非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

異世界難民孤児Ⅰ

本当のお母さん、お父さんの顔はすでに忘れてしまっていた。
物心ついた時には、すでに弟のマトと二人きりで、一緒に残飯を漁っていた。
おそらく戦争で死んでしまったのだろうと思っていた。
お母さん、お父さんが居ないことをそれほど不思議には思っていなかった。
僕達のような子はいっぱいいたから。


毎日毎日ひたすら食べ物を探して、残飯を漁る。
それが普通だと思っていた。
親のいない子はみんなそうしていたし、そういう子はいっぱいいたから。


落ちていた果物を拾って食べたら、大人に盗んだろと言われて殴られた。
殴られたけど、果物が食べられたのはラッキーだった。
酔っ払いに絡まれて殴られることもしょっちゅうだ。
お腹が空き過ぎて道で倒れた時は、お腹を蹴られて、唾を吐き捨てられた。


食べる物を手に入れるのは争奪戦だった。
時には喧嘩になったし、せっかく手に入れた食べ物を大人に殴られて取られることもあった。
だから腐ってる物も食べたし、時にはネズミや虫だって食べる。
僕達はいつもお腹を空かせていて、
毎日ひたすら食べ物を探しまわる日々だった。


この世界はいつも戦争をしていた。
だから親のいない子はいっぱいいたし、
食べる物がない人もいっぱいいたし、
道に倒れている人もいっぱいいた。
街はいつも燃えていたし、いつも血の匂いがしていた。




店の裏で残飯を漁っていた時、店の中にいる大人の話が聞こえた。


「ゲートの先にある国には、すげえお宝があるらしいぜ。
そこでお宝手に入れることが出来りゃあ、一生食い物には困らねってよ。
好きなだっけ美味い飯食って、暖かい布団でぐっすり寝られるらしいぜ。
なんでもそこは昔、黄金の国・ジパングって言われてたらしいからな。
とんでもなくすげえ黄金があるに違いねえぜ。」


「砂漠の向こうにあるゲートから行けば、地続きで安全に行けるらしいってな。
最近そこのゲートを目指そうとしている難民も多いんだよと。」


黄金の国・ジパング。
なぜだかその言葉がずっと忘れられなかった。


「マト、兄ちゃんは決めたぜ。兄ちゃんはいつか絶対黄金の国・ジパングに行く。お前も一緒にだ。」


「アクト兄ちゃん、そんなにジパングってとこはすげえのかい?」


「ああ、すげえお宝があって、毎日美味い飯を腹いっぱい食えて、暖かい布団で寝られるんだぜ」


「すげえなあ、そんな夢みたいなところがあるのかよー」


僕と弟のマトはいつか黄金の国・ジパングに絶対行くと決め、二人で誓い合った。




そんなある日、再び戦争が起きた。
街は焼かれ、軍人同士が殺し合いをしている。
騎士、獣人、エルフ、魔法使い、魔族、巨大生物が街で血を流し合っている。
街に居ては危険なので僕とマトは街から逃げることにした。


今まで街に居ればなんとか残飯を食べていけたから街に居たが、
僕とマトは黄金の国・ジパングに行くと決めた。
街を離れるにはいいチャンスだったのかもしれない。


だけど運が悪いことに、街から逃げる避難民を狩る奴隷商人の難民狩りに追いかけられた。
子供だった僕達は逃げ切ることも出来ずに、あっさり難民狩りに捕まってしまう。
とりあえず僕はマトと離れないようにずっとくっついていた。
今ここでマトと離れてしまったらもう二度と会うことは出来なくなるだろう。


僕達は縄で縛られ、奴隷を運ぶ荷馬車に乗せられて移動した。
そんな時も僕は黄金の国・ジパングのことを考えていた。
こっちの方角はジパングにつながるゲートがある方向だろうかと。


荷馬車は何日も大陸を移動し続けた。
僕は縛られている縄の一個所をずっといじり続けた。朝昼晩ただひたすらに。
縄のその部分だけが傷んで、後少しで切れるというところまで来る。
その晩僕達は脱走を試みた。
僕は縄をほどき、マトの縄をほどき、捕まっているみんなの縄をほどいた。
脱走者は一人でも多いほうがよかった。
みんながバラバラに逃げたら、それだけ逃げ切れる可能性が高くなるから。


僕は見張りに立っている男の頭を大きな石で殴りつけた。
男は頭から血を流して倒れた。
僕はそれを見て突然怖くなる。
誰に教えらたわけではないが、なんとなく人を殺すのはよくないことだと思っていた。
だから喧嘩はしても、人を殺すようなことだけは避けていた。


でも今僕は人を殺してしまったかもしれない。
僕は怖くなって、マトの手を握りしめ、ひたすら走った。走り続けた。
どこをどう走ったのかもよくわからなかったが、気づいた時には森の中にいた。
僕達は森の中で息をひそめてじっと身を隠す。


