異世界にいったったwwwww
三十四
「伝えよ、左翼の騎馬隊はこれより突撃をさせる。キャパも砦の防護からいくらか割かせてでもこちらに向けよ。一気にカタをつける」
ガルノスは、約一週間目に決断した。相手も地形利用などで向こう岸から攻撃を仕掛ける。衞軍もまた川を渡り、攻撃をいくつか行ったものの決定となるものにはならなかった。
左翼、騎馬約四三〇〇は、赤い翼の紋章が描かれた軍旗を翻し、突撃の前の妙な静けさにいた。最前列の軍馬が馬脚を跳ねさせている。長槍の穂先は鋭利に輝いた。
……六刻と半過ぎ、朝靄は低回する。
隊列を組み直す音が暫く河原の岸近くで続いた。最も、その整然とした陣容はすぐに薄靄に隠れた。
「はい。はい、ではこれより突撃致します。」
ヘルムを被った騎馬隊の隊長が、伝令兵の知らせに応じ手綱を引き閉める。
連戦練磨の騎馬隊は、数千の肩を並べてその時を待つ……。
ガルノスがやがて、騎馬隊の中央に単騎で駆けつけ、息を喘がせつつ、しかし勇壮な表情で全兵士に叱咤激励を述べた。そして、天に高らかと腕を振り上げ、そして悠然と振り下ろす。
――ビュン。
短く空を切った。
「突撃開始、突撃ィィイイイイイイイイイイ!!」
それと同時に幾千もの馬脚が静かな流れの青い川面に殺到した。飛沫は、騎馬隊の鎧に張り付き、雫をこぼす。衞軍は魚鱗の陣を執ったガルノスは、颯の進行速度で渡る軍を見送る。
彼の周囲だけは、僅かな円形の空白が生まれていた。……それは、見慣れた味方の死への葬列とも似通っていた。
一
衞軍は、その七日間を着実に勝利の布石として固めていた。まず、部族軍が固まることを織り込み済みで後方から圧倒的な速力で圧力をかけつつ、戦線を攪乱し、しかし初戦は前方の突撃で陽動すること。
キャパは、千の兵を砦に残し、残りで山々を踏破し、その眼下に開けた戦場をみた。
人間同士がぶつかる川は、突撃する騎馬隊と小競り合いする敵を確認する。と、遥か彼方の支流に退路を確保する部隊を見つけた。
「あそこにいると厄介だ……だが、まず主戦場を掃除してからだ」
再び、渦を巻く黄金の鬣の馬首を撫でた。
「全軍、攻撃開始!」
深紅の長方形の翼の軍旗は峰を縫うように列を組み、なだれ込む。四千ほどの軍は事実上ガラ空きとなっており、殆どの部族がバラバラに斜面に展開していた。そのため、キャパの掃除という表現は伝え聞いている歴史書の中でも屈指の文句として紹介されている。
二
やはり、というか当然であるが、衞の軍の騎馬隊は凄まじい攻勢を波状攻撃の如くしかけ、また新たな戦力として次々と兵を繰り出す。部族軍の前線を指揮していた武将は、苦い思いをしながら、必死に弓の射撃で応戦する。
なんといっても初戦の損害により、今や厭世的な空気があり、また目前の激烈な攻勢に各部族からの連絡が半ば途絶しかけた。それというのも、脱走兵が出始めているらしい。
一直線になった戦線は、じつは細かな点で綻びをみせた。
まず、伝令の錯綜と、それに付随する意思疎通の劣化。それは、軍隊という組織を瞬時に酸化させる効果をもっていた。
「大変です」
伝令が、部族軍前線指揮官の顔を青くさせた。
「な、なにィ!? 本陣付近に……敵軍だと!? あの、支流を狙う、いや、無視したのか!! ベンは何をしている? クソッ、ええい、前面を抑えつつ、こちらも……」
二の句をつごうとした時、丁度衞の軍が飛ばした矢の一撃が指揮官の顳かみを貫通した。頭部を貫いた矢尻は兜の端から端を破っていた。
「ヒィいいい」
伝令兵は腰を抜かし、遁走する――。
三
二刻も持たず、部族軍は会戦において敗北をした。まず、前線は指揮官の戦死により混乱。さらに本陣強襲というデマを流したことにより、本陣付近の同様は尋常でなく、それに加え前線の崩壊が決定打として戦闘を決めた。
