サキュバスは、性犯罪を減少させる

ウロノロムロ

ただの通りすがりのいい女だよ

夜の闇。つい数時間前までネオンに彩られていた街の景観が、終電がなくなった頃合を境に、徐々に放つ光を減らし、闇が深さを、増していく。


街の上空を舞う一匹の蝙蝠コウモリ。羽を静かにばたつかせながら、夜空を大きく何度も旋回している、まるで夜の闇に何かが起こるのを待ちわびているかのように。


しばらくして旋回を止め、一瞬その場に滞空したかと思うと、急降下しそのまま低空飛行で地上へと向かって飛んで行く蝙蝠コウモリ


-


人通りもすっかりなくなり、外灯だけが光の源である街路は、昼の喧騒けんそう雑踏ざっとうとはかけ離れたまるで別の世界のようにも思える。


通りの脇、狭い細道に入ると、闇はさらに色濃くなり、わずかにどこかから漏れている光が、人の輪郭を微かに認識させる程度でしかない。


「やめてくださいっ!」


静寂の中に若い女性の声が虚しく響く。


暗さに飲み込まれそうな路地裏で、明らかに小柄で華奢きゃしゃな少女が、屈強そうな体格の男達三人に囲まれている。


「こんな夜遅くに、暗い夜道を一人で歩いてるんて、いけないじゃあないか」


「ウッヘヘ」


男達は低くこもった下卑た声で笑うと、取り囲んでいる少女ににじり寄る。小刻みに震えながら後ずさる少女であったが、無情にもその背中はビルの壁に行き止まり、追い詰められた状態で、逃げ場を失う。


「バ、バ、バイトの帰りで遅くなってしまっただけです…」


今にも泣きそうな、か弱い震え声を発する少女。年の頃は二十歳ぐらいであろうか、この春に女子大生になったばかりかなのかもしれない。これから自分は一体どうなってしまうのか、わずかばかり先の未来に少女は恐れおののく。


「ウッヘヘ」


いやらしくニヤニヤ顔を浮かべ、下卑た笑い声を漏らす男達。男の一人は長い舌を見せつけるように伸ばして、自らの唇をベロベロ舐めまわした。


「そんなことはどうでもいいから
これから俺達とお楽しみといこうじゃないか」


正面の男が手を伸ばし、少女の右手首を掴もうとする。


「い、嫌!やめてください!」


目に涙を浮かべ、必死に抵抗しようと試みる少女。彼女としてもこの無秩序な狼藉ろうぜき者に慰み者にされる自らの哀れな運命をそう簡単に受け入れるわけにはいかないであろう。




男の手が少女の体に触れようとした刹那、突然横から別の手が割り込み、男の手首をぐいっと掴む。


突然の出来事に驚いて男達が振り返ると、今までそこに居たはずのない見知らぬ女が、まるでどこからか突如湧いたかのように、そこに立っていた。


暗い中でもハッキリとわかるぐらいに、彫りが深く整った顔立ちで、全身のシルエットがわかるようなライダースーツ姿の女。その美しさに男達は息をのむ。一瞥しただけで背筋がゾクッとするような、非現実的な美しさと妖しさを身に纏う女、まるでこの世の者ではない何かのようでもある。


「兄さん方、ちょっとお待ちよ」


「そんなションベン臭い田舎娘に、ワイルドな兄さん方がお三人でムキになるなんざ、そりゃちょっとどうかと思うんだよ、あたしゃ」


女は口角を釣り上げて、不敵に妖しい笑みを浮かべる。


「な、なんだてめえは!?」


これからというところを不意に邪魔されて頭に血が上ったのか、やたらにいきり立つ男達。いや突然目の前に現れた美しい女に魅了され興奮しているのかもしれない。


「あたしかい?
あたしはただの通りすがりのいい女さ」


なんら恥じらうこともなく、さらっと女は自画自賛の言葉を発する。
その声もまた、低音でありながら胸をドキっとさせ、どこか心に引っ掛かる、なんとも不思議な魅力を感ぜずにはいられない。


謎の女の出現に呼応するかのように、路地裏付近の上空にはいつの間にか蝙蝠こうもりたちが大量に集まって来ていた。音もなく忍び寄るかのように。


「そんなことはどうでもいいから
これから俺達とお楽しみといこうじゃないか」


女は妖しい笑みを浮かべながら、さっきの男のセリフを真似てみせる。


興奮で顔を真っ赤にして、口々に喚く男達。頭に血が上ったのか、それとも血が集まったのは別の部位なのか。


「てめえ、おちょくってんのか!?」
「ちょうどいい、てめえも一緒にっちまうぞ」


挑発された男達は、頭にきているのか、もうその本性を隠そうとすらしない。
男達のあまりにどストレートな欲望の吐露を聞かされ、そのケダモノぶりに少女は震え慄く。


「そりゃ願ってもないことさね
でも三人ばかしで大丈夫なのかい?
あたしは『達』って言ったんだけどねえ」


その言葉に呼応するかのように、路地裏にコツコツと足音が響き、影が濃い闇の中から女達が姿を現わす。足音は止むことなく、女達が次から次へと後に続く。それまで路地裏にはまるで気配すらなかったというのに、やはりまるでどこからか湧いて来たかのように。
闇の暗さに最初は気づかなかった男達だが、近づいてくるに連れ、女達がとんでもなく煽情的な姿をした美女軍団であることを理解した。
露出度の極めて高いボンテージファッションに身を包んだ女達が、男達に近寄る。


