非人道的地球防衛軍

ウロノロムロ

兵力増強会議

午前中の人員増強会議の後、昼休憩を挟んで、午後からは兵力増強会議が予定されていた。
天野は財前、一条と一緒に、情報漏洩対策のための幹部専用食堂でランチを取っていた。


「午後からの会議には『ドクターX』も出席されるんですよね、どんな方なんですか?」


天野はまだ『ドクターX』と面識はなかったが、未確認飛行物体襲撃時に進士現司令官に協力し、現在も人類に技術提供を行う正体不明の亡命者、ということは知っていた。


「はじめてこの世界に出現した時は、肉体を持たないエネルギー生命体だったと聞いているな。
人類とコミュニケーションを取るために、最初に接触した司令官殿の肉体や精神などのデータを全て読み取った、という話はさっきもしたか。
当初はまったく人間の感情のようなものがなく、声も機械音声みたいだったそうだ。
その後は、華月蘭教授が研究のためつきっきりでコミュニケーションをはかり、博士も地球上の物質を分解・再構成することで自分の肉体をつくり出して、急速に人間に馴染んでいき、今ではすっかり普通のおじさんになっているな。」


「普通のおじさんというよりはー、むしろ俗物になり過ぎてるんだよねー」


「ま、まぁ、あれだ、この世界の人間の体をいたく気に入っていただけたようだからな…」


なぜか財前女史は顔を真っ赤にして言葉に詰まっていた。


「早い話がエロ爺ーみたいなー」




「正体不明って何者なんですかね?以前地球を襲撃した奴等と関係があるんでしょうか?」


「正体については司令官殿しか知らないことになっているな。」
「しかし博士から供与される技術が、高次元関連に偏っていることから、高次元世界の住人ではないかと噂されているな。あくまで噂だが。」


「もう一つ以前からの疑問なんですが、なぜ米国の地球防衛軍本部は博士を拘束しないんでしょうか?」


「博士を拘束するなんてまず無理だからねー、自分でつくった肉体を分解・再構築することが思いのままに出来るんだよー、本体の高エネルギー生命体状態でも超空間につながるゲートでどこにでも自由に出入り出来るんだからー」


「博士が偶然に予見した未来で、日本に未曾有の危機が迫っているこを察知して、日本に助力するために亡命して来たということだしな。」


「変幻自在の肉体を持ち、移動は自由に思いのまま、時々未来まで見えるとかチートだよねー」


「博士の日本危機説を信じて、司令官殿はここまで地球防衛軍日本支部の組織づくりを進めてこられたのだからな。」


-


昼食を済ませ、早めに次の会議室に移動した三人であったが、会議室の前には女性の人だかりが出来ていた。ざっと数えても二十人以上がそこに居た。


「博士だな」


財前女史は男らしく豪快に笑った。


「エロ爺なんだよねー」


「博士とどういう関係の女性達なんでしょうか?」


だいたいの察しは付いたが天野は一応聞いてみた。


「恋人、愛人、伴侶、パートナー、友人、ガールフレンド、セックスフレンドのいずれかでしょう。」


いつの間にか後ろに立っていた進士司令官がそう言った。


「司令官がそんな下ネタギャグを?」


天野は進士司令官の意外な発言に困惑した。


「下ネタギャグというかー、きっとよくわかってないだけなんだよねー」




「博士、会議に関係のない女性を沢山連れて来られては困りますよ。」


進士司令官の声に反応し、女性の群れの中から恰幅の良い初老の男性が姿を見せた。


『サンタクロース!?』


天野は一目見てそう思った。アロハシャツを着て、ハーフパンツにサンダルという、まるでこれから海にでも行くかのような格好ではあるが、間違いなくサンタクロースを連想させる姿である。
そうでなければフライドチキンのチェーン店の前に立っている銅像の人みたいな風貌である。


「久しぶりだね、進士くん」
「僕のハニーちゃん達がね、僕のことを離してくれなくてね。
やはり、この三次元世界の女性は素晴らしいね。
君達この世界の住人が物質文明に執着し、依存し続けたくなる気持ちもよくわかるよ。」