そうなると、もはや戦争というより、狩り、狩猟である。逃げゆく各部族の部隊をまず前線から圧倒する衞の精鋭騎馬隊が潰してゆく。地面に次々と骸が饗せられる。次々、次々、また次々と、新鮮な血液が躑躅や葦の茂った表を塗りつぶしていた。切り刻まれた死体。穴の空いた死体。潰れた死体。全て、数刻で山となった。
「反抗、反撃するものには容赦するな。殺戮せよ。投降するものには温情を与えよう。」
ガルノスは、自ら僅かな部下とともに川を渡り、叫ぶ。
自ら左手に剣を抜き身で携え叫ぶ。
ガルノス自身は手応えのある戦であると思った。彼自身、大規模な戦闘を指揮するのはそれこそ王朝討伐以来であるから、生きた心地がしている。
「だいぶ敵も組織的に動けんだろう?」
傍の老将に語りかける。
「ええ、ですが、どうやらキャパの動きが鈍いようで……あの狼煙から友軍で一気に包囲殲滅をする合図を出してますぞ」
山の中腹あたりから煙が二本ほどあがっていた。それは珍しく、キャパが慎重になっていることにほかならない。彼は豪胆とともに繊細さもかけあわせた男である。
「ウム、では早速援軍に向かわせよ。」
ハッ、と老将は伝令を呼び、合図した。
(珍しいな)
ガルノスは剣を鞘に収め、眺めた。
四
「やっぱり敵さんおいでなすったぜ! まさか前後挟み撃ちを喰らうとはなァ。だから砦に五〇〇は不足だっていったのによォ」
ベンは言いつつ、一四〇〇の兵を簡易陣地から、しっかりと統率する。
まず、この自分たちがいる場所は主要道に繋がり、そこから再起の機会があるだろう……であるならば、一旦撤退するしかない。
自然友軍はこの街道にくる。問題はどれほど組織だった抵抗のできる兵士がここを通るのか? もしただ逃げ出した敗残兵ならば容赦なく殺す。でなくば、戦う意思を示させるために、この場所の先陣に配置する。
ベンは冷徹な戦術の眼で戦況を逐一みる。もう敗色濃厚であり、じき本陣が退去してくるだろう。
果たして、ベンの予想より早く瓦解した部隊が次々とこの道に殺到してきた。まるで統率のない家畜のようだった。
ベンは、隘路に混乱した兵士はいらぬ、と思った。まず、弓で友軍を攻撃するように命令した。
五〇〇の兵の弓箭が唐突に点から降り注ぐ。――まさか、裏切りか!? と疑われたが、いやどうして、指揮官のベンがユルユルと街道に姿を現し、ついで真意を語り後ろの道を〝整然”と通行するように呼びかけた。だが、威嚇射撃以上の攻撃にすっかり及び腰の兵隊たちは、沈んだ混乱を孕みながら、しかし渋々撤退していく。
(面倒な連中だ。)
味方ながら、あのように無様な様子は見たくない。それに、彼らは本来重要な作戦の役割を担っていた中核の部隊だ。それを、戦場を放棄して逃げたのだ。腹に据え兼ねたベンは前線の仲間の憂さ晴らしを兼ねて攻撃した。殆ど私怨と軍規に照らし合わせた行為である。
その始めの通過からすぐ、また次々と、友軍のボロボロになった姿が見える。
「きけ、ここは我らが殿軍を務める。ゆかれよ」
ベンはいよいよ味方の後方にある敵の層を発見し、動悸をはやめた。
五
キャパは突如、左を崖、右を勾配のキツイ斜面、そして全面に柵が張り巡らされた簡易陣地に出くわした。やはり、ここを最初に潰すべきだったと後悔した。しかし、敵は手練だということも理解できた。
目前の肉壁ともいえる敗残兵を蹴散らしながら、騎馬と軽弓隊の連携で攻略を図ろうとした。が、あえなく、あしらわれた。このように限定された空間では数の優位が生かせない。また敗残兵の障害がうまく作戦を運ばせてくれない。また、自軍の後方から次々と敵軍の殺到が確認されている。
「ええい、そうか、そういうことか。消極的な戦闘が狙いか。にげる連中を戦力にしてここで……」
