非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

押し掛け幽霊

地球防衛軍日本支部基地、通称ムショに幽霊が出ると噂になっていた。
深夜になると、「誰か、助けて」という声が聞こえて来て、暗いムショの中を黒い人影が徘徊ししているらしい。気づいた者が廊下に出ようとすると、夜間自動警備システムが作動してレーザー光線が飛んで来るため人影には近づけない。しかし警備システムはその人影には全く反応しない。つまり人影は人間ではないのだ。


当初この話はムショの怪談として、ムショにいる人々を震えあがらせた。
しかし会議での博士の話が広がるにつれ、人々の反応は徐々に変わってきていた。
博士は高エネルギー生命体であり、この世界の人間が言うところの魂に近い。
そして幽霊は、肉体の死後に、魂をきちんと形づくりこの世界に定着させることが出来た存在であり、この世界の普通の人間より、博士に存在が近い。魂を自らの本体として捉えて、定着させることが出来れば、肉体はいくらでも乗り換えられる。
それが博士の話であった。


女子職員の井戸端会議でも。
「なんかここ最近幽霊が出るらしいよ。」
「ああ、幽霊?博士みたいなもんでしょ。」
「博士見慣れてきたから、そういうのあんまり怖くなくなってきたよねえ。」


男子職員のランチでも。
「最近なんかやたら幽霊見るんだよな俺」
「何お前、幽霊見えるの?すげえじゃん。もうじき次の次元行けるんじゃね」
「いいじゃん、お前一人で先に人類の次のステージ行っちゃう感じ?」


このような会話が頻繁になされるようになって来た。


そんなある日の夜、ムショに大量の幽霊が発生するという事件が発生する。
ムショ敷地の屋外で、通常霊感が強い人しか見られないはずの幽霊が、ほとんど誰の目からも見える状態で百体以上は押し掛けて来ていた。
話を聞いて駆け付けた天野、一条女史、財前女史。
気が弱い真田はついて来すらしなかった。
その場には人間の野次馬も数百人は集まって来ており、その場は騒然となっている。
野次馬達は幽霊の集団と数百メートル離れたところから距離を置いていた。
いくらなんでもあまりに近づくのは、ちょっと躊躇われたのであろう。
「ちょっとこれはどういうことなんですか?」
天野が野次馬に尋ねてもみな首を捻るばかりであった。
「財前さん、ちょっと幽霊に話しかけてみてくださいよ」
天野は若干薄気味悪さもあり、財前に頼んでみた。
「いや、私はちょっとな。」
普段は男前な財前女史も、人より信心深いためか少し躊躇していた。
「やっぱりさー、ここは男らしく天野っちが行くしかないよねー」
こういうことにもっとも物怖じしない一条女史が意地悪をして天野を押した。
「ちっ、まいったな。普段霊感ないから見るのも話すのもはじめてなんだが。」
なかなか普段幽霊と話慣れている人はいないものだが。


「あのー、すいません」
「みなさん、幽霊の方ですかね?」
天野がおそるおそる声を掛けると、幽霊達は人間の声に一瞬びっくと反応した。
幽霊達は集まって何やらひそひそ話をしている。
しばらくして代表者に選ばれたらしい落ち武者が前に進んで来る。
落ち武者の霊は体中に何本もの矢が刺さり、片方の目玉が落ちかけている。
『なんでよりによってこの人なんだよ』
天野は心の中で突っ込む。
「はい、我々はみなさんがおっしゃるところの幽霊です」
幽霊は幽霊である自覚が無いと聞いたことがあるが、そういうことなのだろうか、と天野は思う。
「こんなところでどうされたんですか?」
天野の問いに返って来た答えを聞いて天野は耳を疑う。
「ここに来たら新しい肉体が貰えると聞いてきたもので。
そちこちの墓地や幽霊の間じゃ、今もっぱらの噂になってるんですよ。」
「は?」
しばし事態が掴めず呆然とする天野。
『一体誰がそんな噂を流したのだろうか』
天野は思ったことを素直に聞いてみることにする。
「一体誰がそんな噂を流したかご存じないですか?」
そこに聞き覚えのある声が割って入る。
「いやぁ、ごめんごめん、その噂を流したのは僕だよ、ほほほ。」
天野が声の方向に目をやると、そこにはサンタクロースによく似ている博士が居た。
『やっぱり、あんたかい!』
博士の後ろからは、そのエロい愛人いや華月蘭教授、そして博士のお世話衆である通称ハニーちゃん軍団二十名がついて来ていた。