発言内容とは裏腹に、明るく爽やかな満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに話す博士。
天野は博士を見て抱いた自分の妄想に自分で突っ込みを入れる。


『煙突から家に侵入してくるエロいサンタクロース?』
『それただの間男じゃねえかよ!』


「私はもちろん会議に参加させてもらえるんでしょうね。進士くん」


そう言いながら博士の横に立ったのは、胸が大きく開いた真っ赤なドレスを着て谷間を露出する赤髪の女性であった。


『エロいサンタクロースのド派手なエロい愛人キター!』


「華月教授、お久しぶりです。日に日に派手になっておられますね。」


進士の挨拶でこのド派手な女がさっき話に出た華月教授でることを天野は知る。
彩姐さんとはまた違う、いや、全く逆の色気を放っていると言ってもよかった。
彩姐さんは光輝くオーラを放ってはいるが、露出も少なく控えめで、どちらかというと上品な清潔感を大事にしている雰囲気がある。
一方、華月教授はド派手なセレブ風で、非常に濃いラテン系、ともすると下品で獰猛な肉食女子のようにすら見える。
後で天野が聞いた話では、華月教授はもともとは黒髪のおかっぱで眼鏡という超地味なタイプであったらしい。高エネルギー生命体である博士を研究し続けるうちに、研究者としての情熱が、異性に注ぐ愛の情熱に変わり、博士が肉体を持った際には、すっかり身も心も博士に奪われてしまったらしい。そもそも博士の本体に性別があるかどうかすらわかっていないのだが。


「やっぱりこの世界の三次元の男はだめよね。人体構造に動きが制限されるんだもの。間接が逆に曲がるぐらいは当たり前にやってもらわないと、プレイも燃えないわよ、ねぇダーリン」


『一体何を言ってるんですか、この人は?』


博士をダーリンと呼び、しきりに腕に絡みつく華月教授。


「ほほほ、何を言ってるんだい君は。おかしなハニーちゃんだね、ほほほ。」


『よかった、博士にも意味わかってないんだ』


博士にも華月教授の言っていることの意味がわからないことにホッとする天野。
この先この二人にしかわからない意味不明な会話が延々と繰り広げられるという惨事は免れそうだ。




「いやーしかし、潔いくらいにさかりがついてますなー」


一条女史は冷静に皮肉るが、財前女史は顔を真っ赤にして俯いている。


「しかしこの博士が人類存亡の鍵を握る人物なんですよね?」


博士が言うハニーちゃん達も、そもそもは防衛軍が博士のお世話衆として雇った女達であった。人類存亡の鍵を握る博士がこの世界の女性に嵌っていたために、接待、いや籠絡を目的とした防衛軍が、多額の借金を抱えて風俗店に身売りさせられそうになっていた女達の借金を肩代わりして、集めて来たのだった。だが、一度博士と男女の深い仲になると、真の女の悦びを知って、女達は博士にメロメロになり、身も心も離れられなくなってしまうらしい。


結局、博士のハニーちゃん達は華月教授以外みな追い返され、ようやく会議がはじめられることになった。


『また変な人の知り合いが増えてしまったな』


天野はこの先の展開に不安を感じていた。




しかし兵力増強会議はまともに進められていった。
華月教授が終始博士の腕に絡みつきながら、甘えた声でダーリンと連呼する以外は。


天野は思う、サンタクロースのような風貌はおそらく博士が選んだものであろうが、なぜサンタクロースなのかと。深読みすればこの世界の人類にプレゼントを届けに来たとも解釈出来るが、と。


-


兵力増強会議には、進士司令、真田、財前、一条、天野の他に幹部連から数名、各チームの関連技術担当者、そして博士に華月教授の二十名弱の人数で行われていた。


「続いての検討事項は敵の捕虜に関してですが。」


「敵の捕虜を洗脳、人格移植するなどして、こちらの兵力とするのはどうでしょうか?」


どこの会議にもいる偉そうな中年男性が口を挟む。


「異世界住人の捕虜の扱いは、国際捕虜条約ではどうなっているのかね?」


「国際捕虜条約にはまだ明言されている条項はありませんから、適用対象外ではないでしょうか。」


内容に興味を示した進士司令官は、流れを仕切り直す。


「異世界住人と一言で言っても幅が広過ぎますから、まずここでは、最近活発な動きを見せている『海底王国』に限定して考えたほうがよいのではないでしょうか?
『海底王国』も、こちらの世界の海洋生物同様に種族が多様で、知能が極めて高い種族や知能が低い野生生物に近い種族もいるようです。知能が高い種族としては、我々も知っている『半魚人』や『人魚』などがいるかと思われますが。」


