非人道的地球防衛軍
0.001%の被害者
敵軍勢は死屍累々を乗り越え、ひたすら進み続けて来る。
防衛軍地上部隊は応戦するも、増え続ける敵数の多さに押され、
敵は既に次の防衛ラインにまで近づきつつあった。
石動は敵への迎撃準備を指示する。
天野は通信回線を使って総員に通達。
「各班に告ぐ、敵に応戦しつつ、民間人の避難を誘導しろ」
「負傷した民間人は救護班まで連れて行け。」
石動は通信で応答する。
「救護班?そんなもんねぇよ!
なんせいつも再生医療で済ませちまうんだからな。」
-
その頃、巨大クジラに侵入しバイオウィルスを注入するという特殊任務を与えられた部隊は、偽装ユニットを使って身を隠し、巨大クジラが見える建築物の陰に潜んでいた。
ここに辿り着くまで、敵兵との遭遇、爆撃対象エリア等を考慮したルートで、大きく迂回して車で移動し、近辺からは足で進んで来ていた。
足での移動も敵兵がいないルートを選んで進んで来たが、それでも途中いたるところで屍が転がっており、凄惨な現場となっていた。
「酷いすわ、惨いすわ、自分もう吐きそうですわ」
屍の山を見て、気分が悪くなり途中で何度も吐いた漁人さん。
多古、伊香も同様に何度も吐いていた。
「よく考えたら俺泳げないわ」
伊香は突然思い出しように言った。よく泳げないのにこの任務に志願したものだ。
「兄さん、そんなアホな!泳げないとか、ヘソで茶沸かしますよ!
生まれた時からみんな泳げるのが普通ちゃいますか」
魚人さんは伊香を鼻で笑った。
「そりゃ『海底王国』は海しかねえんだから当たり前だろ」
「何言ってんすか、『海底王国』にも陸ありますよ」
「そうなんか?」
「そりゃそうですわ、じゃなければ自分ら何で人型なんすか。
人の部分の意味ないじゃないですか。
間違えた進化したままの魚類みたいじゃないっすか!」
多古は何も言わずにぼーっとしている。
通常は沿岸付近で水の中にその巨体を潜ませているクジラ。
定期的に兵を吐き出す時だけ砂浜まで上がってくるので、口を開けるタイミングはわかりやすかった。
問題はクジラが口を開けているいつのタイミングで内部に侵入するかである。
口を開けてすぐに突入すると、口の中で大勢の兵士が既に出撃準備をしている可能性が高い。
この際、偽装ユニットで偽装して侵入するが、敵兵に見つかった場合は生存確率がゼロに等しい。
兵士が出撃し、口を閉じる直前のタイミングで突入すると、口の中に閉じ込めらる可能性がある。
閉じ込められた場合、クジラのサイズや歯の硬度から考えて、まず脱出は不可能だろうと考えられた。
「尻の穴から出ればいいんちゃいますの?」
魚人さんは気軽に言っていたが、口から内蔵を延々と歩き無事に尻の穴に辿り着けるとは思えなかった。
「俺はな、クソみたいな奴だと言われるけど、本当のクソにはなりたくねえんだよ」
よくわからないが恰好つける伊香。
「兄さん、そのセリフカッコイイですわ、まじリスクペクトですわ」
なんだかよくわからない勘違いが繰り広げられる。
本作戦の指揮を取るコードネーム・流は、クジラが口を開けたタイミングで突入することを決めた。
偽装ユニット頼みではあるが、ここまで実績があるアイテムだけに問題はないと考えたのだろう。
ただ懸念される点と言えば匂いだ。偽装ユニットでも隠せないのが匂いであった。
特に野生動物に近い種族だと匂いで存在を知られてしまう可能性が高い。
だが幸いなことに今回の相手は魚類であり、空気中の嗅覚がよいとは思えないのが救いであった。
クジラの数は三体であるため、三班に分かれ、各班が一体ずつ担当することになった。
砂浜付近の敵兵による警備はほとんどいなかった。
好戦的な気性なのであろうか、戦闘でのひたすら突き進む行動に通じるものがある。
クジラ達が浅瀬よりその背中を見せ、どんどんクジラの姿が水面上に上がってくる。
数百メートル級の巨大クジラ三体は壮観であった。
まるで水中から山々が浮かび上がって来るのではないかと思うぐらいに。
偽装ユニットで身を隠し、砂浜で待機していた侵入部隊は、クジラの到着地点に近づいていた。