「君達が会議で幽霊について話をしていたからね。
この世界で、魂をきちんと形づくって定着させることが出来た存在がどんな人達なのか見に行きたくなったんだよ。」
「それでハニーちゃん達に、心霊スポットだという墓地に案内してもらってね。
いやぁ、みんなと随分盛り上がってね、非常に楽しかったよ。奇跡的だったね。」
後ろにいたハニーちゃん軍団は顔をポッと赤らめる。
『なんだよ、そのポッっていうのは』
天野は嫌な予感しかしなかった。


「その場の霊のみんなとコミュニケーションをはかってね。
高次元的な意味でも、三次元的な意味でも、大変素晴らしかったよ。」
後ろにいたハニーちゃん軍団はさらに顔をポッと赤らめる。
『だからなんなんだよ、そのポッっていうのは』
『俺この話、本当に聞かなきゃダメなのかな』


エロい愛人いや蘭教授は体をくねくねさせながら博士の腕に絡みつく。
「もう、ダーリンたらすごいのよ。この娘達に憑りついた女性の霊をみんな昇天させて、成仏させちゃうんだから。」
後ろにいたハニーちゃん軍団はより一層顔をポッと赤らめる。
『やっぱりか、やっぱりそういう話なのか、お前ら墓地で何やってんだよ!』


「女性の霊が次々と成仏しちゃうもんだから、男性の霊が怒ってね。
男性霊もこの娘達に憑りついたのだけど、やっぱりみんな昇天させて、成仏させちゃったのよ。」
後ろにいたハニーちゃん軍団はより一層顔をポッと赤らめる。
『あー、それ中味男同士ってことだよね!霊に性別があるのかよくわからないけど』
『だから、俺この話、本当に聞かなきゃダメなのかな』


そちらこちらの墓地でそんなことを繰り返し、ここに来たら新しい肉体が貰えると触れ回ったらしい。
「進士くんが数百数千の霊を集めるのは大変だと言っていたからね。
僕の研究も兼ねて、微力ながらお手伝いをしたってわけさ、ほほほ」
『うーん、そういうことじゃないと思うぞ』
『しかしお前ら罰当たりにも程があるな』
しかし、本当であれば罰を当てる側が喜んで成仏しているのだから、この場合はどうなるのであろうか、罰というのは案外主観で当てるものなのか、などと天野は思う。そもそも天罰というのは人の道を踏み外さないための教えのようなものであり、人の道を踏み外しまくっているこの組織の人達に当てはまるはずもない。


「それはまぁよいとしても、霊感がない人にもこれだけはっきり霊が見えるのはおかしな話じゃないですか。しかもこんなに大勢の。他に何かしたのではないですか?」
天野が尋ねると博士は笑って答えた。
「幽霊のみんながここに来ても、君達が認識出来なかったら意味がないからね。
君達でもハッキリ認識出来るように、みんなの霊力を上げておいたんだよ、ほほほ。」
幽霊達がここに辿り着くまでに一体どれだけの人が彼らを目撃したことだろうか。
今晩の幽霊目撃情報の多さに、今頃世間はパニックになっているに違いない。




*****


ムショでは緊急会議が開かれ、幽霊達にどう対応するかが検討された。
当然、新しい肉体とは、再生ゾンビの魂が抜けた肉体のことを指している。
霊が再生ゾンビに憑依することで、再生ゾンビがどうなるのか試してみたいところではあった。
貴重な実験データも取れるだろう。
しかし今のところ彼らはこの世に未練を残している存在である。
肉体を与えたところで、その未練を晴らそうとして、人殺しや犯罪などを起こされては困る。
だがもし心残り、未練を解決してなお、この世界に留まることが出来た場合、それは真の意味で次の次元へ進んだ人類である可能性も高い。むしろみなそれを望んでいた。




