異世界にいったったwwwww
〝親〟子
男は息を荒々しくたてて、もがく様に歯を食いしばった。歯の隙間から黄色っぽい粘液がどろっ、と溢れた。
「ながくはないのだろう?」
ザルが口を開く。まるで、古い友人にでも語りかけるようであった。
「ああ」返事をして、男は首をひねり顎を引き、筋肉を痙攣させた。どう見ても異様であることは明白である。思わず真希は「――あの子、呼んでくる」と言った。だが、壮一が腰を浮かせた真希の腕を掴んだ。
「やめておけ」
壮一の声は明らかに冷え切っていた。真希が「この男」を恨んでいる以上の――なにか別の理由でもあるかのような無機質な対応に真希は動揺の色が隠せずに「……父さん、ここに来てから何かヘンだよ。」と呟く。それは壮一自身も自覚しているのだろう。無言で真希から視線を外した。
僅かに緩まった壮一の指を離れ、真希は外へ出た。
「へっ、いいのかよ?」
男は試すように壮一にいう。おそらくは今、彼は癲癇発作に似た症状を引き起こしているのだろう。どうにもできるものではない。
壮一が男を無視し、胡座をかく。幾重にも覆われた薄闇のヴェールも慣れてくれば意外に不自由はない。そんな折り、真希が少年を連れてきた。
少年は痙攣を起こしている〝父〟に急いで近寄りボロ布や薬草の葉で塗り固められた男の躰を摩る。水瓶から水を器に注ぎ、口元まで運んで飲ませてやる。しかし、男は「ウッ」と大きく叫び黄色い粘液と共に嘔吐する。
すぐ地面に汚泥のシミが広がった。
――この男が、元凶なんだ。
真希は目の前の光景を眺めながら、どこか他人事のように虚ろな目つきで仔細を追う。砦跡に残された死骸に感じた哀れさはなく、さりとて激昂していた時ほどの感情でもなく、肉体の持つ物理的な限界とか、それをカバーする補助者への同情心やらを綯交ぜにした考えが去来する。
薄い闇に覆われた父は本当に不気味だった。こんな不気味な顔はあの砦の脱出の時ですら見たことのないものだ。
「……それ以上、お前の父でない他人の面倒をみるのは辛いだろう」唐突に壮一が少年に向かい訊ねた。
補助をそれまでしていた少年の動きが止まり、恐る恐るという様子で背後の壮一に向き直る。あくまで壮一は自然に語りかける。
「それは、その肉塊はお前の親父じゃない。だのにどうして庇う? 最悪は都市国家の落ち武者狩りに見つかれば即処刑だぞ?」
冷たく言い放つようだった。
少年は暫く考え込んだ。しかし、特に何も考えているわけでもなく口をぱくぱくとしたきりだった。
「お前はどうだ?」
今度は布切れに巻かれた男に問うた。些かキツイ言い方。真希には壮一の不可解なまでの執着に不信感を抱いた。
「どうして? この子にまで……」「真希は黙っていろッ!!」激しい語調で娘を嗜める。
「……ヘッ、ヘッ。よく言ってくれたな。お前の言うとおりさ。だがな。簡単に死んでやる訳にはいかんのだ。オレみたいなモンでもな。いなくなるとこの坊主は一人ぼっちになるらしい。オレはこいつの玩具にでもなっているのか分からん生活をしているが、正直こうして肉体は辛いが、坊主の気が済むまで好きにさせてくんねぇか? 〝父〟としてお願いする。」
「随分と殊勝な心がけだな。――それを、グリアの前でも言ってやってくれ。」
と、男はその名前に打たれたようにひどく乏しい表情の筋肉を動員して歪ませた。しかし憑物が落ちたように筋肉を緩める。
「そうさな。そうできればな。だが、無理だ。どうやら、壮一? か。アンタがいった通り、この坊主は禁忌を犯した。オレは狙われている。生きていれば責任を取らねばならん敗残者さ。が、どうだい。この坊主のおかげでピンピン生きてる。」
最後の精一杯の皮肉が悲愴だった。この男は外見以上に惨めで哀れな男なのだ。……今は私心ではなく彼の為に剣で一突きしてやりたい同情の気分に真希は誘われた。
「見つかればどうなる?」
「この坊主は公開処刑だ。」「村の連中は知っているのか?」「恐らく……。いや、外の様子は分からん。だが、僅かだが賞金もあるはずだ、オレの首に。」
一同をよそに少年は父と同様、グルグル巻かれた包帯の間の眼から父と3人を窺う。
「バカなことをしたな。今からでも遅くねぇ、坊主だけでも助けてやるべきだ。」ザルが珍しく太い声でいう。
だが、男は首を振った。
「本当だったら、逃げる機会なんざいくらでもあった。この坊主はな。だが、違う。逃げねぇ。バカだな。ガキってのは。一度そう思い込むと小鳥みてぇだ。ただ――」
と、男は付け加える。
