犬女ちゃん -見た目は美少女、知能は犬並みー(旧題:犬女ちゃんとピュアハート)

ウロノロムロ

犬女ちゃんとお餅つき

老人ホームで
餅つき大会をやるという。


老人ホームでの餅つきは
毎年の恒例行事となっており、
餅をつく係は
例年若い男性スタッフが
やっていたのだが、
ちょうど今男性スタッフが
辞めてしまっていないため、
純心に頼めないかと
オファーが来た。


餅つきというのは
正月にやるものではないのか
と純心は思ったが、
正月準備のためにやるものなので、
十二月にやるのが正しいらしい。
餅つきでついた餅を
鏡餅にして飾り
お正月を迎えるというのが
本来の正しい餅つきのあり方
ということのようだ。


お年寄りは、
餅つきとかそういうのが
確かに好きそうではある。
クリスマスよりもむしろ
そっちのほうが向いているだろう
とすら思える。


それにしても、そうならそうで
もう少し早めに言ってもらえれば
よかったのにとも思う。
一番理想的だったのは
クリスマスパーティーで男子が
大勢いたときだったのに。


『どうせ、俺がつく係なんだよなぁ』


オファーの内容を聞いてみても
明らかにつく係として
期待されているとしか思えない。


餅つきはかなりの重労働であり
腰を痛める人も多いと聞くので、
特に体力に自信があるわけでもない
純心はそれなりに心配でもある。


-


蒸したもち米をうすに入れて、
きねでこねて、ひたすらつく。
これだけではあるが、
これがなかなかの重労働でもある。


お餅をつく人である『つき手』と、
つく度に一回一回
お餅を返す人である『返し手』が
二人一組になって餅がつかれる。
日本人であれば一度ぐらいは
どこかで見たことがある光景だろう。


今回返し手役は、ホームの
女性スタッフさんが担当するが、
手を叩いてしまっても一大事なので
息を合わせるのも大変だ。


若いためか最初のうちは
まったく平気だった純心だが、
ずっとついているとやはりバテて来る。


「どうしたあんちゃん、
もうバテたんかぁ?」


周囲のおじいちゃん達からは
容赦ないヤジが飛んで来る。


「俺がもう少し若けりゃなぁ」


純心としては、
変わってもらえるなら
是非変わってもらいたいところだ。


「おっと腰が…」


おじいちゃん達は都合が悪くなると
体調が悪いと言って逃げようとする。
これもお年寄りには
よくありがちなパターンではある。


-


犬女ちゃんは、
純心がずっと杵で
餅をついているのを見ていて
うずうずしていたのだろうか、
自分も純心と一緒に
お餅をつきたいと
純心に鳴いて訴えはじめる。


『まぁ多少は仕方ないか』


純心は犬女ちゃんと
一緒に杵を持って
ペッたんぺったん
お餅をつく。


もちろん犬女ちゃんは
杵を持てないので
形を真似するだけみたいなものだが。


それでも犬女ちゃんは
まだ鳴いて純心に訴えかける。


「犬女ちゃん、返し手のほうを
やりたいんじゃないかしら」


その様子を見ていた
おばあちゃんのうちの一人が
犬女ちゃんの心中を察する。


『いやしかしそれは……』


純心は犬女ちゃんが
汚いだなどとは
毛頭思ってはいないが、
それこそ犬女ちゃんの手には
毛が生えているのだ。


ついている餅に
犬女ちゃんが手を入れれば
毛が入ってしまうのは
避けられないだろう。


これでもし万一
何かあろうものなら
それこそ保健所が関係する
事案となってしまいかねない。


-


しかし犬女ちゃんに
餅つきの返し手をやらせてあげろと
おじいちゃん達が口々に言い出す。


おじいちゃん達はみな犬女ちゃんを
応援してあげたいらしい。


『随分、俺のときと扱いが違うじゃないか』


犬女ちゃんは相変わらず
おじいちゃん達の人気者だ。


「犬女ちゃんが
つくってくれた餅なら
喜んで食うよなぁ、みんな」


『いやいや、さすがに
そういうわけにはいきませんから』


「んだんだ、そりゃ
犬女ちゃんの毛ぐらい
どってことなかんべえよ」


『餅が毛だらけなのはさすがにねえ』


「戦時中なんか食う物ねえがら、
どんなに汚れてても、何が入ってても
平気で食ったもんなあ」


『戦時中出ましたか、戦時中』


食べ物がない戦時中と比べられても、
さすがに時代が違うとしか言いようがない。


「むしろそりゃご褒美じゃねぇかよ」


『いや別に
そういうプレイじゃないんですから』


「なんなら下の毛のほうがいいぐらいだべさ」


『うわ、出たわ、年寄りの下ネタ』


どこにでもすぐに下ネタを言い出す
おじいちゃんの一人や二人は必ずいる。


しかしさすがはおじいちゃん。
人間の器がデカいと言うか、
懐が広いと言うか、
人生経験豊富と言うか、
コワイもの知らずと言うか、
もう何でもありな状態だ。


応援してくれるおしいちゃん達に
愛想よく笑顔をふりまいている犬女ちゃん。


「わんわん!」


-


結局、食品作業用の
ポリエチレン製手袋を
改良して犬女ちゃんの手にはめて、
ようやくお餅つきの返し手を
やらせてもらうことに。


『それ、あるなら
最初から女性スタッフさんも
はめておくべきだろ』


人間だからと言って
確かに安全とは限らない。
いくら手を洗っても
菌が手についている可能性はある。
だがそういうことを言い出すから
最近ではおにぎりすらも
手袋をして握らなくては
いけないことにもなる。




犬女ちゃんの返し手は
めちゃめちゃスピードが速かった。
高速過ぎて手がよく見えないことも。


気心の知れたパートナーだけあって
純心との息はバッチリだ。
犬女ちゃんは純心のパートナーは自分だと
アピールしたかったのかもしれない。




つき上がったお餅で鏡餅をつくり、
残りはみなで食べることになったが、
配られたお餅のサイズの小ささに
純心はびっくり。


『これは団子か何かなのか?』


「お年寄りはすぐ喉に
お餅詰まらせちゃうから」


女性スタッフさんはそう言いながら
万一喉に詰まった場合に
吸引して取るための掃除機を
スタンバイして待機している。


『そうまでして餅食いたいのか?』


そんな命懸けで餅を食べているとは
純心もまったく思っていなかった。


犬女ちゃんは、
純心と二人でついたお餅が食べれて、
満足気に笑顔を浮かべている。













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