そこからは各人が思い思いのことを口走り、様々なやりとりが繰り広げられる。


「人型というのはまずい。『ピース9』の人権擁護団体系が黙っていないだろ。」


「それを言い出すと動物型というのも、動物愛護団体系がうるさいだろ。
クジラやイルカ、シャチなど、海洋の知能が高いと言われている哺乳類系は特にデリケートだ。」


「そもそも、その辺りの線引きはどこにあるんだ?『知能が高い』ということなのか?」


「哺乳類は陸上でも、食用かそうではないかに線引きがあるように思われますね。
犬や猫も昔は食用にされていましたが、今は食用ではないほうが主流です。
実は知能が高いと言われている豚はむしろ食用の範疇ですから。」


「海洋の知能が高い哺乳類が問題なら、海洋の知能が高い魚類はどうなんだ?」


「魚類の場合は、食用として認識されていますから。」


「それなら問題ないんじゃないか?」


「ただ、知能が高い魚類というのが今まで確認されておりませんので、例えば、人語を話す魚類が確認されたとして、それを食べてしまうのは人道的な見地でどうなのか、ということになります。」




「いずれにしても人型は厄介だな。名前に『半魚人』や『人魚』と『人』という文字が入っているのもまずい。ご先祖様ももう少し考慮してネーミングしてくれればよかったのだが。」


「ではいっそ我々が『魚類族』と命名し、世間に公表してしまってはどうでしょうか?
『人』という文字が入っていなければ世論の印象も大きく違ってくるでしょう。」




進士司令官は眼鏡を押しながら頷いた。


「それはいい考えかもしれません。魚類が人類を襲って、皆殺しにしようとしている構図になれば不快感を示す人も多いでしょう。従来の魚類のイメージで考えれば、たかが魚類の分際で、と人類が考えるのは不思議なことではありません。」


「本題の捕虜に対する洗脳、人格移植はどうなるんだ?」


「もし万一『ピース9』に知られたとしても言い逃れが出来るように、知能が高い種族に対しては、ここの基地の人間同様に、形式上事前に同意を得ているということにしておきたいですね。」


「『魚類族』の言語で書かれた同意書、契約書が必要になるな。」


「『魚類族』捕虜の通訳も必要になりますね。」




博士は満面に笑みを浮かべ、嬉しそうに会議の話を聞いていた。
その博士の笑顔を、どこかで見たような気がする、と思う天野。
華月教授はひたすらくねくね博士に絡みついていた。


-


好奇心を抱くと空気が読めなくなる一条女史は、自分が興味ある話題に誘導しようとする。


「『海底王国』にはー、巨大生物も確認されているようなんですがー、捕獲して戦力化するのはどうでしょうか?」
「例えば、蟹とかー」


「蟹?蟹はいくら大きくなっても蟹だろう」


「捕獲したらみんなで食べたらいいんじゃないか」


一同から笑いが漏れる。


「確か仮称・ファンタジー異世界では、巨大ドラゴンの存在も確認されているとか。対大型生物、大型機械兵器対策と考えれば、有り得ない話ではないですかね。」


「もし仮に巨大生物をこちらのコントロール化に置き、戦力化出来たとして、平常はどこで飼育するのか、食料はどうするのか、といった管理・運用面での問題が大きいでしょうね。暴れ出したらどうするのか、と世論の反発も大きいでしょうし、一度捕獲してしまうと元の世界に返す訳にもいきませんし、犬猫のように無責任にその辺に捨てる訳にもいかないでしょう。現在の生態系を大きく崩す可能性もありますしね。結局は処分という結論に辿り着くのが落ちでしょうかね。」


