異世界にいったったwwwww
二十六
関門の別れより、三日ほど経過した。ようやく故郷にたどり着いたガルノス一行は疲れた馬脚を休めることもそこそこに、戦の準備を手配するため、一旦部下を解散させ、ガルノスは城に戻った。すると、城の守りを固めていた守備の要の武将が回廊を歩くガルノスに耳打ちした。
その人物の名前を囁かされた時、彼は青白く冷たい肌に生気が帯びた。
「おや、我が主殿、また痛々しいご様子ですなぁ」
執務室に待っていた意外な人物に苦笑いを漏らした。
「……ハッ、貴様らしい物言いだ。ガンツ」
ガンツ、と呼ばれた男は禿げ上がった頭を一撫でしてわずかに頷く。黒い詰襟の軍服が壮年の男性というよりは鍛え抜けれた戦士の面影を今だ連想させる。この黒い詰襟の軍服はつい数年前に採用した、珍しい《播》の国の軍服とされた。甲冑を身に付ける騎士団とも違い、国家に奉仕する兵士としての自覚を持たせる効果を狙ったらしい。
「それで、貴国との盟約に答えよう。軍事同盟を結ぶ。それで依存ないか?」
ガルノスは窶れた様子で、しかし目のみはいたずらに炯々と光、妖しい表情を浮かべる。
「ええ、結構です。それでは、こちらは国王――いえ、まず議会に通して決議致します。我々は一応議会を持っております故」
「ふむ。議会……か、確か《播》の国は法治国家という者を導入しておったな」
ガルノスは些か、嘲笑と興味の混じった声で応じる。
法治国家……と言っても、現今の我々の識るソレとは違う。まず、構造として「国王」「議員」「教会」の三者が主権者として均衡をしている。さて、ではどこに「法律」の介在余地があるだろうか?
それは、〝神の信託”という一文字による法律の拘束力である。
つまり、この場合「教会=司法」と捉えられてよい。かといえ、あくまで教会の発言権は国内の教会圏に限られあくまで宗教上の法律を国家運用に応用しているに過ぎない。
更に、中世規模の国家であれば細かい法律は必要とされず村や、街、地方自治体の裁量に任された。
そういう意味では、原始的な法治国家と言って良い。とはいえ、この時代の大陸では最も先験的と言って差し支えない。
この《播》の国体改革を行った立役者こそ、このガンツであった。
加えて常備軍約五〇〇〇を維持するだけの財政、軍事、諸々の為の改革のため、苦心したのもガンツであった。齢五七の老人である彼も、その生涯の三〇年を多くの諦めと粘りに費やしてきた。
「……いつだったか、貴殿がまだ中原の若き獅子であった頃、平野の会戦の折の様子を思い浮かべてしまう」
「よせ、もういい。」
肩をすくめて、ガルノスは水差しの水を引っつかんで飲み干す。口端の流れた水を袖で拭う。
――彼ら、ガンツとガルノスが初めて出会った頃、それは大陸歴一四二〇年代半ば。
大規模な会戦、急流地帯の戦い……と、後に呼ばれる大戦争であった。
ガルノスは幾つもの城や砦を陥落させ、彗星の如く現れた英雄として連合都市軍の陣屋に迎えられた。とはいえ、ゴールド王朝の国軍に対し、連合軍は蜂起当初の頃のため僅か二万ほどであった。
国軍、七万の派遣軍がすぐさま目前に迫りきていた。
一三人ほどの陣屋にいた代表たちは、皆一応に苦い顔で顔を見合わせるのみだった。
「まず、撤退し、兵力を蓄え、しかる後戦うと……」
「敵がそんな猶予をくれると思うてか?」
「違うちがう、まず、この地で雌雄を決そう。地の利は幸いこちらだ。」
「馬鹿いうな、七万相手ではむりだ。味方を増やそう」
「どうやって?」
(こいつらは、馬鹿だッ、何も決まらん)
ガルノスは若い潤った瞳をキョロと動かし、俯き加減に彼らの会話を聞いていた。延々、喧々諤々とした論争にため息をつく。よほど、決まらねば剣を抜いて率先して主導権を握ろうと考えた彼のすぐ直前に床几を蹴り飛ばした男に皆注視する。
この当時、まだ甲冑に身を包んだガンツは胸を聳やかせる。
「……ゴホン。諸将、皆意見よくわかりました。しかし、この《播》の国、国王名代のガンツに妙案ござる」
もみあげの濃い、しかし、些か大きすぎる頭部は太陽の光を反射させた。
「ガンツ殿。貴国は国王の名代と……」
そのイヤミを無視し、彼は朗々と続ける。
「まず、これより後方の三山脈地帯まで行きます。して……」
「なるほど、そこで一つ戦を交えるのですなァ」
わざとらしく、ガルノスは若い髪をかきむしり、大いに頷く。演技といえ、わざとらしいがそれは妙に型にはまっていた。
我が意を得たり、という表情でガンツは腰に佩いた剣を抜き、地面に突き立てた。キィーン、と鉄の涼やかな音を響かせる。
「山脈の向こうの南州の国と交渉を仕掛けます。」
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