サキュバスは、性犯罪を減少させる

ウロノロムロ

要するに人手不足はそこじゃないと

地下にある喫茶店『カミスギ』。
窓もなく室内照明が明る過ぎず、程よく落ち着い雰囲気の店内。


昨晩女子大生を助けた金髪の女は、その店内の一席に座り煙草を吹かしている。室内もそれ程明るくはないというのにサングラスを掛けて。


金色の髪はウェーブがかかったショートボブで、透けるような青白い肌とは対照的な真紅のルージュ。煙草を咥える唇、その下には黒子ホクロがひとつある。
女は気だるそうに煙を吐き出す。


「やっぱりここにいたんですね」


そう言って女の前に現れたのはゴスロリ衣装の少女。
外見だけであれば中学生ぐらいの年齢のように思える。


「いやぁ、それにしても
この世界の真夏の日差しは私達にはまだちょっとキツイですねぇ」


ゴスロリ少女はそう言いながら、女が座っている席の前にテーブルを挟んで座る。


「ホントさね、こんな調子じゃ、あたしはここから出られやしないよ」


店員を呼びパフェを注文する少女。


「そういえば、昨夜あんたいなかったねぇ、なんかあったのかい?」


女はサングラスを少しずらして鼻に掛け、その奥にある青い瞳で少女を覗き込む。


「せっかくこっちの世界に来たんですから、もう誰かれ構わずいろんな人間とまぐわってエナジー吸い取るような真似はやめて、一人に決めた契約者パートナーだけにしようかと」


何故かドヤ顔で説明する少女。


「そういうあねさんだって、性犯罪は未然に防いだのに、うたげには参加しなかったそうじゃないですか」


女は煙草を灰皿に押し付け火を消す。


「あたしはねぇ、せっかくこの世界に移民して来たんだから、ちょっとこっちの人間らしく暮らしてみようかと思ってんのさ。男と交わって、相手から生気を吸い取るなんて、因果なサキュバスの生き方にももう飽きが来ててね」


「人間の真似して煙草なんて吸ったりして。
本当に変わり者ですよね、昔から思ってましたけど」


金色の髪を持つ女の名はアイリン。
サキュバス移民団のリーダーにして最高責任者であり、異世界では千年近く生き続けていると噂された伝説級のサキュバスでもある。


「あんた知ってるかい? 誰とでもすぐに交わるような女は、
こっちじゃビッチって呼ばれてて、ビッチってのはもてないらしいよ」


「それぐらい知ってますよ!
私だってこっちで人間と恋愛したいと思ってるんですから」


「あんたそんなこと考えてたのかい?
あんただって人のこと言えたものじゃあないじゃないか」


ゴスロリ少女の名はリリアン。
外見は十代前半の少女にしか見えないが、彼女もまた人間の年齢に換算すれば百歳を超えている。


彼女たちの故郷である異世界はもはや消滅寸前であり、その異世界の住人達はこちらの人間世界への移住を希望して接触をはかって来た。はじめ世界各国はこれを拒否したが、次第に密入国者が増えて行く現状から、彼等を密入国者ではなく移民者として管理することを選ぶ。


そして異世界からの第一次移民団として、この世界にやって来たのがアイリンやリリアンのような者達であり、アイリンはサキュバス移民団のリーダーではあるが、サキュバス以外の他種族も多数同時期に移民して来ている。


-


「それでどうですか?
人間の真似をして口から食物を摂取して栄養を取ってみた感じは?」


「全然エネルギー不足だね
これじゃMAXの半分も力を出せやしないよ」


「ですよね?
私も人間の彼氏(契約者)が出来るまでは我慢したいんですけどね……」


アイリンの顔が少し緩み、笑みを浮かべているようにも見える。


「でもこっちの食べ物、味は美味しいかね」


「ですよね、あたしも甘い物とか大好きですよ」


リリアンはそう言って運ばれて来たパフェを頬張る。


サキュバスは人間の男性と性交することで、相手から精気を吸い取り、自らのエネルギー源としているが、アイリンはこちらの世界に来てから自らその行為を封印し、こちらの人間同様に口から食物を摂取することのみで自分の生命を維持出来るかどうか試していた。


