非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

『ピース9』攻防戦

「これはいったい、どういうことだい!?」


幹部連の定例会議中、大声とともに部屋の扉が蹴破られた。
手に週刊誌を握りしめ、物凄い剣幕の彩姐さんが乗り込んで来たのだ。


「どうしたんですか、彩姐さん」


天野はただならぬ彩の形相に狼狽する。


「どうしたもこうしたもないよ」
「これを見てご覧よ」


姐さんは手に握りしめいた週刊誌をテーブルの上に投げ出した。
週刊誌には、『海底王国』の魚類族が日本語を話せることが記事になって掲載されていた。


「あたし達が体張って集めたネタが、すっかりリークされちまってるじゃないか」


先日、彩姐さんと天野は内通者の魚住さんから情報を入手したが、当然他の諜報員や工作員も日夜、敵勢力内部の内通者や関係者からひたすら情報を集め回っていた。


「あたし達の誰かが情報を流したわけじゃないようだけどね」


彩姐さんはこれでも一応怒鳴り込んでくる前に、裏切り者がいないか確認を取って乗り込んできていた。
女だけの諜報部門『チームSHIKIDOU(色道)』の責任者である彩姐さんは自分の仕事に高いプライドを持っている。それ故、自分の仕事にケチをつけられたことに怒りが収まらない様子だった。




進士司令官は眼鏡を押しながら、彩に答える。


「これは申し訳ない。その情報を流したのは我々です。」


彩姐さんもある程度は察していたようで、さして驚いた様子もなく、険しい顔で進士に突っかかった。


「そうならそうと事前に言ってもらわないと困るって言ってるんだよ
ここには鉄の掟があるんだから。
スパイ容疑をかけられただけで殺されても、文句は言えないんだからね。
うちの娘達が間違えて殺られたら、例えあんた達だろうと、絶対許さないからね。」




「姐さんの言うことももっともだな。」


誰もいない所から声がする。


「あんたもいつまで隠れてないで姿をお見せ。」


彩姐さんの言葉に反応して、男性諜報部門『チームSHURADOU(修羅道)』のお頭であるコードネーム・流が突如姿を現す。マテリアルユニットで室内風景に全身を偽装させていたために、天野は全く気付いていなかった。姿を見せたと言っても、忍者装束のような衣装で、頭に頭巾、口元はマスクをしているため、目元しかわからない状態であった。
そもそも女だけの諜報部門『チームSHIKIDOU(色道)』は主にハニートラップを得意としており、危険な諜報活動は『チームSHURADOU(修羅道)』がメインで行っていた。また『チームSHURADOU(修羅道)』のメンバーは極力身元を隠すために全員がコードネームで呼ばれており、『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆は全員源氏名で呼ばれていた。


「あんた本当に忍者みたいな奴だね。」


「わーい、忍者だー忍者だー」




「申し訳ないのですが、この情報を流したのが我々だということも極秘機密扱いでしてね。
出来ればみなさんにもお伝えしたくなかったのですよ。」


進士司令官は改めて謝罪を行った。


「この情報も我々が流したい部分だけを限定しています。
こちらの情報操作の一環ですので、どうか納得していただきたい。」


進士の言葉にも彩姐さんは後に引かない。


「そうなんだろうけどね。こんな記事が出たら、あたし達だってわかるんだから、事前に筋を通して欲しかったって言ってるんだよ。」




「彩殿、そうかっかなさらずに。どうかお怒りをお鎮めください。」
「司令官殿にはお考えがあってのことなのです。司令官殿のお考えに間違いはありません。」


諍いを鎮めようとして、憤慨する彩姐さんを止めに入ったのが財前女史の運の尽きだった。


「あんたはいつもそうやってこの男の肩ばっかりもって」
「いっつも、あのお方、あのお方、司令官殿って」
「そんなに好きなら、とっとと抱いてくださいって言っちまいな!」
「処女と童貞でよくお似合いだよ!」


財前女史は彩姐さんの怒りの尊い犠牲となった。
怒れる女神の生贄となったのだ。


「ばっ、ばっ、何を馬鹿なことを言ってるんだ!」
「私はだな、決してそんな気持ちではない!尊敬だ!尊敬!」


財前女史は、顔を真っ赤にして泣きそうな顔で反論している。
自分の恥ずかしい秘密を、好きな相手の前を含むみなの前で公表されるという罰ゲーム。
財前女史のダメージは計り知れない。


