非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

ゾンビと引きこもり

ある日突然、地球防衛軍の人がやって来た。
『海底王国』との戦争で兄貴が死んで、戦争で助かったはずの両親は先日交通事故で死んでしまった。世間でいうところの引きこもりである僕は、親の収入に全く頼り切りであったために、どうしていいのか途方に暮れていた矢先だった。


最初は警戒して完全に無視していたが、家に食べる物が無くなり、腹が減って、このままでは餓死してしまうと思った時、はじめて地球防衛軍の人に会うことにした。


地球防衛軍の人は僕の様子を心配していたらしく、食料を持って来てくれていた。僕は久しぶりの食事にがっつきながら、地球防衛軍の人の話を聞いた。
地球防衛軍の人は、『地球防衛軍日本支部人材リクルーティング部』の春日だと名乗った。
どうやら春日さんは両親が死ぬ前から、ちょくちょく家に来ていたらしい。両親は自分達が死んだ後、僕の面倒を誰が見るのか、どうやって生きていくのか気がかりだったようで、生前から春日さんに相談していたみたいだった。その話を聞いた時、目からは涙が溢れ出していた。


春日さんは、僕に地球防衛軍の施設に引っ越すことを強く勧めたが、引きこもりどうこう以前に僕はまだこの家を離れる気にはならなかった。気持ちの整理が出来ていなかったのかもしれない。
春日さんは僕の気持ちを察してくれたのか、それではこの家に居ながら自分達に協力してくれないかと言った。


なんでも地球防衛軍が開発した遠隔操作式バイオロイドの試作機テストに協力して欲しいということだった。仮想現実VRに似たような感覚で誰にでも気軽に操作出来るので、僕のように詳しくない人でも問題はないらしい。
僕には取り敢えず食料と収入が必要で、家に引きこもりながら簡単に仕事が出来るのであればありがたいことでもあるので、その話を受けることにした。
春日さんは分厚い契約書を渡して説明してくれたが、僕は話半分ですぐにサインした。例え、騙されていたとしても今の僕には何もないのだからという投げやりな気持ちがどこかにあった。


その次の日、地球防衛軍の人達はバイオロイドを家に運んで来た。バイオロイドは、髑髏のマスクで顔を覆い、ボディはライダースーツを着込み、肩と肘、膝にアーマーを付けており、その姿はまるでダークヒーローのようだった。


VRのようなゴーグルを付けて、ゲームのコントローラーのようなものを握り、バイオロイドを動かす。
ゴーグル越しにバイオロイドが見ている現実世界を見る。不思議な感覚だ。だがそれもすぐに慣れた。
操作は本当に簡単で、これで何故複雑な動きが出来るのか不思議だったが、ゴーグル経由で僕の脳波、思念がバイオロイドに伝わっているのだそうだ。コントローラーは補助的なものだと春日さんは言っていた。その日は、ほぼ一日動かし方を教わって、だいたい動かせるようにはなった。
バイオロイドは限定された範囲でしか行動出来ないようになっていた。確かにこんな姿で普通に街を歩いていたら気味悪がられて事案になることは間違いない。


仕事は、『海底王国』の戦争で封鎖された立ち入り禁止区域の後始末からはじまった。
瓦礫の山をどかし、重い物を運ぶ。当然僕は重さを感じない。確かに地味なVRゲームをやっている感じがする。本当の現場はもっと凄惨なものであったようだが、そういう部分はCGでショッキングではない程度の画像に差し替えられているらしい。
バイオロイドは相当パワーがあるらしく、体の何倍もある大きさの瓦礫も楽々と動かしてみせた。その辺りの自分の体との感覚のずれを修正するのには若干時間がかかった。


現場では他に何体もバイオロイドが働いている。僕と同じようにやはり遠隔で動かしているのだろうか。はじめは全く交流がなかったが、いつしかバイオロイドを通じて話をするようになっていった。バイト同士が段々仲良くなるというのはこういうものなのだろうか。


