非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

開戦・海戦・海鮮

「そもそも海戦で奴らに挑むなんて無理ゲーですって。」


作戦立案を担当する『チームHIDOU(非道)』リーダー・千野は開口一番そう言った。


千野は手元のデータ分析資料を見ながら話を続けた。


「『チームSHIKIDOU(色道)』『チームSHURADOU(修羅道)』の各種諜報機関、工作員、内通者、亡命者などから集まった情報から分析を重ねましたが、海戦では万に一つも勝ち目がないというのが結論です。
『海底王国』の水棲生物が、報告通りの高速スピードで海中を右に左に自由自在に動き回れるとしたら、こちらの攻撃はまず当たりません。未来予測で進路を先読みするしかないレベルです。
巨大水棲生物にいたっては、報告通りのサイズや重量、高速スピードで海中を泳げるとしたら、体当たりされただけで艦が沈みます。」
「大軍勢の群れを探知出来た段階で、広範囲兵器などで爆撃が出来ればダメージを与えることは可能かもしれませんが。例えば、核兵器とかで。」


核兵器の扱いは非常にデリケートな問題であるため、その場の一同はしばし沈黙する。
会議は進士司令官、真田、財前、一条、天野のいつものメンバーに、作戦立案担当の『チームHIDOU(非道)』の千野をはじめとするメンバー五名、幹部連から参加している五名、計十五名にて行われていた。


重苦しい雰囲気の中、千野は再び話はじめる。


「正直なところ、地上戦しかないと思いますよ。」


「地上戦ということは内地で迎撃するということだろ。」


千野の発言に真田は青ざめる。


「内地迎撃を前提とした作戦はさすがに政府も世論も黙ってはいなだろう。作戦の認可が通るとは思えない。」


立場上、政府の顔色をうかがい世論を気にする真田を切って捨てるかのように千野は続ける。


「正直、海戦はやるだけ無駄だと思っています。
ここで海軍力を全滅させてしまっては、今後の他敵勢力との戦いにも影響が出ます。」


「今は後がない状況というのが建前だから、兵力温存で内地迎撃は有り得ないだろ。」


「それこそ内地迎撃が許されないからと言って、建前的に海戦に挑んだとしても、戦力の消耗以外のなにものでもありません。」


二人が論じている間に進士司令官が口を挟む。


「いずれにせよ、現時点で地球防衛軍日本支部には海軍力はほとんどないですから。国防軍の出方次第になりますかね。」


未確認飛行物体の襲撃で軍事拠点である軍港や艦隊はほぼ壊滅に追い込まれていた。残存艦がないわけではなかったが、日本は周囲を海に囲まれた島国であり、他国からの侵略の際には海軍力に依存するところが大きい。残存艦や新造艦は優先的に国防軍にまわされており、地球防衛軍日本支部には使用できる艦はほとんどなかった。


「空飛ぶ戦艦とかあるとよかったんですけどねー」


「いずれにしましても、政府ないし国防軍と私のほうで一度調整してみます。」


真田は胃の辺りを手で押さえながら言った。




千野はさらに自らの見解を語る。


「今回の相手が『海底王国』で、まだ助かっているとも言えますかね。
『海底王国』の構成物質はこちらの世界のものと大部近いようですから、まだこちらの通常兵器が通用する見通しが立ちます。
これが博士のようにほぼ未知の物質で構成されているような存在ですと、通常兵器が全く通用しない可能性すらありますから。」


「敵の軍勢はどれぐらいと想定されるのでしょうか?」


今まで黙っていた天野が口を開く。


「『海底王国』世界の生物はほぼ魚類だそうだから、全体の個数に関しては、こちらの人類の比ではないだろう。こちらの世界の生態系ピラミッドでも人類より魚類が多いのに、向こうの生態系ピラミッドはすべてが魚類という状態だ。その中のどれぐらいが知能ある魚類で、戦闘に参加するのかはわからんが、総軍勢であれば数千万以上であることも考えられる。」


「戦力的にも無理ゲーじゃないですか。」


「だが、異世界をつなぐ空間の規模から見ると、大群を一斉にこちらに送ることは出来ないだろう。その空間自体もまだ判明していないことが多いが、空間を通るには相応の時間がかかるようだから、先遣隊で数万規模ではないかと想定出来る。そこが拠点防衛に徹している唯一の救いだな、遠征で数千万と戦うとなると、まさしく無理ゲーになるけどね。」


「気圧の違いはどうなんでしょうね?深海生物が地上に打ち上げられるとペシャンコになりますが。」


天野から素朴な疑問が投げかけられる。


「内通者などを見ればわかるが、過去にこちらに来てそのまま生活出来ている『魚類族』がいるのだから、問題はないのだろうね。『海底王国』の気圧はこちらと同じぐらいなのか、異世界をつなぐ空間を通る際に適応されるのか、というところではないかな。」




