非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

不法投棄ドラゴン

燃え盛る炎の中で、雄叫びを上げる巨大な竜ドラゴン。
咆哮と共にその口より放たれる火炎。
その業火は地上の大軍勢を焼き払う。


巨大ドラゴンの周りにはドラゴンキラーを乗せたグリフォン編隊が数多飛び交う。
地上の大軍勢からは魔法により強化された弓が放たれる。
しかし巨大ドラゴンの硬い鱗に跳ね返され、その巨体に突き刺さったのはわずかな数であった。


「せっかくここまで追い詰めたのだ、何としてでも押し込め!」


地上軍の指揮官は、この地獄のような戦場で叫んだ。
巨大ドラゴンの後ろには異世界に通じるゲートが開かれている。




地上の魔法部隊から連続して魔法が放たれる。
その属性相性が悪い氷系魔法の衝撃により巨大ドラゴンは後ろに押される。


「今だ!押し込め!」


召喚士による召喚魔法発動により、巨大なドラゴンの前に召喚魔法陣が描き出される。
その魔法陣から出現する巨大な手。
召喚された巨大な手は、巨大ドラゴンを鷲掴みにし、そのままゲートに押し込んだ。
巨大ドラゴンはゲートに吞み込まれ、そのまま姿を消して行く。




燃え盛る地上の軍勢は大きな歓声を上げ、勝利に喜ぶ。
その被害は甚大ではあったが、巨大ドラゴンからこの世界を救うことが出来たのだ。
指揮官はこの偉業を成し遂げたことに安堵して胸をなで下す。


「あの巨大ドラゴンを異世界にポイ捨て出来たことは僥倖であった。」




そして巨大ドラゴンがポイ捨てされたゲートのつながる先の異世界は、やはり日本だった。


-


異世界から不法投棄された巨大ドラゴンは日本上空を飛び回っていた。
異世界とこの世界の共通ルールや法律がない以上、不法投棄というのはこの世界から見た理屈だが、この世界からすれば不法投棄として取締りたいぐらいに迷惑もいいところであった。


「巨大ドラゴンを早速迎撃しましょう」


巨大ドラゴン出現時、天野は慌てて出撃しようとしたが、進士司令官に止められた。


「仮称・ファンタジー異世界で、エルフに偽装し潜入している工作員によれば、異世界からの侵略目的の巨大生物兵器ではないということです。」


全くわけのわからない環境に、全く生態を知らないエルフなどに偽装させられて、日々を送らなくてはならない『チームSHURADOU(修羅道)』の工作員には同情を禁じ得ない。
ちなみに仮称・ファンタジー異世界の『仮称・』とは、いくつもの王国が常に覇権争いをしており、敵勢力名称がしょっちゅう変わるため、いつまで経っても『仮称・』扱いされているためである。


「どういうことですか?」


天野は進士司令官に問う。


「仮称・ファンタジー異世界にて、眠れる伝説のドラゴンが復活し、攻撃したところ大暴れしはじめて、持て余した異世界住人達が、ゲートを使って異世界に捨てたということらしいですね。」


進士司令官は冷静に語った。


「で、その捨てた先がこの世界だったと?」


「そのようですね」


「それはまた随分とまた迷惑な話じゃないですか。
侵略行為に相当するのではないのですか?」


「我々の、この世界の理解でいけば、そうなりますね。」


進士と天野の会話に真田は補足説明をする。


「もちろん、政府を通じて相手の世界には厳重に抗議していますが。そこは敵対勢力ですから。
無視されるのが落ちでしょうね。あまりしつこく言って開戦となってもなんですから。」


『海底王国』戦で甚大な被害を出した地球防衛軍日本支部は、軍備再編を行っている真っ只中であり、ゾンビ兵や半魚人、幽霊など異形の者達による戦力増強はあったが、今の状況で開戦などは正気の沙汰ではなかった。従って外交も弱腰にならざるを得ない。




