非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

異世界難民孤児Ⅲ

異世界からの難民は徐々に増えて来ていた。
日本政府は認定した異世界からの難民を、地球防衛軍日本支部に押し付けていた。
敵勢力について不明な点が多く、人材に不足していた当初の防衛軍は、敵勢力のデータ収集、研究調査と人材確保のために、異世界からの難民を積極的に受け入れた。


しかし現在、地球防衛軍日本支部の拠点基地である、通称ムショも、人口が十万人を超え、小さい町の自治体レベル規模になっている。この世界の人間に加え、半魚人・人魚、戦争で死んだ人間を再生させたゾンビ兵、幽霊、そして巨大生物を小型化させた異世界生物達がムショ内に居住するようになり、敷地もどんどん手狭になって来ていた。そもそも大型兵器を管理運用するために、広大な敷地が用意されていたが、それでも居住エリアに人材が増えて行くに連れ、増改築を繰り返して来た。


また難民受け入れには、スパイ・工作員の問題も付きまとって来る。予てから難民の受け入れが、ムショ内への敵勢力のスパイや工作員の流入を招いているのではないかという疑惑もあがっていた。疑わしきは罰という組織だけに、明確な疑惑の対象者がハッキリすれば処分されてしまうのだが、現在はまだそこまで至っていなかった。


これらの理由により、地球防衛軍日本支部は難民の受け入れを一時的に制限することにし、まだデータが充分に取れていない異世界住人のみを対象として受け入れることにした。


そのことを日本政府に伝えると、日本政府も異世界からの難民を拒否するようになり、日本に亡命、移民を希望して来た異世界住人は、元の異世界に強制送還されることになる。
それは異世界内戦による戦争被害者、難民も例外ではなかった。


『ピース9』はいつもの如く人道的立場からの支援、難民受け入れ支持を表明したが、『ピース9』の過激派が多数死亡し弱体化していたこともあり、今回も世論はその逆に流れて行く。
社会は異世界からの難民受け入れ拒否を支持した。
難民受け入れ拒否支持者は、難民として逃げ出すよりも、団結して自分達の力で自らの世界を正しい方向に導くべきという意見を建前としていた。
だがもちろんそれだけが理由ではなかった。
見た目が全く異なる異形の者達と、同じ国で一緒に暮らすことは無理だと考えていた。
人種差別でさえ完全になくなってはいない人類に、種族差別を今すぐ無くすことは無理であった。
巨大ドラゴンを拒否した時と同じ理屈である。
例え言葉が通じたとしても、外見が著しく異なり、よくわからない者は心理的に受け入れ難い。


日本政府も同様に異形の者との共存は、現段階では無理だと判断していた。
いつかは種族に関係なく対等で平等な世界が実現されるのかもしれないが、宣戦布告をされた敵対勢力である異世界の住人達でもあり、それを今すぐはじめろというのは無理な相談であった。
だからこそ今まですべての異世界難民を防衛軍に押し付けて来たのだ。
その防衛軍の受け入れがこれ以上無理であるとなれば、
日本への受け入れを拒否せざるを得なかった。




だが一方で難民受け入れ拒否に同情を示す防衛軍内部の者達も現れた。
今まで難民は大人達のみであったが、孤児が難民としてこの世界に辿り着くという事例が出て来たためである。


戦争を逃れて来た難民孤児が、元の世界に強制送還されるということは、孤児達に死ねと言っているのに等しかった。度重なる内紛によって住民の心は荒み、食料の奪い合い、略奪、殺し合いが当たり前の地獄のような過酷な環境に、まだ幼く行く当てのない孤児を再び戻すというのは確かに酷い話ではあった。


同情の声は意外にも『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆からが多かった。
一条女史の、クソビッチは実は母性愛に溢れているが故、という説があっているのかはわからないが、女衆の多くは彩姐さん同様に子供好きが多かった。女衆であっても女である以上、いつかは子供が欲しいと思っていたが、現実は明日死ぬかもしれない我が身である。なおさら今回の件には同情したのかもしれない。


もちろんチームSHIKIDOU(色道)』女衆以外のムショに居住する者の中にも、難民孤児に同情する者は多く居た。彩姐さんはそうした女達の声を受け、『チームGAKIDOU(餓鬼道)』の山科に相談して、日本全国の孤児院や施設に受け入れ先になってもらえないか打診してもらった。しかしどこの擁護施設も受け入れには難色を示した。異世界の子供を受け入れるには様々な問題があり、実績がないからというのがその主な回答理由であった。