巨大クジラが咆哮と共にその口を大きく開くと、周囲の大気が揺れ、振動しているのがわかった。
その咆哮も鼓膜が破れるのではないかという音量で、体が振動で揺れた。
振動が収まると同時に一同は口の端から中に飛び込んだ。
クジラの口から半漁人の大群が飛び出してくるのとほぼ同時に。
半漁人は全く気づかず、ただひたすら飛び出して行く。
おそらく入れ込み過ぎて周囲への注意が散漫になっているのであろう。
クジラの口の中は案の定、粘着質でベタベタしていた。
クジラの体内奥で何かが広範囲に発光しているのが見える。
それが異世界とこの世界をつなぐゲートであろう。
このようなところに長居は無用とばかりに、メンバーは口内の肉の壁に、バイオウィルスが入ったユニットを突き刺した。
それからわずか数秒で肉の壁に瘤状のものが出来、それが大きく膨れ上がっていく。
体内のいたるところでその瘤が無数に増えて行きどんどん大きくなっている。
その腫瘍は体内にまだ残っている半漁人を押し潰すまでに大きくなり、体内が完全に腫瘍で埋め尽くされるまでさほど時間はかからなかった。
このままでは自分達も押し潰される危険性があるため、侵入メンバーはクジラの口から飛び出した。
魚人さん、多古、伊香は腫瘍に挟まれ押し潰されそうになっていたところを、他のメンバー総出で引っ張り出してもらい事なきを得た。
-
天野からの報告を受け、進士司令官は民間人避難の対応を財前女史に指示する。
財前女史は避難誘導の役割を『チームSHIKIDOU(色道)』に振った。
「まさか、後方支援扱いのあたい達までが前線に駆り出されるとはね」
「戦局はそんなに悪いのかね」
指示を受けた『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆は戦局を案じる。
そんな女衆の前に世話役の彩姐さんが姿を見せ、檄を飛ばす。
「いいかい、あんた達。今回の任務は逃げ遅れた民間人の避難誘導、救出だからね。」
「くれぐれも勝手に機関銃ぶっ放すんじゃないよ。」
「ここから先はナノマテリアルの偽装ユニットで顔を偽装するんだよ。」
「あたし達諜報部員が顔バレ身元バレした日にゃ、おまんまの食い上げだからね。」
「以上」
彩姐さんの話を聞いていたのかよくわからないぐらい、女衆は全く違うとこに見惚れていた。
「やばいっすよ、姐さんの戦闘スーツ、ピチピチでボディライン丸見えじゃないっすか」
「女のあたしでも鼻血でますわ!」
「裸よりエロいっしょ、これ!」
彩姐さんの魅了は女にも有効なようだ。
「仕方ないだろ、どんな時でも女アピールすんのがあたし達の任務だよ。あたしゃ任務に真面目なだけさね。」
『チームSHIKIDOU(色道)』のメンバーは、そのまま用意された巨大輸送ヘリで空送される。
「しかし、いつ撃ち落とされるかわからない上空をヘリで飛ぶなんてぞっとしないねぇ。」
「近くに着陸場所確保出来る場所があったのは助かるけどね。」
「坊や、随分困っているみたいだから助けにきてあげたよ。恩に着ておくれよ」
救助用の巨大輸送ヘリから天野に通信が入る。
「ありがたい!助かります」
巨大輸送ヘリは十数機用意されており、撃ち落とされる心配がない後方に着陸し、そこまで辿り着いた避難民を乗せ、時間ぎりぎりまで往復でピストン輸送を繰り返す、それが彩姐さんから伝えられた救助活動の内容であった。
「やっぱ女はピストンですよねー」
「どっちかというとピストされるほうな」
「下世話なことばっかり言ってんじゃないよ、あんた達は」
「あたし達も避難民の誘導、救援活動を手伝うんだよ」
「やっほー!これで撃ち放題ですねー!」
「だから、勝手に撃ちまくるなって言ってるんだよ」
「いいかい輸送ヘリは年寄り、女子供が最優先だよ。」
「文句言う野郎共にはヤキ入れてやんな。」
彩姐さんは各員に役割分担を指示する。
輸送ヘリが着陸すると『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆は飛び降りて、走って散った。
彩姐さん率いる『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆は、避難民救助を行う天野達に合流する。
