異世界にいったったwwwww

あれ

38

子供一人で家に住まわせるということは許していなかったが、彼女の場合は特別に、一人暮らしを許した。 
この砦は別段、上層部の意思を尊重し、それを強制させる所ではない為に懇願されると、それを許可する。
 とはいえ、二人は心配であった。というのも、この砦ではこのような前例がないためである。 
「……兄上、今日はよろしいのですが? 軍議が長引き、お疲れではないのですが。」 
大きな手のひらをすり合わせて、寒さを凌いでいた。 
「大丈夫だ。平気だ。近くの湖で狩った鴨を土産に持って行くから、あの頑なお嬢さんも喜ぶだろうよ。」 
鴨の肉を背中に縄で縛って肩までぶら下げている。
 「……懐かしいですね。湖、よくあそこは馬をはしらせた。」 
深夜、数戸の軒先の抜けるとポツンと侘しい輪郭が浮かび上がった。
 兄弟二人はナターシャの家の玄関までたどり着いていた。 …………と、戸の隙間から声が漏れ聞こえてきた。
 「「~~~~そして、その大人の奴隷も一緒に穴を掘ってくれて、埋めたんです。それでも、砕ききれずに、半分はまだ正常な状態を保っていました。」」
 ナターシャの声だった。
 グリアとエイフラムは、はじめ、耳を疑った。というのも、このように、彼女が自らのことを独白することなど直接的にも間接的にも知らないのだ。
 「……兄上、あの、なにをしているのですか?」 
グリアは戸に耳と体を貼りつけて話の内容を盗み聞きしようとしていた。 「しっ、いいか。お前もこい、ホレ、こい。」
 手招きする兄を軽蔑した目で見ていたエイフラムも、好奇心が優ったのか、普段はやらないような、盗み聞きを兄と肩を並べておこなった。 
 ――それからは、重い独白だった。 
「……。」 
「…………。」 
兄弟は、沈黙と気まずさの中で、互いに精神が落ちてゆくのが分かった。それはもしかすると、軍議よりも神経が削れて緊張してゆくようだった。
 又、声がきた。
「「~~~~こういったらまた怒るかもしれないけど、でも言わせて。やっぱり、私より年下なのに、こんなに悩まなくてもいいじゃんかッ!」」
 今度は真希の声だった。 彼女は、自らの独白をしたナターシャより感情的で、そして自分のことのように、涙ぐんでいる。
 「……ハッ。」 
エイフラムが珍しく鼻で笑った。それは、もしかすると、馬鹿馬鹿しいと感じつつも、どこか憎みきれない様子だった。 
その弟の変化にグリアは目を見張る。
 へぇ、と口を大きく緩ませた。眠たげな弟を、近く感じた。 音は遠いが、しかし正確に伝わる、小さい決意。 
「「妹は立派に育てます。でも自分は誰の手も借りませんって、うまく言えないけど、けど、だからこそ、今…………。」」 
兄弟は思わず、固唾をのんだ。 
「「いまだけは私を信じて」」 グリアは、なにか弾かれるような思いがした。脊椎に電流がはしったような錯覚をした。 
(俺はなにをしていたんだ!) 
大きな戦争となり、トップにたって、この砦の皆の命を預かることになった重圧。その耐えかねたように、周りの連中に八つ当たりをしてきた自分。 
(俺は、好き勝手に暴れてきた、たかだかお山の大将じゃねェか。そんなんじゃ、意味ねェんだッ!) 
グリアは強烈に拳を握り締める。血管が浮き出た。 
「なあ、悪い。エイフラムよ、先、帰ってくれ。」
 エイフラムは察したように、頷き、戸から離れると、踵を返して帰っていた。 姿が見えなくなるのを確認すると、グリアは耳が戸を滑り、膝が地面についた。 「――ァッう、グ……。」
 声が聞かれぬように手の甲の肉を自ら噛んで、必死で声を殺した。 暫くすると、また奥から少女たちが、 
「「えっ! お母さん?」」
 「「だって、そうだよ。ね~お母さん」」 
「「なんですか~真希ちゃん」」 
会話していた……が、残念なことに、毛布の内に篭って内容がグリアには掴まれなかった。しかし、何気ないことを喋っていることは、容易に雰囲気から想像された。 
ふと、グリアは立ち上がり、牛馬のごとく逃げた。その戸から逃げ出した。
 闇から闇に流れる風景。
 果てに、星明かりに照らされた大樹が飛び込んできた。 その根元までくると、立ち止まり腰を下ろした。 
そしてグリアは天に哭いた。空の底を破るように哭いた。獣になる。目尻は裂かれて赤く、喉から金属音が響くようだった。 
(俺は、生まれ変わる。この、戦乱の風雲を生き延びる! この先神か、悪魔が待ち受けているか、しれない。だが、俺の、少なくとも守りたいものを、堅守したい。) 
天には満月があった。