さらに千野は続ける。


「制空権に関しても助かっていると言えるでしょう。」


「敵側の制空能力はないと考えて間違いないでしょうか?」


進士の言葉に千野が答える。


「水棲生物ですからね、空を飛ぶとは考えづらいのですが。
そもそも水棲生物が陸に上がってくること自体が考えられないことですからね。
陸に上がってもそれなりに戦える自信があるからこその攻撃でしょう。
陸に上がって来た時点で、能力が落ちることは予想されますが、半魚人などは人型ですし、巨大蟹などは陸上でもそれなりに動けるでしょう。」


「また蟹かー」


「如何せん、敵の情報が少な過ぎますね。現時点ではこれが精一杯なのでしょうが。」


進士は難しい顔をしながら呟いた。




「海戦の問題は置いておくとして、内地決戦となった場合のプランを検討しておかなくてはなりません。上陸の場所と時間が特定出来れば、それなりに大掛かりな準備をしておくことも可能でしょうが。」


進士の言葉に千野が見解を示す。


「上陸目標地点はほぼ東京で間違いないでしょう。千葉や神奈川に一度上陸して拠点をつくり、東京を目指すことも考えられなくはないですが、苦手な陸路を使うことはまずないでしょうから、いずれにせよ東京湾から水路で東京を目指してくると思われます。」


財前女史がさらに付け加える。


「こちらとしては、東京のさらに旧埋立地跡にピンポイントで誘導出来るよう、現在内通者や工作員による謀略をめぐらせています。『海底王国』には、異世界住人にとっての日本防衛の象徴でもある実物大の巨大ロボット像群を最初に破壊したという実績を、他の異世界勢力に見せつけたいという強い想いがあります。その想いを利用して内通者や現地潜入工作員が、先方の好戦派を丸め込み、工作を続けています。」


「現在確認出来ている『海底王国』とこちらの世界をつなぐ空間の位置、敵の移動速度から考えて、出現確認から到着までの時間は約五時間といったところでしょうか。」


「五時間では住民の避難はまず無理ですね。事前に避難勧告を出しておくしかありません。」


「未確認飛行物体の襲撃以降、東京の住民はかなり他県などに移動したんですが、それでもまだ人が多過ぎますね。」


「少なくとも旧埋立地後の半径10km周辺住民には完全に避難しておいてもらわないとなりません。」


進士の言葉に対し、真田の後ろ向きな発言。


「事前に避難させておいて、いつまでも来ないとなると、また批判を受けることになりますね。
どうせならもう少し人が少ない場所に誘導できないのでしょうか?」


千野はばっさり切り捨てる。


「異世界住人が侵略者の教典と崇める『侵略者の作法』なども分析しましたが、敵からしたら聖地である東京以外にはありえないでしょうね。」
「日時に関しては、ある程度の情報は得られるかもしれませんが、ピンポイントというのは難しいでしょう。」


千野はここまでの話を総合して、プランの検討をはじめる。


「制空権確保が確実であれば、上陸地点の周囲に防衛ラインをつくり、敵勢力を包囲、被害を最小限に抑えつつ敵勢力を空爆、というところでしょうか。」


進士司令官が眼鏡を押しながら、冷淡な口調で言葉を発する。


「いずれにしても敵の最終目的が、人類殲滅というのは厄介ですね。
単に支配が目的であれば、戦況に応じて講和し一時休戦、敵の支配に甘んじながらも、その間に再起を窺うことも出来るのですが。
殲滅目的は、降伏したところで一人残らず皆殺しですから、最後の一人になるまで戦い続けるしかなくなりますからね。」


その後、数週間に渡り、ひたすら会議が続けられ、最後まで難航した最終戦局のプラン『Z-02』の完成を以て、ようやく内地迎撃プランの作成は完了した。プランは戦局に応じ段階的にAからZまでの二十五段階に分けられ、各段階で百前後のプラン詳細が詰められた。総シナリオ数、シミュレーション数は二千を超えていた。


-


『ピース9』と『海底王国』の対話交渉は、約一か月半に渡り行われたが、『海底王国』は侵略の姿勢を頑として崩さず、侵略開始も時間の問題となっていた。
『海底王国』が交渉で出してきた条件というのは、『この世界の物質文明を直ちに今すぐ放棄すること、この世界の人類の人口を十億人以下減らすこと』であった。当然こちら側が呑める要求ではなく、はなから侵略の意志を覆す気がないことは明白であった。
交渉が暗礁に乗り上げた『ピース9』であったが、それでも共存の道を探るべく、さらなる対話姿勢を打ち出すべしとの意志を崩さなかった。


地球防衛軍としてはその間、開戦の準備を進めることが出来、時間稼ぎとしての効果はあった。
開発が進められた対『海底王国』兵器も、途中工程の各種試験をいくつも省かざるを得なかったが、実戦で投入しても、おそらくは問題ないであろうというレベルにまではなんとか漕ぎ着けた。