「あたしが来てあげたんだから、ちゃんとやっておくれよ、坊や」
「悪いな姐さん、ちょっと今姐さんと楽しくおしゃべりしてる余裕がまったくねーっすわ」
「やだねぇ、いつもはあたしにデレデレしてるくせに、こんな時だけ男らしい顔しちゃってさ」
「なんだよあいつ、普段姐さんに可愛がってもらってる癖にさ」
「こういう時は姐さんのエロいボディスーツ姿見て鼻血のひとつも出して見るってのが礼儀ってもんじゃねーか」
天野への不満を漏らす者がいる一方で、彩姐さんと天野の親密そうな雰囲気に気が付いた女衆もいた。
「姐さん、もしかしてあいつとやっちまったんですか?」
「えーっ!マジっすか?」
「どうでした? よかったっすか?」
「こんな時に、馬鹿なことばっか言ってんじゃないよ、あんた達は」
「可愛い坊やだからね、ちょっと母性本能がくすぐられちまうだけさ。」
彩は口元に笑みを浮かべる。
-
敵の侵攻は思いの他早くなっていた。
いや民間人の避難誘導に人員を割いたため、敵軍への抗戦が手薄になってしまっているのだ。
このままでは次の防衛ラインに民間人を誘導する以前に、敵軍の進行速度に追いつかれ民間人に被害が出るのは間違いなかった。
しかし天野は民間人の避難誘導を放棄する訳にはいかなかった。
防衛軍の爆撃によって、この世界の民間人が巻き込まれて死ぬ。
それではあまりにも業が深過ぎる。
『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆。若い娘が顔を真っ赤にし、ホントパンツからすらりと伸びた生足の太ももを擦り合わせ、もぞもぞしている。
「姐さん、あたしもう我慢出来ないんです」
「体が、火照って、火照って、仕方なんです」
彩は冷静にその娘の様を見つめる。
「若いうちにはよくあることさね。」
「だから、お願いです、もう、いかせてください」
「我慢出来ないんです!」
「そんなにいきたいのか?」
「はい」
「もう限界なんです」
「仕方ない娘だねぇ」
「じゃぁ、あたしが、いかせてあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
「あたしも!」
「あたしだって!」
女衆みなが声をあげると、敵に向かって一斉射撃をはじめる。救援活動が任務なのにである。
「あんた達みんなでなにやってんだい!」
ここまで抑えに抑えていた欲求不満が一気に爆発したのか、みな恍惚した表情で銃を乱射しまくる。
「全員で機関銃乱射してんじゃないよ!」
「あぁ、もうどいつもこいつも仕方ないやつらだね」
敵に応戦しながら、避難誘導するしかない切迫した状況にまで追い込まれているのも確かだ。
「あんた達、こっちが避難民誘導するまでの援護射撃だからね」
「牽制するだけなんだから、突っ込み過ぎるんじゃないよ!」
ビルの陰から突如として伸びて来る触手。
民間人が一人触手に捕まり、ビルの陰に引きずり込まれる。
そしてビルの陰からくねくねと動きながら姿を見せる巨大タコ。
その姿を見た彩姐さんは険しい顔をする。
「タコに蹂躙されるなんて、笑えない冗談だね。」
どんな状況でも自分達のノリを貫く女衆。
「エロい浮世絵みたいじゃないですか」
「タコに蹂躙されるの想像しちゃったよ、あたし」
「ないわぁ」
「引くわぁ」
「ありかも」
「あーん、カミングアウト!」
「あんた達いつも下ネタばっかりだね、さすがに品がないよ」
「あたい達はお色気部隊ですからね、姐さんの言う任務に忠実ってやつですよ!」
「もう好きにおし!」
巨大タコに向かい機関銃を乱射する女衆。
しかし巨大な軟体生物、敵特有の体表緩衝作用で効果は薄い。
「あんた達、特殊銃弾使うか、レーザー光線で焼き切りな!」
「でも、この機関銃特有の振動が」
「いつまでも馬鹿なこと言ってんじゃないよ!死にたいのかい!」
彩姐さんの苦労も絶えない。
-
民間人の避難誘導を優先したため、敵への抗戦が手薄になって、結果として敵の侵攻速度が速まり、敵に追いつかれることとなった防衛軍地上部隊。追いついた敵は容赦無く民間人をも攻撃していく。敵の銃弾に次々と倒れていく人々。