エイフラムは、一人歩いていた。 肘を剣の柄にかけて、フラフラと歩く。ブーツの先で小石で蹴り飛ばす。 
「……信じる……か。」
 口に含むように、独り言を噛んだ。
 (一体、信頼とはなんだろう。人は人であって、他者を理解しえるか、あるいは……いや、ちがう。彼女の言いたかったことは……。) 
口下手であることは、エイフラム自身がよく知っていた。 
そして、口を動かすより、考えるより、ただ命令に従い行動するほうが自分の性分にあっていることも。
 それを他人が悪く言うが、違うはずだ。 
常に人々が主体性を持ち、かつ、好き好きに行動すればどうだろう? 個人としては満足できるだろう。だが、翻って考えれば、人間の集団組織においては、全く無意味だ。 
誰かがモノ言わず、また、粛々と行動するからこそ、国が保たれるのだ
……では信頼とは? 
エイフラムは首を回して、思考をやめた。 
砦のほぼ中心に、エイフラムはきた。そこは、この辺りでもより高い物見櫓である。梯子を上り、近くに盛る篝火の一つを抜いた。
 四辺の闇に灯を揺らす。だが、なにも見えない。 
物見櫓にいた兵には、しばらくここで一人になる旨を伝え、降りてもらった。 (もうすぐだ、もう、まもなく戦争になる。自分は死ぬことになるだろう。)
 虚ろな目で、北方のシナイ山がある方角に肩先をやる。
 かつて、古龍の巣があると伝えられた伝説の山であり、黒馬の民が住んでいた場所。 
エイフラムは、はた、と気がつく。己は何に思い悩んでいたのか。 
幼い頃より、寝物語にきいた英雄豪傑に憧れていた。そして、その血が己にもあると信じてやまなかった……が、それは覆された。
 あるとき、知らされた。エイフラムという男は養子であり、グリアとは実の兄弟でもないこと。 
どうしてそうなったか、経緯は覚えていない。いや、思い出したくないのか。 とにかく、兄は英雄豪傑の血を受け継ぎ、そうでない自分を知る。
 だから決めた。兄のため、その望むものの為に死ぬ。 
十三の頃から武者修行と称して随分命懸けのことをしたものだった。あるときは高名な武人に挑戦し、あるときは魔獣や、野にいる獣を退治し、あるときは雇われの兵隊として死地に趣いた。
 だが、生き残ってしまった。 死のうにも、本当は死ねない自らに、常に嫌悪した。 いくら心中で勇ましくしても、いざ戦になると、途端に生き残りたくなる。英雄でも豪傑でもない、自分。 だから、せめて古龍という心躍る生き物のいた、その山に羨望の眼差しを送るのだろうか? 兄ではあまりに大きすぎ、また近すぎる、憧れを。 
「……真希……変なヤツだ。」
 はじめて見た、ビードロ板を目玉の前にかけた、謎の女。弱気なのか、強気なのか分からない、気性。 きっと、最初で最後になるのだろうか、自分が女について考えるのは。今までその機会すらないのだから比較のしようもないが。
 荒い風が茶色の毛先を嬲る。
 ……と、天を穿ち哭く声がした。
 (兄上だ! この声は兄上だ!)
 急ぎ、その音の方に体を乗り出した。 
まるで悩みもがき、苦しむ声。だが、どこか、はっきりとした決意の濃い声。 
これまで知らなかった、グリアの心の内だ! 僅かに、エイフラムの重く閉じようとしている瞼が震える。 
 深く、更に深く、エイフラムは目を閉じる。 
 乗り出した体を戻し、心の在処を探る。
 浮ついていた感情を、胃の底へ沈殿させた。
 また半開きに上げた瞼は、光を失い、生気を欠いていた。

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