異世界にいったったwwwww

あれ

36

薄暗い室内、蝋燭の一欠片しかない場で、真希は痛む鳩尾をなでていると、
 「ごめんなさい。ほんとに、どうお詫びしてよいのか……。」
 「あー、もうほんと大丈夫だって。だけどさ、話したくなかったらいいけどさ……」
 「そうですよね……。あの、わたしの両親は知らないんです。戦災孤児だとかも、世に溢れているのですが、近い存在です。」 
「……うん。」
 「あの、それでアーノだけは妹だと教えられたんです。」
 「だれに?」
 「奴隷商人に。彼らも人情もある方もいれば、冷徹な人もいて、でもほとんどがわたしたちは売り物としてしか見ないから。でも、物心付く前後から孤独とか、空腹とかが怖くて、アーノがわたしの妹がいると知って、言い方は悪のですが、安堵したんです。奴隷になる妹に。」 
「それって、つまりナターシャの親がもしかしたら健在で、でもお金欲しさにアーノちゃんをまた売り飛ばしたとか?」 
「ええ……その可能性が高いと思います。でも、やっぱり、どこか頼れるものが欲しかったんです。」 
十歳前後とは思えない、明瞭な受け答えに真希は舌を巻いた。
「だけどさ、赤ちゃんだと、夜泣きとか、辛くない? 排泄物の処理も。私なんかだと、自分のことで手一杯なのに。」 
「……それは、確かに最初は大変で、やはり夜泣きもうるさいと怒鳴られて、奴隷商人が、杖でアーノを殴ろうとするので、わたしが覆いかぶさって背中に殴打を受けてました。……あ、でもそれは特別辛いことじゃないんです。」 
ナターシャはそこで口を噤む。
 真希はなにも言えなかった。 
それから、何度か、眠たげな素振りであくびをしたりして、涙を隠していた。
 やがて、 
「辛いのは、友達になった子が、死んじゃって、その子を埋めるときでした。でもそれはまだいい方なんです。ほんとだったら、野ざらしか動物の餌に捨てられるんですから……でも、うん、やっぱり今でも夢に出てくるんです。埋めないで、埋めないで、って。おかしいですよね。」 
真希は喉に鉄球が詰め込まれるような息苦しさを覚えた。 
「その日が冬で、土は薄い雪で凍っていて、爪で何度もほじくり返して、穴を掘って、でも当然埋まらなくて、そうすると、大人の奴隷が友達だった子の遺体を石で叩いて砕くんです。その時は見ていられなくて、目を背けてました。そして、その大人の奴隷も一緒に穴を掘ってくれて、埋めたんです。それでも、砕ききれずに、半分はまだ正常な状態を保っていました。」
 「……そ、う、なんだ。」 
伏し目がちで、辛そうな顔の真希を、独白から覚めたナターシャは、それを発見した。まるで、自らのことのように悲痛そうに面を歪める様子。
 それでも、真実を受け止めて聞いてくれる姿勢。
 (ああ、ほんとうにこの人に出会えてよかった。)
 ナターシャは、ふと、こう感じた。 初めての出会いこそ、驚いたものの、とても自由で、喜怒哀楽を隠そうともしない。そして、なにより、奴隷だった自分を差別しないことに。 だから、少し微笑んで、 
「だから、その時決めたんです。妹のためにも、自分のためにも、もしかしたら、その子のためにも、なんとか自立して生きていけるようになろと。意外かも知れないんですけど、奴隷と言っても、子供は比較的自由にしてもらえることがあるんです。稀ですけど。だから、他の子は、やっぱりそれに甘えたり。だけど劣悪な環境でも、誰かのせいにして、自立できない子も見てきました。なおさら、もうわたしは子供ではいられないと、思うんです。」
 ナターシャは座っている太ももの辺りで絡めていた指を強くする。 
真希はただただ沈黙して俯いていた。 
――それがどれほど続いただろう。
 不安げに真希の顔を覗こうとしたナターシャは、異常を感じた。 
真希は、涙を零していた。床の上に、ポタポタと、涙を流している。
「……どう……いえばいいのかわからないけど、とにかく……私無神経だったことだけは分かった。あーもう!」 
鼻をすすりながら、髪の毛を掻き毟る。
 そして、また口をひらく。
「だってさ、なんでこんなしっかり……うぅ、ひッ、っ、ごめん。だけど、こんなの、辛くない訳ないじゃん……ふーっうぅ。こういったらまた怒るかもしれないけど、でも言わせて。やっぱり、私より年下なのに、こんなに悩まなくてもいいじゃんかッ!」 
すかさず、ナターシャはフォローするように、
「でも、わたし、そんな立派じゃないんです。その子を埋めるときも、妹を庇うときも、ホントは、お腹が減って、ただ食べることしか考えてないときのほうが多くて……。」
「ちがうッーーー。それは……。」
 真希はもはや、滂沱のように溢れてくる感情を塞き止められなかった。 
テーブルに突っ伏して震えるように、そこで咽ぶ。
 薄明かりに、ただ泣き声。時々、鼻水を啜る音。まるで、自分が赤子に戻ったようだと、変な自覚をしながら真希はそれでも、どうにもできない。 
「――ッ。」 
 「大丈夫です。今は平気ですよ。ここは楽しいですし。皆さんいい人です。でも、ガルバさんたちにも失礼をしてるのに。まだ自立と、人が怖いのがあって、もっとしっかりしないと」
 そう言いながら、ナターシャは、真希の突っ伏した頭を自らの胸部まで押し付け、子供を優しく諭す母親のように、呟いた。 
メガネを服の裾で拭い、
 「もういいんだよ。だって、いま、頑張らないで。頼りないけど、私を頼ってよ。聞いたけど、この砦って基本は一人で子供を住まわせないんでしょ?」
 「ええ、普通は、他の家で養子みたいに、暮らします。私が無理いってグリアさんにお願いして今こうして……」
 真希は押し付けていた頭を少しずらして、ナターシャを見据える。 
真希は、 
「妹は立派に育てます。でも自分は誰の手も借りませんって、うまく言えないけど、けど、だからこそ、今…………。」 
こんなに言葉に想いを込めることなんてはじめてだ、とメガネをかけ直す。
「いまだけは私を信じて」
 曇りもなく明確な強い意思が真希の双眸に宿っている。 
一瞬、あっけにとられたナターシャも、弱々しく、だが、はっきりと同意したように、視線と視線を結ばせた。

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