そのような状況の中、天野をはじめとする地上部隊の一部、『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆は民間人の避難活動を続けていた。
しかし次の爆撃までにはもうわずかな時間しか残されていなかった。
「もう時間だ、これ以上は待てないぞ!」
天野の下に合流していた石動が叫ぶ。
「しかしまだいる」
「ギリギリまで待ってくれ!」
せめて自分達の周囲にいる人達だけでも無事避難させたいと思っている天野。
「このまま俺達まで空爆に巻き込まれたら、こっちが全滅するんだぞ!」
『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆も同様に時間一杯救援活動を続けていた。
「こっちはこの爺さんで終了だね」
年寄りを保護する彩姐さん。
「姐さんもう時間ギリギリだよ!早く!」
しかし年寄りの足は遅く思うようには進まなかった。
すぐ背後には多数の敵の姿が迫って来ていた。
敵に向け銃を乱射して、援護する女衆達。
「姐さんもう時間ないよー!」
「もうそんな爺さん置いてきなよ!」
お年寄りも諦めて姐さんに言う。
「お姉さん、もう私はいいから置いていってください」
「放っておけってのは無理ってもんさね!」
「これでもあたしはお爺ちゃん子だったんだよ!」
彩姐さんは爺さんを背負って走り出す。
「お爺ちゃん、いくらあたしのナイスバディに触り放題だからって、ショック死したりしないでおくれよ」
「ショック死なんかで冥途に行かれた日にゃ、あたしが体張った甲斐がなくなっちまうよ」
他の避難民の誘導を終えた天野が駆け付けた。
「いいタイミングできてくれたよ、坊や、惚れちまいそうだよ」
爺さんを背負って、姐さんと一緒に走る天野。
逃げ遅れた年寄りを次の防衛ラインギリギリまで連れていき、他の兵に引き渡す。
後を少し遅れて走っていた姐さんに敵の攻撃が迫っていた。
「姐さん!危ない!」
天野は姐さんを庇い、敵の流れ弾に当たる。
「坊や!」
その直後、開始された空爆の爆風で敵が吹き飛ぶ。
しかし天野と彩も爆風に巻き込まれる。
天野は彩を守るかのように、彩の頭を自らの胸に抱きかかえる。
二人はそのまま数メートル吹き飛ばされる。
天野のヘルメットは脱げ、頭からは血が流れている。
「坊や!大丈夫かい!?」
「まぁ、なんとか、大丈夫です…」
幸い流れ弾は脇腹を貫通しだけではあった。
「立てるかい?」
彩姐さんと天野は立ち上がり、安全な場所まで移動する。
彩姐さんは女衆が持っていた救護パックで天野に応急処置を施す。
「止血はしておいたよ」
天野の頭に包帯を巻き終える。
「しかし頭を強く打っただろうからね。後で検査しないとだね」
「あんたには大きな借りをつくっちまったね」
「いえ、もとはと言えばギリギリまで救助活動を優先させて俺の責任です」
「怪我をしたのが、彩さんじゃなくて俺でよかった」
「あんたそりゃまるで口説き文句みたいじゃないか」
「いやそんなつもりじゃ…ははは、痛って」
「坊や、ありがとうよ」
合流していた石動が天野の様子を見に来た。
「あんちゃんよ、さすがにあれはギリギリ過ぎだわ」
「下手すりゃ、全員巻き添えくらって全滅だったぞ」
「実際、あんちゃん爆風に巻き込まれて、そんな怪我しちまってるじゃねぇか」
「指揮官の判断ミスで死なされるのは御免だぜ」
彩姐さんも天野を心配するあまりに苦言を呈した。
「あたしもね、助けてもらっておいて、こんなこと言うのもおこがましいけどね」
「あの司令官はいけ好かない野郎だけど、あいつの言っていることは間違ってないよ。
民間人の避難優先しちまって、あたし達が全滅しちまったら元も子もないんだよ。
あたし達がやられちまったら、 結局もっと多くの人達が殺されちまうんだよ。」
「坊やだってちょっと間違えてたら死んでたんだ、あんた指揮官なんだから、あんたが真っ先に死んじまっちゃしょうがないじゃないかい」
二人の言葉に対し、天野は自らの信じる道を示す。
「わかってるんですよ!俺だってわかってるんです!