旧埋め立て地跡、周辺住民には避難命令が出され、東京都全体にも避難勧告が出された。
真田が政府と地方自体体を説得して回った賜物であったが、命令が出た周辺住民はともかく、勧告である東京にはまだ多くの人が残っていた。いつくるかもわからない侵略者に備えて、事前に避難するというのは東京の人々には難しかった。いつまで避難しなくてはならないのかという不安もある。
未確認飛行物体襲撃の際、東京はかなりの被害を受け、経済機能は既に大阪をはじめとする各都市に移行していたが、未だ首都移転には至っていないため、行政機能は残っており、それ相応の人々が生活を営んでいた。


海戦に関しては、真田の折衝の甲斐も虚しく、国防軍は敵上陸を阻止することは決めていた。


-


そしてついに『海底王国』が侵攻を開始した。


海中に存在が確認されているこの世界と異世界をつなぐゲート付近の海域で、巨大な魚群の出現が探知された。数は十体と想定されているよりはるかに少ない数であった。


国防軍は現有するほぼすべての艦隊を出撃させた。
艦砲射撃、航空機からの爆撃、地上からも遠距離ミサイルで迎撃したが、千野の予想どおり、国防軍の攻撃はまず当たらなかった。
水の抵抗を全く無視するかのように海中を猛スピードで自由自在に右に左に動けるだけでなく、急速潜行、急速浮上といった深度も思うままに移動出来る水棲生物に効果的な打撃は与えられなかった。
唯一海中にばら撒かれた水中機雷だけは、敵のその巨大さ故に小回りが利かず、避けきれず当たることはあった。が、それもさほど敵にダメージを与えられてはいなかった。


防衛軍は待機態勢で、戦況を見守る。
司令室には天野を除いた幹部連と『非道』のメンバーが集まり、固唾を飲んでモニターを見つめる。
天野は陸上戦の現場総指揮を担うため、既に出撃準備に動いていた。
水中の戦況は、博士のスキャニング能力を応用し、海中の状態をスキャニングし、CGで再現される防衛軍の新技術でその様子を見ることが出来た。


その状況を見て、その場に一同は絶句した。
数は少なかったが、そのどれもが数百メートル級の見たことがある水棲生物であった。
敵の構成はハンマーヘッドシャークとして馴染みのあるシュモクザメが四体、ホオジロザメが二体、巨大イカが二体、巨大タコが二体の合計十体であった。


「そうきたか」


千野はこの構成を見て呟いた。


「これは明らかに向こうの海軍戦力ですね。
まずはこちらの海軍力をそいで、水路を確保する気でしょう。
上陸部隊はその後、ですかね。」


「こいつら上陸はしませんかね?」


財前女史が尋ねる。


「手足がないサメに関してはまず上陸の可能性はないだろうね。」
「タコとイカについては上陸の可能性はあるのだが」


そもそも物理法則を無視した異常事態なので、千野にもわかるはずがなかった。




敵は見事な連携攻撃を見せた。
まず巨大なハンマーヘッドシャークがその頭部で、艦に突っ込む。おそらく切り込み部隊なのであろう。艦に真っ向から衝突する。何度も衝突は繰り返され、そのまま横転する艦もあった。
なんとか持ち堪えた艦にはタコとイカが襲い掛かる。その触手を艦に絡め、そのまま水中に引き摺り込む。
圧巻はホオジロザメで、巨大な口を開け、艦を見事に真っ二つに噛み砕いた。


「まさか鉄をあんなに簡単に噛み砕くとは思わなかった」


千野も予想外なその圧倒的な力に驚きを隠せなかった。




国防軍の艦隊はあっという間にすべて沈められた。
交戦時間自体はおそらく三十分もなかったであろう。
敵部隊は艦隊を全滅させると、これ以上の海軍力がないことを確認するかのように、しばらく回遊した後、一旦引き上げていった。


緊張感が走る司令室で、進士が口を開いた。


「唯一の救いは敵の航空戦力が確認されなかったことですかね。」
「こちらの航空機があれだけ爆撃しても、航空戦力は出て来なかったですしね。
制空権はこちらが取れると考えてよいでしょうか。」


千野が慎重に応える。


「空飛ぶエイとかー、空飛ぶクラゲとかいそうなもんですよねー」


一条女史のメンタルは相変わらずだ。


「そんな嫌なフラグ立てないでくださいよー」


弱気な真田は既に怖気づいている。


「いよいよ地上戦ですね。」


進士司令官は眼鏡を指で押しながらそう言った。


「我々の出番です。」


-


敵の上陸部隊はすぐには来なかった。
やはり異世界をつなぐゲートの行き来にはそれなりに時間がかかるようだ。
上陸ポイントで待機していた天野にケータリングの夕飯が配られる。
中身はシーフードバーガーに海鮮サラダだ。


「なにか、とんかつ食べて敵に勝つ!的なノリで出しちゃった感じか?」
「かえって食欲なくすわ!」


天野の突っ込みを横で聞いていた石動は呟いた。


「あいつら食えるのかな?」











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