異世界にいったったwwwww

あれ

65

 ナターシャと真希は、暫く、地面に座り込んでいた。 
真希は、繰り言のように、懺悔の言葉を口にしているだけだった。彼女の網膜には、今になって、ありありと、鮮明に、パプキンの体が銃弾に浮き上がる様子を瞼の裏に浮かべていた。 
「……真希さん?」 
なるべく、なるべく優しく、ナターシャが声をかける。消え入りそうな、か細い声が、ナターシャの抱きしめていた腕の中から漏れる。 
「……助けて。私、きっと、このままじゃ、自分がわからなくなる……怖い。なんで、どうして、死ぬことって、こんなに、ゆっくりと蝕むみたいに襲って来るの?」 
メガネが鈍い光を反射して、その奥の目を見えにくくさせた。
 「……わたしも、難しいことは、わかりません。」と、ナターシャが、囁く。 が、「でも」と、語尾に付け加えた。 
「きっと、きっと、人にはそれぞれ、なにか役割があるハズです。じゃなかったら、わたしと真希さんが、こうして出会うことなんて、ないです。」
 不安そうな、メガネに潜む不安の影が、瞳から弱まる。 
(なんで、わたしが――ほんとうに――ほんとうに――言いたいことが、言えないんだろう……。)
 言葉以上の感情を、伝えたいナターシャは、その、苛立ちに、胸がチクリ、と痛む。 
「……ごめん。もう、グズグズ言わない。」 
スッ、と立ち上がると、真希は無理やりに笑みをつくり、ズボンの尻の辺りの砂を払い落とす。 
「……。」 
ナターシャは、無性に哀しくなった。
 それを、知ってか知らずか、ナターシャの腕を引っ張って、とにかくどこかにゆこうか、と提案する。
 「……おかみたちも、避難壕に向かっているはずですから、そこにいきましょう。」 
「うん。そうだね。」
 二人は、歩き出した。


 ナターシャは、真希の背中を歩きながら、眺めた。 
柔らかい背の曲線が、やや猫背になっている。髪が、微風に繊細と震える。掴んでいる手のひらの力が、心なしか、強い。 
両者の間に会話は交わされなかった。いや、それ以上に、意思が行き違いになっていることは、容易に察せられた。 
やがて二人は、砦の中央部、元々は補給拠点として利用されていた「テント群」の周辺にきた。 
すぐに、二人の嗅覚に、また、異臭がした。
 強烈に焦げた肉の匂いが、執拗に絡みつく。何度も吐きかけるくらいの酷さだった。 
「ねぇ、エイフラムと、あの魔術師を知らない?」
 真希がポツリ、と独り言のように呟く。
 「……すいません。わたしも、逃げていて、まったく……申し訳ありません。」 「あ、いいよ。謝らないで。うん、きっと、エイフラムは……死んじゃったのかな。」 
まるで軽口を言うみたいだった。それから、真希は笑いだした。
 「……真希さん。あの」
 「ん? なに? まだナターシャ顔色悪いけど、もしかしてまだ私のこと心配してくれてるの? だったら、そんなことしなくていいよ。」
 真希は、大手を広げて、ナターシャに抱きつく。しきりに、愉快そうにアハハハと喉の奥から叫びに似た“なにか”を絞り出している。 
その度、ナターシャの胸の内が、喉の粘膜が、ヒリヒリと辛くなる。 
――丁度、その瞬間だった。
 物見櫓の真下に瓦礫の山となった深い部分から、人の気配がした。
 二人は、一気に、警戒の体勢にはいった。
 真希は、音の方から後ろに二三歩、ナターシャを引き連れて下がり、ホルスターから銃を取り出す。
 過たず、真希は、その瓦礫に近い地面に銃弾を放つ。 
彼女は、引き金を引くたびに、脳裏に仲間殺しと、もう一つの感情……ある種の快楽を得ていた。 
パン、パン、と乾いた音が銃口から流れると、胸が高鳴る。
 しかし、がれきの奥は、意外にもそれに怯んだように、ヒッ、と人声の後、動かない。 
真希は訝しがりながら、銃口をその瓦礫に向けつつ、ちかよった。 
「……瓦礫の奥の、誰かさん。出てきて。じゃないと、撃ち殺す。」 
真希は、知らず知らず、射殺の意図を示していた。
 ナターシャは、ハッ、と息をのんだ。そして、真希の構えた腕にしがみつく。 「――馬鹿、危ないじゃない! どいて!」 
「嫌です! 真希さんが、これ以上おかしくなって欲しくないんです!」 「……ッ、ここで死んだらなんの意味もないでしょ!」
 「それでも! それでもいやなんです!」 
と、ナターシャの声音に反応した瓦礫の奥から「ナターシャおねぇちゃん?」という問いかけがした。 二人は、その問いかけに注視した。 
「ええ、そうよ。わたしよ。」 
なるべく、興奮した気持ちを抑えるようにナターシャは応じた。 
すると、それに応呼して、瓦礫がボロボロと崩れ、中から三人の子供がしゃがんだ状態から、一気にナターシャのもとまで走り寄ってきた。 
「あなたたち……生きてたの。よかった……ほんとうに……ありがとう。」
 大きな瞳を、瞠らせて、涙を溜めていた。
 三人の子供たちは兄弟なのだろう。一番大きな男子が五歳、次女が四歳、末っ子の娘がまだ三歳くらいのよちよちとした足取りである。
 「……みんなどこ?」 
長男がナターシャの服にしがみつきながら訊く。 
次女も末っ子も、兄に倣うようにナターシャの足元を固めて、離さない。 困っているのか、それとも、喜んでいるのか、両手で三人の子を撫でている。彼女は、黒馬の砦で、畑仕事とともに、子守も担当していた。
 それゆえ、この砦の幼子は、大体彼女に懐いている。 
それとは対照的に、真希は、閑散として、佇んでいる。 
「もう、ちょうと、いい? いまからお姉ちゃんと一緒にさ、みんなの逃げたところまで行くからいい?」
  何度も三人の子供たちは鼻水や涙をナターシャの服で拭っている。 「ねぇ、いこうよ。そろそろ、みんなも集まってるから。」
 真希は、素っ気なくナターシャに言葉を投げつける。 
「あっ、はい……。」 
切なそうな顔で、ナターシャは、真希を見つめ返す。
 その表情に、自分の幼稚さを、後悔した。なぜ、あんな言葉をなげたのだろう……。 (どうして大切にしたい人ばっかり傷つけるんだろ……どうせだったら、嫌な奴にしかそういう態度をとれればいいのに。) 
虚しく、真希は自分の胃の中で憤りを消化して、ナターシャと子供たちを含めた四人の先頭にたち、歩き出した。 
その後ろについた四人も、彼女の背中に続き、歩き出す。 
だが、彼女たちは、知らなかった。
 この日、午後の六刻を示した頃、砦は既に陥落していたことを――。
 北の門崩壊後、続々と各門が盗賊に破られ、ついに最期の抵抗をした東の門が、崩れた。





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