苛立ち紛れに感嘆した。
それから、彼自身はランスを持ち、一次戦線を引く決意をした。
六
ガルノス本体抽出二〇〇〇、キャパ隊四〇〇〇、異母兄弟の隊一二〇〇、合わせて七二〇〇余りが半包囲を加えながら最後の追い込みをかけた。まず、各地で散発的な反抗をした部隊を一気に騎馬で潰していく。さらに、軽弓隊で残存部隊を削り、また大兵で押しつぶす。
これにより、殆どの部族軍は敗走に移った。――だが、ここで問題が起こった。それは、退路である主要街道に連なる山道の口を敵軍が抑えていた。短期決戦を決めていたため、退路くらいはくれてやると衞のガルノスは思っていた。
しかし、戦闘の不規則性と合わせた敗走の速さ、そして退路が唯一しかないという元では、自然包囲から移行し、殲滅に近い形をとるよりほかなかった。
「なにをしている、いけ、いけ」
異母兄弟は、陣形を長蛇の陣に敷、兵を殺到させる。包囲が崩れたが、それよりも、敵を押し込めることを優先してしまった。
続いて、キャパは着実に鶴翼の陣で応戦しつつ、ジリジリ戦線を狭めた。撃ち漏らしのないようにと。更に、それを支援する老将は、山岳戦に不利な騎馬を控えさせ、徒歩中心で対応する。
が、何分、刻一刻と撤退する部族軍というもはや奔流となった集団を相手にするのは難しい。更に、戦術家のベンが長のなくなった部隊を吸収しつつ防護戦闘をするために、うまくゆかない。それどころか、攻撃側の損害が段々増えてきている。
「ええい、ままよ、まず一番乗りじゃ!!」
と、やや開けた点から衞の部隊長が三〇〇の兵を引き連れ突出した。
ベンは新たに指揮下にはいった兵を混ぜた一三〇〇ほどを引き連れなんと、攻勢にでた。丁度草原と斜面の中間と境で、偃月の陣を執る。次々と追い落とされるように、崖へ転落させていくように、ベン自ら先頭にたち、巧妙に敵を撃破する。あの傲慢な三〇〇隊長も既にこの世にない。
と、再び撤退の運動をした。それをすかさず、異母兄弟が、突撃をかけ、混乱を狙った。
馬の尻を向けていたベンは迷わず、指揮棒をかざし、命令した。戦闘を繰り返しながら鮮やかに熟練兵を中心に雁行の陣へと移行する。無論、新兵や慣れない兵を後ろに下げつつ、後ろの守りや別部隊の熟練兵を合わせて、部隊を完成させる。
見事な用兵に異母兄弟は舌を巻いた。
「なかなかの戦術家だ惜しい。」
その余裕も掻き消え、すぐに彼の軍団も撃破寸前まで追い込まれた。
危うくキャパが助けにきて、事なきをえた。
そして、悠々と陣地へ戻る。
「くそっ」
歯噛みしながら、キャパはこの地形を呪った。やがて、後続から連絡でガルノスが来ると知った。そこから、着実に戦闘は峻烈を極め、ベンは総勢二五〇〇という兵力でジリジリ後退しつつ、全面の名将たちと矛を交えた。
(えええい、なんだ連中)
ベンは心中焦りながら、しかし、着実にこれまで戦場で培った方法で対処する。
この時、後世にガルノスは「あの男があれば軍団は安心」と言ったという。堅実かつ粘り強くあるベンの用兵を注目していた。
が、どうして、天下に謳われた精鋭軍である。衞は着実に部族軍を壊滅させ、捕虜にし、その日の夜が来るまでに首を多く挙げた。
殿軍のベンは、もはや、ガルノス指揮下の最強軍団の前に、疲弊しきった戦力で守ることを諦め、部隊を統率すると急いで遁走した。
が、その時戦場に残っていたのは死体だけであった。また、無様だが効率的な遁走にガルノスは敢えて追撃を止めさせた。
こうして《遠州》攻略会戦は異様な速さで収束した。鮮やかな勝利にガルノスはこれからの戦略を構想した。
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