彩姐さんは、異世界難民孤児を救いたいという女達を集めて、何度も話し合いを行った。
そこで出た回答が異世界難民孤児をムショで預かって、自分達全員が親代わりになって面倒を見るというものだった。幸いムショには既に一人だけ龍之介という子供がおり、ムショ内に子供がいるという経験がない訳ではなかった。


女達は一致団結して、彩姐さんを筆頭に、異世界難民孤児の保護を防衛軍幹部に何度も訴えかけた。
彩姐さんは根気よくひたすら説得を続けた。


「はじめからスパイや工作員の潜入だったてのは論外だけど、大人はやっぱり難しい、そりゃわかるよ。」


「大人はいろいろとしがらみを背負っちまってるからね。
今まで育って来た自分達の世界の文化や環境、生活習慣ってもんもある。
何十年もその文化に基づいた考え方や価値観を、
おいそれと変えろと言ったってそりゃ難しいだろうさ。
こっちの世界に来たんだから、こっちの世界に合わせろと言っても、そもそもの考え方や価値観が違うんだから、理解出来なかったり、時間もかかるだろうさ。」


「それにしがらみってのも結構問題でね。
本人にその気がなくても、相手から寄って来るもんなんだよ。
同じ異世界の者だからって心を許していると、いろいろとこっちの内部のことを聞いてきたりして来てね、いつの間にか自分が内通者やスパイになってたってことになっちまう。
その辺は諜報や工作を得意としているあたし達のやり口だからね。よくわかるのさ。」


「裏の社会から足を洗うってのも一緒でね。
本人は足洗う気でも、向こうが放っておかないのさ。
向こうから何度も接触して来るんだよ。
それで結局なんだかかんだとしがらみがあって、
いつまでも裏の社会に関わっちまう。」


「でも子供はそうじゃないだろ。
まだ真っ白なまんまなんだよ。
その真っ白なところに、この世界の文化や習慣、
考え方や価値観を持たせてやればいいんだよ。
見た目や生まれは違っても、この世界の人間として、
日本人として、日本人の魂を受け継ぐ者として、育ててやればいいのさ。
どうせなら日本国籍だって取らせてあげたいじゃないか。」


-


子供達がムショに来てからしばらく経ち、
子供達は順調に環境に馴染んでいたが、
彩姐さんはいつも子育てについて思い悩んでいるようだった。
天野は折につけそれを感じていた。


そんな彩姐さんを心配のあまりに見るに見かねた天野は、
溜めているものを吐き出してもらおうと、彩姐さんを飲みに誘うことにする。


「姐さん、ちょっと飲みにでも行きませんか?」


彩姐さんは二つ返事で了承した。
彩姐さんが愚痴っている姿を誰かに見せる訳にはいかないし、
自分の部屋に連れ込むのも余計な誤解を生みそうだし、
天野は思案した挙句、幹部専用の食堂で飲むことにした。


彩姐さんを飲みに誘いだすことに成功した天野は、
彩姐さんが酒を飲んでほろ酔いになった頃合いで、話を切り出してみた。


「彩姐さんは強い人だから、
決して他人に弱音を吐いたりしないってのはわかるんです。
そういうのが一番嫌いだってことも。
でも一度だけでもいいから、
彩姐さんの心にある愚痴や本音を聞かせてもらえませんかね?」


ほろ酔いだった彩姐さんは、酔いも一気に醒めたような顔で驚いていた。


「なんだい坊や、そりゃあたしを口説いてんのかい?」
「そりゃ、あたしを抱くよりも難しいことだよ。
あたしからしたらアソコを見せるより、よっぽど恥ずかしいことだよ、それは。
そんなあたしの恥部見せたとして、あんた責任取ってくれるのかい?」


「わかってますよ。
そりゃ、彩姐さんが責任取れって言うなら、喜んで責任取りますよ。」


天野は優しい笑みを浮かべて答えた。
むしろ内心は責任を取りたかったのかもしれない。


それから彩姐さんは、酒を何杯も飲み干した。
素直に愚痴をこぼす恥ずかしさを忘れるためには、
酒の力を借りた勢いが必要であったのだろう。
そしてほどよく酔った彩姐さんはようやく愚痴をこぼしはじめた。