こんな惨状にも進士司令官は極めて冷静に、眼鏡を指で押しながら言った。


「仲がよいのは結構なのですがね。私の前でそういう話はやめてください。」
「私は極力みなさんに情が移らないようにしているのです。」


進士の冷静沈着さは、彩姐さんにはすかした態度に見えたようだ。


「ちっ、あんたのそういうところもあたしはどうかと思うけどね。」
「まぁそれがあんたの信じる道だって言うなら仕方ないさね。」


「財前、あんたフラれたよ!」
「こんな男なんかやめちまいな!他の男にしな!」


カリカリする姐さんの矛先はまたしても財前女史に向けられた。
財前女史にとっては死体蹴りに他ならない。
自分が見ている前で、好きな異性に自分の気持ちを勝手に伝えられて、勝手にフラれる。その様を一部始終見続けさせられるという、ドSの高等テクニックにプラトニックな財前女史がついていけるはずはなかった。


『姐さん、もう言ってることが無茶苦茶ですって』


天野は心の中で苦笑したが、怒りの矛先になるのを恐れて絶対に口を開きはしなかった。むしろ姐さんの視界に入らないような立ち位置、ポジション取りにただひたすら専念していた。


精神的ダメージに耐え切れなくなった財前女史は、心神喪失状態で、顔面蒼白で白目を剥いて、ボソボソと独り言を呟き続ける。


「違うんだ、そんなんじゃない、そんなじゃないんだ…」




そんなことには一切おかまいなく、彩姐さんは矛先を再び進士司令官に向ける。


「こんな情報流しちまったら、いざ戦争って時に『ピース9』の横槍が入ってやりづらくなるんじゃないのかい?」


『ピース9』は、非戦派を中心に人権擁護団体、環境保護団体、動物愛護団体などの各種組織を取り込み、今やマスメディアも巻き込んで、発言力を持つ民間組織である。


「あの時みたいな茶番は御免だよ。」


未確認飛行物体出現時の話であるのは、一同は理解していた。
未確認飛行物体出現が出現した際、『ピース9』は対話を訴え続け、世論を動かした。
相手が侵略攻撃を開始した際にも、対話姿勢が足りないと政府を糾弾し続けたという逸話すら残っている。


そこまで言われては仕方がないと進士司令官は彩に説明をはじめる。


「我々も当初は、この世界の生態系ピラミッドの下位にある魚類が人類を蹂躙しようとしているという構図で、世間が『海底王国』に反感を持つように印操作を行おうとしました。
しかし『ピース9』の工作活動が盛んで、連日マスコミからは、まるで『海底王国』を擁護するような意見ばかりが流される有様です。」


「仕方ありません。テレビ、新聞、雑誌などの大手マスメディアの上層部には、『ピース9』の息がかかった連中が大勢入り込んでいますから。」
ここまですっかり影の薄かったステルス能力の高い忍者がようやく言葉を発した。


進士は説明を続けた。


「そこで我々も方向転換を図ったのです。」
「我々は別に好戦派というわけではありません。
対話で戦争回避が出来るのなら是非そうしていただきたいところです。
確かに、最早開戦しかないという時に『ピース9』の邪魔が入るのは困りものですが。
今は対話、交渉でせめて時間を稼いで欲しいというのが現状です。」


「今の我々には時間が圧倒的に足りていないのです。
博士の技術協力により、急速に兵器開発は進んではいます。
それでも今敵と戦うとなれば大損害はまず免れません。
おそらく数十万規模で死者が出るでしょう。」
「対話、交渉で時間を稼いで欲しいというのが、今の我々の正直なところです。
一か月でもいいから、時間が稼げれば、みなさんが集めてくれた敵の情報データを分析して、
対『海底王国』用兵器を開発することも可能なのです。」


実際、敵の情報が大幅に不足している現在、通常兵器が敵に通用するかどうかもよくわかってはいない。このような現状で即開戦となれば、甚大な被害は免れない。最悪、地球防衛軍日本支部壊滅も視野に入ってくる。敵の目的が人類抹殺である以上、降伏すら認めれず人類が死滅させられる可能性すらあるのだ。


「日本語が普通に通じるとなれば、世論も対話の気運が醸成されていくでしょう。
前回失敗した『ピース9』も今度こそは本気で対話交渉を実現させようとするでしょう。
それが今回の意図的な情報流出の理由です。」


