おっさんが転生したら、寝取られた元嫁と寝取った間男の息子だった件

ウロノロムロ

おかあやんはワイが幸せにするんやで!

早朝、六時前。
高校二年生になったたっくんは
家のトイレの前でもんどり打っていた。


  あいついつまでトイレ入っとんねん
  このままやと朝練遅刻してまうやろ


高校でも野球部に入ったたっくん。
決して強豪校のような強い学校ではなかったが、
それでも秋の大会では三回戦まで勝ち進み、
次の大会へ向けてたっくんも気合が入っていた。


高校の野球部は毎朝欠かさず朝練があり、
今日ももう家を出なくてはならない。


その前にトイレに行っておきたかったのだが、
おとうやんがずっとトイレに入ったまま出て来ないのだ。




  大きいほうやろけど
  それにしても長過ぎるやろ?
  あいつトイレで寝とんのとちゃうか?




おかあやんが一時間以上前に起きた時から、
おとうやんはもうすでにトイレにこもっていたらしい。




  さすがにちょっとおかしないか?




異変に気づいたたっくんの中のおっさん、
おかあやんに言って、おとうやんの工具部屋から
バールのようなものを持ち出してドアノブを壊す。


おかあやんが心配そうに見守る中、
トイレのドアを開けると
おとうやんが便座に座ったまま倒れており、
すでに冷たくなっていた。


-


おとうやんは急逝してしまった。
享年51歳。死因は心筋梗塞。
夜中にトイレに行き、そこで倒れ、
そのまま朝までということらしい。


最近は、息子もようやく大きくなって来て、
自分の身長が抜かれたと喜んでいた。
まだまだこれからが人生の楽しみだと言うのに
あまりに早過ぎる、若過ぎる死である。




トイレで冷たくなったおとうやんが発見された時から
おかあやんはずっと泣き続けている。


救急車が来るまで、
冷たく硬くなったおとうやんを、
それでも必死に泣きながら
心臓マッサージしようとするおかあやんの姿を見て、
もうダメだとわかっていながら
たっくんも一緒に心臓マッサージをし続けた。




病院に着いてからも泣き続ける
おかあやんの手を握り、
ずっと寄り添い続けるたっくん。


改めて、おかあやんがおとうやんのことを
これほどまでに好きであったのかと気づくと共に、
自分が死んだ時もこうだったのだろうかと、
複雑な感情が入り混じる。




医師から死因を説明された後、
感極まって声を出して泣き
たっくんの胸に抱きつくおかあやん。


小さい頃は抱きしめてもらう側であったのに、
いつしか自分が抱きしめる側になっていたことに気づく。


そういえば、
おかあやんはこんなに小さかっただろうか、
いや自分が大きくなったのだと、
こんな時になって改めて思う。




  もう前世で夫婦だった年月より
  母子おやこでいる時間のほうが
  長くなってしまっとるんやな




そしてこんな時に不謹慎だとは思うが、
抱きしめた母のぬくもりを懐かしいとも感じる。


-


それからというものは、
憔悴しきっているおかあやんに代わり、
いろんな人に連絡をして葬儀の手配をしたりと
たっくんは忙しいことになっていく。


とは言え中身がおっさんではあるので、
こういう時は役に立つし頼りにもなる。
前世でも冠婚葬祭は一通りこなしているので、
動じることもなく堂々と喪主を務める。




  まさかなぁ、
  ワイがこいつの葬儀の喪主をやるとは思わんかったわ
  ちょっと因果にもほどがあるやろ




確かに自分の嫁を寝取った男の、
その葬儀の喪主を経験したことがある者など
まずいないだろう。
だがそもそも自分の嫁を寝取った男の
息子に生まれているのだから、
なるべくしてなったと言えばそうだろう。


葬儀の準備に追われるたっくんだが、
そんな中でも常におかあやんのそばに寄り添い、
少なくとも目が届く範囲には必ずいた。


おかあやんの憔悴ぶりを見ていると、
このままおかあやんもいなくなってしまうのではないか、
そんな不安にも襲われる。




  ワイからお嫁ちゃんを奪っておいて
  こんなに早く逝くなんてどういうことや
  アホなんちゃうか


  こんなにおかあやんを泣かせるやなんて
  無責任にもほどがあるやろ




おっさんも心の中で悪態をついてみるが、
もうこの世にいない人に言ってみても、
空々しく虚しく響くだけである。


-


おとうやんの遺体を入れた棺が
今まさに火葬場の釜に運ばれるようとした時、
泣き続けるおかあやんは
まるで追いすがるように手を伸ばした。


「おとうさんっ……」


おかあやんの漏れ出るような声。


憔悴しきったおかあやんの足元はフラフラで、
そのままその場に崩れ落ちそうになったが、
たっくんが抱きかかえるようにおかあやんを支える。


おとうやんの肉体とはここが本当のお別れで、
もうこの先二度と会うことはない。
次ここから出て来る時、
おとうやんはもう骨になっているのだから。
遺族にとっては一番辛いところでもあるだろう。