森の中を探し回っている難民狩りの中に、僕が頭を殴りつけた男の姿があった。
僕はその姿を見てホッとした。安心した。
男は頭に包帯を巻いていたが、死んではいなかったようだ。
僕は人を殺してはいなかった。
なんだかよくわからなかったけど涙がこぼれていた。


難民狩りから逃れると僕達二人はひたすらにゲートを目指した。
その後しばらくは森の中で集めた木の実を少しずつ二人で分けて食べた。
川辺に出た時は、魚を捕って食べることが出来た。ついでに川で体を洗ったりもした。


途中で、人懐っこいグリフォンに乗せてもらうことが出来たのは幸運だった。
この世界では人やエルフ、獣人、魔族よりも巨大生物のほうが優しいのかもしれない。
僕もマトも歩くのが辛くて仕方なくなっていたので、グリフォンが乗せてくれたのは本当に助かった。


この先は寒冷地に入るのでグリフォンとはここでお別れだ。
僕達二人は雪の中を歩いた。寒さで凍える寸前だった僕達は、行商人の一団に助けられた。
しかし結局彼らも僕達を奴隷商人に売る気だとわかったので、僕達は防寒服と食べ物を盗んで夜中に逃げ出した。運良く降っていた雪が、僕達が逃げた足音を消してくれた。


寒冷地を抜け、そこからまた何日も何日も僕達はひたすらに歩き続けた。
食べ物がなくなると僕達は虫や草を食べて飢えを凌ぐ。
もう街を出てからどれぐらい経つだろう。
おそらくは数か月はこうした旅を続けているはずだ。


ジパングにつながるゲートまで後少しというところで、僕達の前に最後の難関が立ちはだかった。
ゲートに辿り着くには砂漠地帯を抜けなければならなかった。
僕達は事前に十分な水を準備していたが、それでも途中でなくなると、後は水なしで歩き続けなくてはならなかった。


僕達は何日も飲まず食わずで砂漠を歩き続け、やがて力尽きて倒れた。
薄れ行く意識の中で、顔を上げると、目の前にはゲートが見えた。


「マト、ゲートだ、ゲートだぞ」


「兄ちゃん、もうダメだ」


「何言ってるんだ、もう少しだ、もう少しでジパングだ」


僕は最後の力を振り絞って、弟のマトを立ち上がらせ、肩を支え合いながらゲートまで歩いた。
そして僕達はゲートに倒れ込むようにして入った。




次に気がついた時には、僕は白っぽい部屋のベッドの上だった。
ベッドの横には、マトが寝かされている。
離れたところで見慣れない服を着た男達が話をしていた。
ここが黄金の国・ジパングなのだろうか。


後で聞いた話だと僕達二人はゲートの前で倒れていたらしい。
防衛軍の人が見回りの際に僕達を発見して病院まで運んでくれたようだ。
最近は僕達のようにあそこのゲートからやって来る難民が多いらしい。
僕のように噂を信じてやって来る人が多いのだろう。


僕達はしばらく点滴で過ごし、その後はじめてこの世界の食事を取った。
故郷でも残飯しか食べていなかった僕達は、この世界の何を食べても物凄く美味しく思えた。


「兄ちゃん、すげえ美味しいな。さすがジパングだな。」


「ああ、だから言ったろ、ジパングはすげえって。」


この後以降、僕達が飢えてお腹を空かすことは二度となかった。




それから僕達は病院で日本語を理解して話せるようになる処置を受けた。
何日かして病院を退院すると、そのままムショと呼ばれる防衛軍の施設に連れて行かれることになった。
移動の車で見たこの世界の街は見たこともないような綺麗なものだった。
僕が知っていたのは戦争の後で壊れた街だけだから、余計にそう見えたのかもしれない。


「しかしこの世界もまた戦争が起こりそうでね」


防衛軍の人達は車を運転しながらそう言っていた。
せっかくジパングに来たのにまた戦争に巻き込まれるのかと僕は少し不安になった。




ムショに到着すると、僕達の他にも異世界から来た難民孤児が十人いた。
半魚人に人魚、エルフ、竜人、鳥人、獣人などがいた。


「お前ら魔族だな?」


僕等を見たエルフが聞いて来た。
話を聞くと僕達とは違う異世界から来たエルフのようだった。
みんな僕達と同じ処置を受けたのか日本語が理解出来、話せるようだ。


僕達が連れて行かれたところには女の人達がいっぱい居た。
その真ん中に居た女の人が一歩前に出て来た。
その女の人は光輝いているように見えた。
まるで天女様か女神様が地上に降りて来たみたいだった。
美しい天女様は笑顔で話しはじめた。


「みんな、よく来てくれたね。」
「ここにいる女衆全員が、今日からみんなのおっかさんだよ。」
「あたしのことは彩おっかさんと呼んでおくれよ。」


天女様はそう言うと、しゃがみ込んで、僕達一人一人を抱きしめはじめた。
僕は緊張で胸がドキドキして張り裂けそうになった。
天女様、いや彩おっかさんは、とっても柔らかくて、温かくて、いい匂いがした。











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