「うふふ…」


まるで多幸感溢れる女神のように微笑みを投げかける美女達、その数は少なくとも十人以上はいるであろうか。三人の男は美女達に視線が釘付けとなり、身動きすら取れずに、ただ息を呑むばかり。周囲に広がる甘い香りが鼻腔の奥をくすぐり、愛くるしい笑い声が耳をとろけさせ、視覚的ばかりではなく、五感すべてで男達を刺激する。


「うふふ…」


男の腕に抱きつきその豊満な胸を押しつけ、または背中から絡みつく、顔を至近距離まで近づける。いつの間にか三人の男達は美女に群がられていた。女達は男達の耳元で吐息まじりに囁きかける。


こうなると先ほどまでのピリピリした緊迫ムードとは打って変わって、男達は鼻の下を伸ばして頬を染めデレデレしている、その変貌はまるで魅了される術に嵌っているかのようでもある。


本来事件の当事者であったはずの少女はもはや蚊帳の外、何が起こっているのかよくわからないその異様な光景を目の前に、この窮地をなんとか脱することが出来るよう祈りながら、固唾を呑んで見守るしかなかった。


セクシー美女達にイチャイチャされてすっかり骨抜き、腑抜けとなった男三人は、我慢しきれず今すぐにでもここでやらかしそうな雰囲気すらある。


「いくら人通りがないとは言え、ここじゃあマズイ、この先にちょうどいい塩梅の廃墟があるから。」


最初に現れた謎の女がそう言うと、ボンデージ美女軍団は声を揃えて返す。


「はーい! うふふ…」


男三人と美女達は、集団でイチャイチャしながら路地裏の影が濃い闇の中へと遠ざかって行く。


「やだー! うふふ…」
「もうエッチなんだから、うふふ…」


こうなるともう単なるお金持ちがキャバ嬢達にコスプレさせて連れ回しているようにしか見えない。昼日中であれば白い目で見られることは間違いない。下手をすると通報されてしまう可能性すらある。


-


危うく被害者となるところであった少女、目の前で何が起こったのか全く理解出来ずに、呆気にとられキョトンとするばかり。おそらくは自らの貞操、その最大の危機を脱したということは、辛うじて理解はしたのだが。


「あたしが家まで送ってあげようじゃないか」


何故かその場に残っていた謎の女の声にビックと体を反応させ、ようやく我に返る少女。突如現れた謎の得体の知らない女が危険人物である可能性ももちろんあったが、今しがた身の毛もよだつ怖い目にあい自失茫然の彼女がその申し出を断れるはずもなかった。


「あんたみたいな娘が、こんな遅い時間にあんな暗い夜道を一人歩きだなんて、まるで犯してくれと言わんばかりじゃないか」


帰宅途中、放心状態の少女は謎の女に軽く説教をされていたが、魂が抜けたように脱力して曖昧な相槌を返すのが精一杯。


しばらくして大分落ち着いてから、ようやく自分が助けられたらしいことに少女は気づく。


「あ、あのぉ、ありがとうございました… 助けていただいて…」


突然少女にお礼を言われた謎の女。


「あ、あぁ、あたし達にも見返りがあることだからね。気にしないでおくれよ」


それまでの歯切れの良さから一転、口ごもるように返事をした。
少女は自らの心拍数が平常で、落ち着いていることを確認してから切り出す。


「あなたは一体何者なんですか?」


謎の女は一瞬顔を上げ夜空を見つめた。


「うーん… まぁ、移民の人かねぇ… サ、サキュ… 」


女はそこまで言うと言葉を止めた。


「まぁ、あんたみたいな生娘きむすめは知らないほうがいいことかもしれないね… 」


少女は女の言葉に顔を真っ赤にする。


「えっ!?」


生娘の意味は知っているらしい。


「あぁ、すまないねえ、あたしらはほら、そういうの匂いでわかっちまうんだよねえ」


「まぁ、あたしのことは忘れておくれよ。ただの通りすがりのいい女だよ」


確かに改めて街路灯の下で見る謎の女は、少女は見ても身震いするような絶世の美女であった。背が高く十頭身はあるのでないかと思わせる身体バランス、手足が長く、動きもどこか洗練されている。少女からすればとても同じ人間とは思えない、まるでこの世の者ではない何者かのように思えてならなかった。


『怖い目に合った数分ぐらいだったら、記憶を操作して忘れさせてあげることも出来るんだけどねぇ… まぁ今回の記憶は残しておいたほうが、用心するだろうし、こののためにはいいだろうねぇ』


女はそんなことを考えながら、少女と共に夜道を歩いた。




自宅の前まで来ると、少女は改めてお礼を言おうと、謎の女に振り返る。


「危ないところを助けていただいて、
本当にどうもありがとうございました」


改めて深々と頭を下げて謎の女に礼を言う少女。


そして少女がその頭を再び上げた時、目の前にいたはずの女はもうなく、ただ夜空の闇に高く飛ぶ一匹の蝙蝠の姿だけが、彼女の目には映っていた。











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