「そういう場合、『ピース9』の動物愛護団体系はどうするんですかね?愛護の方向なんでしょうか?」


「現在の生態系が崩れるってことで結局うちが叩かれるんじゃないかな。あっちは叩きたいだけってところもあるし。」


「捕獲した巨大生物を他の異世界に廃棄するってのはありなんですかね?」


「それもはや廃棄物テロじゃないですか」


ここまで発言機会があまりなかった天野が突っ込む。


「特撮ヒーローで、侵略宇宙人が地球に怪獣送り込んでくるのとやってること一緒ですよねー」


ここで進士司令官からも一言。


「そうですね。それだけ巨大な質量を異世界に送り込めるだけの技術があるかどうかは別にして、それはもはや侵略行為ですね。現時点でも我々の立場は専守防衛ですから、そこはお忘れなく。」
「中世と異なり現代において馬などの動物が戦争に使われないのは、戦力的メリットがほぼなく、管理・運用面の手間がかかるからですしね、巨大生物兵器の運用は難しいでしょうかね。」


「そっかー、じゃぁ普段は別次元で暮らしてもらって、必要な時だけ呼んだら出てきてもらえるようなカプセルがあればいいんですかねー」


「それって赤と白のカプセルで、君に決めちゃうやつですよね?」


突っ込む天野。


「この場合、赤と銀の人が使うカプセルじゃないかなー、怪獣サイズ的にー」




再び博士の笑顔を見た時、天野は思い出した。
この笑顔は、父兄参観などで親が子供を見守っている時の笑顔だと。
博士からしたらこの世界の人類は子供同然で、子供レベルの会話なのかもしれない。
しかしサンタクロースのようなその見た目からであろうか、愛情をもって見守られているように、天野には思えた。
やはり華月教授はひたすらくねくね博士に絡みつき続けていた。


-


「では次に技術的見地からの兵力増強についてです。」
「これまで検討を重ねてまいりましたが、各分野の専門家の知見を踏まえた上で、まとめました結果をご報告させていただきます。」


「まずは『自律式人型機械兵士』、略称『ロボット兵士』ですが、博士からの技術供与による該当分野の飛躍的発展を踏まえて、開発自体は可能ですが、コストが相応にかかります。
大量生産ということになりますと、原材料や部品等を含め、生産ラインや生産方式をどれだけ突き詰めて考えましても、大幅なコストダウンには至りません。これを数千数万単位で配備しようとすれば、国家予算並みの費用が必要となります。
ロボット工学研究を推し進めるという点で、高機能な試作機を数機開発する分にはメリットがあるかと思われますが、現時点で兵士としての実用化は難しいかと思われます。」


「そうなんだよねー地球防衛軍と言えば、マスコット的なロボットが必須じゃないですかー、そういうの今足りてないんだよねー」


「高機能試作機を開発したとして、それが一機で戦局を変えられるぐらいの戦力になるかという問題ですよね。空も飛べるし、100万馬力みたいな。」


「そもそもねー、博士が教えてくれる新技術って、人類が今まで研究してきたロボット工学と相性悪いんだよねー、別方向というか別ベクトルというかー」


「一条補佐官のおっしゃる通りですね。再生医療が飛躍的に向上したという実績を考えましても、どちらかというとバイオロイドなどのほうが向いているかもしれません。」




「次に『クローン兵士』ですが、こちらは再生医療と同様に博士にご教示いただきました技術で大幅な飛躍が期待されますが、細胞から人間の生体までに成長させるのにそれなりの時間がかかることなどから、数千数万単位で増員することを考えますと現状で有力な手段とは言えません。」


「この件に関しましては、博士からご提案があるそうです。」


博士は落ちついた声で唐突なことを言う。


「『ゾンビ兵』というのはどうだろうね?」


「これはまた死者を冒涜しまくりな提案ですね。」


進士司令は冷静に突っ込んだ。


「クローン体は成長までに時間と労力がそれなりにかかるが、ゾンビなら死者の肉体を再生医療で修復して再起動するだけで済むからね。それに『クローン兵士』にしろ『ゾンビ兵』にしろ、君達はこの先同じ問題に辿り着くことになるだろうしね。」