そこで地球防衛軍日本支部は、霊一体一体と面接して話を聞くことに決めた。
面接の中で、幽霊から直接未練の原因を聞き出し、新しい肉体を提供するに値するかどうかを探ろうというのだ。
最初の面接は『チームGAKIDOU(餓鬼道)』のリクルートチームが担当することになった。
彼らは例え相手が誰であろうと、人材に真摯に向き合う職業意識の高さを持っていた。


落ち武者の霊と面談を行っているのは『チームGAKIDOU(餓鬼道)』のリーダー・山科だった。
山科は、落ち武者の見た目に臆することなく、堂々と胸を張って話を聞いていた。
「そうですか。御嶽様は、関ケ原の無念を晴らされようとしておられるのですか。」
「しかしどうでしょう。もう御嶽様も薄々おわかりになっておられるかと思いますが、既に関ケ原から四百年以上が経っておりますし、ここは一つお気持ちを切替えていただく訳にはまいりませんでしょうか。」
「いつまでも過去に捉われていても何ですし、是非前向きにお考えいただき、我々にご協力をいただく訳にはいきませんでしょうか。」


『チームGAKIDOU(餓鬼道)』の他のメンバーも面接に忙しかった。
「なるほど。自分を散々弄んだ挙句にぼろ雑巾のように捨てた屑男に復讐したいと。
いけませんね、そういう後ろ向きな動機は。最終面接で一番嫌がられるパターンです。
最終面接を通過するためには、もっと前向きな志望動機を語っていただきませんと。
ネガティブな発言は面接官に悪い印象を与えてしまいますから。」


だが何故か、いつの間にか最終面接に合格するためのアドバイスをする面接になっていた。
担当者が相手のことを真摯に考え過ぎた結果であろうか。


「何もかも上手くいかなくて、世をはかなんで自殺をしたら、実は未練がたっぷりだったということですな。
環境のせいにして自分を省みないという姿勢は、面接官の心象を悪くします。
また、新しい肉体を貰ったら、自分は何をしたいのか、何が出来るのか、具体的に前向きなビジョンを語っていただく必要があります。自分に自信を持って積極的にアピールしてください。」


これではまるで転職アドバイザーならぬ、転生アドバイザーではないか。


*****


『チームGAKIDOU(餓鬼道)』の最初の面接で、百体以上いた幽霊は約三分の一まで減っていた。
最終面接は、進士司令官、天野、真田、財前女史、一条女史で行われた。
「そうかそうかー、ついにゴーストゾンビソルジャーかー」
一条女史は感慨深そうに頷いていた。
意外と信心深い財前女史は事前に経を唱えている。
無理やり引きずり出されて来た気の弱い真田の顔は真っ青だった。
ひたすら幽霊達との面接を繰り返す五人組。
最終面接の最中に成仏して行く幽霊も少なくはなかった。
面接の中で話しているうちに気分がすっかり落ち着き、未練や執着がなくなってしまったのであろう。
もしくは諦めがついてしまったのかもしれない。


その中で一際青白く光輝いている美しい女の幽霊がいた。
幽霊特有の青白い光を纏っていなければ、普通の人間ともはや見分けがつかないほどハッキリ具現化している。余程霊力が高いのではないかと思われた。
その幽霊は名を澪と言った。彼女は未確認飛行物体の攻撃に巻き込まれて命を落としたが、一人残して来た幼い息子が気がかりで仕方なく、この世に強い未練を残していた。
「あの子のことが心配で心配で、私も死んでも死にきれなかったんです。
まだあんなに小さいのに一人ぼっちになってしまって。
幽霊になってからも、あの子の傍でずっと見守っていたんですけど。
孤児院に引き取られてもなかなか馴染めないようでして。
孤児院の子達からもいじめられたりしているようで。
よく一人で泣いていたりもするんです。
もうあの子が可哀想で可哀想で、私も見ているのも辛くて悲しくて。
もう一度だけでいいから、あの子を私の手で抱きしめてあげたいんです。」
幽霊の澪は涙ながらにそう話した。
財前女史は涙を流しながらうんうん頷いてた。
「これだけはっきり誰にでも見えるわけですし、話すことも出来るのですから、肉体がなくてもお子さんに声を掛けてあげたらいいんじゃないですか?」
天野は肉体でなくてはならない理由を問うた。
「あの子に幽霊の姿の私を見せたくはないんです。
でももう一度あの子に会って、あの子を抱きしめたい。あの子と話をしたい。
あの子にも母親のぬくもりをもう一度伝えてあげたいんです。
私だってもう一度あの子を抱きしめてぬくもりを感じたいんです。」
もはや財前女史は声を上げて大泣きしていた。
「私も天涯孤独の境遇ですが、親はなくとも子は育ちます。
それもまたその子に与えられた試練ですから。
むしろそうした環境でもまれて、強く育つことが大事なのではないでしょうか。」
進士の言葉には説得力があった。同じ境遇で育ったのだから。
しかし進士のような人間になる可能性もあるわけだが。
感情が無く、人と常に距離を置いて孤独を守ろうとする進士に、この手の人情話が伝わるとは到底思えなかった。
「しかしながらあなたは非常に霊力が強そうです。志望動機も問題になることはなさそうですし、新しい肉体を提供してもよいかとは思います。」
涙ながらに礼を言うお美代。
「司令官も意外にツンデレだからなー」
一条女史はニヤニヤしていた。