でもね、兵士ってのは覚悟して来てるんだから、仕方ない部分がありますけど、
民間人はね、今日死ぬかもしれないなんて覚悟で生きてないんですよ!」
「明日は何しようか、明後日はどうしよか、将来はどうしようか、そんなこと考えながら、毎日生きてるんですよ…」
こんな時に、ただひたすら真っ直ぐな王道を説こうとする天野に、二人は面食らった。
「あんた本当に坊やだったんだね、ちょっとびっくりしちっまったよ。」
呆れ顔の彩姐さんは口許に笑みを浮かべた。
「全く、なんでこんなのがここに来ちまったのかね。」
呆れ顔の石動も笑った。
「やれやれ、全くだな」
-
クジラを機能停止に追いやり、敵の増援を絶つことが出来た防衛軍。
しかし地上の残存敵兵力は既に十万以上を超えてしまっていた。
防衛軍側の被害も大きく、損耗率は四十パーセント近くに達し、兵達の消耗、疲労も激しく、疲弊した状況。戦線も敵が上陸してきたポイントを中心に約十キロ圏内まで拡大していた。
進士司令官はこの最終局面において、プラン『Z-02』を発令する。
「あれを、マジでやるのか」
天野は耳を疑った。
しかし、確かにこの凄惨な地獄絵図と化した戦場においては最も有効な作戦でもあった。
「プラン『Z-02』の発動だ。俺が合図したら全員後方に待機だ。
人体には影響がないとのことだが、一応防護マスクを着用しておけ。」
もう何度も両軍の頭上を飛び回った爆撃機が再び上空を飛ぶ。
しかも今回は敵の対空攻撃にあたるのではないかと思うぐらいかなりの低空飛行。
さらに今敵軍がいるポイントの頭上だけではなく、敵の上陸地点から行軍経路をなぞるように広範囲に飛び回っている。
続いて千機近いドローン部隊が空を移動して来る。約千機のドローン編隊は壮観なものがある。
ドローン部隊は超低空で、敵軍を避けるように散らばって行く。ドローンからは何かが散布されていた。いや目には見えなかったが爆撃機も散布していたのだ。
-
敵軍と抗戦していた地上部隊に天野から移動の合図が入る。
地上部隊は銃撃しながら後ずさっていく。
半魚人はその後を追おうとするが、何者かに足を掴まれる。
半魚人が目をやると横に転がっている血塗れの人間の屍が自分の足を掴んでいる。
半魚人は偶然足に絡まったのであろうと、何度もふりほどこうとするが、ふりほどけない。
やがて人間の屍は体を小刻みにゆらしはじめ、呻き声をあげながら、ついに上半身を起こす。
恐怖に駆られた半漁人は屍に向かって、銃を撃つ。
銃弾は屍の脳髄を吹き飛ばしたが、屍はそのまま動きを止めない。
屍は呻きながらそのまま立ち上がる。
そして次の瞬間、銃を撃った半魚人に襲い掛かった。
戦場の至るところで同様の光景が広がりはじめた。
人間に限らず、半漁人や人魚の屍も動き、立ち上がる。
肉体の一部を欠損している屍もいる。
片腕がない屍、片目が飛び出している屍、頭部が吹き飛ばされている屍。
欠損が酷い屍には、顔がない屍、内臓をまき散らしている屍もいる。
下半身を吹き飛ばされた屍は、手を使って地面を這いずり回っている。
戦場の血塗れの屍すべてが動きはじめ、敵にゆっくりと向かって行く。
敵地上軍は、銃を乱射して屍の群れを吹き飛ばすが、血塗れの屍は、倒れても倒れても立ち上がる。何度でも立ち上がる。気味の悪い呻き声をあげながら。
敵地上軍は、倒れても倒れても立ち上がる屍に徐々に後ずさりをはじめるが、後ろにも横にも屍がおり周りを囲まれる。それは当然のことでもある。この戦場には彼ら以外は屍しかいないのだから。
周囲四方に向かって銃を乱射するが、いくら撃っても、いくら屍を吹き飛ばしても、距離は縮まるばかりである。次から次へその物量で向かってくるのだから当然でもあった。物量で押していた敵軍が屍の物量で押し返されるのは皮肉なことであった。
敵兵はついに屍の群れに捕まり、首をへし折られる。
そして絶命した彼もまた屍となって動きはじめる。
こうした光景が、敵が上陸してきたポイントを中心に約十キロ圏内で繰り広げれていた。それがこの戦争で戦場となった範囲であり、その範囲すべてが屍で埋め尽くされていたといことでもある。
屍の中には、これまでの戦いぶりがわかるような黒焦げの屍や凍てついた屍の姿もあった。
世界のすべてが屍で埋め尽くされたのではないかと思える光景、永遠に続くのではないかと思われる屍の襲撃、敵兵からすればその重圧と恐怖は計り知れないものであった。
今や東京の旧埋立地跡を中心とした約十キロ圏内は血塗れのゾンビの群れに埋め尽くされ、その呻き声がどこに居ても聞こえてくる、地獄の様相を呈していた。