彩姐さんも話を聞いているうちに怒りが収まってきたようではある。


「わかったよ。ここまで説明してもらったんなら、私も我を通すわけにはいかないね。ここは矛を収めようじゃないか。」


これでようやく情報流出の件は手打ちとなった。


「でも次回からはせめて事前に一言欲しいもんだね。」
それでも彩姐さんは最後に一言釘を刺した。




任務に真面目な彩姐さんは真剣に仕事の話をはじめた。


「しかし、『海底王国』と対話と言ったって、『ピース9』に『海底王国』との外交ルートなんてあるのかい?」
「政府ならいざ知らず、いくら発言権が強くなったとは言え、『ピース9』に異世界とのコネなんてないだろうに。」


ここでステルス能力が高い忍者が再び口を開いた。


「そこは心配には及びません。『海底王国』上層部にいる内通者につなぐことが出来るうちの人間を『ピース9』に潜入させています。そいつが『ピース9』の中で対話を具体的に進めていくように算段しています。」


「そういう潜入工作はあんた達の得意とするところだからね。」


「忍者っていうよりー、間者や草、乱破って感じだねー」




彩姐さんに怒りの矛先を向けられることを恐れて、ここまで一切口を開かなかった気弱な真田がようやく話に入って来た。


「その後は、『ピース9』との情報戦になるでしょう。
対話交渉はおそらく決裂となるでしょうが、その後も『ピース9』は、テレビ、新聞、雑誌などの大手マスメディアの力を使って、非戦に世論をつくり上げようとするでしょう。
国防軍ならいざ知らず、地球防衛軍の日本支部というレベルではマスコミに圧力をかけることも出来ませんし、内部潜入でも即効性はないでしょう。」


真田の発言に頷く忍者。


「内部潜入で上層部クラスの発言力を持つようになるには時間がかかりますね。」




進士司令官は今後の方向性を示唆する。


「我々の世論操作の主流はネットなどにならざるを得ないでしょう。ネットメディアやSNS、匿名の大型掲示板、それこそ大規模なステルスマーケティングなどです。
これも非戦派と賛戦派が五分五分ぐらいで当面は問題ないとは思っています。
非戦派が圧倒的ですと開戦間近になった場合に動きづらいままですし、
賛戦派が圧倒的ですと工作が疑われてしまいます。
要はバランスです。極端な方向に偏った世論は引き戻すのが大変で、不健全だということです。」


「どうもあたしはそういうのは苦手でね、いまだにガラケーなんだよ。」


彩姐さんは機械関係があまり得意ではないらしい。


-


「俺、本当にOJT(on-the-job training)なのかな」


自らの任務の幅の広さに愚痴をこぼす天野。
彼はいま千葉の海岸沿いにある漁村に来ていた。
この付近で半漁人の目撃情報が相次いでいるとの報告があり、天野は指揮官の立場で状況を確認するために、現地に派遣された。


当然既に『チームSHURADOU(修羅道)』をはじめとする人員が相当数投入され捜索が行われていた。しかし捜索対象が半漁人であるだけに地元警察に協力を依頼するわけにもいかない状況であった。


救いなのは半漁人が人を襲っておらず、せいぜい漁村の民家から食料を盗んだという程度の被害で済んでいたことだ。半漁人のその不用意な行動から考えても、事前偵察や潜入工作員ではないだろうという結論に至っていた。おそらくは『海底王国』からの亡命者か難民か。


また異世界からの亡命者や難民も、平行世界がつながって以降、頻繁にやって来るようになっていた。異世界は内部で争いが絶えない修羅の国であるらしく、戦争を嫌った異世界住人達がこの世界に亡命してくるのである。そもそも内戦が後を絶たない状況で日本侵略を目論むのもいかがなものかと天野は思うが、それは内戦がなければすぐにでも日本に侵攻してくるということでもあった。


この世界の住人からしたら創作物程度でしか馴染みがない異世界だが、異世界住人達からすればアニメ等でよく見た非情に馴染み深い場所であり、異世界で移民先スポットとして密かに人気が出はじめているらしい。地球防衛軍日本支部もそうした亡命者や難民を保護して、彼らから異世界の情報を収集していた。場合によってはスパイとしての教育を施して、潜入させたりもしていた。


そういえば『ドクターX』も異世界から亡命してきたのだったと、天野は思い出す。
次回のリクルーティング会議では亡命者や難民の人員化という議題があがってくるかもしれないが、それは大量のスパイを懐に抱え込むかもしれない諸刃の剣でもあった。