真田の後、天野が再び話しを続けた。


「では、あれはどうするんですか?」


「ドラゴンが暴れていない現在、今すぐに攻撃することは考えていません。
『チームHIDOU(非道)』にドラゴンの分析と方策を検討してもらっています。
なんとか元の世界に送り返せればいいのですが。」


そこで今度は一条女史が口を挟む。


「思うんだけどさー、あの子本当は大人しいんじゃないかなー
今もああやって空飛び回ってるだけだしさー」


確かに巨大ドラゴンは空を飛び回っているだけであった、ここまでは。


「なんとかして捕獲して戦力出来ないものかなー」


一条女史は以前から巨大生物兵器を運用出来ないかと考えていた。
以前の兵力増強会議でも巨大生物の戦力化を提案したことがあった。
しかしその際は飼育環境、食糧の問題といった管理・運用面、生態系への懸念、世論の支持という点から見送られていた。


「やはり現段階では巨大生物との共存は難しいのではないかな。」


財前女史が一条女史の言葉に応じた。




確かに巨大生物を戦力とするのには問題が多過ぎた。
あれだけの巨体を飼育するというのは相当な敷地が必要となるだろう。その巨体を維持するためには相応の食料も必要となる。そのコストはどうするのかという問題も伴う。
また当然ながら周辺住民は不安を感じるであろう。どれだけ安全を訴えたところで、その巨体を目にすれば畏怖を抱くというのが人間の心理であろう。となると世論の支持も得ずらい。
この世界の本来の生態系に存在しない生物が入って来ることで、生態系にどのような影響を及ぼすかも考慮しなくてはならない。


「ただ、今回の件に関しては『ピース9』は動物愛護の立場を取るでしょうから、現時点で我々と敵対することはないでしょうね。」


進士司令官は眼鏡を押しながら言った。
『ピース9』は『海底王国』戦で、過激派の多数が死亡したことで以前よりは多少弱体化していた。
天野は時々思うことがある。『海底王国』戦で過激派が死亡したことで『ピース9』は弱体化し、多数の死亡者をゾンビとして大量発生させたことでゾンビ兵の大幅増強が成された。『海底王国』戦以降、防衛軍には都合の良いことばかりなのである。もしかしたら、すべてはじめから進士司令官が計画していた通りなのではないかと。そうであれば辻褄が合うことが多いのだ。
もしそうだったとしても人類存続という大局で見れば、苦渋の決断として仕方がないのかもしれない。
しかし天野にとっては『海底王国』戦で多くの民間人を死なせてしまったことは、心に深い傷を残していた。


しかし今回に限っては『ピース9』の弱体化は裏目に出たと言ってよかった。
『ピース9』は動物愛護団体系が主となって巨大ドラゴンの保護を世論に訴えていたが、世論は野放図にされている巨大ドラゴンに恐怖を抱き、排除の方向に傾いていった。
『ピース9』の動物愛護よりも、ドラゴンに対する人々の恐怖が上回った、勝ったのであった。


確かに、尻尾まで入れれば体調が百メートル近くはあろうかという巨大なドラゴンが、頭上を飛び回っていたら人々が平静で居られる筈もない。しかも運の悪いことに、巨大ドラゴンは先の仮称・ファンタジー異世界との戦いで傷を負っており、高空を飛ぶことが出来ない状態であり、かなりの低空をゆっくりと飛び回っていた。空が巨大な物体で隠され、地上が巨大な影で覆われれば、人々はあの未確認飛行物体の襲撃の時の恐怖を思い出す。それが群衆心理となって、巨大ドラゴン排斥の大きな世論となっていった。
巨大ドラゴンも常に空を飛び回っているわけではないので、時折山の上など人がいないところに降りて咆哮を上げたりしていたのが、その響き渡る鳴き声は人々の恐怖をより一層煽った。
その後、航空機と巨大ドラゴンが危うく接触しかけるという事件が発生。巨体であるが故に小回りが効かず、攻撃の意志がなくても、航空機やビル、船舶に接触する可能性があることも判明した。
極め付けはやはり餌で、お腹が空いた巨大ドラゴンは海に潜って、海中の魚を食べまくった。人や家畜を襲って食べなかったのは救いではあるが、お陰で一部エリアの漁場から魚が全くいなくなるという被害が出た。当然生態系への影響も懸念された。