「人の道を踏み外しちまったあたしが、
子供達には人の道を説いてるんだ。
笑っちまうだろ。」


「こんな詐欺師みたいな女が、
『嘘をついて誰にもバレなくても、自分にはわかってる、それがお天道様は見てるってことだ』
なんて偉そうに言い聞かせているんだ。
もうそれ自体が嘘ついてるようなもんじゃないか。
笑っちまうだろ。」


「それでも、いいじゃないですか、そういうの反面教師って言うんですよ。
姐さんにしか教えてあげられないことがきっといっぱいありますよ。」


天野は一つ一つに丁寧に相槌を打った。
ここでは彩姐さんの気持ちを引き出すことが大事であり、
自分の意見を言うことは必要ではなかった。


「あの子達にはまずはちゃんと人になってもらいたいんだよ。
そこから道を踏み外すかどうかは、あの子達次第だから仕方がないんだけどね。」
「今はまだ、獣から人になりかけてる途中みたいなもんなんだよ。
獣として育っちまた奴はね、最後まで獣として生きるしかないんだよ。
そりゃそうだよ、人にはなれなかったんだからね。」


「ちゃんと子供達のこと一所懸命考えてあげてるじゃないですか。」


「そりゃ当たり前だよ、あたしはあの子達が可愛くてしょうがないんだよ。」


自分の子供ではない、ましてや人と見た目も違う子供達に、
これだけの愛情を注げる彩に天野は素直に感心した。
その後、しばらく子供達の話、親バカ話を嬉しそうに語る彩姐さんだった。


-


それから数年は子供達と女達の幸福な生活は続いた。
女達は任務もあり、育児は当然大変だったが、
当番を決め、みなが子供達の世話をした。
子育ての負担を出来るだけ多くの人間に分配することで、
子供達を常にフォローして行くというのが当初からの方針であった。


当初はほとんど女性のみであったが、徐々に男性の参加者も増えるようになって来た。
非番の時も、特に決まりはなかったが、子供達のところで睡眠を取り、
子供達と一緒に遊び、家族生活を営む者が多かった。
もちろん子育てに関する問題も多々あったが、
それは参加者がみんなで解決して乗り越えて行った。


いつからか子供達の受け入れに積極的ではなかった者達もそこに集まって来るようになっていた。
今までムショの中にはなかった家族の生活がそこにはあったからか。
長い間、ムショ内で生活している者にとって、
生活の基盤となる家族の存在は必要だったのかもしれない。
結果的にムショ内にはコミュニティーとしての意識が高まり、育っていくことになった。


-


しかしロボット軍団によるムショ内の襲撃があり、異世界戦争が激化。
相当危険が増して来たため、これ以上子供達をムショに置いていくわけにはいかなくなった。


彩姐さんをはじめとする女達は、
子供達と離れたくないと思う気持ちと、
子供達を危険に晒したくないと思う気持ちの板挟みになり、苦悩していた。
この頃、彩姐さんは天野と毎晩のように話し合いや言い争いをしていた。


子供達の疎開がほぼ決まると、女達は複雑な気持ちを抱え、
それでも子供達のために、受入れ先を探して奔走する。
以前全国の養護施設から断られた経緯があるため、
受入れ先はなかなか決まらなかった。
唯一、内通者でもある魚住さんの村が、半魚人と人魚は受け入れてくれることになった。
龍之介については澪のこともあるので、しばらくは防衛軍にいることが決まっていた。


その後、他の子供達は、政府と防衛軍が主導する新しい政策により、
疎開の名目で、過疎の村のコミュニティーに預けられることが決定する。
一世帯が子供を受け入れるのではなく、コミュニティー全体が、
コミュニティーの子供として、子育てをするというはじめての試みであった。
モデルケースとしての試みであるがために、受入れは一地域一名ずつと決められていた。


「司令官が、ムショでコミュニティー全体として子供育てを行ったという実績をモデルケースとしてまとめてくださり、政府に提言して、進めてくださったんですよ。」


真田が彩姐さんをはじめとする女達に説明を行う。


「司令官の働きかけもあって、政府もこれを了承して、受入れ先の村には政府から補助金が出ることにもなりましたし、防衛軍からも養育費を支給することにもなったんですよ。」


いつも非常に徹することを心掛けている進士司令官が、
この件に関与したことに一同は驚いた。


「私がいくら非情だからと言って、
好き好んで子供が目の前で殺されるのを見たい訳ではありません。
それにみなさんにきちんと納得していただくには、
ちゃんとした受け入れ先を用意するしかないでしょうし。
何よりもみなさんが戦闘中に子供達を気にしていては、
任務遂行もままならなくなってしまいますからね。」