火葬が済むまで、おかあやんとたっくん、
親族をはじめとする関係者は
待合室やロビーで小一時間程度待たされることになる。


ここまで忙しくして来たたっくんも、
先が見えて来てようやく安心したのか
おかあやんの横で少し放心状態。


いつからなのかはわからないが、
たっくんの頬には涙が伝って落ちる。




  一体なんなんやろな、この涙は
  どんなに嫌な奴でも
  人が死んだら悲しいということか?


  それともやっぱりワイは
  おとうやんの息子やったということやろか?


  ワイの体の中に流れるおとうやんの血が
  やっぱり泣いてしまうんやろか?




おかあやんに手渡されたハンカチで涙を拭うたっくん。
おかあやんは少し落ち着いたようで安心する。




  しかし、人間のごうは深いもんやな……


  ワイからお嫁ちゃんを奪った人間が
  どんな嫌な奴かと思っとたけど……


  ただの善良な小市民やったわ




  そんなどこにでもいそうな普通の、ただの小市民が、
  色が絡むとおかしくなって
   他人ひとの嫁でも
  平気でとってしまうもんなんやな……


  人間のごうちゅうんは
  ホンマに深いもんやな……




おっさんは転生を果たして以来、
嫁を取った男という先入観、偏見もあって
きっとなにかロクでもないことをしているだろうと、
ずっとおとうやんのあらを探し回っていたことがある。


だが、よく働いて、税金を納め、地域活動にも貢献し、
家族を愛するただただ普通の父親だった。


そりゃポンコツだったり、空気が読めなかったり、
人をイラっとさせるような人間的欠点は多々あったが、
それでも人の道を踏み外すような人間には思えなかった。


それ故に人間の業が深いとも思う。


-


待合室で、先ほどから
おかあやんが少し落ち着いて
親戚のおばちゃんと話をしている姿を見て、
たっくんも少し安堵して
席を立ちトイレに向かう。


トイレの前はロビーになっており、
そこには親族やら仕事の関係者やらが
火葬が済むのを待っていた。


用を済ませてトイレを出て来ると
目の前でおばちゃん二人が立ち話している。


「奥さん、本当にお気の毒にねぇ……」


「あんなに泣いてて、可哀想でよう見てられなかったわ」


「あの奥さん、ご主人を亡くされるの二度目だそうよ」


「まぁ、旦那さんに二度も先立たれるやなんて、
ますますお気の毒やねぇ」


「そういう人っているのかしらね、
幸薄い女というか、幸せになれない女というか」


その会話が聞こえてしまったたっくん、
頭に血が上って行き、
自分でもわかるぐらいに顔が火照って来る。


あのおばちゃん達が悪い訳ではない。
むしろ本当に気の毒そうにしてくれていた。


それはたっくんもわかっている。


それではこのいきどおりはなんなのか。
この理不尽さへの怒りなのか。


やり場のない怒りで、
たっくんの腹の底が熱くたぎる。




  なんで、なんで、なんでや!
  あかん! あかん! あかんのや!


  なんでおかあやんが不幸な女なんや!


  なんでおかあやんが幸せになられへんのや!




顔を赤くしながら、
ロビーから外へと通じる廊下を足早に歩く。




  おかあやんは不幸になったらあかんのや!


  おかあやんは幸せにならんとあかん!
  幸せな女でいてくれへんとあかんのや!




火照った体を冷まそうと、
火葬場の外へと出て行くたっくん。


外は少し肌寒いくらいで
ひんやりした風が火照った頬に当たり気持ちいい。
そこで少し落ち着く。




  どうしたらええんや……




たっくんが空を見上げると、
火葬場からは煙突がそびえ立っている。


その煙突からは、
今火葬されているおとうやんの体の中にあったなにかが、
空へと舞い上がって行く最中なのかもしれない。


たっくんは火葬場の煙突を、空を見上げ、誓う。




  ワイが、ワイが、
  おかあやんを幸せにしてみせるわ!











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