やはり人間と巨大生物の共存は難しいのか、人々からはすっかり危険生物として認識されてしまった。防衛軍としてももはや攻撃をせざる得ない状況に追い込まれていた。


-


「やはりだめですね。ドラゴンが来たゲートには結界が張られているようです。」


財前女史が現場のゲート観測班からの報告を伝えた。


「外交交渉が裏目に出てしまいましたかね。」


気の弱い真田が申し訳なさそうに言う。


「よほど送り返されたくないと見えますね。」


進士司令官は眼鏡を押しながら言った。


「現状の我々の航空戦力、対空攻撃力で倒すには、また相当の被害が予想されます。
前回の『海底王国』戦以降、立て直している現在、無用の戦闘は避けたいのですが。
バンカー・バスターなどで突き刺すか、核兵器でも使えば別かもしれませんが。」


「痛そうー、ドラゴンちゃん可哀想ー」


一条女史はまだドラゴンを何とか出来ないかと考えているようだった。


「核兵器は当然無理でしょうが、バンカーバスターは良い策ではないでしょうか?」


財前女史の発言に天野が口を挟む。


「仕留め損なった時、反撃で大惨事になる可能性が高いので、
一撃で確実に息の根を止める必要があります。」


「そもそもドラゴンの鱗ってー、どれぐらい硬いんですかねー」


「うーん、この子、物を壊さないように注意してるしー、知能が高いんじゃないかなー」


一条女史はまだ捕獲に未練があるようだった。




みなが論議している中、作戦立案担当の『チームHIDOU(非道)』リーダー・千野が別作戦を提案する。


「日本の傍にまだ異世界とつながっていないゲートがあります。
おそらくは異空間につながってはいますが、そこに送り込んでみてはどうでしょう?
おそらくはそこからまたどこか別の異世界に出現することになるのでしょうが、
少なくとも我々から異世界に送り込んだということにはならないでしょう。」


「そういう配慮は外交的にも助かりますね。」


真田が相槌を打つ。


「その場合、どうやって放り込むんですか?」


一同が思っている当然の疑問を、天野が代表して千野に質問した。


「ゲート付近まで戦闘機で誘導して、ゲート付近でドラゴンの動きを止め、
巨大な質量をぶつけることで、ゲートにドラゴンを押し込みます。」


「すごい力技な作戦だなー」


「要は元の世界がやったことと同じことをやるわけですね。」


財前女史が頷いた。


「あのドラゴンの巨体を押し込むだけの質量って、何使う気ですか?」


天野は質問を続けた。


「巨大ゾンビクジラを使うのはどうでしょう。
あれだけの質量で体当たりすれば、巨大ドラゴンを押し込むことも可能でしょう。」


『海底王国』が揚陸艇として使った巨大クジラ。この世界で機能停止に追い込み、その死骸は当然調査研究のために、防衛軍が保管していた。ただ、腐敗しないようゾンビ化措置が施されており、魂は存在しないが、生命活動自体は維持されている、ゾンビ素体と同じ状態で保管されていた。


「おおー、やっとあいつらにも使い道が出来たかー」
「そのうち巨大メカゾンビクジラにして空飛ばそうと思ってたんだけどなー」


「その名前、もうわけわかんないっすから」


久しぶりに天野のツッコミの出番であった。




「で、ゾンビ・クジラを打ち上げる方法は?」


天野の質問もどんどん佳境に入る。


「マスドライバーを改修して使います。当然軌道修正は必要となりますが。目的ゲートの位置とマスドライバーの位置、距離、その他条件等々を考えて可能であるという結論が出ています。」


