犬女ちゃん -見た目は美少女、知能は犬並みー(旧題:犬女ちゃんとピュアハート)

ウロノロムロ

犬女ちゃんとおばさんとの再会(2)

「そうなの、
あなたが犬女ちゃんのご主人様なの。
こんなに若い人だとは思わなかったわ」


おばさんが優しそうな人で、
まずは一安心する純心。
犬女ちゃんがお世話になったお礼を言う。


犬女ちゃんがおばさんに
甘えているのを見て、
純心は少し驚く。
身内以外にここまで甘える
犬女ちゃんの姿を見るのはじめてだった。


もしかしたら、
少し嫉妬していたのかもしれない。


自分の愚行により、
わずか数日であったとしても、
犬女ちゃんに仮のマスターを
つくってしまっていた、
そんな風に純心は感じていた。


だから
他の誰かに甘えるのと、
おばさんに甘えるのと、
では少し意味合いが違う。


おばさんが、
マスターに近い存在であるが故に
純心は少し嫉妬していたのかもしれない。


犬女ちゃんからすれば、
大好きだったおばあちゃんの匂いと
おばさんの匂いはよく似ていて、
安心して落ち着けるのだが、
人間の純心にそんな匂いなど
わかるはずもなかった。




おばさんはいつも笑顔を絶やさずいるが、
どこか寂し気でもある。


「犬女ちゃんの体にあざがあったから、
もっとひどいご主人様かと思っていたのよ」


「それが嫌で
逃げ出して来たんじゃないかって」


今さらながら自分がしたことに
再度向き合うのは
純心にとってはしんどいことだった。
しかしそこから逃げるわけにはいかない。


「暴力を振るって
しまったのは、本当なんです…」


「ただそれが原因で
逃げ出したとかいうことではないんです…」


実際には置き去りにして
来てしまったのだから、
逃げ出すよりも
もっとひどいことだ。


純心は思い切って
すべてを話すことにする。


-


「そう、若いときは
いろいろあるでしょうけど、
本当に大切なものを
失ってしまってからでは、
取り返しがつかないのよ」


おばさんはそう言うと、
自分の身の上話をはじめた。


娘さんが生まれてすぐに
旦那さんを亡くし、
それでも母娘二人で
仲睦まじく暮らしていたが、
娘さんが高校生のときに
事故で亡くなってしまった。


おばさんは寂しそうな顔で
ゆっくりと淡々と語る。


純心はどんな顔をしたら
いいのかわからなかった。


犬女ちゃんはおばさんのそばに
寄り添ってあげていた。


「犬女ちゃんと一緒にいてね、
死んだ娘が帰って来たんじゃないかって、
そんな気になってしまったのよ」


「おばさん家の子にならないかって、
おばさんと一緒に暮らさないかって
言ったのだけど、フラれちゃったわ」


おばさんはそう言って笑顔をつくるが、
純心にはその笑顔が
無理をしているように見えた。


-


帰りの電車で純心は思う。


おばあちゃんもあの家で
寂しさのあまり、
犬女ちゃんだけが
生き甲斐だったと言う。


一人暮らしの寂しいお年寄りが、
メンタルサポートの意味で、
パートナーとして犬を飼う、
犬女と一緒に暮らすというのは、
よくある話だと聞く。


そういう役割が必要であるということも
よくわかってはいるつもりだ。


しかし、あのあばさんにとって、
何がもっとも幸せなことなのか。


例えば、
あのおばさんが養子をもらったり、
犬や犬女を飼うようになったとして、
それは根本的な問題の解決になるのだろうか。


それは少し違うように思える。
この場合の根本的な問題解決とは、
亡くなった旦那さん、娘さん、
家族と一緒に再び暮らすことであり、
それ以外でおばさんの
心の穴は埋まらないはずなのだ。
しかし、それは絶対に
叶わないことでもある。


その場合、長い年月をかけて
心の穴が埋まるのを待つしかないのだろうか。
それを他の何かを代わりにしてでも、
少しでも埋めたいと思うものであろうか。
完全に埋まることはないとわかっているのに。


自分はどうなのだろう。
もしいつか自分が
犬女ちゃんを失ってしまったとして、
心の穴を埋めるために、
他の犬なり犬女なりを飼おうとは
おそらく思わないだろう。


しかしそれは実際に
当事者になってみなければ
わからないことでもある。


幸せだったときを思い出して、
気が狂いそうになるぐらい寂しくて、
おばさんと同じような気持ちになれば、
何かにすがりたくなるのだろうか。


おばさんの幸せにとって、
何が一番よいことなのか、
純心にはまだよくわからない。


ただ、過去の記憶を失くした程度で
済んでいる自分は
幸運なほうなのではないかと思う。
もっともっと大切なものは
失わないで済んでいるのだから。




それから、犬女ちゃんと純心は、
ときどきおばさんに会いに行くようになった。













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