結局、最終面接を通過したのは、二十体いや二十名であった。
その中には何故か落ち武者の御嶽さんも入っていた。


選考に漏れた幽霊達は一次面接の担当者に励まされていた。
「これが最後という訳ではありませんから。是非また次頑張りましょう。」
『チームGAKIDOU(餓鬼道)』の指導の成果か、幽霊達もすっかり前向きになっていた。
「志望動機を練り直して、また来ます。」
「自分を見つめ直して、また来ます。」
『どうでもいいから、人目に付かないように帰れよ、お前ら』


天野の思惑をよそに、結局幽霊達はそのままムショに居座り、後にムショ内には幽霊居住エリアが出来る。
そして、随時新規幽霊が募集されることになり、今回選考漏れした幽霊達は『チームGAKIDOU(餓鬼道)』を手伝って、幽霊のリクルーティング活動をすることになる。


とにもかくにも幽霊大量発生騒動は、一晩かかって一応の終息を見た。
すべて終わった頃には、すっかり夜が明けていた。


*****


選抜試験に合格した幽霊達は、新しい肉体に憑依する訓練を行うことになる。
幽霊は誰でも簡単に憑依出来る訳ではないらしい。
訓練の指導担当には一条女史が選ばれた。
とはいえ一条女史の霊体が別の肉体に憑依した経験があるわけではない。
データを収集して、今のは良かったとか悪かったとか、言うぐらいしか出来ないのが実情である。
「でもさー、霊体なり思念なり意識なりがさー、自由に肉体を乗り換えて憑依することが出来たらすごいことになると思うんだよねー」
一条女史は、機材を準備しながら横に居る天野に向かって言った。
天野はその言葉を聞き、地下室で見たロボット像を思い出した。
『あれも憑依して動かす物かもしれないと、北條さんは言ってたな』
「例えばですけどね、巨大ロボットみたいなものにも憑依させたり出来るんですかね?」
天野は一条女史が地下のロボット像を知らない可能性があるため、例え話風に聞いた。
「出来るようになるだろうねー、でも普通の巨大ロボット動かすんだったら人間が操縦したほうが早いからー、ゴーレムみたいなほうがいいかもねー」
ますますあのロボット像向けの話ではないかと天野は思う。
「大きな物動かすのにどれぐらいの霊力がいるのかわからないけどねー」
「この実験が上手く行ってー、データ取れたらー、いずれゴーレム部隊とかつくれるようになるよねー」
一条女史は既に先を見据えているようだった。いや彼女の場合、常に妄想全開なだけなのだが。


*****


その頃、幽霊の澪は、『チームSHIKIDOU(色道)』の彩姐さんに呼び出されていた。
澪は、彩姐さんのことを男勝りの荒くれ女衆を率いる女頭領だと一条女史に聞かされ、震えあがっていた。ついに彩姐さんは幽霊をも震えあがらせる存在になっていたのか。
澪がゾンビ兵の準備室に行くと、既に彩姐さんが待っていた。
彩姐さんは一体のゾンビ兵をまじまじと見つめていた。
「あんたが澪さんかい?」
彩姐さんは澪に気づいた。
澪がおそるおそる返事をすると、彩姐さんは続けた。
「あんたの話は聞いたよ。
現世に一人残して来た子供に会いたいんだって?泣かせる話じゃないかい。」
「あたしにゃ子供なんていないけどね、女だからね、痛いほどその気持ちはわかるってもんさ。」
彩姐さんは、年寄りと女子供には滅法弱い。
そういう話になると急に情が深く、涙脆くなったりする。