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「ここから先は持久戦ですね」
司令室で、財前、一条、真田ら幹部連と、戦略・戦術担当の『チームHIDOU(非道)』のメンバーと共に、戦局を見つめていた進士司令官。
「しかしこちらがこれ以上不利になることは決してない。
両軍で死者が増えれば増えるほど、こちらの兵力は増えていく。
ゾンビによって拮抗した戦力バランスが崩れるのがいつか。
後は向こうがこのからくりに気づいて撤退してくれるのを待つばかりですね。」
「決して勝ちとは言い切れませんが、負けたわけでもありません」
進士司令官は眼鏡を軽く指で押した。
「我々の目的はあくまで人類滅亡の回避ですから、我々の負けは人類が滅亡した時です。」
爆撃機やドローン部隊が空中散布していたのは、兵力増強会議で博士が話していた『宇宙ウイルス』であった。このウィルスは、生物の死骸を餌にしており、死骸に寄生してそれを操って、自分の巣穴まで移動させるという習性を持っていた。生きている人間に感染することはないが、死骸には感染する。ただ攻撃を加えて来た相手には反撃するので、敵軍が屍を攻撃をしていたのはむしろ逆効果であった。
進士司令官は、兵力増強会議でこの存在を博士から聞いた時、内地決戦の際の最終手段として利用出来ると判断し、博士の協力の下、このウイルスの培養を進めて来ていた。この分野に造詣が深い一条女史が責任者としてプロジェクトは進められていた。
ドローンに関しては、やはり操縦者の人員確保を『チームGAKIDOU(餓鬼道)』が担当した。
今回は事前に空路をプログラムされており、ほとんど自動操縦になっていたため、実際に動かしたのは、ムショ内の非戦闘従事者ばかりであった。それこそ事務員から、土木・建築作業員、清掃員、食堂のおばちゃんまで、約千人が参加していた。
進士司令官の言う通り、この後は約十万の残存敵兵が、約二十万前後のゾンビに蹂躙されるのをひたすら待つことになる。ゾンビは武器を持たず、ひたすら多勢で襲い掛かるだけではあるので、時間が掛かった。欠損している個体も多いため、数の差にしてはそこまでの戦力差はなかった。序盤は。
ただメンタル面が大きく違っていた。ゾンビには魂のようなものはないため当然メンタルは存在しない。一方この世界の人間に近いメンタルではないかと想定される半魚人兵は、ゾンビに恐怖を感じ、臆してしまっていた。
そして何より死者が出れば出る程、ゾンビ側の数が増えていくのである。序盤拮抗していたバランスはやがて崩れ、そのまま大きく決壊した。敵兵士には逃亡する者が現れ、防衛軍に投降する者も出始めた。大崩れした敵軍は、戦意を失い撤退する。撤退と言っても、疲弊した状態で、クジラによる輸送もなく、海中のゲートまでひたすら自力で泳いで帰るしかなく、どれぐらいの数が無事に帰投出来たかは定かではない。
防衛軍は敗残兵狩りはせずにむしろ投降を呼び掛けた。下手に交戦してしまっては自分達もゾンビに襲われる可能性がある。ゾンビの活動が鎮静化するまでは大人しくしていた方が得策だった。
「しかし巣穴に帰って来るという話ですが、巣穴ってどこんなんっでしょうか?」
気の弱い真田はモニターすらまともに見られずに、手で顔を覆い指の隙間から時折チラ見している。
「そりゃー、ここなんじゃないですかねー、ここで培養してましたからー」
「え!」
真田は卒倒しそうである。
確かにムショの周りに数十万規模のゾンビが集まってくることを考えると逃げ出したくなるのも道理である。
「どうやって処分するんですか?」
「今、宇宙ウィルスだけを一斉に処分出来るウィルスを博士につくってもらってます。」
進士司令官はそこそこ衝撃的な発言を冷静に発した。
「今、つくってるんですか?」
「ぶっちゃけー、間に合わなかったんだよねー」
この作戦中、博士の姿を見なかったのはそのためらしい。
博士のウイルスが完成するまでしばらくは、ムショの周りを数十万のゾンビに囲まれて暮らすようことになるようだ。
「損傷が激しいゾンビくんには火葬で成仏してもらってー、損傷軽微なゾンビくんは再生医療で復活してもらうかなー」
「素体の問題も解決したしー、ゾンビ兵の研究が進むだろうねー」
「日本政府にはどうやって報告しましょう…。」
真田は胃が痛いらしく、胃を抑えている。
「しかしこの後、ゲートからの敵後続がないのは唯一の救いですね。
こちらの損耗度合から考えて、直後の次戦はまず無理ですからね。」
進士司令官の発言に財前女史は応じる。
「はい、敵内部潜入者からの情報によると、まだ海中のゲートによる大量移送には限界があるようで、クジラ揚陸艇作戦も苦肉の策だったようです。」