ただ、今回は『ピース9』の人権擁護系団体、動物愛護系団体も半漁人の保護に乗り出しているとの情報があり、なんとしてでも彼らより先に半漁人を探しださなくてはならない状況でもあった。
先般、半漁人が日本語を喋れるという情報を意図的にリークしはしたが、実在の半漁人そのものを抑えられてしまっては、他の機密情報が『ピース9』に漏れる可能性がある。
いつもの亡命者や難民保護よりはるかに緊張感のある案件となっていた。


天野は予定されている『チームSHURADOU(修羅道)』メンバーとの合流地点に向かった。
人通りが全く通らないような海沿いの田舎道、仕事でなければこのまま海を見つめてぼんやり一日過ごしたいと思わせるような平穏な風景であった。


合流地点には地元民のような恰好をした男が二人いた。専用モバイル端末に仲間であることを告げる信号があったので、彼らが合流メンバーであることは間違いなかった。


「『チームSHURADOU(修羅道)』のコードネーム・ゼンザイです。」


「『チームKIDOU(鬼道)』のコードネーム・カピパラです。」


ハードな仕事してますけど、面白いコードネームでギャップ萌えです、という意図が若干すべり気味のコードネームに天野はツッコミを入れたくて仕方なかった。




しかし、暗殺や特殊任務担当の『チームKIDOU(鬼道)』のメンバーが参加しているということは、本案件は射殺も視野に入っているということに他ならなかった。半漁人が『ピース9』に捕獲されるようなことがある場合は、亡き者にしろという命令が極秘に出ているのだろう。


「天野さんも、少しでも身元バレ防ぐために、ここだけのコードネーム付けたほうがいいですよ」


「天野正道なんで、スカイ・ジャスティスとかどうですかね?」


「そういう厨二みたいなのは、ちょっと」


「天と正で、テンショウでどうでしょう?」


『なんかこいつらのコードネームの付け方、雑いな』


「ちょっと文字ってテンチョウがいいんじゃないですかね」


『なにが悲しくて、こんなとこまで来て店長呼ばわりされなきゃなんねえんだよ』


「いや、テンショウでいきましょう」


-


「現在、数十名体制で、目標の捜索に当たっております。
そもそも人があまり居ないようなところで、大勢人がうろうろしますと逆に目立ちますので、偽装ユニットなどを使った隠密行動で捜索しています。」


「目標が半漁人であり、やはり水場付近にいる可能性が高いと思われますので、海沿い、川沿い付近を中心に当たっております。」


二人から現状報告を受ける天野は『ピース9』の動向を確認する。


「大々的に人員を割いてきています。増援を含めると、最終的には我々の数倍の規模になるのではないでしょうか。地元の警察に圧力をかけて山狩りもはじめる模様です。」


なぜこういう場合は、防衛軍よりも民間団体のほうが力を持っているのか、と天野は嘆かざるを得ない。防衛軍は基本的には秘密主義であり、対して向こうはその辺りを全く気にせず、どんどん事を大きくしいていく。むしろ知る権利、報道の自由などと食って掛って来ることも容易に予想出来る。


『異世界の内戦を馬鹿にしていたが、こちらはこちらでそれなりに大変だ』


「また今回は『ピース9』の中でも過激な連中が多く参加しています。奴等も未確認飛行物体の時の失敗もありますし、今度こそは異世界住人との対話交渉を成功させなくてはならいと必死なのでしょう。」


過激派がどれぐらい過激なのかはわからないが、民間団体である以上、武器の使用は有り得ないであろう、と天野は思っていた。これでもまだ日本は法治国家だ。


『こちらとしても民間人に対して武力行使というわけにはいかないが』


常日頃、膨大な予算を賭けて、軍事技術の研究開発をひたすら行っている組織だけのことはあり、武器以外でも、軍事技術を使った最先端の便利アイテムに関しては防衛軍のほうが充実していた。民生技術が軍事技術にスピンオンされることもあるが、むしろ軍事技術のスピンオフのほうが多く、そこはいくら相手が権力も財力もある民間団体でも、決して負ける領域ではなかった。


-


『ピース9』は地元警察への圧力、地元への根回しなどで、事を有利に進めていた。
まずは周辺一体に交通規制が敷かれ、封鎖された。
これにより封鎖区域への車での移動はほぼ不可能となった。
封鎖区域内には『ピース9』のメンバーが大勢見回っており、偽装ユニットを装着しなければ、区域内を歩き回ることすら出来なかった。偽装ユニットで身を隠していなければ、早々に『ピース9』に見つかり、両勢力の間で小競り合いや衝突が発生していたであろう。