「この先辿り着く問題?」


進士司令の疑問に博士は説明をはじめる。


「では少し説明させてもらうとしよう。」
「君達が僕の本体を『高エネルギー生命体』と呼ぶのなら、『高エネルギー生命体』が本来は正しいのだけれど、君達に理解してもらいやすいように、ここでは『高エネルギー生命体』=『魂』と定義することとしよう。
僕からしてみると非常に面白いことなんだが、例えばこの世界の人間が肉体を損傷して死亡した場合、再生医療などで肉体の損傷を治して、体の機能が再び動かすことが出来たら、その人間は意識を取り戻して蘇生すると考えているよね。だが実際は壊れた機械が修理されれば再び動き出すのと同じように、肉体が再び動き出しただけで、君達人類が言うところの『魂』はもうそこには存在しないのさ。君達が言うところの『魂』まで復元されてはじめて、人間は本当の意味で蘇生されるわけだ。」
「僕達のように、君達が言うところの『魂』をメインとして考えている側からすると、『魂』の死こそが死であって、肉体の死は死ではないんだよ。この世界の人間達は、肉体が壊れると同時に『魂』も消失してしまうから仕方がないのだけれど、君達の文明では『魂』の死と肉体の死が分けて考えられておらず、僕達からするとどうにも死の定義が曖昧に見えるんだよ。」
「『魂』の死も、肉体の死後に、『魂』をきちんと形づくりこの世界に定着させることが出来れば防くことは出来るのだけどね。君たちが言うところの『魂』を自らの本体としてきちんと捉えて、ちゃんと定着させていれば、むしろ肉体なんてのは端末のようなものだからね、いくらでも乗り換えられるのさ。」


進士司令は博士の言葉に頷く。


「博士は自分の意志で、地球上の物質を分子レベルに分解して、再構築して肉体をつくり出すことが出来るぐらいですから。肉体の乗り換えは簡単なものでしょうね。」


「まぁ、話を元に戻すとだね、『クローン兵士』『ゾンビ兵』どちらにしても、君達は『魂』の問題に直面することになる訳だ。」


それまで黙っていた天野は頭に浮かんだことを口にする。


「いや、でもなんだか『魂』が肉体を乗り換えるって輪廻転生みたいですね。」


「それはいい線いっているね。
実際に君達のご先祖様も結構いい線いっていたんだよ。ただ救済を求める方向に行ってしまったからね。『魂』と精神文明を科学的に研究する方法が成功していたら、この世界の歴史は変わっていたかもしれないね。」


真田も天野を見習って思ったことを発言してみる。


「しかし、魂をきちんと形づくりこの世界に定着させるという表現は、まるで幽霊のようですね。
この世に未練を残した霊がこの現世にとどまり続けるという。」


「そうそう、私が常々言っている『君達が物質文明に執着し、依存し続けている』というのはそういうことだよ。物質至上主義と言ってもいいかもしれないね。
この世界の昔の人間は、今ほど物質文明の恩恵を受けていなかったからね、物質以外のものにも目を向け、感じ取る能力が残っていたんだよ。しかし近代化されるにつき物質文明に対する依存度が飛躍的に高くなっていき、君達はその物質以外のものを感じる力を失ってしまったのさ。」


威勢のいい技術スタッフが疑問を投げる。


「じゃぁ、なにか?死んだ人間の機能を再生医療で復元したゾンビに、幽霊を憑依させて兵士にするのが、最も効率的な兵力増員ということになるのか?ゾンビに地縛霊を憑依させたのが最良の兵士ってことになるのか?」


「地縛霊にはこだわらなくいいんじゃないかなー」
「でもちょっとあたしのイメージじゃないなー、やっぱり改造人間だなー」
「あ、でもゴーストゾンビソルジャーとか名づけたらそれっぽいかもー」