「しかしこちらも被害甚大ですね。」
千野が被害の分析をはじめる。
「おそらく民間人の被害も入れて死傷者は十万人を超えているでしょう。
『ピース9』過激派の死亡者に至っては、反戦に命を懸けてきたのに、ゾンビとして戦争をさせられているんですから、死んでも死にきれないでしょうね。」
進士司令官は眼鏡を押しながら言う。
「ええ、私が想定していた中でも、最悪から二番目のシナリオですね。」
「ちなみに一番最悪のシナリオはなんだったんですか?」
「東京での核兵器使用です。」
「最悪から二番目でちょうどいいぐらいの順位ですね。」
財前女史は思わず目を閉じて合掌する。
それを見て一同も合掌する。
-
天野率いる地上部隊は後方待機を続けていた。
半魚人とゾンビの戦闘に巻き込まれるのは絶対避けなければならず、稀にゾンビから逃げおおせてきた半魚人を撃退することはあったが、それもゾンビではないとわかるまでは迂闊に手が出せない状態だった。防衛軍に投降してくる半魚人も少なくなかった。
司令室から戦闘終結と、後続増援の可能性がないことが伝えられ、
天野は総員に戦闘終結後の指示を出した。
ひとまずではあるが、ようやく肩の荷が降りた天野。
ホッとして後ろを振り返ると、目の前には彩姐さんの姿があった。
「そういや姐さん、そのボディスーツすごいエロいっすね、鼻血でそうですよ」
天野はここまで来てはじめて、張りつめていた緊張がようやく解けたようだった。
「なんだい、今頃気づいたのかい?」
「あんた今までどれだけ余裕なかったんだい」
天野の落ち着いた様子を見て少し安心した彩姐さんはいつもの調子でちょっかいを出した。
「助けてもらったお礼がしたいから」
「今晩あたしの部屋に来ておくれよ、部屋の鍵開けて待ってるよ」
しかし彩がそういう言い終わらないうちに、天野はその場に崩れ落ち、倒れた。
「坊や!しっかりおし!」
天野に駆け寄り、上半身を抱きかかえる彩。
「とってもありがたいお誘いなんですがね姐さん…さすがに今晩は病院のベッドの上ですわ…」
天野の頭に巻かれた包帯は真っ赤に染まり、再び血が流れ出していた。
「そうかい、そりゃ残念だね」
彩は天野の頭を自分の胸で包み込むようにして抱きしめる。
彩は死に行く者を看取る時いつもそうしていた。
せめてもの救いに、自分の胸の中で安らかに大往生を遂げて欲しい、それが彩の願い。
そのまま意識を失う天野。
「おやすみ、坊や」
-
数日後、病院のベッドの上で天野が目を覚ますと、傍には彩姐さんがいた。
彩姐さんはハンカチで涙を拭いながら「よかったよ」を連発した。
いつか大親分が言っていた『親しくなった相手には情が深く、涙脆くていい女だ』というのは本当のようだった。
しばらくすると一条女史がむくれた顔で見舞いに来た。
「一条さんはなんでむくれてるんですか?」
「だってさー、せっかく天野きゅん改造するいいチャンスだったのにさぁー」
「このクソビッチがすげー反対すんだよー、いい具合に瀕死だったのにさぁー」
「ふざけんじゃないよ!あんた今あたしのことをクソビッチって言ったね?」
「それになんだい、まだ童貞の坊やを改造しちまうなんて、あんたにゃ情てもんがないのかい?本当に薄情な女だね。」
「別に俺童貞じゃなっすよ!」
「うん?童貞じゃないのかい?」
天使のような笑顔で天野を見つめる彩姐さん。さすが天性の小悪魔いやサキュバスか。
「いや別に童貞ってことでもいいんですけど…」
そこにちょうど病院に立ち寄った石動不動が顔を出しに来た。
「おぉ、もててるなー、しかしなんだお前童貞だったのか?」
『童貞じゃねぇよ!』
「ちゃんと早めに教えてもらっとけよ、ここにいたらいつ死ぬかわからんぞ」
天野は戦場でのことを思い出し、石動に謝罪する。
「本当にすまなかったな。エラそうなこと言ってあんたの上に立っておきながら、危うく部隊を全滅させそうになっちまった。」
「あぁ全くだな。あん時は久しぶりにあんな青臭いもん見せられたから、その場にいた奴みんなドン引きしてたな。でもまぁ、個人的には勢いのある馬鹿は嫌いじゃねぇけどな。指揮官じゃなきゃな。
もしまた次に現場くる時はしっかり頼むぜ、あんちゃんよ」
天野は突然石動の言葉を思い出した。
「カニは食ったのか?」
「ああ、食ったぜ。やっぱりデカいカニは大味だな。」
石動不動はそういう言い残すと手を振って病室から出て行った。
『ホントに食ったんだ』
「やはりまだ心のどこかで怒っているんですかね」
「なぁに、あいつも照れてんのさ」