こうした、自分は体を動かさない不思議な肉体労働がしばらく続くと、僕達はいろいろな仕事を頼まれるようになっていった。昼間はナノマテリアルの偽装ユニットを使うという条件で、行動範囲も広げてもらった。
ここ最近、異世界のテロリストや犯罪者が頻繁に出没していて、物を壊したり、人を襲ったりしているらしい。そうした異世界のテロリストや犯罪者が出没していないか見回りをする仕事だ。


そこでバイオロイドは一時的に再調整された。
その後の能力は動かしている自分でもびっくりするぐらいだった。
自動車に追いつくような速度で走り、俊敏に動き、ビルの谷間を跳躍で飛び回る。
普通の人間では体験出来ないようなことを疑似的にでも体験していることに、僕は興奮していた。
街中を颯爽と駆け抜ける爽快感。バイト仲間達とバイオロイドで街を駆けまわる。
まるで自分がとんでもない能力を手に入れたような気になってくる。


夜、ビルの屋上で地上を見下ろすのは、まるでヒーローになったような気分だった。


「自宅警備員だった俺達が、自宅以外も警備するようになったぜー!」


バイト仲間の一人が興奮して叫んだ。
僕も思わず興奮して叫んだ。


「これからは自宅外警備団だ!」


こんな風に誰かと一緒に興奮することなんて今まで一度もなかった。
気分が高揚しているのが自分でもわかる。生きているような気がする。


どこかで自分は他人とは違う。自分には何かが出来る。ずっとそう思っていた。
だが、誰からも認められることはなく。誰からも受け入れられることもなく。
むしろ何も出来ない奴だとみなに笑われた。そうじゃない。お前らにはわからないんだ。
この世には自分の居場所はどこにもなく。いやそうじゃない。自分が誰も必要としていないのだと思い込む。
相手にされていないんじゃない、僕が相手にしていないんだ。


しかし今僕は明らかに他人とは違っている。特別な存在だ。
毎日毎日、昼夜を問わず、街を駆けまわった。バイオロイドとして。
そしてさらに自分とバイオロイドの力を試す機会を得る。
本当に異世界人テロリストを発見したのだ。
街の裏路地で人間の女性を襲おうとしている異世界人。
僕はビルの谷間を跳躍して飛び回り、そのまま異世界人の背後から飛び蹴りを入れる。
異世界人は路上を転げ回って吹っ飛んだ。
なんという解放感。
今まで抑圧されていたものすべてが、暴力という捌け口で昇華されていくのがわかる。
助けた女の人は、バイオロイドの姿を見ると悲鳴を上げて逃げて行った。
だがその悲鳴すらも心地よかった。


それから僕は寝る間も惜しんで異世界人を探し回った。異世界人を狩りまくった。
時にはバイト仲間達と一緒に。


「おい!右に逃げたぞ」
「回り込め!挟み撃ちにしろ!」


複数のバイオロイド相手に成す術もなく、ボコられる異世界人。
自分達は正義の味方で、正しいことを成しているのだという高揚感がみなにはあった。


一人で狩りをして、異世界人を追っていた時。
その異世界人はどんどん自分の家に近づいてき来ていた。
はじめは単なる偶然だと思っていた。
しかし異世界人は家の目と鼻の先まで迫って来ていた。
まさか何故家がわかる?
僕とバイオロイドをつなげる脳波を辿って来たのか?
ガシャーン!
異世界人が窓を割って侵入して来た。
ゴーグルを取って逃げようとしたが、異世界人は既に目の前に立っていた。
異形の屈強な巨体を真近に見て、パニックになって慌てふためき震える自分。
異世界人がその拳を振り上げた。
『もうダメだ』
その瞬間、バイオロイドが異世界人の顔をぶん殴った。
異世界人はよろけながら耐えて、バイオロイドを殴り返した。
バイオロイドは再び異世界人を殴り返す。
それから異世界人とバイオロイドはひたすらに殴り合いを続けた。
僕は目の前で繰り広げられる殴り合いを震えて見ているだけだった。
それなのにバイオロイドが殴り続けていたのは、脳波が出ていたからなのか?
やがて異世界人は力尽き、その場に倒れ込む。