「『ピース9』にはよくあることです。」


ゼンザイもカピパラも『ピース9』の対応には慣れているようであった。




山道の至るところには敵対勢力妨害用の罠が張り巡らされていた。
道には滑りやすいように大量のオイル等まかれ、捕獲用の様々な罠が仕掛けられていた。
まるでゲリラ戦でも行われているかのようなトラップであった。


「『ピース9』にはよくあることです。」


やはり二人には見慣れたものであるらしい。


-


しばらくして捜索対象の半漁人が『ピース9』に見つかったという報せが通信回線に入った。
天野とカピパラとゼンザイは現場に向かう。
『ピース9』のメンバーが大人数で半漁人を追いかけている。
そして半漁人の周囲を前後左右から遠巻きにして、徐々にその距離を縮めて近づいていく。
半漁人はキョロキョロ周囲を見回し、低い呻き声をあげている。


偽装ユニットで身を隠したまま天野はその集団に近づく。
事前に準備していたものをバックから取り出し、集団の周囲にばら撒く。
半漁人を取り囲む集団は、一瞬にして宙に浮かび上がる。
天野がはじめて日本支部の施設に来た時に見た、重力制御装置の小型改良版を使用したのだ。
突然宙に浮かび上がり、動揺する『ピース9』の捜索隊員達。


「半漁人が不思議な能力を使ったぞー、わぁ大変だー」


天野は声色を変えて、棒演技で叫びながら、装置の効果範囲の隙間を縫って走る。
大勢の人が宙に浮かぶ中を半漁人まで辿り着いた天野は、
そのまま半漁人を連れ去ることに成功する。


「私は奴等に見つからないように、装置を回収してきます」


カピパラの言葉に天野は感謝を伝える。


「すまんな、相手に触れることなく、相手の動きを止めるって、あれしか思いつかなったよ」


小競り合いで相手を軽く押しただけで、怪我をしたと訴訟を起こすような人達であり、それを有罪にしてしまえるぐらいの顧問弁護士もいる。天野としては極力接触は避けたかった。
光弾や煙幕という選択肢もあったが、半漁人を連れて逃げ切るための効果継続時間も考えて、重力制御装置を選んだ。ただ軍事機密の塊であるような最先端技術の装置を『ピース9』の手に渡すことも避けなければならなかった。そのためコードネーム・カピパラには回収係りを事前に命じていた。
コードネーム・カピパラは、ここで一旦分かれた。


-


『ピース9』の捜索隊を振り切った後、ゼンザイからの提案があり、
人がいない休憩場で一旦休みを入れることにした。
偽装ユニットのスイッチを一旦切る天野。
確かに、このまま半漁人の目立つ姿で逃げてもらうよりは、半漁人に偽装ユニットを着けて脱出したほうが良いのは間違いなかった。
半漁人が陸でどれぐらい走り続けられるのかはわからないため、
半魚人の体力にも考慮してのことだった。
ひと息ついて落ち着いたのか、それまで黙っていた半漁人が、突然喋りだした。