彩姐さんは澪に、自分が見つめていたゾンビ兵を見せる。
「この娘はね、あたしのチームにいた娘でね。
この間の『海底王国』との戦争で、唯一あたしが死なせちまった、うちのチームの娘なんだよ。」
「この娘も天涯孤独な身の上でね。死んでも悲しんでくれる親兄弟もいないのさ。
だからせめてあたし達だけでも、遺族の代わりに悲しんでやらなきゃって。
うちの娘達もみんな言うもんだからね。
そりゃ明日は我が身だからね。
自分が死んで悲しんでくれる人がいないのはみんな寂しいのさ。」
「そう考えるとあんたは幸せかもしれないね。
そんなにもあんたの死を嘆き悲しんでくれる人がいるんだから。」
澪は最初幽霊らしく、しくしく泣いていたが、そのうちわんわん泣き出した。
わんわん泣く幽霊というのも滅多に見られるものではない。


彩姐さんは気を取り直して努めて明るく言う。
「前置きが長くなっちまったね。
あたしもこんな感傷的なおセンチを言う女じゃなかったんだけどね。
どうも最近青臭い坊やのお陰で調子が狂っていけないねえ。」
実際に彩姐さんは少し変わって来ていたのかもしれない。
なんだかんだで、このロクでもない組織や環境でも彼女にはいい影響を与えているのかもしれない。


「あんたにこの娘の体を使って欲しいんだよ。
もちろん、この娘の体はあたしのもんじゃないし、
そんなことを勝手に決めちまう資格もないんだけどね。
でも、どこの誰かもわからない馬の骨に憑依されるよりかは、
あんたに憑依してもらったほうがよっぽどマシってもんさね。
変な野郎に憑依されてエロいことなんかに使われた日にゃ、
そいつら全員ぶち殺さなきゃならなくなるからね。」


「そのほうが、きっとこの娘も喜ぶだろうよ。
肉親の情を知らなかった娘が、死んで親子の情をつなぐ役に立つことが出来るんだから。
死んでも他人様の役に立てるんだから。
もしかしたら、死んじまったこの娘も親子の情を感じることが出来るかもしれないしね、どこかで。」
もちろん彩姐さんにはそれが生きている側の勝手な言い分、自己満足、傲慢であることは理解していた。しかしではどうすればいいのかも全く見当が付かない以上、生きている人間がよかれと思ったことをするしかなかった。


泣き続ける澪の肩を抱こうとする彩。
その手はするりと澪をすり抜ける。
「ああ、そう言えば、あんた幽霊だったんだっけね」


*****


そして幽霊達が新しい肉体に憑依する訓練が開始される。
選ばれた幽霊達の前には、新しい肉体は並べられていた。
澪は彩姐さんから提供してもらった娘の肉体を見つめる。
この体に憑依して、私は息子を抱きしめるのだと、澪は決意を固める。


担当の一条女史、それに彩姐さんが訓練を見守った。
しかし憑依に関する具体的な知見や経験値が全くないため、ロクな方策も立てられず、
最先端の機材が揃えられた割には、結局ただひたすら根性論であった。
その光景はまるでスポ根物の特訓のようであった。
「立て!立つんだ、よー!」
「どうした、どうしたー!お前らの限界はそんなもんかー!」
「まだまだやれんだろー!諦めたらそこで終了だぞー!」
一条女史は拡声器で叫び続けた。
「まさかあんた、あたしんちの娘の体が気に入らないって言うんじゃないだろうね」
「気合入れな、坊やに会いたくないのかい?」
彩姐さんも普段『チームSHIKIDOU(色道)』を躾けているだけあって、こういう時はスパルタだ。
澪は悔し涙を浮かべながら、涙を拭って立ち上がった。まさにスポ根。
幽霊がスポ根という全く結び付かない光景が繰り広げられた。