どうやら千野をはじめとする『チームHIDOU(非道)』のメンバーは、この数日をかけて検証をしてきているようだった。そうであれば話は早い。
確かに未確認飛行物体の襲撃以降、対宇宙戦を想定し、宇宙に戦力を送れるよう『チームJADOU(邪道)』によりマスドライバーが開発され、完成はしていた。それこそ以前北條が話していたように山が割れ中から出て来るような代物だ。


「マスドライバーでもあの質量を打ち上げるのはさすがに無理なんじゃないですか?」


「重力制御装置を使って重力を極限まで軽減し、動力炉や推進剤には高次元エネルギーを応用します。幸い前回の防衛作戦の時に、炉の原型となるものは出来ておりますので。」


彼らの伝家の宝刀・高次元エネルギー。今のところ使える量は微々たるものだが、何にでも応用可能で、異次元レベルでエネルギー効率が良い魔法のようなエネルギー。最近は防衛軍でも高次元エネルギー使えば何とかなるだろうという風潮すらある。




その後、千野から作戦の詳細に関する説明が行われた。
核兵器を使えれば早いのは間違いなかったが、核兵器でドラゴンが確実に絶命するとは限らなかったし、さすがにそれは世論が黙ってはいないだろう。
また彼らがいかに非人道的な組織であろうとも、ドラゴン一匹を退治するのに核兵器を使うわけにはいかなかった。となるとここまで回りくどい作戦を取るしか道はないのだ。
防衛軍の技術は確実に日々進歩していた。通常であれば一年かかることが一日で出来るようになるぐらいには。しかし分野に偏りもあった。これは博士が技術供与してくれる内容と相性がいい分野は急激に伸びるが、それほど発展していない分野もあるということだった。


とにもかくにも、こうして『ドラゴン不法投棄作戦』は承認され、実行されることとなった。


-


当のドラゴンは山の上に降り立ち休憩中であった。
ドラゴンの上空を戦闘機が数機旋回して飛び回ると、ドラゴンは気を取られはじめる。戦闘機がそこから飛び去ると、ドラゴンも羽根を広げて飛び上がり、戦闘機の後を追いかけはじめる。


「やー、猫じゃらしに追いて行く猫みたいで可愛いー」


本当にこういう時の一条女史のメンタルはすごい。
確かにこのドラゴンは本当は大人しいのかもしれなかった。
ただ反撃した時の攻撃力が凄まじく、現時点で不死身に近い鉄壁の防御力というだけで。
そして人間からすると存在自体が脅威そのものであり、共存が難しい相手であった。


戦闘機は空中にある目的のゲート直前までドラゴンを引き付けると、そこで離脱する。
ドラゴンがそのままゲートに突っ込んでくれれば一番よかったのだが、ドラゴンはゲートの直前で止まり、そのまま宙に浮く。


「やっぱりこの子知能が高いんじゃないかなー」


一条女史はこのドラゴンの知能が高いのではないかと薄々思っていた。




ゲートの前に立ち止まったドラゴンを、宙に浮く重力制御装置によって形成された無重力フィールドが包み込む。いきなり無重力空間に放り込まれたドラゴンは、とっさに身動きが取れなくなり足掻く。
重力制御装置も相手の動きを一時的に封じるための防衛軍の常套手段になりつつあった。


山を左右に分け、その中央を天に向かい真っ直ぐに伸びるマスドライバー。そのレールは地下にまで繋がっている。
マスドライバーには約二百メートルの巨大ゾンビ・クジラがセッティングされていた。
これでも今回の作戦に合わせ尻尾を切るなどしてサイズが調整されていた。
腐敗しない程度に生命活動が維持されていた巨大ゾンビ・クジラはほぼ肉の塊であった。
その巨大な肉の塊が、高次元エネルギーを推進剤として打ち出される。
この巨大な肉の塊は、無重力フィールドを形成しながら進むため、空気抵抗がほとんどなく、ほぼ初速のままの勢いで目的まで到達する。


巨大な肉塊が空を突き進み、宙に浮く巨大ドラゴンに激突する。
百メートル級のドラゴンと二百メートルの肉塊が衝突するため、その衝撃波は凄まじいものであった。
衝突でミンチにならないよう肉塊の硬度は計算され調整されていたが、ドラゴンはそのまま死んでしまう可能性もあった。防衛軍としてはそれでも問題はなかった。