「あー、びっくりしたわー」
「あんな大勢の人間に囲まれるやなんてー」
「わし、びびってもうて、声も出んかったわー」


似非関西弁を喋る半漁人。


『悪夢だ、見なかったことにしたい』
『こんなフランクリーな半漁人が世間に公表された日にはどうなることか』


天野は頭を抱えた。


「ほんま、この世界の日差しキツイですわ」
「あやうく乾燥して干物になるとこでしたわ」
「これ半魚人ギャグじゃありませんぜ、マジでっせ」


『俺こいつ絶対無理だわ』




天野は気を取り直して脱出準備をはじめた。


「後は半漁人さんに、偽装ユニットを着けてもらって、ここから脱出すれば任務完了だな」


天野の背中に銃口が突きつけられた。


「手を上げろ?」


周囲の木陰からは『ピース9』のメンバーが姿を現した。
天野はゆっくり両手を挙げた。


「これは一体どういうことだ?」


天野に銃を突きつけているゼンザイ。


「おとなしく半漁人を『ピース9』に渡してもらおうか」


天野が手を挙げたまま振り返ろうとする。


「動くな!」


ゼンザイの声が天野を制した。


「裏切ったのか?」


「俺ははじめから『ピース9』に通じていたんだよ。
半漁人を手土産にすれば、幹部待遇で迎えてくれるというからな」


天野は一呼吸ついた。


「なんでだ?」


「俺はスパイごっこが好きなだけでな、戦争は嫌いなんだよ」




緊張した雰囲気の中、当の本人である半漁人は興奮していた。


「うわー、これすごいやつやん、映画とかドラマでよくあるやつやん」


似非関西弁を喋る半漁人は空気が読めないらしい。




ゼンザイはその場にいた半漁人を捕まえて、連れて行き、『ピース9』に引き渡す。
天野はその銃口が外れた隙に、偽装ユニットのスイッチを入れ、その場から離脱する。
天野はその流れに違和感を感じていた。
『チームSHURADOU(修羅道)』のメンバーがあんなに大きな隙をつくるとは考えづらかった。


『温情をかけて俺をわざと逃がしたのか?』




急ぎ天野は装置を回収していたカピパラに合流する。


「半漁人が奪われた、奪還するぞ!」


しかしカピパラは動じることなく穏やかな声で答えた。


「大丈夫です。既に任務は完遂されています。」


「?」


-


基地に戻ってすぐ、天野は進士司令官に呼びだされた。
司令室には、いつもの幹部連メンバーの他に彩姐さんとコードチーム・流の姿があった。


「大変だったじゃないか、坊や」


「こういうのは事前に言っておいてくださいよ」


「諜報員や工作員のやり方がどういうものか、身を持って知ってもらおうと思いましてね。」




『海底王国』との開戦までの時間を稼ぐために、『ピース9』の対話交渉の働きかけが有効だと判断した地球防衛軍日本支部は、『ピース9』の内部に新たな潜入者を送り込む必要があった。
だが新たな潜入者が入り込むには今はタイミングが悪かった。
対話派と賛戦派で揉めている今だと、どうしてもスパイの嫌疑がかけられてしまう。
そこで今回の半魚人出現を利用して、『ピース9』のメンバー達に、こちらの組織を裏切って『ピース9』に寝返るゼンザイの姿を見せ、疑いがかからぬように潜入させるというのが今回の本当の目的であった。
新たに送り込まれたゼンザイは、『海底王国』と『ピース9』の外交ルートを太くするための工作を行い、さらに『ピース9』の対話交渉を具体的に進めようとする人々を煽動していく謀略を担うことになる。


このことを知らされていないのは天野だけであった。
ゼンザイもカピパラも真の目的のためにシナリオ通りに動いていただけであった。


「天野きゅんの演技力じゃ、不安あるよねー」
「『わぁ大変だー』って棒過ぎるよねー」


「うむ、確かにあれは酷かったな。」


一条女史と財前女史の容赦ない駄目だし。
現場の様子は、試作機である偽装ユニットに対応したドローンで終始モニタリングされていたとのことだった。天野は一人、どっきりに引っかかったようなものであり、この後しばらく一条女史にこのことをネタにされることになる。


ちなみに『ピース9』に引き渡された半漁人は、知能体ではあるが、それほど賢くない固体のようであった。こちらの世界の隠語で言うと、底辺、ドキュン、お馬鹿キャラに相当するらしい。自世界の難しい話は知るはずもなく、『ピース9』に引き渡されても機密情報にはさほど影響がないということまで、事前に調査されていた。




「どうだい、少しはあたしの気持ちがわかったかい?」


確かに彩姐さんが怒鳴り込んできた時の気持ちを、今度は天野が味わうことになった。


「後で慰めてあげるから、あたしの部屋においで。」


「もうやめてくださいよ、みんな本気にしたらどうずるんですか」


「何言ってるんだい。この間の外出の時、一緒にラブホに行った仲じゃないか。いまさらだね。」


「やめてくださいよ、なんかしらんけど、ここの人たちみんな奥手なんですから」


-


『ピース9』に連れて行かれた半漁人はその後どなったかというと、本物の半漁人ということで連日各種メディアで取り上げられた。実際にカメラの前で似非関西弁を喋る半漁人の姿は世の中に相当の衝撃を与え、日本中しばらくはその話題で持ち切りだった。しかし彼のせいで半漁人=お馬鹿キャラというイメージが世間に定着されてしまい、後々まで同族から恨まれることにもなる。
その後、ある程度の期間、彼は人気者となり、お馬鹿半漁人タレント『魚人さん』として活躍していた。
だが、『海底王国』との開戦が近づくにつれ、世間からの風当たりは一気に厳しくなり、最終的には地球防衛軍日本支部の人員として拾われて天野と再会するのだが、それはまだ少し先の話であった。











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