「ここは、お天道様に顔向け出来ない、道を踏み外しちまった日陰者連中ばかりが集まるところだからね。坊やみたいに日の当たる道の真ん中を堂々と歩いてきたような人間を見ると眩しくてね、どうしたらいいのかわからなくなっちまうのさ…あたしもね。」
「坊やの青臭いとこあたしは可愛いと思うけどね。
このままここにいると、あんたきっとこの先辛くなるよ、いいのかい?」
彩姐さんは少し憂いのある顔で天野を見つめた。
「天野きゅんさー、ここのみんなにすっかり彩姐さんの情夫だと思われてるから、別の意味でも辛くなるよー」
「マジですか」
「ここの医療施設に緊急搬送されてからずっと姐さんがつきっきりだったんだから、そりゃそうなるよねー」
「そうだったんですか、彩さん、いろいろありがとうございました」
「よしておくれよ。あたしのせいで大怪我させちまったからね、心配だったんだよ。」
「まぁねー、ムショ中の男の恨み買って、殺意持たれるからねー」
「退院したら命狙われまくるんじゃないかなー」
「マジですか」
「いいじゃないかい。あたしは別にやぶさかじゃないんだよ」
「出た、サキュバスモード」
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その後、天野は彩姐さんと一条女史から話を聞いた。
上陸した敵兵総数は三十万以上であったこと、
こちらの世界の被害は十万人以上であったこと、
その内の半数以上が民間人であったことなどを。
天野は実際によく戦い抜いたものだという気持ちがあった。
だがやはり民間人に多大な人的被害を出したことは、悔やんでも悔やみきれなかった。
その後、天野は進士司令官の下を訪れた。
「申し訳ありません。私の判断ミスで危うく総員を全滅させるところでした。」
天野の言葉に進士司令官は冷静に返した。
「結果として、命令違反を犯した訳ではありませんしね。
結果として、あなた一人が大怪我をしただけで済んだ。
これはあなた一人が自らの命を犠牲にして、その他大勢を救おうとしたとも解釈できます。」
そして進士司令官は言葉を続けた。
「今回私は三億人の命を救おうとして十万人の被害を出しました。
人類存続を前提として、いつの間にか増えてしまった人類の総人口を百億だとした場合、
わずか0.001パーセントの被害者だとも言えます。
しかし十万人は十万人でもあります。
その数字をどう捉えるかはいろいろな人がいるでしょう。数字の詭弁とも言えます。
しかし、私はわずか0.001パーセントの被害者だと考えなくてはいけないのです。」
「この業を背負って、私はいつかはけじめをつけなくてはなりません。
しかし今はまだその時ではありません。
この異世界間戦争が終結するまでおそらくまた数十万人単位で人が死んでいくでしょう。
しかしその業を背負うのは私一人だけでよいのです。」
進士司令官は眼鏡を指で押しながら、天野を見つめた。
「あなたは私の対極にあるような人です。その人柄や人望から、ここにいる無法者達ですらあなたに惹かれ、心を開きはじめています。
今のように壊れかけた世界には私のような業が深い人間が必要ですが、いつかやがて安定が訪れた時にはあなたのような王道を歩む人間がリーダーになるべきだとも思っています。」
「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
ここまで黙っていた天野は進士司令官に尋ねる。
「なぜ司令官はそこまで自分を捨て石にしようとされるのですか?
まるで一身にその罪を背負おうとしているように見えます。」
「業を背負って非道に徹する、それが私に与えられた使命だからです。私がこの世に生を受けた意味でもあり、私の社会的役割なのです。そう私は信じ、そこにのみ執着して生きているのですよ、私は。」
進士司令官は眼鏡を指で押しながら、遠くを見つめた。
その後しばらく地球防衛軍日本支部は、総出で今回の後始末に追われることになる。戦場となったエリアは封鎖され、立ち入り禁止区域となり、日本政府にいろいろバレないように必死で証拠隠滅が図られた。
今回の初陣後、天野はしばらく落ち込んでいたが、彩姐さんや一条女史、財前女史に励まされたり、慰められたり、喝を入れられたり、しばかれたり、どつかれたりしながら、次第にいつもの調子に戻っていくのであった。
そして地球防衛軍日本支部は今回の初陣以降、飛躍的に技術を発展させ、ゾンビ兵や半魚人をはじめとする人材を大増員し、戦力を増強させていくことになる。
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