異世界にいったったwwwww

あれ

外伝1⇒墓標

  黒馬の砦は嘗ての面影を失っていた。そこにはただ、残骸と呼べるような状態の硬質な岩盤に無数に刳り貫かれた四角い穴と、死骸、死骸、死骸。人間の死骸が骨とも、皮のへばりついた辛うじて人間の風情を保っている死体もあった。それが、果たして黒馬の側か、或は敵側か分からない。






 真希は暗鬱な気持ちを抑えていた。それは、これまで〝敵〟だと思っていた連中がこんなにも哀れで無残な死体の姿を晒している様子が一様に虚しく思えた。例えば映画の「家族」を思うシーンが、大抵死に瀕した兵士が追憶などをする。




 だけど、そういう陳腐な哀しさとは違う。いうなれば、そう。存在の――肉体の脆さへの虚しさを、真希の瞳を通して共感と、それ以上の恐怖によって克明に脳裏に刻まれた。






 生きることは、死ぬ奴らを見送らねばならない。自分の意思に関わらず……。






 馬脚は幾重も覆う薄い夜闇を進む。昨夜の雨の柔泥を踏み荒らし、砦の外部に位置する森へと向かっていた。それは、墓標を作るためであった。






 3人は殆ど人気のない周囲を、しかし、注意深く探索しながら麻の大袋で遺骨を丁寧に拾い上げてゆく。全部の骨を埋めることは不可能に近い。だから、限られた時間でできる限り埋葬してやる。昔、誰かが言っいていた。


 『葬式ってのは、死んだ人間の為じゃなくて、残された人間の気が済むためにやるんだ』って。昔何かの本で読んだのかな、と真希は悴む手を何度も握り直して手綱を引き、馬の首を撫でてやる。






 「真希、本当はオレはここに連れて来たくはなかった。」




 ボソリ、と呟く。




 「どうして?」




 ――夜。不気味なほど静かで、梟の鳴き声が地平線まで届くほどにうるさい。それに重複するように羽虫も騒ぐ。けれども、明瞭にその言葉を聞き取れた。




 「あの時、オレが死んで、それで……あの児たちをどうして連れて行ってやれなかったのか。いや、なんでもない。忘れてくれ。」




 「――? わかったよ」真希は不思議そうに首を傾げた。




 けれども、違う。本当は真希はきちんと父が何を言いたかったのかわかっていた。そして、一時期自分が忘れてはならない人の「名前」すら思い出そうとしなかったことの贖罪が、胸を少しずつ蝕むように思えて仕方なかった。






 だから、せめて父の事は知らない振りをすることにした。恐らく、娘の自分がそれ以上踏み越えてはならぬ場所のように感じられたから。






 「よぉ、お二人さん。そんで、7往復目だ。あとどれくらい運ぶ?」二騎の後ろをザルが追ってくる。




 「ああ、ザル。そうだな。とりあえず、今日はこれで終わりにしよう。しかし、驚いたぞ。」






 「ん? 手紙のことか?」






 「ああ。」






 壮一は右手に掲げたランタンをザルに向け、微笑する。困った色が多分に含まれていたが。






 そう、その手紙とは、グリアが出航の直前、ザルに手渡したものであった。








 『ん? どうしたこの手紙?』




 砦にたどり着く直前の道のりで、急にザルが二人を呼び止め、裾から一枚のくしゃくしゃに汚れた紙が手渡された。




 『あんたなら、文字を読めるだろ? オラァ、読めねぇ。簡単な文字しかな。』




 『ああ、お安いご用だ。』




 壮一は、異世界に来てから、日々こちらの文字を読んで研究していた。回路石は通常の会話を行わせる機器であっても、文字までを変換してくれるものではない。……尚、真希は簡単な文字しか読めないので、ザルと同程度という訳であった。








 《拝啓 壮一、真希、ザル殿。この度、誠に勝手ながら我らの同胞の埋葬のために敢えて危険な場所に向かわせることを許して欲しい。それと最大限の感謝をしている。我らの同胞を一人も選抜しなかったのは未だに心の傷が癒えていないことが原因だ。恐らく、私自身、正気を保つ自身がない。敵の死骸を見れば鞭をくれてやる気がして、その予想が容易に想像できる自分を嫌悪している。だからこそ、諸君にお願いしした。また、無礼を承知で書くが、同胞を砦から離れたマロニエの木の下に埋葬していただきたい。昔から死者はマロニエの木の樹冠と決まっている。もし、それをして頂けるなら幸いだ。しかし、そこに辿りくつだけでも苦労だろう。部外者のような君たちには感謝の言いようがない。本当にありがとう。》




 と、壮一は音読して聞かせた。




 真希は所在なさげに視線を彷徨わせ、ザルは何かをいうべきか悩み、結局口をすぼめ諦めた。


 『そういう訳だ、協力してくれ』




 壮一はいつもの通りの調子だった。














  ――マロニエの木、はこの黒馬の民が砦に拠ったときから宿命づけられた彼岸と此岸を分ける架橋と考えられてきた。






 燦然と輝く星星の光線が今は痛いほどに地上に降り注ぐ。恐らく、地球の、それも日本にいれば全く体感できないような星と自己を隔てるモノなど何もない感覚。それは恐怖でもあった。まるでずっと見つめると恰も夜の底に落ちそうな気がして、たまらなくなる。