一条女史は相変わらずブレずに妄想世界の住人と化している。


先ほどの威勢のいいスタッフが発言を続ける。


「仮に、魂を形づくってこの世に定着させたのが幽霊だとして、幽霊ってのは、この世に強い未練を残して死んだ人間とかが化けて出てくるものだろう?例えば、恨みとか怨念とか、負の感情のイメージだよな。人類の次のステージへの可能性かもしれない、魂の現世への定着ってのが、恨みとか怨念とかの負の感情でのみ実現出来るって、もしかして人類終わってないか?」


「魂の具現化?残留思念?には強い感情が必要で、わかりやすく負の感情の際に出やすいと思われてきただけだろう、おそらく。というかそう思いたいね。」


珍しく真田が会話の流れを締める。




「幽霊がありなら、妖怪とかはどうなんですかねー」


一条女史の妄想はとどまることを知らないらしい。その鋼のメンタルはもうそろそろ賞賛されてもいいレベルかもしれない。


「今の人間には見えないだけで、もしこの世界に存在しているなら、私達に協力してもらえるかもしれないじゃないですかー」


「妖怪って人間を怖がらせるだけで、戦争とかしないんじゃなかったけ?」


「いやむしろ平行世界の衝突で、本来この世界に存在しなかった妖怪達が実在する世界とつながって上書きされてる可能性のほうが高いんじゃないか?その場合は他の敵対勢力同様敵になるかな。」




「話が脱線しましたので元に戻しますが」


進士司令官に脱線扱いされて、一条女史はムスっとふくれる。


「『ゾンビ兵士』にしても結局『魂』の問題があるから難しいように思いますが。
ゾンビに憑依させるために、数百数千の幽霊を見つけ出して捕まえて来るというのも、さすがに。」


「すまんすまん、そこの説明がまだだったね。」
「再起動した肉体を、『魂』の代わりに、別の誰かの意志を伝搬することで動かすことが出来るようにするんだ。つまり、操ることが出来るようにだ。」


「おぉ!」


一同から驚きの声があがる。


「例えば、私が他惑星で捕まえて持ってきたウィルスは、生物の死骸を餌にしているのだが、死骸に寄生してそれを操って、自分の巣穴まで移動させるという習性がある。こうしたウィルスを利用することで再起動した肉体を動かすことが出来るだろう。」


天野はいつもどおり突っ込みという自らの役割を果たす。


「それ『バイオハザード』とか『パンデミック』引き起こすやつじゃないですか?」


「いやいや、生きている人間に感染したりするようなことはないよ。あくまで対象は死骸だけだな。攻撃をしてきた相手には反撃するようだがね。
生きている人間には君達が言うところの『魂』が存在して邪魔しているからね。優先順位は先に住んでいた方にあるんだよ。またウィルスは群体で共通意識を持っているから、こちら側でコントロールもしやすい。個別に複雑な命令を実行させるのは難しいだろうが、大まかな命令で集団を操作することは出来る。」