「あんたらにお願いだ。この坊主だけは――」と言いかけたところで、少年は言葉を遮るように喚きだした。どうやら、嫌だ、嫌だ、と言っているらしい。
「確か、この近隣に定期市の街がある。そこなら、いろんな奴らがいるから村よりもいいかもしれねぇ。山でもバレる時はあっという間だ、何より都市国家の足元だからバレにくいだろう。」
男は掠れた声でいう。
「お前はどうする?」ザルが片膝を折り、男の前にきた。
「首を差し出すさ。そうさな――そこの娘さん。オレが憎いって言ってたな。好きにしてくれ。」
「……今更。」
「何、今更でもねぇ。テントにきた時の剣幕でやれば容易なことだろう。どうした? 手を汚すのは嫌か? 口だけか?」
挑発するように、煽る男。
すると、突然に少年は男の布切れや包帯の切れ端の張り付いた胸板にすがりつき、泣き出した。鼻水も滴らせて泣き出した。
「離れたくナイ。オデ、も一緒に首ハネられる。」
ひどい訛りだった。真希には埃っぽい眼鏡越しに、以前の自分の姿を二重写でみているようだった。因果というものがるが、そういう言葉を信じてこなかった真希も人の世の不可解さに言いようもない苦さを覚えた。
「やめておきな。そうさな――オレの言うとおりにしろ。え? 定期市にいく。そこでお前は暮らす。どうだ? 楽しいだろう? 幸い、お前の貯めている金もあるのは知ってるぜ。オレと生きる金だろうが無駄だ。諦めな。もう長くない。それに……」
といったところで、男は咽が潰れてしまったようにまた大きく荒い息を求めた。
(この人は涙も流せないんだ。でも、泣きたいんだ……)
真希は悟った。が、腕の傷口は輪切りになって、古い皮膚肉が次々に白いうねうねと蠢く蛆に蝕まれている。このまま生かしても、この男には地獄だ。それでも少年にとっては僅かな希望なのだ。
どうしてこの異世界は無情なんだろう……いつも、誰か、小さくて粗末な希望に縋りつくことすらできない。健気に生きる人間はいつだってバカをみる。ほんの僅かな幸せを求めると、社会が許さない。まるで、太陽にとかされた蠟の翼みたいに堕ちていく。
〝敵〟とは一体なんなのだろうか?
危うく父に言いたくなった。その壮一は、瞑目していた。
「一日。一日猶予をだそう。その代わり、お前たちの行く末を決めろ。」壮一がいった。父の本心はつかみ兼ねるが、それでも真希はうれしくなった。
「ながくはないのだろう?」
ザルが口を開く。まるで、古い友人にでも語りかけるようであった。
「ああ」返事をして、男は首をひねり顎を引き、筋肉を痙攣させた。どう見ても異様であることは明白である。思わず真希は「――あの子、呼んでくる」と言った。だが、壮一が腰を浮かせた真希の腕を掴んだ。
「やめておけ」
壮一の声は明らかに冷え切っていた。真希が「この男」を恨んでいる以上の――なにか別の理由でもあるかのような無機質な対応に真希は動揺の色が隠せずに「……父さん、ここに来てから何かヘンだよ。」と呟く。それは壮一自身も自覚しているのだろう。無言で真希から視線を外した。
僅かに緩まった壮一の指を離れ、真希は外へ出た。
「へっ、いいのかよ?」
男は試すように壮一にいう。おそらくは今、彼は癲癇発作に似た症状を引き起こしているのだろう。どうにもできるものではない。
壮一が男を無視し、胡座をかく。幾重にも覆われた薄闇のヴェールも慣れてくれば意外に不自由はない。そんな折り、真希が少年を連れてきた。
少年は痙攣を起こしている〝父〟に急いで近寄りボロ布や薬草の葉で塗り固められた男の躰を摩る。水瓶から水を器に注ぎ、口元まで運んで飲ませてやる。しかし、男は「ウッ」と大きく叫び黄色い粘液と共に嘔吐する。
すぐ地面に汚泥のシミが広がった。
――この男が、元凶なんだ。
真希は目の前の光景を眺めながら、どこか他人事のように虚ろな目つきで仔細を追う。砦跡に残された死骸に感じた哀れさはなく、さりとて激昂していた時ほどの感情でもなく、肉体の持つ物理的な限界とか、それをカバーする補助者への同情心やらを綯交ぜにした考えが去来する。
薄い闇に覆われた父は本当に不気味だった。こんな不気味な顔はあの砦の脱出の時ですら見たことのないものだ。
「……それ以上、お前の父でない他人の面倒をみるのは辛いだろう」唐突に壮一が少年に向かい訊ねた。
補助をそれまでしていた少年の動きが止まり、恐る恐るという様子で背後の壮一に向き直る。あくまで壮一は自然に語りかける。
「それは、その肉塊はお前の親父じゃない。だのにどうして庇う? 最悪は都市国家の落ち武者狩りに見つかれば即処刑だぞ?」
冷たく言い放つようだった。