『郷に入っては郷に従え』という言葉を実践すべく、移民者の中でもとりわけ人間を知ろうと尽力し、人間の立場から物事を思考しようと常に努めてはいたが、それでもやはりまだまだアイリンにはわからないことが多い。


千年を生きたサキュバスであっても、こちらの人間は興味深く面白い、と言うことらしい。


-


「じゃあ、あんた昨夜あの後どうなったか知らないか……」


リリアンはパフェを口に運ぶのに忙しい。


「一応話聞いて来ましたよ。
なんでも大盛り上がりの大乱交だったみたいです」


「まさか死なせたりしてないだろうね?」


怪訝けげんそうな顔をするアイリン。


「そこは大丈夫みたいですよ。
死なない程度に精気を吸い尽くしたって言ってましたから。
いや~それにしても美味びみだったらしいですよ。
人間のクズのいい感じに腐った魂ですよ。
その上、屈強な肉体の持ち主だなんて、美味おいしいに決まってるじゃないですか」


顔を真っ赤に、鼻息も荒く、興奮気味のリリアン。


昨夜、女子大生を襲おうとした暴漢三人は、彼女の仲間であるサキュバス達に魅了や誘惑という術をかけられ、上機嫌で文字通りの酒池肉林を体験した訳だが、当然お仕置きとして死なない程度に精気を搾り取られていた。この先女性恐怖症になる可能性があるぐらいのレベルで。


-


パフェを綺麗にたいらげたリリアン、
ハンカチで口を拭きながら、本題に入る。


「しかし、この先私達どうするんですか?」


「性犯罪やらかしそうな男共の匂いを探し、精気を吸い取りまくって性犯罪を未然に防ぐ。性犯罪が減ればこっちの人間からも感謝され、移民の私達もこっちの社会で受け入れてもらいやすくなる。それはわかるんですが……。
そうそう、私達全員が満足するぐらい、性犯罪なんてなさそうですし……」


サキュバスである彼女達には、この世界の男が一線を越え、性犯罪を起こすであろうことが匂いでわかるらしく、そうした男達に狙いを定めて、自らのエネルギー源となる精気を吸い取っていた。この世界の性犯罪減少にも貢献出来、一石二鳥ということであろう。


「一般男性もアリにしたほうがいいんじゃないですかね?」


「いやいや、あたし達が普通の男に手を出して、この国の男女の恋愛が減った、婚姻率が下がった、出生率が下がったなんてことになったらね、それこそあたし達ちゃここから追い出されかねないんだよ」


サキュバスは男をとりこにすることにかけてはプロ中のプロであるから、あながちそうならないとも言い切れない。
帰るべき故郷が消滅寸前である彼女達からすれば、強制送還は何としてでも避けなければならない事態であるため、責任者のアイリンとしては慎重にならざるを得なかった。




「じゃぁ、風俗なんてのはどうですか?
なんでもこの世界じゃ、女が男と交わってお金がもらえるなんて、とんでもなく素晴らしいお仕事があるそうじゃあないですか。それこそ私達サキュバスには天職と言えるじゃあないですか」


他の種族が通常の人間同様に労働力を提供して、対価として賃金を得て生活をして行くのに対して、サキュバスはそれだけでは済まない。生命維持のためには、この世界で売っていない男の生体エネルギーが必要となるためだ。
そう考えると、賃金を貰いながら男の精気も得ることが出来る風俗産業というのはまさしく打ってつけの仕事のように思われるのだが。


「もちろん、いつかはそういう方面への進出していくことになるだろうとは思うんだけどね。
そういう仕事で身を立て、生計を立てているこっちの人間の女だっているわけさ。今、そういう女達の稼ぎ口を奪うような真似をして反感を買うのはどうかとあたしは思うんだがね。
こっちの世界にやって来て、筋道も通さないうちに、いきなり女使って商売はじめますじゃ、顰蹙ひんしゅくだって買おうってもんさね」