「つまり再生ゾンビの肉体を操るウィルスを、さらに我々が操るということですか。」




天野は財前女史に小声で尋ねる。


「博士の持って来るものってちゃんと検疫とかしてるんですか?」
「宇宙病原体的なやつとか大丈夫なんですか?」


「もちろんやってはいるがな」


「博士自身も博士の持ち物も、約95%が判別不能な未知の物質ばかりだからな、自己申告に任せるしかないのだ。」


「ものすごいザルってことですね」




「試行錯誤は必要だろうが、この世界の技術でも、再生ゾンビに脳内チップかなにかを埋め込むかして、何かしらの信号を送って操ることが出来るかもしれないね。」


「おぉ!」


一同から再び驚きの声があがる。


「これはいけそうだな!すぐに試してみよう!」


「これなら数千の兵士はすぐに増強出来そうだな!」


長々と議論してきたことが、よい結末を迎えられそうなことに一同は興奮していた。
しかし天野は心を鬼にして突っ込みという自らの使命を果たさなくてはならなかった。


「みなさん盛り上がってるとこ悪いんですけど、日本は火葬ですからね!」
「どこかから素体大量に集めてくるとか無理ですからね!」


一同は忘れていたとてつもなく大事なことに気づき、拍子抜けする。


「あぁ、そうだね…。まずは動物実験からかな。」




「しかしこれはまた『ピース9』に知られたら大問題になりそうですね。」


政府と世論を気にしながら考えるのは真田のお仕事のうちだ。


「戦死者に限ったとしても、死んでゾンビになった人間の遺族に知られたりしたら、大変なことになりますよ。」


「そうだー!顔がわからないように黒の全身タイツとマスクで隠せばいいんですよー、骨の模様のやつ」


「それむしろ著作権で問題になるやつですよね!」




天野は嘆く。


「しかしただでさえ変わった人が多いのに、この先ゾンビ兵とか増えていくんですかね」


「いいよ、いいよー、ますます悪の組織っぽくなってきてるよねー」


その時一条女史は何かを思いついて興奮して再び叫ぶ。


「そうだー!さっきの会議で話があった『ニート』『引きこもり』のみなさまに、現実世界のアバターとしてゾンビ兵をVRで操作してもらえばいいんですよー
自宅警備員に、自宅の中で自宅以外の警備をしてもらえばいいんですよー
名づけてVRゾンビ兵!」


「そのままの名前ですよね」


一条女史のテンションについていけず、とりあえず雑に突っ込む天野。
しかし意外なことに博士は一条女史のアイデアに賛同する。


「いや、案外いいアイデアかもしれないよ。電波などで遠隔操作するというよりは、脳波を同調させるという方向じゃないかと思うけどね。肉体の労働ではなく、『魂』の労働で協力してもらうということだね。」


「やったー、誉められたー」


-


その後、会議は脱線し、進士司令官が軌道修正し、また脱線する、という流れを何度も繰り返して続けられた。


「しかし頭が痛くなりそうな話ですね。」


進士司令官は眼鏡を軽く押しながら現状を嘆いた。


「以前であれば、考えるだけ無駄な妄想として扱われていたようなことも、非現実的存在の塊のような博士が目の前にいては、可能性の一つとして検討せざるを得ないですからね。
過去の伝承レベルまで検証しなくてはならないとは。」


「いやー、妄想好きな私からすると、みんなで妄想垂れ流し状態で、最近毎日すごく楽しいですよー」
一条女史の容赦のない妄想垂れ流し発言に一同は苦笑せざるを得ない。


-


会議の最後に、博士は一同にエールを送る。


「いつか君達が高次元世界に辿り着けるなら、高次元エネルギーを使って、
君達が妄想したものをそのまま生み出すことが出来るようになるかもしれないよ。」


「僕も君達にはこのまま滅んで欲しくはないんだよ。
百億以上の個体がいる種族でありながら、どれひとつとして同じ個体が存在しない無二。
その個々の内面は一刻一刻変化し続け、はるかに深く、まるで一つの宇宙をも凌駕するような情報量。
この世界で発生している音だけでもとてつもなく無限、視覚情報と合わせると最早際限がない。
この世界は一瞬たりとも全く同じ瞬間がない。
僕から見ると君達は一人一人が奇跡であり、この世界の一瞬一瞬が奇跡のようなものだよ。
研究者の僕からしてみたら、君達と君達のこの世界に、僕の興味は尽きることがないよ。」


博士はもう一度繰り返した。


「君達にはこのまま滅んで欲しくはない。
この三次元世界はとても素晴らしいからね。
そして、この三次元世界の女性は最高に素晴らしいからね。特に僕のハニーちゃん達は至高だよ。
君達この世界の住人が物質文明に執着し、依存し続けたくなる気持ちもよくわかるよ。」


「もうダーリンったら…」


博士の言葉に心打たれて感情を激しく揺さぶられたのか、華月教授は眼を潤ませ、体をくねらせながら博士に強く抱きつき、唇を奪う。
今すぐにでも何かがはじまりそうな雰囲気ですらある。


「なんかハニーちゃんが盛り上がってきちゃったから、僕達はここで失礼するよ。」


そう言い残すと、博士と華月教授はみなの目の前から忽然と姿を消した。




天野は今まで普通のおじさんにしか見えなかった博士が、やはり特異な存在であったことを改めて気づく。とりあえず天野は会議を通じて博士はただの『エロいサンタクロース』でないことだけはわかった。











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