷が増えてゆく一方であった。
……殺してくれ、殺してくれ。俺を殺してくれ。その方が楽になる。――いいや、私心だ、これは私心だ……私心だッ。
皮肉なことに、エイフラムの強靭な精神力と理性の箍によって、現状を更に色濃く、深く彼自身を苦しませる結果となった。
「はっ……はっ……はっ。」
呼吸は弱く、まるで肺炎の犬のような掠れて乾いた息がした。現在どれほど登れたのだろうか。一メートル程度が長く長く思われる。しかも、霊峰の山頂である岩肌の一メートルなのである。このような場所での排便は無論衣服の中で垂れ流しとなる。それらの悪臭すらもこのような極寒の領域では無臭となる。とはいえ、それは人間の精神に大きく影響を与える。
人間の器官で最も謎とされているのは嗅覚であるという。この嗅覚は人間にとって思った以上に重要であり、プロの登山家ですら無臭の空間で数日以上過ごすとおかしくなる。我々の生活空間には匂いが常にある。それによって精神は存立している。……が、二三日も匂いが無ければ当然の帰結として〝狂う〟
殆ど視界がない状態で、エイフラムは手触りだけで登っている。なんども落下しかけ、臓腑が嫌な浮遊感に襲われる。
が、それでも尚エイフラムを奮い立たせるのは一個の使命といより、殆ど理由もない自己との格闘である。不甲斐ない自己への徹底的な追い込み。憧れの兄への憧憬と、それに比例する劣等感……。今その全てを曝してエイフラムは自己との格闘をしている。許せないのだ、自分自身を。許せないのだ、死のうとして戦場に赴き、自らの生命を守るために剣を振るって生に執着する本心を……。
「うぉあああああああああああああああああああああああ」
吼える、力の限り叫ぶ――
余計な体力の消耗と知りつつ、しかし、この極限下においてアクションを起こさねば狂人と化してしまうことを無意識で知覚していた。
右手の指先が攀じ登る為の指を差し出す。既に凍傷で皮膚が腐敗した果実のような色合いをしている。
……指は、しかし、全く何も掴みはしなかった。空を掴んだ、という方が正確だろうか。エイフラムは急速な脱力感に苛まれた。それから重力の甘い囁きに似た落下の誘惑を感じた。
落ちる、堕ちる。
頭をその単語だけが廻った。まるで夢の中で落ちるように現実感がなく、寧ろ深い睡眠に流れるような心地よさがあった。血管の濃度が弱まってゆくのがわかる。
と、ほとんど同時だった。
「驚いた。」
烈風に紛れて誰かの声(人間だろうか?)がした。薄い視界には一本の影が己の右手を掴んでいるようにも思われたのだが、五感全ての機能が停止している。そのままエイフラムは失神の淵へと滑落していった。
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