異世界からの移民者に求められているものは、労働力が足りない部分を補うことであり、こちらの人間から仕事を奪うことではないとアイリンは解釈している。


「それに本当か嘘かは知らないけれど、そういう仕事の裏には、暴力団とかマフィアとか言う組織が付いていることが多いって言うじゃないか。
今そうしう組織と事を構えるのは得策じゃないような気がするんだがね。」


現時点での揉め事は得策ではないとも考えている。


「こっちだってバックには悪魔がいると言えないこともないじゃあないですか。」


「いやいや、あいつ等の力借りるとか、考えたくもないよ、あたしゃ」


「要するにそこは人手不足ではないと」


「女なら誰でも一番手っ取り早く出来る仕事だからね」


アイリンはさらに畳み掛けるように自らの理論を語る。


「例えばだよ、うちらの達がその風俗ってのをやるとしてだ、相手から精気も吸い取っているのに、人間の女と同じ料金って訳にはいかないだろうよ。
それでだ精気吸い取ってる分、特別料金、サキュバス割引とかにしたとするだろ?
こっちの世界じゃお金が一番大事みたいだからね、うちらの方が人気が出ることも十分有り得る訳だ。そうなると人間の女や風俗関係者からは不満も出て来るだろうさね。」


実際にそうなるであろうことは、アイリンには容易に想像が出来た。何故なら男をとりこにすることに特化したサキュバスには、男の美的感覚に準拠するところの美人しかいない。それは種族特性でもあり、他の生物が生き残るために様々な特徴があるように、生き残るためのすべでもある。


「こっちの世界のAVとかアダルトビデオとか言うのに、出るぐらいならアリかもしれないけどね……。」


そこまで黙っていたリリアンがいてもたってもいられなくなったのか、突然喋り出す。


「そう言えば、こっちの世界の同人誌とか見たことあります?
もうすごいんですよ!
あたし達ですらエロ過ぎて引くぐらい。
サキュバスがエロ過ぎて引くとか、そんなことってあります?
どんだけこっちの人間エロいんだよって話ですよ」


顔を真っ赤にして興奮して早口でまくし立てるリリアン。


「こっちの人間の妄想が、現実のサキュバスを追い抜いちまってるってことだよ。
なかなかやりがいがありそうでいいじゃないか。」


アイリンは気だるそうに、テーブルの上にあった煙草を一本手に取り咥え、火を着けた。


-


「そういえばあねさんて今何の仕事してるんですか?」


お金の話で思い出したのか、疑問を口にするリリアン。


「あたしはここのウエイトレスだよ」


「えっ!? 
あねさんここのウエイトレスなんですか!?
こんなふてぶてしいウエイトレスとか普通います?
さっき店員呼んだ時全然反応しなかったじゃないですか?」


当然リリアンは驚いて開いた口が塞がらない。


「今は勤務時間外だからいいんだよ、
店長マスターも自由でいいって言ってくれてるし」


「まさかあねさん、ここの店長マスターと出来てたりするんじゃ?」


「馬鹿言うんじゃないよ、あんなのの精気吸い取ったらすぐに干からびて死んじまうよ」


アイリンはそう言いながらカウンター内を指した。


リリアンがそちらに目をやると、そこにはプルプル震えているヨボヨボのおじいちゃんが。どうやら店長マスターらしい。


-


そんな話をしばらくしていると、突然リリアンが眉間にしわを寄せ、険しい顔をする。


「なんか、匂いますねぇ……」


「おや、あんた煙草の匂いは苦手かい?」


アイリンは吸っていた煙草を灰皿で揉み消す。


「何言ってるんですか!
そんなの吸ってるから嗅覚がおかしくなったんじゃないんですか!?」


興奮してアイリンを責めるリリアン。


「めっちゃ、やばそうな匂いするじゃないですか!」


アイリンはサキュバスの嗅覚に集中する。


「……」


「なるほどねぇ、確かに何かやらかしそうな匂いがするねえ」


二人は席を立ち店の出口へと向かう。


店長マスター、ちょっと外出して来ますね」


アイリンは店長マスターに親指を立てるサムズアップをしてみせる。


プルプル震えながらサムズアップする店長マスター


リリアンは思わずにはいられない。
『すごいチョロそうな職場』







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