進士司令官は眼鏡を指で押しながらそう語った。


「まぁ司令官はツンデレだからさー、気にすんなよー」


一条女史は彩姐さんにそう声を掛けた。


「あぁ、わかってる。有難いと思ってる。」


いつもであれば一言ありそうな彩姐さんも、
苦渋の決断を迫られ、精神的に憔悴しきっており、それどころではなかった。


-


彩姐さんは、半魚人と人魚の子供達を預かってもらうにあたり、
魚住さんのところに事前に挨拶に行った。
魚住さんの家に行くわけにもいかないので、
場所は防衛軍が情報交換に使う居酒屋『酔道』の秘密部屋であった。


彩姐さんは、畳の上で三つ指を付いて、畳に着くまで深々と頭を下げた。


「よしておくれよ、彩ちゃん、そんなことをするのは」


魚住さんは慌てて彩姐さんの頭を上げさせた。


「恩に着るよ、魚住さん。
このお礼は、どんなことでもしますから。」


「なに、心配すんなって。
儂等に任せておけば大丈夫だって。
儂等の村は魚人族の血が流れている奴が多いから、どうってことはねえよ。」
「人魚の幼い娘なんて魚人族でも珍しいから、そりゃあお姫様のように大事に育てられるだろうよ。」


魚住さんは彩と二人だけだからか、随分と砕けた話し方になっている。


「こっちの世界に辿り着いて、防衛軍に行きたくないって言ってる魚人族をずっと匿ったりもしてるんだから、子供の一人や二人増えたってどうってことはねえさ。
おっとそれじゃ不法移民になっちまうな。
これは内緒で頼むよ、彩ちゃん。」


魚住さんがそう言って笑うと、彩姐さんもようやく笑った。


「不法移民については、政府の仕事なんで、
防衛軍も見て見ぬふりなんですよ。
絶対、言いませんから安心してください。」


「本当だったら難民としてこの世界に来た時、儂等が保護しとくべきだったんだ。
彩ちゃん達が今まで面倒見てくれて助かったよ。
こっちこそ彩ちゃんには感謝してるんだよ。」


政府が異世界難民の受け入れ拒否を決めてから、
今度は不法移民が問題となって来ていた。
だがこれは彩姐さんの言う通り、現在防衛軍は我関せずの立場を取っている。
不法移民者が破壊行為、テロ行為でも行えば話は別だが。


「恩に着るよ、魚住さん。
このお礼は、どんなことでもしますから。」


彩姐さんが再びそう言うと、魚住さんは顔の前で手を振る仕草をした。


「そういうことじゃないんだよ、彩ちゃん。
これは見返りを求めちゃいけないことなんだよ。」
「お宅の司令官はいつも言ってるじゃないか。
人にはそれぞれ役割があって、そのために生まれて来たんだみたいなことを。
儂も若い頃は、魚人族の血を恨むようなこともあったんだよ。
でも今こうしてみると、こうやってこの世界に来た魚人族の奴らを助けてやるのが、儂に与えられた役割で、儂が魚人族の血を引いて生まれてきた意味だって、よくわかるんだよ。
だからね、そういうことに見返りを求めちゃいけないんだよ、彩ちゃん。」


魚住さんの言葉に、彩姐さんも感情が昂って涙を流す。


「こんなとこ見せちゃって、すまないね、魚住さん」


彩姐さんは涙をハンカチで拭う。


「なんだかあたしも最近すっかり弱くなってきちまってね。
昔の強いあたしだったら、
平気で捨てることが出来たものを、
今じゃ後生大事に抱えちまってる。」


「でもね、今はそういう弱いあたしも嫌じゃないんですよ。
なんだかそういうあたしも悪くないって、
思って来ちまってるんですよ。」


魚住さんはその言葉を頷きながら聞いて、笑いながら言った。


「彩ちゃんは昔からいい娘だったよ。
みんなは彩ちゃんのことを女傑だの傾国の女だのと言っていたがね。
儂にはさっぱりそうは見えなかったよ。」
「任務の時は置いておいてだ。
本当の彩ちゃんは鏡みたいなもんさ。
相手が自分や大事な者を傷つけるような奴だと彩ちゃんは牙を剥いて攻撃するし、
相手が悪い奴じゃなきゃ、彩ちゃんだって情が厚くて涙脆いいい女さ。
儂の前だといつもいい彩ちゃんだから、儂自身もきっと悪い奴じゃねえんだろうとずっと思ってたんだよ。」


