異世界にいったったwwwww

あれ

56

(クソ、もうそろそろ、魔術の限界だ)


 派手に炎を操る為、その消耗は激しい。元来、魔族契約で行われる魔術であるから、無制限という訳ではない。対価の寿命を差し出さなければ、今以上の魔術を行使できないのだ。


「まあ、いい、くたばれェェェッェェl!」


 と、言うが早いか、怒涛のように、炎の塊を水面の表に叩きつける。
 すると、滝壺が俄に発火した。魔術の炎は物理世界の制約の効果が薄い。そのため、今、滝壺に溜まった水の表は炎が轟々としている。 


(野郎、やりやがった)


 エイフラムは、水中で息を殺し、魔術師の下で隙を見せる機会を伺っていた。だが、逆に、それを利用される形となった。 
今滝壺から顔を出せば、間違いなく死ぬだろう。いや、即死をしないまでも、すぐに発見され、殺される。 


右手にもったままだった剣は、水中ではただの鉄の棒である。 


思案するたび、鼻から口から、気泡が溢れる。


 「出てこい、ハハッハハッハ! なぜ、おれはこんなゴミクズ連中にこんなにも執心しているのだろうかァ? 分からねェ、ははっははは、ゴミクズどもを片付けるだけで、なに熱くなってんだろうかナァー?」


腹を抱えて、魔術師は笑い出す。 


「まあ、いい、お前とは、真剣に決着つけてぇ、どうだー」


 だが、炎の騒音が、水の中が、その申し出を届けることはない。
 魔術師は暫く黙っている。 
すると、ボゥ、と何かが燃える音がした。 
魔術師はそこに目をやると、服や、軽い鎧の類が燃えている。 


「馬鹿か、囮にしろ、本気にしろ、ここから顔を出すのは無駄だ。」 


その時である。 エイフラムは、滾滾と新たな水を上から送り込む滝の真下から這い上がっていきた。 


「はっ、そうかよ」


 魔術師は気がついた。そう、魔術の欠点とは、術者の指定した範囲のみには絶大な効果を及ぼしても、それ以外の範囲をカバーするまでには至らない。 
エイフラムは、また岩場と木々の茂深い滝壺の周囲に隠れた。 


「くそ、面倒だ」 


先ほどから膨大な魔力を消費しているため、最早ここらへんを焼き尽くせない。 しょうがなく、地面に降りて、気配を探す。
 いくらかの静寂が満ちる。 滝と炎のおかしな協奏曲が耳を聾する。 
曇った空は今が何刻かを分からなくさせた。 
と、早い風を纏う“なにか”が近寄る。 


「ははっはははははっは、会いたかったぞ!」 


牛刀を抜き出し、片腕には炎の柱を生んだ。


「……ふん。」 
水に濡れ、上半身裸体のエイフラムが、乾坤一擲の突きを放つ瞬間だった。
 魔術師は、炎の柱で壁にした。 
エイフラムの突きは、炎の柱を掠めるだけで、魔術師にまでは至らない。


 「――!」 


「哀れ、哀れ、哀れなザマだァァァッァ!」 


炎の柱を消し、エイフラムの放っていた、右腕の突きの状態を保った姿勢を、目視し、すぐさま、腕を豪腕で捉え、背負投の要領で地面に叩き伏せる。と、同時に、その手首を握るまま、エイフラムの腕の関節を逆方向に捻じ曲げる。


 「――ッ!」 


ミチミチミチ、と凄まじい骨と筋肉の悲鳴がエイフラムの鼓膜に響く。それが23秒した後、バキバキ、と軋む音がする。 


――パキンと、あっけなく右腕がへし折られた。 


「……アッ……ガァァァァ」 


喉から自分の声とは思えない咆哮をした。呼吸が一時止まった。唾液が、絶えず口端から漏れていた。 


魔術師は、へし折った後、エイフラムの頭を踏みつける。 


「ハハッハハ、ざまぁ、見ろ、このクソ野郎がァァァァ」


 牛刀を無秩序に振り下ろす。エイフラムの背中にいくつも深くくい込んだ。 


「……ッ、ガッ…………」


 血の塊が舌を伝い、口から吐き出す。


 視界が白黒して、最早どうしようもない。 


(惨めだ。自分は所詮、英雄の血筋でもなく、たかだか養子の分際で……ははは。一体、死を覚悟した人生は、この己にとって、なんの意味があったのか……)


 暗い回想が、エイフラムを駆け巡る。 


幼い頃の劣等感。あの、子供ながらに感じた、人々の嘲笑の目線。どこにも居場所のないことへの理解。兄、グリアの自若泰然とした容貌が脳裏に浮かぶ。 皆、兄を慕っている。己なぞおらずとも、一体この世界になんの不自由があるのだろうか……。 


「そろそろ、急所を外すのは飽きた。」


 魔術師は、素っ気なく言う。 


エイフラムは、その瞬間、瞼の裏に、電撃が走ったような衝撃を受けた。 牛刀の刃先が、エイフラムの片肺を無秩序に串刺しにした。 


(……こんなものだ。俺の人生は。)


 牛刀に、エイフラムの肢体が揺れる。




 (最後に顔を見たい……) 


なぜか、あのわけのわからない、異邦人の少女の後ろ姿が閃いた。


 「あはははっはッ、グェウ、ハハハ」 


最期の力なんだろうか、笑いが腹の底から溢れる。 あの訳のわからない少女は、最後になんと、自分にいっただろうか? ……そうだ。“ありがと”とほざいていた。 


左手が、その刹那、自らのズボンに隠し持っていたナニカを弄る。


 「喰らえ、クソ野郎がァァァ!」


 エイフラムは吠えた。 同時に、そのナニカを、仁王立ちした魔術師に投げつける。 


「最期の悪あがきか! ハハハハ哀れ哀れ、失せろ」


 巨大な炎の障壁がそのナニカを消し去ろうとした……かに思えた。だが、そのナニカは、魔術師の顔面に思い切り激突した。


――今だ! エイフラムは、踏みつけられた頭を振り払い、隙を見せた魔術師の左手の牛刀をもつ指に噛み付く。


 二三本の指を犬歯で噛みちぎると、その牛刀を奪い取り、左手で持ち、すかさず、喉元へ一閃描く。


 「ッ! ガガガッガガ」


 喉輪の隙間から鮮血が溢れた。 


それでも足らない。 エイフラムは、魔術師の胴体に、牛刀を寝かせて突き刺した。 ガァァァと、最期の叫びと共に、心臓を貫いていた。 
やがて、周りを騒がしていた炎は消えた。
 エイフラムは、しばし、棒立ちになっていたが、口の中にある指を吐き捨てると、崩れるように、地面に倒れた。 ……魔術師の傍に落ちていたのは、サウナの小屋に置かれていた、ドラゴンの異物であった。 いや、正確に言えば、ドラゴンの腹に入っていた石ころであった。

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