しかし霊力が一番強い澪が最初に憑依に成功した。
「やった!出来た!」
「出来ました!コーチ!」
澪と彩姐さんと一条女史は三人で抱き合って喜んだ。
新しい肉体を得た澪は、もう触れ合うことが出来るようになっているのだ。
普段はあまり仲良くはなかった彩姐さんと一条女史だが、これを機に少し仲良くなれたのかもしれない。


その後は、澪の成功体験が他の幽霊達にも伝えらえた。
「イメージです、大事なのはイメージです。具体的に相手と一体になるイメージを固めてください。」
「相手は動きませんが、命はありますので、相手の鼓動に同調するようにイメージしてください。」
澪の指導のお陰もあり、参加者は全員が憑依出来るようになった。
落ち武者の幽霊御嶽さんは最後に憑依を成功させた。
「やはり、四百年以上ぶりの肉体はいいもんじゃな」


*****


憑依の訓練が成功して数日の間、澪達は日常生活を送る練習をしていた。
彼らにとっては久しぶりの肉体であるから、支障が無いかどうかを確認する必要がある。


そして『チームGAKIDOU(餓鬼道)』は、澪の息子である龍之介を探して連れて来た。
龍之介は五歳のそれはそれは可愛い盛りであり、澪が死んでも死にきれずに化けて出るのも道理であった。
フワフワしたくせ毛に、愛くるしくクリクリい開かれた大きな目、ぷにぷにのホッペと、可愛い要素満載であり、子供大好き彩姐さんは一目見てメロメロになった。普段人を魅了する側のくせに、すっかり魅了されてしまっていた。


そして澪は愛しい息子龍之介との再会を果たす。
彩姐さん、一条女史、財前女史、天野が見守る中。
新しい肉体を得た澪は、愛しい息子を目の前にして、体を震わせ感激していた。
その目からは涙が溢れており、澪はそっと手を差し伸べる。
「お母さん」
龍之介は澪を見てそう言った。
澪の肉体は以前と違うものであるにも関わらず。
しばらく見ていなかったから、お母さんの顔を忘れてしまっていたのか。
霊力が強い澪の息子だから肉体以外の何かが見えているのか。
親子の絆がそうさせたのか、どれかはわからないが、龍之介はお母さんだと認識した。
彩姐さんはこの時点で涙腺崩壊、ハンカチで涙を拭い続けた。
「龍之介…」
澪は声を震わせながら、龍之介の名を呼び、その小さな体を抱きしめた。
「お母さん」
龍之介も澪に抱き着き甘えた。
澪は歓喜の表情で涙を流しながら、龍之介に頬ずりした。
澪は龍之介のぬくもりを感じた。龍之介もまた澪のぬくもりを感じたことであろう。
澪の願いはこの時点で叶った。


澪の霊体は新しい肉体から離れようとしていた。幽体離脱のように霊体が上半身が肉体から抜け出しており、その上半身も薄くぼんやりしはじめていた。
彩姐さんと一条女史は必死になって呼び掛けた。
澪の霊体を、魂を、肉体に、いやこの世界に留めようとして。


彩姐さんはたまらずに澪の霊体に啖呵を切った。
「あたし達はね、欲かきすぎて人の道を外れちまった人間だけどね。
あんたはもっと欲を持つべきだよ。
なんであんたの唯一の欲が、未練が、この子をただ一度抱きしめることだけなんだい?
何度でもこの子を抱きしめたいって思ったっていいんだよ。
もっとこの子と一緒にいたい、成長するところを見ていたい、
この子を守りたい、この子に愛情を注ぎたい、
それぐらいの欲を持ったってね、全然欲深くなんてないんだよ。
そんなのはね、強欲なあたし達からしたら、欲でもなんでもないんだよ。
もっともっと未練をいっぱい持ちなよ。もっともっと強く欲を願いなよ。」


彩姐さんの啖呵に、一条女史が続いた。
「珍しくクソビッチがいいこと言ったよー
あんたがもしこのまま成仏するというのならー
あたし達はこのまま龍之介を人質にしてー、あんたを脅迫するよー
それでもあんたは成仏できるのかー?」
「人間は霊と聞くとね、すぐに怨念や恨みで未練を残した幽霊を思いだすけどねー
ちゃんと守護霊みたいなありがたい霊もいるんだからねー
本当は何百年も前のご先祖様がなるみたいだけどー
あんたが龍之介の守護霊になったっていいじゃないかー
ずっとずっと龍之介のこと見守ってあげたらいいじゃないかー」