バイオロイドもボロボロの姿で立ち尽くす。
月明りに照らされるバイオロイド。その髑髏のマスクも壊れ顔が剥き出しになっている。
闇に眼が慣れ段々バイオロイドの顔がはっきりわかるようになる。
心臓の鼓動が早くなっている。
動悸がして、呼吸が出来ない。
頭の中が真っ白になって、ジンジン痺れる。


「ああああああああ!兄貴!」


「なんで兄貴があ!」


それは地球防衛軍に入って『海底王国』との戦いで戦死した兄貴の顔。


なんで兄貴が、なんでお前が。
お前はいつも優秀で、みんなに褒められて、認められて、僕にないものをみんな持っていて、
お前さえいなければ、お前なんか大嫌いなんだ、大嫌いなんだ!
でも涙が溢れて止まらなかった。


何もかもがグシャグシャになり過ぎて、何もかもわからなくなっていた。


*****


「あー、寝ちゃってるねー」


一条女史と春日さんは倒れている少年の顔を覗き込んでいた。
春日は親身になって少年のことを心配していた。


「まぁ、ちょうどよかったんじゃないかなー、潮時だったよねー
力に溺れそうになってたしー
テロ関係ない異世界人亡命者とかも襲ちゃってたしー
まぁ、ちょっとゾンビ兵強化し過ぎちゃったというのはあるかなー」


バイオロイドとされていたのは、地球防衛軍が研究を進めているゾンビ兵であった。


「まぁ、遺族のほうがゾンビ兵との同調率が高いんじゃないか、という仮説は証明されたわけだしー
脳波と思念の同調率は過去最高値だったねー」


防衛軍は『海底王国』で戦死した人間の肉体を再生してゾンビ兵として蘇らせた。
だが魂を持たぬ彼らには、彼らの魂の代わりを務める人間が必要であった。
その役割はゾンビ兵の遺族のほうがより効果的ではないかとして、実験、データ収集が行われていたのだ。




「記憶消去ですかね?」


春日は心配そうに一条女史に尋ねる。
防衛軍の思惑がどうであれ、人材に真摯に向き合うのが彼の仕事でもあるのだ。


「そうなっちゃうよねー」


「同調率、過去最高値だから、消去したくないんだけどねー
ただ、このままだとトラウマ確定だからー
最後の辺りだけでも消しとかないとねー」


「しかし最後にゾンビ兵がひたすら殴り続けたのは、脳波によるものなのでしょうか?」


春日はゾンビ兵の最後の姿を見て、一条に問う。


「そこはロマンでしょー
意志のないはずのロボが、操縦者を置き去りにして、自ら敵のボスと自爆します、みたいなー」


「そこは普通に兄弟愛とかでいいだろ」


一緒について来ていた天野が突っ込む。


*****


僕が目覚めると春日さんが部屋に居て心配そうにしていた。
バイオロイドは既に防衛軍が回収したということだった。
最後に何かを見たような気がするがよく思い出せない。


その後、バイオロイドを使った仕事はなかった。
そして春日さんの勧めで僕は防衛軍に引っ越すことにした。
何故だかすっきりした気持ちだった。気持ちの整理が出来たのかもしれない。


僕は今もムショの自分の部屋で引きこもっている。
僕が住んでる棟は引きこもりばかりだそうで、
食事は食堂のおばちゃんがまとめて配ってくれている。
「みんなちゃんと食べなきゃだめだよー」とおばちゃんは言いながら配る。
いつかおばちゃんにお礼が言えたらいいなとは思う。


仕事は春日さんが持って来てくれる、ドローンの遠隔操作とか、ネットのステマとか、デバッグとか。
いつかまたバイオロイドを操作出来ればいいなとも思う。


ちょっとだけ変わったのか、全く変わってないのか、自分でもよくわからない。
兄貴が死んで、両親も死んだ。でもとりあえず僕は生きているようだ。











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