しかしドラゴンはミンチになることなく、その巨大な生体ミサイルにそのまま押されて行った。この頑丈さでは確かにバンカーバスターで倒せたか疑問である。
巨大ドラゴンはそのまま押し切られ、再びゲートの中に呑み込まれて行った。巨大ゾンビクジラも一緒にそのまま呑み込まれた。


これで不法投棄ドラゴン騒動はひとまずの終息を見た。
関係者は一様に安堵してホッと胸をなで下ろしていた。




「ドラゴンちゃん、今度また会ったら私が必ず助けてあげるからねー」


しかし一条女史は壮大なフラグを立ててしまっていた。


-


一条女史が立てたフラグ通りに、数か月後、巨大ドラゴンは別のゲートからこの世界に戻って来た。
前回よりさらに傷ついた姿になっていたが、まだまだドラゴンは健在であった。
この世界から不法投棄されて以降、いろんな異世界をたらい回しにされて再びここに戻って来たらしい。


「ドラゴンの体表から発せられる異世界反応からみて、少なくとも五、六か所の異世界をたらい回しにされて来たようです。」


財前女史は報告すると、一言付け加えた。


「因果応報と言うことですかね。」


「因果応報なら最初に不法投棄した世界に戻っていただきたかったですがね。」


進士司令官は冷静に返した。




一条女史はドラゴンとの再会に目を輝かせて喜んでいた。


「でもすごいよこの子―、みんなが不法投棄したってことは、
どこの異世界も倒せなかったってことでしょー」
「本当に無敵なんじゃないかなー、不死身かもって話だしー」


「さすがに眠れる伝説のドラゴンと言われるだけありまますね」


天野が呆れ気味に言う。




「さてどうしますか?まさか核兵器というわけにもいかないでしょうし。」


財前女史が困り顔でそう言うおうとすると、一条女史が制した。


「薫ちゃん、何を言ってるんだー
今度こそあたしがドラゴンちゃんを救ってみせるよー」
「あのドラゴンちゃんはどこの世界でも受け入れてもらない、社会不適合ドラゴンちゃんなんだよー
どこに行っても受け入れてもらえない、この組織に居る人達と一緒なんだよー
そういう人達を受け入れて、居場所をつくってあげるのが、この組織じゃないかー
ドラゴンちゃんだけダメってことはないんだよー」


『いやいくらなんでも、それはこの組織を好意的に取り過ぎだろ』


天野は心の中で突っ込むが、同時に一条女史が本当にこの組織を気に入っているのだなとも思う。まぁ本人は最初からそう言っていたのだが。


「とは言ってもだな。何かいい策はあるのか?」


財前女史は困り顔で一条女史に問う。


「任せておいてよー、こんなこともあろうかと、秘策を練っておいたよー」


一条女史は胸をドンと叩いてみせた。


-


『ドラゴン不法投棄作戦』成功の数日後、一条女史は天野と共に『チームJADOU(邪道)』北條のもとを訪れていた。一条女史のアイデアが実現可能なものかを確認するために。


「なるほど。巨大生物一体の質量を、質量保存の法則に基づいて、二つの次元に分けて保存するわけですね。それで小型の質量をこちらの三次元世界に保存し、大型の質量を別次元に保存しておくと。それで必要に応じて、別次元から大型質量を三次元世界に移動させることも出来るようにすると。」


北條の言葉に頷き、答える一条女史。


「そうなんですー、出来れば魂に相応するものは、三次元側にあるといいかなーと。」


天野は横から口を挟む。


「それって、昔の理論だと、相当に膨大なエネルギーを必要とするって奴ですよね。どっかで聞いたことあります。」


天野の問いに北條は苦笑する。


「もうあれなんですよね。博士が自由に次元移動したり、自由に物質を出し入れしている時点で、その辺り、この世界では何でもありになっちゃってるんですよね。昔の既知宇宙と、現在の既知宇宙が全く別物になってしまっているんですよ。博士の影響なのか、時空混乱の影響なのか、全く別の原因なのかはよくわかりませんが。」