少年は暫く考え込んだ。しかし、特に何も考えているわけでもなく口をぱくぱくとしたきりだった。
「お前はどうだ?」
今度は布切れに巻かれた男に問うた。些かキツイ言い方。真希には壮一の不可解なまでの執着に不信感を抱いた。
「どうして? この子にまで……」「真希は黙っていろッ!!」激しい語調で娘を嗜める。
「……ヘッ、ヘッ。よく言ってくれたな。お前の言うとおりさ。だがな。簡単に死んでやる訳にはいかんのだ。オレみたいなモンでもな。いなくなるとこの坊主は一人ぼっちになるらしい。オレはこいつの玩具にでもなっているのか分からん生活をしているが、正直こうして肉体は辛いが、坊主の気が済むまで好きにさせてくんねぇか? 〝父〟としてお願いする。」
「随分と殊勝な心がけだな。――それを、グリアの前でも言ってやってくれ。」
と、男はその名前に打たれたようにひどく乏しい表情の筋肉を動員して歪ませた。しかし憑物が落ちたように筋肉を緩める。
「そうさな。そうできればな。だが、無理だ。どうやら、壮一? か。アンタがいった通り、この坊主は禁忌を犯した。オレは狙われている。生きていれば責任を取らねばならん敗残者さ。が、どうだい。この坊主のおかげでピンピン生きてる。」
最後の精一杯の皮肉が悲愴だった。この男は外見以上に惨めで哀れな男なのだ。……今は私心ではなく彼の為に剣で一突きしてやりたい同情の気分に真希は誘われた。
「見つかればどうなる?」
「この坊主は公開処刑だ。」「村の連中は知っているのか?」「恐らく……。いや、外の様子は分からん。だが、僅かだが賞金もあるはずだ、オレの首に。」
一同をよそに少年は父と同様、グルグル巻かれた包帯の間の眼から父と3人を窺う。
「バカなことをしたな。今からでも遅くねぇ、坊主だけでも助けてやるべきだ。」ザルが珍しく太い声でいう。
だが、男は首を振った。
「本当だったら、逃げる機会なんざいくらでもあった。この坊主はな。だが、違う。逃げねぇ。バカだな。ガキってのは。一度そう思い込むと小鳥みてぇだ。ただ――」
と、男は付け加える。
「あんたらにお願いだ。この坊主だけは――」と言いかけたところで、少年は言葉を遮るように喚きだした。どうやら、嫌だ、嫌だ、と言っているらしい。
「確か、この近隣に定期市の街がある。そこなら、いろんな奴らがいるから村よりもいいかもしれねぇ。山でもバレる時はあっという間だ、何より都市国家の足元だからバレにくいだろう。」
男は掠れた声でいう。
「お前はどうする?」ザルが片膝を折り、男の前にきた。
「首を差し出すさ。そうさな――そこの娘さん。オレが憎いって言ってたな。好きにしてくれ。」
「……今更。」
「何、今更でもねぇ。テントにきた時の剣幕でやれば容易なことだろう。どうした? 手を汚すのは嫌か? 口だけか?」
挑発するように、煽る男。
すると、突然に少年は男の布切れや包帯の切れ端の張り付いた胸板にすがりつき、泣き出した。鼻水も滴らせて泣き出した。
「離れたくナイ。オデ、も一緒に首ハネられる。」
ひどい訛りだった。真希には埃っぽい眼鏡越しに、以前の自分の姿を二重写でみているようだった。因果というものがるが、そういう言葉を信じてこなかった真希も人の世の不可解さに言いようもない苦さを覚えた。
「やめておきな。そうさな――オレの言うとおりにしろ。え? 定期市にいく。そこでお前は暮らす。どうだ? 楽しいだろう? 幸い、お前の貯めている金もあるのは知ってるぜ。オレと生きる金だろうが無駄だ。諦めな。もう長くない。それに……」
といったところで、男は咽が潰れてしまったようにまた大きく荒い息を求めた。
(この人は涙も流せないんだ。でも、泣きたいんだ……)
真希は悟った。が、腕の傷口は輪切りになって、古い皮膚肉が次々に白いうねうねと蠢く蛆に蝕まれている。このまま生かしても、この男には地獄だ。それでも少年にとっては僅かな希望なのだ。
どうしてこの異世界は無情なんだろう……いつも、誰か、小さくて粗末な希望に縋りつくことすらできない。健気に生きる人間はいつだってバカをみる。ほんの僅かな幸せを求めると、社会が許さない。まるで、太陽にとかされた蠟の翼みたいに堕ちていく。
〝敵〟とは一体なんなのだろうか?
危うく父に言いたくなった。その壮一は、瞑目していた。
「一日。一日猶予をだそう。その代わり、お前たちの行く末を決めろ。」壮一がいった。父の本心はつかみ兼ねるが、それでも真希はうれしくなった。
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