しかし一条女史の言葉に彩姐さんが嚙みついた。
「あんた、またあたしのことをクソビッチって言ったね!
こう見えてもあたしは身持ちが固いんだからね!」
「別にねー、ビッチってのは悪い意味じゃないんだよー!
逆を返せば母性愛溢れるってことじゃねえかよー」
「じゃぁクソってのはどうなんだい?」
「それなー、そこはただの悪口だよなー」
やはり彩姐さんと一条女史の相性はそれほど良くってはいなかったようだ。


二人の言い合いを聞いて澪は笑いはじめた。
母親が笑っている顔を見て、龍之介も笑い声をあげた。
それを見てほっこりした天野も笑った。連られて財前女史も笑った。
子供大好きの彩姐さんも一変して龍之介の笑顔に萌えまくった。
子供の笑い声には癒しの効果でもあるのだろうか。
一瞬にしてその場が和んだ。
そして気づくと澪の霊は、再び肉体に定着していた。


彩姐さんと一条女史の説得の成果なのか、
龍之介の力なのかはわからなかったが、
澪は心残り、未練を解決してなお、この世界に留まった。
それは真の意味で次のステージへ進んだ人類になったのかもしれなかった。




博士の次に高次元に最も近い存在になった稀少な澪が、その後どうなったかと言うと。
彩姐さんと一条女史に、めちゃくちゃこき使われていた。
「あんた、うちの娘の体使ってるんだから、
あんたにはうちのチームのメンバーとして、しっかり働いてもらうからね。」
「澪っちさー、憑依時のテストしてデータ取りたいからー、今晩一晩あたしに付き合ってねー
大丈夫、大丈夫、明日の朝までには終わるからさー」
「ひぇぇ、なんであたしがそんな寝ないでお仕事を」
ただ彩姐さんは龍之介には相変わらずメロメロだった。
「じゃぁ仕方ないね。今晩はあたしが龍之介の面倒を見ておいてあげるよ。」
龍之介を抱きかかえむぎゅむぎゅする彩姐さん。
「ねぇ、龍之介たん」
まさか彩姐さんの口から「たん」という敬称を聞く日が来ようとは天野も思ってはいなかった。


すっかり子供にメロメロになってしまった彩姐さんは、近くに居た天野にすり寄って来る。
「もう、すっかりあたしも子供が欲しくなっちまったよ。
坊や、どうだい、あたしと子づくりでもしてみないかい?」
「そんな姐さん、犬猫じゃないんですから、誰でもいいから子供つくるってわけにはいかないでしょう」
「何言ってんだい!誰でもいいんだったらその辺の犬にでもお願いすりゃいんだよ、あんたは全くわかってないんだね!」
「さすがに犬はまずいでしょう。姐さんにそういう性癖があるのなら別ですけど。」
「そういうことを言ってるわけじゃないんだよ!この朴念仁のお単小茄子!」
彩姐さんはプリプリ怒っており、天野は何故彩姐さんが怒っているのかわからなかった。
後ろで見ていた澪は引いていた。
「天野さんて最低なんですね」
「うん、ちょっと引くよねー」
「でもビッチは母性愛に溢れてるってのはあながち間違いじゃないと思うんだけどなー」
一条女史は天野と痴話喧嘩をしている彩姐さんを見てそう思うのであった。




天野は後でこっそり澪に聞いてみた。
「澪さんはどっちが本当の二人だと思いますか?」
澪を引きとめた二人の豹変ぶりをどう思っていのか、澪に聞いてみたかったのだ。
「どっちも本当だと思いますよ。
あたし達のことを心配してくれたのも、もちろん真剣で本気だったですし。
それでメリットがあってよかったというのも本音でしょう。
人間にはその時その時いろんな感情があって、どれも全部その人なんですよ。
それでいいんですよ、きっと。」
「さすが、次の次元に進んだ人はいいこと言いますねー」


澪は笑うと、嬉しそうに龍之介を抱きしめた。


*****


かくして地球防衛軍日本支部は、ゾンビ兵、半魚人に続き、幽霊を仲間に加え、ますます悪の組織のようになって行った。そして幽霊を使った憑依型兵器の研究・開発を進めていくことになる。

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