北條は話を元に戻す。


「確かにそれなら三次元世界に居る時は小型で、戦闘時に大型になることが出来ますよね。
現在進めている多次元クラウドシステムでは、物質の次元移動だけでしたが、分割保存も出来るように博士に相談して進めますね。」


北條の回答にまずは安堵する一条女史。


「申し訳ないんですけどー、出来るだけ急ぎでお願いしますー
今度ドラゴンちゃんがまたこの世界に来た時は、絶対に助けてあげたいんですー」




博士の協力があれば、防衛軍の技術は一日で一年分以上の進歩を果たすことも可能である。
一条女史の願いを叶えるには、数か月あれば十分であった。


「というわけでー、出来たのがこれですー」


一条女史はゲートにつながる装置を取り出した。


「ちゃらららっちゃらー、名付けて仮称・多次元質量シンクロシステムー
『仮称・』も付けてみましたー」


『とりあえずここはスルーだな』


天野は敢えて突っ込まなかった。


「これをドラゴンちゃんに付けてもらえば、もうドラゴンちゃんはいじめられなくて済むんだよー」


「なるほどな。大したものだな。」


財前女史は感心して頷いた。


「で、どうやって取り付けるんだ?」


「それなんだよねー」


一条女史はチラチラと天野を見た。
財前女史は腕組みをしながら天野をじーっと見つめた。


「ちょっと待て、いくら何でもやる俺でも空飛んでるドラゴンは無理だぞ」


天野は慌てふためいた。




一条女史はインパライダーを呼び出した。


「お前に翼を付けておいてよかったー、とはじめて思えたよー
まんま悪魔みたいな見た目になった時はどうしようかと思ったけどー」


インパラをベースに、蝙蝠の羽、蛇の尻尾、手の甲や体中からタコとイカの触手がニュルニュルと出ている合成獣キメラのようなインパライダー。
その姿を見た、天野と財前女史はひそひそ話をしている。


「なんかあいつ変態ぽくないですか?」


「うむ、確かにゲテモノっぽいな。」




インパライダーは装置を持って空を飛び、巨大ドラゴンに近づいて行く。
ドラゴンは警戒して、ハエを追い払うかのように手を振り回し、インパライダーを近づけようとはしなかった。


「見た目が気持ち悪いからじゃないかな」


天野の言葉に財前女史は頷く。


「うむ、私でも同じように追い払おうとするだろうな。」


「うーん、やっぱりあいつじゃだめかー」
「仕方ないなー、博士に通訳をお願いするかー
ここでまた博士の力に頼るのは嫌だったんだけどなー」


「最初から博士に頼めばよかったんじゃないですか?」


「何を言っているんだー、天野っちはー
人間が、ギリギリまで踏ん張ってー、どうにもならない時に出て来るのが、デウスエクスマキナじゃないかー」


確かに防衛軍内にも博士に頼めばなんとかなるだろうという風潮はあった。


「通訳とはどういうことだ?」


財前女史は改めて疑問に思った。




インパライダーの次は博士が呼び出された。


「むやみに女性をスキャンすると、プライバシーの問題で、ハニーちゃんに怒られるんだが」


博士も正妻の尻に敷かれているらしいことに苦笑する天野。


「まぁ仕方ないねー、ドラゴンちゃんのためだからー」


博士は巨大ドラゴンをスキャンし、ドラゴンとのコミュニケーション方法を探った。
はじめてこの世界の人間・進士と接触した際に、
進士をスキャンしてコミュニケーション言語を修得した時と同じように。