魚住さんはそう言うと再び高笑いした。


「彩ちゃんの言う、弱い強いってのはね、逆なんじゃねえかと儂は思うんだよ。
弱い人間ってのは、まっとうなことをやってても、とても生ていけねえから、ずるいことでも何でもして生きていこうとする。
でも本当に強い人間はそんなことしなくても生きていけるから、ずるいことはしないで生きていこうとする。
彩ちゃんは本当の自分の強さに気づいて、今まっとうなことだけで生きていこうと頑張ってるってとこなんじゃねえかな。
きっと、いい人に巡り合えたんじゃねえかと儂は思うんだが。
例のお天道様みたいな人とかね。」


「やですよ、魚住さんたら」


彩姐さんは顔を赤らめて素直に照れた。
ハンカチで涙を拭いながら。


-


子供達がムショから去った日。
ここまでずっと彼女がどんな想いで子供達を慈しんで来たかを知る天野は、
彩姐さんが心配で心配で仕方がなかった。


天野が彩姐さんの部屋を訪ねるのは、はじめてのことだった。
しかしノックしても返事は無く、かすかに泣き声だけが聞こえて来た。
それでも天野は間をあけて何度も部屋を訪れた。
そうしてようやく彩姐さんを例の幹部専用食堂に連れ出すことが出来た。


「結局、あたし達がやって来たのは、単なる母親ごっこだったのさ。」


「そんなことないですよ。姐さんはみんなとよくここまで頑張って来ましたよ。
立派なおっかさんですよ。」


「そんなことあるわけないだろ。」


「澪を見てご覧よ。澪は龍之介がここをいなくなるなら、迷わずついていくだろうさ。」


澪は、龍之介のことが心残りで、極楽に行けるチャンスを棒に振って、
幽霊になってまで龍之介を見守ろうとしたぐらいだから、
龍之介がここにいなかったら間違いなく澪もいなくだろう。
それが分かっていたから防衛軍も龍之介だけはここに残した。
澪は今や憑依型のエース的戦力になりつつある。


彩姐さんは泣きながらどんどん感情を昂らせた。


「あたしはね、あの子達がここを出て行くのに、
一緒について行ってあげられなかったんだ。
ここに残ることを選んじまったのさ。
あたしはそんな自分が嫌で嫌でしょうがないのさ」


「あの子達とずっと一緒に居るって約束したのに。
あの子達のおっかさんになるって約束したのに。
そんな約束を守れなかった自分が嫌で嫌でしょうがないのさ」


そしてついに感極まって泣きながら叫んだ。


「あたしのは単なる母親ごっこだったのさ!」
「全部、全部、無駄だったんだよ!」


その後、泣き崩れて、それでもまだ泣き続けている。
こんなに声を出して泣きまくる、弱々しい彩姐さんを見るのはもちろんはじめてだった。
以前は愚痴を言うことさえ恥部を見られるより恥ずかしいと言っていた彩姐さんが、
ここまで感情を爆発させて泣き言を言うのは以前からは考えられなかった。


天野はそんな彩姐さんを見ていられなくなり、
思わず彩姐さんを抱きしめてしまった。
それは男女の恋愛感情とかではなく、
慈しみやいたわりのような感情であった。
天野は彩姐さんが子供達を慈しむ気持ちが少しわかったような気がした。
目の前に泣いている弱々しい子供がいたら、抱きしめてあげたくなる気持ちが。


彩は天野の胸の中で泣き続けた。


「そんなことはないでしょう。
「あの子達は彩さん達のお陰で、
動物から人になれたでしょう。
獣から人になれたでしょう。」
「もしあの時あのまま見捨てていたら、
あの子達は生きていたかもわからないし、
生きていても獣のままだったでしょう。」


天野は優しく呼び掛けるように彩にそう言った。


「でも、でも…」


彩は天野の胸の中でずっと泣き言を言い続けた。
でも天野にはわかっていた。
子供達がいなくなって、寂しくて、寂しくて、どうしょうもなくて、
泣きながらこうして甘えて駄々をこねているのだと。
子供達がいなくなって、寂しさで今だけ彼女自身が子供に帰ってしまったのだと。
天野は優しくそれを受け止め、抱きしめた。













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