 真希はじっと、天を仰ぐ。眼鏡を通じてみているから余計に鋭く反射するのだ。






 「ナターシャ。ナターシャ。」






 かつて、幼い友であった者の名。大好きだった、人の名。そして、今、自分のように誰かを埋葬するために、極寒の地殼で爪先で穴を掘った優しい子。




 真希は甘栗色の数本残った長い髪の髑髏を胸で抱え、マロニエの木のすぐ傍で膝をついて、一心不乱に指先で穴を掘る。外気は冷たく、吐く息も冷たいのに、土は、土壌は思ったよりも暖かい。




 人が死ぬことはこんなにも容易いんだ。どれだけ、大切な人でも、離れたくない人でも消えてしまう。












 そんな当たり前が、やっぱり、どうしたってイヤだった。














 太い枝の隙間から星が点在していて、だから一陣の風が来るたび、葉音が重低音を奏でる度に時々顔をあげて目前に迫るような星をみる。何の慰めにもならない。大昔の人間は星を死者になぞらえ、だからいつも一緒にいるから寂しくないと言い訳したらしい。




 (ありえないよ。)




 少なくとも、自分はそんなロマンチストにはなりえないと思った。




 それと同等にショックを受けた、敵の死骸。あれほど憎んで、憎んで、にくかった人間たちが死んじゃったらあんなに惨めでちっぽけで、哀れで寂しくて……。そんな感慨を持ってしまう自分にまた真希は自己嫌悪した。






 分からないことが多すぎる。理不尽なことが多すぎる。そして、自分はこの世界で生きるには余りに非力すぎる、と何度自戒してきた文句がまるで新しい標識のように真希に警告するようだった。








 すぐそばで作業していたザルと壮一は、大粒の汗をぬぐい、躯から湯気が濛々と立ち上っていた。外気は尚温度を下げているにも関わらず、躯だけは悪戯に暑くなる。






「もうこの辺にしておこう。あとは、明日。様子をみて」ザルがそう言った。壮一に異存はなかった。真希はただ、この世界の不条理を改めて噛み締めるために、闇に濡れた地面を見つめていた。


 そうして、3人の去り際に、ふと真希は馬上から後ろを振り返る。地表にいくつも打ち立てられた菱形の墓標は枝の隙間を縫い、燦とした星の降り注ぐ流れに白く白く照らし出されていた。




 それは悲しい輝きのようだった。






















 それにしても、妙だ。




 ザルが、言う。3人は馬を棕櫚の木に手綱を締めていた。そこは現在地の、城郭の最外部でかつて火槍で攻撃した場所でもあった。石灰質な手触りと、胡座をかいたときに首筋に触れるギザギザした肌触り。……そして、焦げ臭い匂い。


 「どうして、お前の娘は自分から哨戒を?」


 「……ああ、そうだな。好きなんだろう。」とぼけたように壮一はいい、アクビをした。


 真希は一人で、やや離れた場所で四角い穴の前に佇んでいる。交代で見張りをするためだ。このポイントが敵をいち早く索敵できるから。けれど、それ以外に理由はある。




 (多分、今日は眠れない。)




 自分が高ぶる神経だという自覚が真希にはあった。暗視ゴーグルを首にかけて、思い出したようにゴーグルをかける。こなんなことでは見張りは失格だ。けれど、それでいい。本当はザルも壮一も真希が見張りを正確にできるとは思っていない。壮一はあらかじめ熱音源が一定の範囲に及んだ場合、携帯端末の装置が振動するように、仕掛けをしておいた。また、音は3人の耳にあるインカムでしか伝わらない為に位置がバレにくい。






 ずっしり、と重いAkが肩に深く食い込む。イーターを退治する方法は結局のところ、馬を交換する際に壮一が情報を仕入れたらしい。というのも、イーターは塩に弱い。塩は古今東西、どの宗教でも清めの意味合いが強いものである。しかし、この場合、つまりイーターについては違う。




 半幽体の連中を現実世界につなぎ止める、つまり塩を振りまくと実体をもつのだ。そこを武器で殺す。






 だから、真希の腰ベルトには小分けの塩がある。










 前髪が妙に擽ったい。真希は二三度手櫛で整え、ブーツのつま先で、床をコツ、コツと叩く。








 ―ーとその時だった。






 ヴィイイイイイイイイイイイ。とけたたましい音源がなり響く。瞬間、3人の躯に緊張の電流がはしった。インカムにはなおも音が断続的に発生した。




 まさか、敵だろうか?






 すぐさま壮一が真希に「下の西南西側、急いで覗いてくれ」という。




 真希は暗視ゴーグルを着用し、遥か下方の闇をみた。






 ……そこには、歪に蠢く1つの熱音源があった。外見からも人間であることは明白だった。






 「殺すか?」ザルが声を潜め、いう。






 「何人だ?」






 「一人。たった一人。」




 確認しよう、と緊張した声で壮一が伝える。真希は頷くと、AKを構え、安全装置を確認して早足で相手の付近までゆくことにした。





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