「おっけー、だいたいわかったよ、ほほほ」


「じゃぁ博士『私の話を聞いて欲しい』って伝えてもらえるかなー?」


博士は一条女史の言葉を巨大ドラゴンに伝えた。


「『お前は古代竜族語がわかるのか?』と言っているね」


博士はドラゴンのメッセージを伝える。


「古代竜族語なのかー、おっけー、おっけー」


古代竜族語は相当古い言語であり、仮称・ファンタジー異世界でもわかる者はほとんどいなかった。


「『このままだとあなたはどの世界に行っても、死ぬまで攻撃されるだけだから、私の話を聞いて欲しい』って伝えてもらえるかなー?」


博士がそれを巨大ドラゴンに伝えると、ドラゴンは一条女史の目の前に降りて来た。
一条女史は、博士に通訳をしてもらい『どの世界でもその大きな体が怖いから、自分達の体を小さくする装置を付けて、一度自分達と話し合いをして欲しい』とドラゴンに伝えてもらった。
ドラゴンは頷きながら、自らの角を一条女史の手が届く範囲に差し出した。
一条女史はドラゴンの角に多次元質量シンクロシステムのゲートを取り付けた。
角に装置を付けたドラゴンの姿を見て、一条女史は笑顔で言った。


「なんだか、リボンみたいで可愛いねー」


-


「やっぱり彼女は君の予想どおり、君達より次元が高い生命体だったよ」


博士の言葉に、一条女史は腕を組みながら頷いた。


「やっぱりかー」


「どういうことなんですか?」


天野にはわからないことばかりであった。


「ドラゴンちゃんは、無暗に人襲わないし、物を壊さないように注意してたし、知性が高いんじゃないかなー、とずっと思ってたんだよねー
仮称・ファンタジー異世界ではどうかわからないけど、
この世界では竜とかドラゴンは神様だったり、悪魔だったりするからねー
中には人の姿に変化する場合もあったそうだからー
もうそれって博士と一緒じゃん、と思ったんだよねー
うちらより次元が高いんじゃないかなーってねー」


一条女史の説明に天野と財前女史は感心する。
博士は彼女の次元の高さについて補足説明する。


「彼女も少し練習すれば、僕みたいに自在に肉体を乗り換えることが出来るようになるかもしれないね。将来的には人の姿にも変化出来るようになるかもしれないよ。」


「僕も彼女の記憶はなるべくスキャンしないように気をつけたんだけどね、プライベートな問題でハニーちゃんに怒られるから。」


『それ出来るならもっと最初からやれよ!』


博士の意外なスキルの真実に心の中で突っ込む天野。


「彼女は古代竜族の中でもかなり高貴な身分だったようだね、王族みたいだったよ。」


「やだー、あたしついに王族に友達出来ちゃったー?」


「でも、メスというか女性だって何でわっかったんですか?」


「そりゃ女同士だからねー」


「うーん、私はわからなかったけどなぁ。」


「まぁ薫ちゃんは男前だからねー」


-


博士に通訳として入ってもらい、小型化したドラゴンちゃんと和解を果たした一条女史。
今回の件で、彼女達の間には強い信頼関係が築かれたようであった。
肩に和解した小型ドラゴンちゃんを乗せて歩く。


「これで私も〇〇〇〇マスターだねー」


「それ実名出したらダメな奴ですよね?」


天野はとりあえず突っ込む。


「やーい、引っかかったー、ドラゴンマスターでしょー、そこはー」


「初心者だからドラゴンテイマーでしょ」


その後、ドラゴンちゃんは思念をこの世界の言語化して発することが出来る装置を、一条女史の手で角に付けてもらい、この世界の人間との完全なコミュニケーションが図れるようになる。


小型化したドラゴンちゃんは平時にはムショのマスコットとして愛でられ、戦争には巨大化して防衛軍の強力な戦力として活躍するようになって行く。彼女が人間態を獲得した後は、『お竜ちゃん』『お竜さん』などと呼ばれるようになる。


かくして地球防衛軍日本支部は、巨大生物兵器を平時には小型化することで、運用管理して行くことに成功する。そして将来的には小型化した巨大生物兵器でムショ内が溢れ返って行くことになる。


また異世界に潜入している工作員には、強力な大型生命体をモンスターハントしてくるように指令が下るのだが、それはまた別のお話。











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